第24話 生徒会活動


 一日の授業が終わって放課後の生徒会室へ入れば既に生徒会役員の二人が来ていた。残る一人は昼頃に、本日は欠席すると生徒会のグループメッセージで伝えられていた。生徒会室奥の窓際前に設置されている立派なデスクには座られていない。


 ――生徒会長 山之蔵 奏が不在のまま生徒会の活動が行われた。


 目の前の机の上には程よく積まれたプリントの束が置かれている。

 近々行われる校内球技大会についての概要がまとめられており、これを生徒会に送りつけてきたのは体育委員会。これらをチェックして学園へ通すのが本日の生徒会活動である。


「それにしても多すぎじゃないですかね? これ」

「それだけ今回の球技大会にハリキッテいるからじゃない? 特に今年の体育委員会と委員長って、凄く熱血……というよりも暑苦しいし」


 坦々と涼しい顔でプリントに目を通しながら答えてきたのはレイナ・リンデア書記。


「でも仕方ないわよねぇ。体育委員会の人達にとって、またとないチャンスになるんですし」

「ああ……そういえばそうでした」


 頬に片手を当てながらも、しっかりとプリントをチェックしているのは火澤仁美副会長。


 今年の瑠凛学園高等部の体育委員で構成されている人の家柄にはスポーツ用品、スポーツジム、スポーツ系レジャー施設運営といったスポーツ関連のメーカー会社といった企業だ。つまるところ、この球技大会――自分の家の会社を宣伝する場としてうってつけだからだ。


「ほんとあからさまよねー。例えばサッカーだったら、このメーカーのサッカーボールを指定って。これ体育委員会の副委員長の会社の用品じゃない」


 リンデア書記が挙げた数枚のプリントには、この競技を行う際には指定のユニフォーム等のスポーツ用品について、このメーカーを使うようにと目立つように強調されていた。自社の製品を宣伝させたい思惑だろう。


「それにスポーツジムのお試し入会の勧誘もあったわねぇ。私も誘われたわぁ」


 最近では運動をあまりしない文化部の生徒に対しては球技大会に向けて体を動かすように勧めると同時に家が経営するジムやスポーツレジャー系施設に通わせるように仕向けている活動が熱心に行われている。目の前のプリントの中には、そのスポーツ施設の宣伝を校内掲示板に貼るようにとの、要望の申請が記載されていた。


「いいんじゃない? ヒトミもたまには思いっきり体を動かしてみても」

「そうしようかしら? 家では適度に軽い運動をしているんですけど、しっかり運動するとなると中々窮屈でして……」

「……そう」

「……」


 リンデア書記は火澤副会長から目を逸らす。理由は察した。

 火澤副会長に、たゆんと大きく目立つのが、この座っている机の上に思いっきり乗っかっている、それは大きい大きい胸が彼女の運動の悩みを物語っている。

 なるほど、あの胸だと確かに激しい運動では邪魔になってしまうな。


「……どこ見てんのよシュージ」


 キッときつい視線を送りつけてくる書記に俺は目はプリントに視線を戻し直す。

 リンデア書記もスーパーモデルとしては美しいスレンダーの体型なのは見て分かる。しかし……胸に関しては副会長には及ばない大きさだ。書記も十分大きいとはいえ、やはり男子としては真っ先に目を向けてしまうのは、どうしても副会長の方になってしまうのは仕方ない。


「? どうかしたのかしら?」

「ヒトミは気にしなくていいから! 話を戻すわ!」

「?」


 俺と書記のやり取りに気づかない様子で、おっとりと首を傾げている副会長に感謝。


「えーと……体育委員会の人達が家の宣伝するのは分かりましたが、やっぱり体育委員長の人が一番気合入ってますよね」

「それはそーよ。なんたって」

「家がオリンピックに関わってる人ですものね」


 そう、体育委員長の家系は多くのスポーツ関係の団体会長を努めており、なんと言っても、あのオリンピックに直接関わっている。父が日本オリンピック委員長。祖父が世界国際オリンピック委員会の一員の人でスポーツ業界では名を轟かせている大物だ。そんな家の子ならば学校の球技大会であろうとオリンピックを開催する意気込みで気合が入るのは当然であり、事あるごとに瑠凛学園の運動行事の運営方針について生徒会に物申すことが多い熱血の人だ。体育委員会の連中も自社の宣伝をするのは生徒だけでなく委員長の目にも留まるように必死なのが思い浮かぶ。

 球技大会でこれならば目玉となる体育祭では一体どれだけ力を入れてくるのか……今先のことを考えるとゲンナリしてきた。


「でも皆さんは様々な考えがあっても、この球技大会を頑張って盛り上げようとしてくれるのは伝わってくるわ」

「そーね。ワタシも色んな競技に参加してってお願いが沢山あって困っちゃうけど、キチョーな学校の行事だし思いっきり楽しまないと。シュージも参加するからにはしっかり活躍しなさいよ」

「……努力します」



-2-



 プリントに一通り目を通せば本日の生徒会活動は終了。


「一息にお茶を淹れるわね」

「いえ。俺はもう帰るんで」

「あら、そう?」


 残念そうに発する副会長には申し訳なく感じてしまうが、今日は生徒会の活動だけでなく俺には色々とやることがある……。

 というよりも、この後は彩織さんの喫茶店でバイトするからだ。


「それじゃあ、お疲れさまでした」


 俺が席から立ち上がろうとした時だった。


「ふふ。えいっ!」

「――え? うわっ!?」


 火澤副会長の腕が横から伸びてきて俺の腕を掴むと――引っ張っぱられ、俺の顔面にプルンと柔らかいクッションのような感触がダイレクトに当たる。

 

 ――つまるところ今思いっきり座っている副会長の胸に抱きしめられていた。


「ちょっとヒトミ!? なにしてるの!?」


 横からリンデア書記が怒鳴る勢いで迫ってくる。

 俺も声を上げようとするが副会長の、この暴力的な胸に思いっきり蹲ってて口を開けにくい状況だ。


「あら? さっき修司さんは私の胸に視線を向けていましたので、こうしてほしくなったのかなぁーって思ってましたけど、違う?」


 胸を見てたことに気づいていたのか!? 


「……い、いや!? ――だからってなんでこん……な……!?」


 顔がモフモフモニュモニュと柔らかいのに包まれながらも俺は必死に何とか一つずつと言葉を発していく。


「いいじゃない。前に修司さんは奏にこうしてもらってたのに」

「あれは――!」


 ついこの前、生徒会長に同じことされていた記憶が思い出す。副会長はしっかり覚えてて、こんな行動を起こしたのか!? 一体なぜ!?


 こう思いつつも、とんでもない安心感のような安らぎに包まって思考が睡眠の一歩手前まで沈んでいく感覚になっていく。

 なにもこんな時じゃなくて、もっと落ち着いた時にでも……

 って、俺は何を考えているんだ!? 駄目だろ!


「ト、トニカク離れなさいよ!」


 俺の後ろに回った書記が俺の背中の制服を強く引っ張ってくれると副会長から引っ剥がされた。


「あら……残念」


 開放された俺は大きく息を、空気を吸って落ち着かせる。

 今のでバクバクしている心臓も無理やり静ませるように。

 スーハー。


「急にどうしてこんな……」

「だって修司さん。ずっと奏のこと気にしてましたから」

「――ッ!」

「……そーね。シュージ、さっきからずっとカナデのこと考えてたでしょ?」

「それは……」


 この二人の言う通り俺は生徒会の活動をしつつも、

 ずっと――今この場で不在している生徒会長のことを考えていた。


「奏のことで何かありました?」

「そーよ。エンリョなく言いなさい」


 落ち着いた口調で優しく問いかける副会長に、ハキハキとしっかり聞いてくれる書記の二人だが、


「……なんでもありませんって。会長とは朝、普通に挨拶してくれましたし」


 この二人には本音を伝えることは出来ない。

 ――今、何が起こっているのか。

 まだ確信していない中で迂闊なことは言えない。


「修司さん――」


 頭の上にサラリとした感触が乗る。


「私達は何時でも修司さんの味方ですよ」


 副会長が俺の頭をゆっくりと優しく撫でていた。

 彼女の目を見れば慈愛に満ちた目で俺を見てくれている。

 この学園内の一部の生徒が、この人を聖母と呼んでいるのが理解出来た。


「――イイ? シュージ」


 頭を撫でられている俺の片方の肩にも柔らかくしっかりとした――リンデア書記の手が乗せられた。


「言えないことがあるのは仕方ないけど、それでも困った時はちゃんとワタシ達を頼りなさいよ」

「……ありがとうございます。心配かけてすみません」

「わ、分かればいいのよ! モー!」


 リンデア書記は照れくさそうに顔を赤らめ、まだ撫でるのを止める気がない火澤副会長は微笑ましくしている。


 ……しばらくこのままだとバイトに遅れて彩織さんに怒られそうだ。

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