第19話 放課後の教室


 放課後いつも通り生徒会室――ではなく本日は1-A組の教室で俺は席に座っていた。この教室に居るのは、机を俺の前の机にくっつけて座っている、もう一人の大人の男性。


「悪いねー。君は生徒会の活動があるのに時間を取らせちゃって」


 眼鏡を掛けていて口周りはスッキリしているのに服装はヨレたスーツを着ていて、どことなくだらしなさがある人。学校がある日ならば毎日顔を合わせる相手といっていい。


「それは先生との面談だから仕方ないので」

「うんうん。仕方ないよね、僕だって本当はこんなことしたくなかったんだよ。でも、どうしても僕が受け持っている生徒とは二者面談なり話し合いするようにキツく他の職員から言われてしまってね。いやー本当に面倒だよ、はは」

「先生がそれを言ったら駄目でしょ……」


 いち教師がそれでいいのか?

 1-A 担任 工藤 吉鷹よしたか

 我らがクラスの担任教師であり、今の言動みたいなことを生徒相手に隠さずによく口にしている、とても先生とは思えない人だ。こんな人が何故、瑠凛学園で指導する立場の人になれたのかとクラス皆の不思議が一回りして慣れてしまった。

 今日は俺と工藤先生との二者面談の日であり、こうしてマンツーマンで話をすることになった。


「話すことと言っても、そこまで本腰が入った中身ではないし、もう進路の話なんてまだまだ早いからね。まあ僕は世間話のつもりで話すから安心しててよ」

「はあ……」


 先生から伝わってくるのは、やる気のなさだけ。きっと他の生徒に対してもこんな感じで面談しているのだろう。ここは適当に受け応えして終わらせとこう。


「まずはそうだね……風時くんは他の皆とは違って高等部からの入学組。2か月になるね。この学園は基本内部――中等部から進学する人がほとんどで、高等部から入学しても周りはとっくに仲が良いコミュニティが形成されてるんだよ。だから君がクラスの輪から外れないかと心配していたんだけど、特に問題なさそうで安心安心」


 俺はここ瑠凛学園の高等部から入学した。先生の言う通り入学初日はクラスの周りは既に友人関係を構築しているグループが出来ているエスカレーター組の同級生で固められている。確かに普通ならば、外部から来た人は、すぐにその輪へ入り込むのは難しいだろう。


 ――しかし俺は周りの生徒の名前や家柄、趣味の個人情報、交友関係は入学前から事前調査で調べていた。初日で挨拶をする際にはクラスメイト一人一人に好感を持たせるような話題に触れて数日で打ち解ける事が出来た。この程度、諜報員ならば問題ない。


「それに特に仲が良いのは夏原くんと冬里さんだね」

「……そうですか?」

「え? 友人じゃないの?」


 俺が疑問を浮かべば、先生から驚愕の目を向けられた。

 夏原雅人。

 冬里ひより。

 確かに1-Aクラス内なら、この2人とは割と話はする相手だが、それは――


「ただ席が近いからよく話す方だとは思ってるけど……」

「そういうもんだよ。普段から距離が近い人とよく接していれば自然に仲良くなる……のだと僕は思うんだけど」


 今までというのはあまり意識していなかった。

 諜報員――スパイというのはあくまで友好的に接することがほとんどだ。そこに友情という要素は不要。むしろ邪魔だと思っていた。

 でも考えてみれば同じクラスのひよりと雅人の場合は任務にあまり関係ないので、そこまで意識して見ることはなかったわけだが……。

 

「ま、まあ風時くんがどう思ってるかはともかく、冬里さんと夏原くんは君に対して仲良く接してると思うよ」


 先生は困ったように頬を掻いて苦笑を浮かべたまま話を続けた。


「例えば冬里さんは明るい人だから元々友達が多いけどね、実は割と相手を選んで慎重に接している部分はあるんだよ。でも君に対してはより直接的な態度でオープンにしている。あんなに騒がしく生き生きとした冬里さんに付き合えるのは君ぐらいなもんだよ、はは」

「そんな風に見られてたのか……」


 ひよりには学校で振り回されることがほとんどで傍迷惑な隣の席の女子生徒だという認識しかなかった。しかし思えば最近は彼女の好きな本を借りることがあったりと趣味の共有を自然にしていたりする。


「それと夏原くん。彼の場合は家から期待されてるからか、言い方が悪いけど彼は家の為にこの学園で他の家柄の人と付き合う損得の考えで接しているんだよ。――でも君に対しては、そんな損得だけではない話し相手として接しているように僕には見えて――」

「…………」

「ん? どうしたのかな? 何か気になったことでもある?」

「いえ……案外ちゃんと生徒のことを見てるんですね、先生って」

「……もしかして僕ってダメダメな教師って思われてたのかな?」

「ついさっきまでは」

「はは……それは痛い話だ。こう見えてもちゃんと仕事しているんだよ?」


 不真面目な印象だとは思ったが、なんだかんだ教師なのか。

 先生は落胆したせいでズレた眼鏡の位置を直す。


「だったら普段から真面目にしてれば周りから尊敬されますよ」

「いやー真面目にしてるつもりなんだけど……おっと、話が逸れちゃったね。だから冬里さんと夏原くんの二人共、君のことは気心が知れた関係だとは思うよ。もちろん、ちゃんととしてね」


 なるほど……友達か。今までそんなことは全然考えていなかった。

 つまり今までの俺の人間関係は碌な物じゃなかったといえるな……。彩織さんが言っていた学園生活どうこうが何となく分かってきた気がする。


「とりあえずクラスや友人関係とも良好ってことでいいね。うんうん、良い事だ。イジメがあると困るしね」

「この学園でもイジメが?」

「そりゃ、どうしてもあるよ。この学園自体は殊勝な場で一般な学校とは違うとはいえ生徒同士に差がズレてしまう。……特にここの生徒は家柄がステータスになっているからね。でも僕のクラスではそういうことがないから安心だ。皆良い子で助かるよ」


 貴族の学園であるが故に家柄が絡む交友となる。そこで生じる格差によっては人間関係に影響があるのは仕方ないことだ。ある意味では一般の学校よりも厄介な問題が起こっている。工藤先生ではないが、これまた面倒くさい話だ。


「次は学業の話でもしよっか。君は中間試験は高得点を取っているし、この調子ならば期末試験も成績は全然大丈夫だね」


 そこも抜かりはない。この学園では家柄ともう一つ重視されるのが『能力』だ。これは成績に当てはまるので常に上位に入るように維持し続けている。これも諜報員ならば問題ない。もし成績を落とせば――


(さすがに成績落とせば生徒会の会長達から怒られるよなぁ……)


 思い浮かぶのは3人の生徒会の先輩。

 生徒会の一員ならば成績が悪くなるようなことは決してあってはいけないはずだし、信頼を損ねてはならない。


「それに君は1年生でありながら生徒会の会計も努めている」


 タイミングが合うように先生から生徒会の話へ移った。


「それで、『生徒会』はどうだい?」

「まあまだ慣れてないってのが正直なとこで……」

「それは仕方ないよ。入学してばかりで生徒会の仕事も完璧にやれるわけがない。でも君が生徒会に居てくれるおかげで、僕は久しぶりに他の職員から褒められたよ。はは」


 瑠凛の生徒会は特別な立ち位置だ。特に生徒会長、副会長、書記の3人は家柄と才能どちらも完璧であり影響力が強い存在。倫理の室岡拓巳先生は彼女達は危険な存在と認識しているが……。


「工藤先生は生徒会の3人について、どう思っているんですか?」


 だから俺は工藤先生に訊いてみた。

 これが本題であると言わんばかりに――


「そうだねー……。彼女達はこの学園でも特殊な立場の生徒だからね。何と言っても『十王名家』のグループに入ってる家のお子さんだし僕以外の職員は彼女達への扱いは特別だからね。ただ――」

「ただ?」

「僕にとっては何も変わりない普通の人だよ」


 予想外の答えだった。


「普通?」

「ん? そりゃそうだよ。普通に生徒会の彼女達も人の子だ。風時くんや他の生徒と何も変わりない一生徒だよ。だから僕は彼女達を特別扱いしたり、君達をぞんざいに扱ったりなんかしない」


 先生の目を嘘偽りなく、しっかりと目の前の俺を捉えていた。

 今言った事は本心なんだと――


「……」

「何か思う事でもあったかな?」

「いえ……」


 これは俺の取り越し苦労だったかなと思い直す。


「うん。とりあえず話すことはこれで終わりかな」


 先生はホッとした一息で思いっきり背伸びをする。


「いやー本当に助かるよ。風時くんは全然問題ないからスムーズに終われた。優秀で良かった」


 『優秀』

 何度も何度も聞いた言葉だ。何事も問題なく仕事をこなす。それが諜報員で必要なスキル。


 今も問題なく面談が終わって教室から出ようと席から立った瞬間、


「――でも、君はそれでいいのかい?」


 鋭い視線――言葉が刺さった。


「え?」

「あ、ごめんごめん。言い方が悪かったね。君はずっと気を張り詰めてばかりで疲れないのかなって」

「……先生が何を言っているのか分かりませんけど」

「無理をしなくていいよ。君は常に人を。さっきだって僕に質問をぶつけて考えを探っていたよね?」

「……ッ!」


 気づかれていた?

 面談で顔を合わせた時から先生の表情、仕草をことが――


「これでも僕は教師だ。今まで何人も生徒を見ていれば何となく何を考えているのか分かるんだよ」


 教師として数多くの生徒と接したからこそ教師も学んでいる。

 それは『経験』によるものだ。


「風時くん。先生らしくアドバイスをあげよう。――適度に気を抜いてみなさい。いつまでも張り詰めたままでいると、見落とすモノがあるよ」


 まるで今の俺に対して見透かしたような言葉だった。


「先生――あなたは……」


 逆に問い返してみようと口を開いて言おうとした瞬間、


「はは、ドラマの先生みたいなこと言ってみたかったんだよねー。どう? 今の僕? とても先生らしくてカッコよかったよね?」

「……すごく残念な先生だってのは分かりました」

「あれ?」


 さっきまでの教師の貫禄が台無しだ。

 しかしこれで分かったことがある。


「でも参考にはなったので助かりました」

「それはよかった。困ったことがあれば何時でも僕を頼ってね」

「だったら頼りたくなるような先生として普段から真面目にやってくださいよ」


 最後は二人して笑いながら二者面談は終わった。

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