第25話 新たな戦力?

 

 『ターミナル情報局』


 現在、日本国内における諜報活動を行う情報機関は主に総理大臣の管理下に置かれている内閣情報調査室。防衛省の情報本部。特に有名なのが警視庁の公安警察を指している人が多い。


 その中でも『ターミナル情報局』という諜報組織は軍事的、政治的といったことに囚われない多種多様な情報収集を目的とした情報機関として、近代の秘密裏に設立された秘匿機関。

 

 主に諜報活動を行うのは他の機関と同じだが、通信・工作・戦闘といった各分野の技能を極めたスペシャリストもとい諜報員が集うこの情報機関『ターミナル情報局』は国内その他の機関からだけではなく海外の幾多の情報機関からも一目置かれるスパイの最暗部と呼ばれていた。


 俺、風時 修司もその機関の一員の諜報員として幼少より身を置かれて――



――



 喫茶店『カサブランカ』

 ターミナル情報局の管理によって置かれたこの店は機関に所属している諜報員が利用する情報共有施設。

 ここでは外部に漏らしてはならない情報を扱い、伝達して共有する場――

 な、はずなのだが……。


「うぅ…………」


 喫茶店の事務室。

 俺の胸辺りまでしかない背丈の少女がモジモジと恥ずかしくしている。


「いいじゃない! リリス。とっても似合ってて可愛いわよ。ね? 修司」

「……まあ、確かによく似合ってる」

「マ、マスター!?」


 隣には、いかにも仕事が出来て厳しそうな20代半ば過ぎた大人の女性。

 この喫茶店の店主であり情報機関では俺の上司に当たる人、雨宮彩織さんが、うんうんと目の前にいる姿に満足気でいる。


「は……恥ずかしいです……」


 そのリリスの表情は羞恥に染まる。


 ――スパイならばどんな場面でも冷静であれ


 普段あまりこういった感情を表に出さずに淡々としていて、俺と同じ諜報員である少女もこの事態には戸惑っている。


「こ……こんな恥ずかしい服で人前で接客するなんて……!」


 フリフリのドレスなメイド服を着たリリスが声を上げた。


 本日はこの喫茶店でリリスの初めてのバイトである。

 主に機関の人がスタッフとして働くこの店は人手不足ということもあり、喫茶店責任者店長である彩織さんによって俺とリリスは(無理矢理強引に)バイトとして働かされることになった。


「それで彩織さん。なんでこんな服をリリスに? 喫茶店の制服にしては派手だと思うが……」

「うぅ……」


 羞恥に染まるリリスが着るメイド服は黒を基調としてフリフリなレースの白い長袖のワンピースに黒いエプロン。服の所々にはアクセサリの白い花のコサージュに、トドメには黒い布がフワフワに広がっているカチューシャを頭に取り付ければ、どこからどう見ても可愛い少女のメイド。着ている本人は純粋なロシアの外国人なこともあってか精巧に出来た美しい人形にも見えてしまう。


 少なくとも、この喫茶店はメイド喫茶なわけではないはずだが。


「――いい修司?」


 彩織さんはガシっと俺の両肩を掴んでは真剣そのものな視線で俺の目と合わせる。

 超至近距離で美人で大人の女性にそんな目を向けられれば、たとえ幼き頃より知っている家族みたいな相手でも緊張してしまう。

 どことなく視線外にいるリリスから俺に対して危険な殺気紛いを送られてる気がするが……今は無視しとこう。


「私達の組織の活動はね。何事もが必要なのよ。資金が! この喫茶店の経営だって資金がなければ動かすことなんか出来やしないの! 資金を集めるにはどうしたらいいのか分かる? 答えなさい」

「……与えられた任務を成功する?」

「……そうね。それも大事だわ。でもね今の私達は諜報員だけではなく、この喫茶店のスタッフなのよ! それを考えた上で答えなさい!」

「………………店の利益を上げる?」

「そうよ! その為にはこの店を利用する客が増えないといけないわけ! つまり客寄せをするのよ! こんな可愛い子がいるんだから、最大限に有効活用するのが当たり前じゃない!」


 彩織さんはビシっとメイド服のリリスを指し、リリスは顔を赤くしながら戸惑う反応しか返せない。


「だから、どんな手を使っても稼がないといけないわけ! わかった!?」

「わ……わかったから肩から手を離してくれ! メリメリ食い込んで痛いから!」


 しなやかな女性の指なはずなのに、どこからこんな握力が生まれるんだと俺の肩を痛めつける。解放されても肩には痛みしか残らなかった。これで俺、今日の仕事はまともに出来るのか?


「なのでリリスにはしっかりと、その姿で接客してもらうわよ」

「そ、そんな……。マスター……!」

「……諦めろ。相手は彩織さんだ」


 リリスは抵抗しようにも俺の助けを求めて縋るが、残念ながら俺には何もしてやれない。

 なにせ彩織さんには逆らうことなんか出来ない。それは俺だけではなくリリス自身もよく分かっているはずだ。この人に逆らってしまえば、どうなるのか――


 つまり大人しく言う事を聞くしかなかった。



-2-



 調理をして完成した料理を提供する。

 それが喫茶店でバイトする俺のほとんどの役割であり仕事だ。

 普段ならば、この仕事をしっかりとこなしているんだが。

 この日は普段よりも特に忙しかった。

 原因は明白だ。


「……見事に彩織さんの狙い通りだな」


 カウンター内の厨房から見える客席に目を向ければ客席がほとんど埋まっていた。

 普段よりも多い。どの客も視線を向けているのは、まさに可愛いメイド服で忙しくせっせと接客しているリリス。男性客が多かったが、意外にも女性客も多く、メイドのリリスに物珍しくしながらも、しっかりと頼んでいる大量の注文の大波が厨房の俺に襲い掛かってきた。


「ほら、3番席の料理がまだよ! 急ぎなさい!」


 彩織さんは客席と厨房を行ったり戻ったりしながらもビシバシと指示をする。

 その姿はまさにキャリアウーマンの仕事ぶり。

 客席にいる人達何人かも、そんな彩織さんに惚れ惚れしている目を向けていた。

 実は彩織さん目当てで、この喫茶店を利用している人が少なくないと、ここしばらく働いてみて分かったのだ。出来る女性というのは憧れるものだ。


 って、今はそんなことを考えている場合じゃなく、


「彩織さん……厨房の人数を増やす予定は?」

「そんな余裕ないわよ! これでも十分回っているんだから問題ないわ」

「じゃあ給料を上げるだけでも……」

「だったら今よりも倍に働きなさい!」

「……理不尽だ」



――――



 ピークが過ぎれば落ち着く。

 忙しさから多少は解放された俺はシンクに溜まりに溜まっていた皿洗いをしていた。


「あの……マスター」


 カウンターから俺の元へとやってきたのは、どこか浮かない顔をしていたリリスだった。


「どうした? 疲れたか?」

「い、いえ。そんなわけでは……」


 落ち着かない様子のまま答えているリリスに俺は――


「初日にしてはよく頑張ってたぞ。お疲れ」

「――ッ!」


 労うようにリリスの頭を手で撫でる。頭にはカチューシャがついているので全然撫でれていないが、それでもリリスは、はぅ~と可愛い声を漏らして落ち着いていた。


「……あっ、そうでした! 彩織さんから二階のフロアにマスター1人で来てと」

「二階に?」


 確か二階は主に局員が利用するフロアとなっているはずだ。

 俺に話があるんだろうか? だったら事務室にでも話せばいいわけだが。


「何か用件は聞いたのか?」

「……とにかく行けば分かります」

「?」


 リリスも知っているのか?と疑問に思いながらも、厨房を後にして俺は二階の階段を上がった。

 

 上がって二階フロア入口に着けば目の前には彩織さんが、さながら仁王立ちの姿勢で俺を迎える。怪訝に思いながらも声を掛けた。


「どうしたんですか?」

「……客人が来ているわよ」


 どうやら二階フロア客席には誰かが利用しているようだ。

 二階にいるということは俺達以外の同じ機関の人間が居ることになる。


「――修司をお呼びよ」


 彩織さんは右親指だけ立てて後ろの客席を向けて示す。

 おいおい彩織さん、いくら相手が同じ機関の人とは言え、ここでは店の客だ。

 とても店長が客相手にする態度じゃないぞ。


「一体誰が……」


 彩織さんの背の向こう側を見れば――


「やあ! 待っていたぞ風時!」


 立派なスーツを身に包む壮年の男性。

 上司であり作戦リーダーでもある黒瀬 彰さん本人が俺に向かって元気そうに手を振っていた。

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