第20話 久方の集い
休日の日。つまり本日は学園へ登校しなくてもいい日。
しかし諜報員である俺、風時修司にとって、休日なんか全くと言っていいほどない。休みであろうと家の中だろうと、少しずつと、これまで調査してきて得た情報を整理していき、パズルを組み立てるように繋ぎ合わせて新しい答えを発見しなければならないからだ。集めてきた情報は決して無駄になってはならない。だが俺一人だけでは限度があるので、こと『情報』を扱うにあたって、この手の分野のスペシャリスト。別の視点も必要だ。
その為、本日この日は家にいるのは俺一人だけではなく……、
「しかしよぉ、リリスちゃん。その背で中学3年生って背伸びしすぎじゃないか? せめて小6の年齢で……――ッ!?」
刹那、手の平サイズのナイフがチャラついた金髪の少年の顔面へ突き刺そうと放たれた。
「……っぶねー。本気で俺を殺す気か!?」
間一髪でチャラい少年は片手の指二本でナイフを挟んだ。刃先がもう数センチと前に進んでいれば眼球へと届いてた。まさに寸前。
「殺意が湧いてしまって思いっきり手が滑りました」
「……言い訳を微塵たりもしねぇのかよ」
リビングの空間。ナイフを放った白い髪の少女、リリスはプイっと顔を逸らして、テーブルの向かい側に座っている金髪の少年、透はやれやれと呆れるため息を吐きながら掴んだナイフをテーブルに置く。両者の間に漂う何とも言えない空気の中に割り込んだ。
「おい、俺の部屋でなにしてんだよ」
「ご、ごめんなさいマスター。全部この人が悪いんです。同僚からのセクハラです」
台所から取っ手の付いている鍋の蓋を掴みながら戻ってきて注意する俺に気づいたリリスはあたふたと身振り手振りする。
「殺されかけた俺が一方的に悪いってのかよ……」
「原因を作ったのはお前だろ? 透。反省しろ」
「クソォ、お前さんはリリスちゃんの味方か」
「マスターは何時だって私の味方だし、私もマスターの味方なんです」
リリスは俺の背中に隠れながら透に向かって。アッカンベーと可愛らしい小さな舌を出す。相変わらずこの2人は、いつもこんな感じだ。透はリリスにちょっかい出すし、それに対してリリスはこうやってナイフを投げて威嚇する。それはそうと透は、あんな一瞬の飛びナイフに瞬時に反応するとは、これも今まで何度もあったからかの経験故なのか。
「いいから落ち着けって……ほらリリス。サラダもあるから取って来てくれ」
「はい! 了解しました!」
まるで任務の最中であるかのような真剣に大きな声の返事をしてトテトテと小さな歩幅でありながら素早くと台所へと向かった。俺は手に掴んでいた鍋をテーブルの真ん中へと置くと、席に座っている透は鍋から漂う匂いを嗅いに反応する。
「おっ、これはビーフシチューか。そういやお前、彩織さんのあの店でバイトする羽目になっちまったんだっけか。そんで全然料理してなかったのもバレて、こってり絞られてるって」
「……まったく、お前の耳は何時でも早いな」
こいつ
「しっかしリリスちゃんも料理出来るようになったんだろ? だったらリリスちゃんの作った料理が食べたかったのになぁ」
「なんで私が杉坂さんなんかの為に作らないといけないんですか」
早速とトマトやレタス等のサラダを乗せた木皿を持ってきてはそんなことを言うリリスに透は苦笑しかない。
「本当にリリスちゃんはこいつにゾッコンだな……」
「ちゃんとリリスも手伝ってくれたんだけどな」
「……でも野菜を切っただけです。あんまり手伝えずにごめんなさい……」
シュンと俯くリリスの頭を撫でる。
少女のサラリとした髪の手触りが心地良い。
「なに言ってるんだ。前にリリスが料理を作ってくれた時なんか、何も無かった食材を用意してくれたりと助かったことがあるんだ」
リリスは、えへへと口から小さく零しながら俺に頭を撫でられるのを堪能している。むしろ、もっと撫でてと頭を突き出している。
「こいつもこいつでリリスちゃんに甘いとか。これって、もしかして俺が邪魔だったりするのかねぇ……」
-2-
3人とも食卓テーブルに座って、いただきますと食べる。
まずメインであるビーフシチューを口に含めば、肉と野菜の旨味が染み込んだ熱々のブラウンソースが口の中に濃厚に広がる。続いてゴロっとしている牛肉にジャガイモも煮込まれていた分だけ柔らかくなっており、噛むと程よく溶けていく。よし、美味く作れてなによりだ。二人からも「うまいな」「さすがですマスター!」と言ってくれて作り甲斐があったもんだ。
「しっかし久し振りにこうして集まったのに感慨深さが何もねぇな」
食べている最中に、ふと透がそんなことを言い出す。
「『俺達』なんか、こんなもんだろ」
「そうです」
諜報員とは何時も任務に取り掛かりだ。前に集まったのは何時だったのだろうか。瑠凛学園に潜入してしばらく一人で活動していたし、リリスや透に会ったのだって、つい最近。
――友人、同僚、家族、それらですら名状しがたい関係。
それが俺達だ。
「ああ、そうだったな。でもリリスちゃんは久しぶりにこいつと会った時は嬉しかったんじゃねぇのか?」
「…………//」
リリスは無視しつつも照れながらビーフシチューをパクパクと口に運ぶ。
それを微笑ましく見た俺は透に別の話題を振った。
「そういえば透、お前も別の学校に通っているんだったな。どんな学生生活を過ごしてるんだ?」
すると透はスプーンを口に含んだまま目を大きく見開いては驚愕の反応を返す。
「は? お前が俺のプライベートについて聞くのは珍しいな。こういう話は俺から振らないとしなかっただろ」
「……」
慣れた反応だ。
「別にいいだろ……たまには」
「ふーん。そんもんかねぇ……。何か心境の変化でもあったんじゃねぇのか?」
ニヤっと口の端を歪めて挑発モドキの言葉を投げられるが俺は無視する。
「まあ、あえて聞かないでやるよ。そうだな……俺なりに学校生活は満喫してるさ。学校に登校して知り合ったダチと放課後や休みの日に外でご飯食いに行ったりゲーセンとかに遊び行くとかな」
「……随分と充実してるな」
「そうかぁ? 学生なんかこんなもんだろ。お前はしないってのかよ?」
放課後なんか基本生徒会の活動をしていて、他は学園を調査したり家に帰って任務の整理をしたりばかりだ。しかも最近は合間にバイトすることになってしまったし、透のように誰かと遊びに行くことなんか考えていなかった。
「ああ、あと――合コンもな」
透は再びニヤっと口にする。
合コン。
広義の意味では複数人の男女がグループで出会い目的で開催する飲み会。
恋人を求める出会いもあれば、ただ単に異性とお喋りがしたいだけで参加する人もいる……と断片的に聞く。
「何ともお前らしいな」
「だろ?」
こんなチャラついた外見に飄々と女をナンパする奴だ。合コンなんか日常茶飯事だろう。箱入り娘が多い瑠凛学園の女生徒には刺激が強い内容ばかりだ。
「……サイッテーです」
片や横を見ればリリスが軽蔑な目を透に向ける。
そのドキツイ視線を受けた透はギクっと慌てて、
「あー、違う違うリリスちゃん。こういうとこからでも重要な情報ってのはザクザクと出てくるもんなんだって。何も、ただ遊びたいだけで参加してるわけじゃ……」
「ちなみに最近の合コンで得た情報はなんだ?」
「知り合った女のとこの高校が中々可愛いレベルが高いのが多いって話なん――ッ!?」
饒舌に語っている透の言葉を容赦なく遮る視線。
リリスの目はますますと軽蔑、更には侮蔑が込められていた。
もはや言葉すら発さない。
「たくっ……。なんなら修司、今度お前も一緒に合コンに参加しろ!」
「いきなり何言い出すんだ」
もはやヤケクソになって俺を巻き込むつもりで言い出す透。
これにはリリスも無言を取り下げて椅子から立ち上がって突っかかった。
「ダ、ダメです! マスターに、そんないがかわしい場なんかに参加させません!」
「別にいいじゃねぇか。なんならリリスちゃんも参加するか?」
「いいから、お前らゆっくり食べろ!」
-3-
あの後は俺が睨みを利かせて静かなまま食事を終えた。
リリスは料理をあまり手伝えなかったからか、せめてにと洗い物はすると申したので、今は台所の方からジャーと水道から流れる音が響いてくる。
「ほらよ。頼まれてたのだ」
透から手渡されたのはUSB。中に入ってるデータは先日、彩織さんの喫茶店で透に会った際に頼んでいた案件だ。
「調べたら、お前さんの狙い通り真っ黒だったぜ。しっかし随分と粗末だからか、突いてみればじゃんじゃん出てくる」
ここ数日の学園の中で『違和感』『気配』『兆候』が出てきている。
まずは、その異物を取り除かなければならない。
学園内の情報は俺が、
学園外の情報は透が集めといてくれた。
「で、これからどうするんだ?」
「こっちから動けば瑠凛学園の方が気づく可能性がある」
最悪、生徒会の3人に知られるのは避けたいとこだ。
「俺の予想が正しければ向こうから動き出すはずだ。そこを狙うしかない」
平穏な日常。
裏で動いている俺達とは、また別の存在――そいつを見つけた。
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