第23話 隣の席
「冬里とファーストフード店に行ったんだってな?」
朝ホームルーム前の瑠凛学園高等部1-A教室。
いつも通り登校して自分の席について筆記用具等が詰まった鞄を下げると、後ろの席から見知った声が掛けられた。俺は上半身だけ振り返って愚痴の一つを零すように返事する。
「ああ、雅人。ひより、お前が来なかったことに怒ってたぞ」
「みたいだな」
雅人は悪びれる様子もなくしれっと言う。昨日の放課後にひよりは俺と雅人に一緒にファーストフード店に行こうと誘ってきたが、雅人は断って俺と彼女の2人だけで行くことになった。普通だったら用がなければ付き合うもんだと思うが、雅人は容赦ない態度で行かないと断った。大手ホテル事業を経営する名家の御曹司であるこいつは貴族らしい考えと姿勢を常に絶やさない。
「付き合うぐらいはいいだろ」
「なんでだ? 行く気がない場所に無理矢理行ったとこで俺は楽しめないし、楽しんでいる、お前達二人には悪いだろ?」
「……そーいう問題か?」
「それに、せっかく仲の良いお前たち二人のデートを邪魔するわけにもいかないしな」
雅人はニヤリと嘲笑する意地悪い言い方だ。こいつは時折こうして俺をからかってくることがある。
ひよりとは席が隣同士で彼女から俺へと絡まれることが多いので雅人の中では、ひよりの相手している俺を面白がっている。だから昨日2人だけで放課後に店に行って食事をしたのなら絶好のネタで取り上げるに決まっている。
だが俺はそんなことよりも――
「デートって……お前まで――」
「お前まで? なんだ、冬里にもデートと言われたのか?」
「……」
こいつ、妙に鋭い。
雅人は家の会社のホテル事業を手伝っており、貴族が集うこの学園は取引先との交流の場として考えている。よって数多くの名家の生徒と世間話から入って親交を深めて家のホテルの利用から事業の提携まで漕ぎ着ける手腕を有する。
諜報員の俺も雅人の能力は買っていた。同じ機関の諜報員である透が情報収集能力のエキスパートなら、雅人は手に入れた情報を駆使する政治力のエキスパートだ。
「別に……。ひよりにも、同じようにからかわれただけだ」
一瞬思い出したのは店で食事中のカップルみたいな行動を起こした、ひよりとの気恥ずかしい出来事。そのことを雅人に話せば確実に面白がってイジられるので黙っておく。
「なんだ。つまらないな」
雅人は本当につまらなさそうな表情でしれっと言う。期待した面白いネタが手に入らずにガッカリしていた。
「……つまらないってなぁ。とにかく、ひよりには謝れよ。それに、お前の大事なお得意様の一人だろ?」
このクラス1-Aの人では、ほとんどの生徒が雅人の家のホテルを利用している。ひよりは雅人の家のホテルを利用しているお得意様の一人なはずだ。そんな相手に冷たい対応を取っていれば――
「謝る必要はない」
雅人は断言した。
しかし、それは意地だとかそういうのではないと俺は察した。
「冬里は……あいつは俺が、こういう奴だって理解している。それを理解した上で冬里は本気で気にはしない。それに俺が冬里に対して取り繕った態度で接しても無駄なのも理解している。彼女は普段はあんなのでも、人を見る目はあるからな。それで俺にも絡んでるんだ。だったら俺も遠慮しない付き合いするのが冬里にとっても望ましいさ」
工藤先生との二者面談を思い出す。ひよりは相手のことを選んだ上で接していると。
確かに昨日の店に行った時のひよりは断った雅人に怒っていたけど、帰る時は今度こそとリベンジと誓っていた。雅人に対して本気で信頼しているからこそ断られても、お構いなしに絡み続ける友人と思っているんだ。
――しかも、ひよりだけではない。
「どうした? 珍しく呆けた顔をして」
「いや、雅人はちゃんとひよりを信頼しているんだなって。2人が羨ましく思ったよ」
「……お前にそう言われると癪だな。さっきの仕返しのつもりか?」
今度はあからさまに不機嫌になる。自分がイジるのはいいが、イジられるのは気に食わないと典型的だ。雅人は気を取り直すと、
「だったら、からかった詫びはしてやる。――修司、今何か困っているんじゃないか?」
「――ッ!」
雅人はニヤっと口端を歪めて、まるでそれが本題だと言わんばかりに切り込んできた。
俺の反応で、それがビンゴだと確信して話を続けてくる。
「そうだな……この学園に関することか? そのことについて調べてほしいことがあれば聞いてやるぞ」
願ってもない協力の申し出。
雅人は学園中、先輩問わずにコネがある。
諜報員の協力者としては、うってつけの存在だった。
けど――
「いや、やめとく」
雅人には、そんなことは頼めない。
というよりも巻き込みたくないのが本音だ。
この件に関しては嫌な予感しかしない。これは長年『諜報員』として培ってきた経験による勘だ。
そんな危険を雅人に関わらせないようにしとくべきだ。
「本当につまらないやつだな、お前は。まあ無理にとはいわないか」
雅人は苦笑交じりで俺から視線を外すと、文庫本を取り出して読む姿勢を取った。
話はここで終わるはずだと思っていたが――
「……これは俺の独り言だ。――家の会社には直接関係ないが、とある筋から聞いてな」
雅人は手に持つ本に視線を向けたまま口を動かす。それも俺以外の誰にも聞こえないような小さな声で、
「先月この学園から退学した複数の生徒の家――郷田建設、飯島家具ファクトリー。どれも小さな会社だが――」
どれも聞いたことがある……というより!
「――そこに大きな動きがあった。そして、それに関わったのは――」
「雅人――!」
俺は雅人の話を中断するようにして大声を出した。
近くにいた会話しているクラスの他の同級生は反応してチラっと俺達を見たが、特に険悪な雰囲気になっていないので、あまり気にせずに再び会話に戻った。
「なんだ? 俺はあくまで独り言を言っただけだぞ?」
読んでいた文庫本から顔を上げればニコっと微笑ましく白々しい顔。
「……そうだな。俺が言えるのはここまでにしとく。だから俺は、これ以上先については突っ込まないようにしとこう」
「……そうしてくれ」
俺は自分の席を目の前にするように椅子に座り直す。
同時に教室前では誰かが登校してきたからか挨拶が交わされていた。
ひよりだ。
「おはよー」
俺と雅人に挨拶するなり、俺の隣の席に座り込むとすぐにスマホを弄りだした。
「……?」
おかしい。
今日のひよりは妙に大人しかった。
いつもだったら趣味について、学校についてと、とやかく雑談を振ってきてやかましい。しかも、昨日のことだ。俺と一緒にファーストフード店に行ったこと。雅人に誘いを断られたことについての話があったりと、とやかく絡むはずなのに。
「どうしたんだ、ひより? 今日は元気ないぞ?」
「え!? そう見えちゃってる? あたし!?」
率直に尋ねると、ひよりは慌てふためく。
「う……ううん! なんでもないし! 昨日深夜アニメ見過ぎてさぁ」
「それはいつものことだろ」
「うっ……」
ここで雅人がすかさず突っ込むと、ひよりはたじろぐ。
「……実はさっき室岡センセーに呼び止められてさぁ」
倫理の担当教師の室岡拓巳。
俺もさっき教室前で呼び止められていたから、あの後のことだろう。
「何か言われたのか?」
「…………! 別にちゃんと真面目に授業受けなさいとかそんなんだって。もー心配し過ぎぃ! あたし全然元気だから!」
ひよりは明るく元気に振る舞う。
――俺の目には誤魔化せていなかった。
――それは空元気なんだと
こんな調子のままHRが始まる予冷が鳴った。
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