第58話 懐かしいなぁ、この感じ。

 道すがら、綾瀬とはお互いの空白を埋めるように話をした。


 といっても、俺はほとんど聞く側で、綾瀬が喋っていただけなんだが。


 ほとんどは去年の高校生活や、生徒会でどんなことをしているかなどだ。俺は適当に相槌を打ちながら、のんびりと駅への道を歩いている。


「――そういえば、もう千桂ちゃんには告白したの?」

「ぶっ!?」


 そんな話の中、唐突に爆弾が投下され、俺は盛大にむせた。


「な、なんで……千桂のことが出てくるんだよ」

「え? だって前に映画館でもデートしてたじゃない」


 そうだ、そうだった。あの時は確かに二人きりで映画を見る予定だったんだっけ。


「振られたよ」

「え?」


 幸奈の時も言ったが、わざわざ自分の言葉であらためて言うのは、心が削れる感じがした。なんで死体劇みたいなことになってるんだか……


「それでも千桂は、俺とは友達でいてくれる。今はそれだけで十分だ」


 そう言うと、綾瀬は少し考えるようなそぶりを見せてから、軽く息を吐いた。


「そう、じゃあ、冬馬くんはまだ彼女居ないんだ」

「あえて口に出されると不本意だけど、そうなるな。なんだかんだ言って、しばらくは一人で居ようと思ってる」


 幸奈から熱烈なアプローチを受けているが、それにこたえるのはまだしばらく無理そうだ。


「ふふ、いい事を聞いちゃった」

「は? いいことって――」


 俺がふられたのを「いい事」とはいったいどういう了見なのか、問い質そうとしたところで、綾瀬は一歩前に出て、俺に振り返った。


「知りたい?」

「……いや、別に」


 いつも通りだ。綾瀬は質問に答える気がない時、この問いをする。


「今日こそは教えてくれるかもよ?」

「そう言って何回はぐらかしたんだよ」


 どこか嬉しそうな表情の綾瀬から、俺は目を逸らして言い返す。拗ねた子供みたいだな、とどこか他人事のような感想が脳裏をよぎった。


「ごめんごめん、でも、今回は本当に答えてくれるよ」


 そして、目の前にいる綾瀬が、姉のように見える。


「……」


 結局、俺は綾瀬に勝てないのだ。


 諦めだとか、嫉妬だとかそういう感情ではなく、そういうものだと思ったのは久しぶりだった。彼女は超えるべき牢獄の壁ではなく、俺をやさしく取り囲む家の壁だったのだ。


「俺がふられたのがいい事って、どういうことだよ」


 肩の力を抜いて、綾瀬を正面から見て問いかける。彼女の身長は、思っていたよりもずっと低かった。


「教えてあげませんっ」


 その凛とした表情からは想像できないほど、柔らかくいたずらっぽく笑うと、綾瀬は反転して先へと駆けて行った。

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