第21話 放課後の帰り道


 某有名ファーストフードのハンバーガーショップ。

 誰もがお馴染みの飲食店であろう。放課後となれば学校帰りの生徒が多く集い、店の入り口近くまでガヤガヤと騒音の中で混雑しているピークの時間帯となっていた。俺はこの店を利用する為に並んでいる。


「シュー君、すっごい人いっぱいだねー。てかメニュー沢山あって悩むし」


 と、このように並んでいるのは俺一人だけではなく、隣にはニコニコと緩んだ顔で、はしゃぎながら店奥の店員がいるカウンター上のパネルに表示されていたメインのハンバーガーやポテト等のサイドメニューの写真を見て注文を悩んでいる瑠凛の女子生徒。俺と同じ1-Aクラスで教室では隣の席の冬里ひより。

 天然の茶髪がふわっとしたパーマで巻いてて目がパッチリとしている。服装は制服なんだが、本人いわくギャルっぽく意識しているからか学園の外となっている今では思いっきり崩していて派手な格好をしていた。基本長い制服のスカートは膝まで折り畳んで短くしており、ワイシャツも第二ボタンまで外して胸元が見えそうで見えないギリギリのライン。これはとても貴族であれの瑠凛学園の敷地内では見せられない姿で、この本人もバレないバレないと挑戦的の態度でいる。


「何も決めてこなかったのか?」

「決まってなーい。てかここ来るの初めてだし」

「え? 来たことないのか?」

「うん。でも、もちろん、お店自体は知ってるよー。CMだって毎日のようにやってるわけだしぃ。ウチの親、こういうお店に連れてってくれることなかったしねー」


 さすが瑠凛の貴族。ひよりは普段からこんなんだが家柄は大手の玩具メーカー大企業で立派な御令嬢だ。確かに周りを見れば並んでいる学校帰りと思わしき他の学生の制服は他校だらけで瑠凛の生徒は俺とひよりの二人だけ。実はさっきから周りの視線がチラチラとこっちに向けられている。きっと、お金持ちが通う瑠凛の生徒が、こういう店を利用しているのが珍しいからだろう。

 ……まあ、ひよりは見た目は可愛いので、この中で目立っており、主に近くの男性からは邪な視線を送られているが、当の本人はけろりと気にしてない、というよりも、このお店に大の夢中で全く気づいていない様子。


「でも意外だな。ひよりだったら来たことがあると思ったが」


 いかにも、こう行動的な人間だと興味本位で、こっそり利用していると想像しやすい。ひよりは腕を組んで目を閉じながら、


「うーん、来てみたいって興味はあったんだけどねー。でもほら、こういうとこは学校の人と一緒に来て食べたい!って思うわけじゃん? ……それにウチの学校の生徒ってこういうとこ利用したがらないし……ああ! それにマサ君だってそうだったじゃん!」


 後半はやや怒り気味で言う。マサ君とは同じクラスの夏原雅人のことであり、あれは今朝のホームルーム前の時に、ひよりが俺と雅人に挨拶した開幕「放課後に一緒に近くの商店街のハンバーガー屋さんに行こーよ!」って誘われた。しかし雅人は――


『なんで俺がそんな店に行くんだ』


 と、一蹴。

 この通り雅人は瑠凛の生徒らしい貴族性質の考えである。


「マサくんって薄情だよねー。普通誘ったら来るでしょ? なにあれ!」


 と、プンプンに怒り気味で、俺は雅人は悪気は無かったはずだと、あいつを庇おうと思いかけたが、あれは思いっきり悪意がある突き放し方だったので言葉が思い浮かばない。なので無理矢理と別の話題に転換した。


「家の人には、ひよりがここで食べること知ってるのか?」

「うん、一応言っといたよ。最初は渋ってたけど毎日利用しなくて、たまになら行ってもいいって」

「へぇ。そこまで厳しくないんだな」

「まあねー。さすがに高校生にもなってあれもダメこれもダメってきついしょ」

 

 そうこう話している内に気づけば、目の前で並んでいた客が注文を済まして列から離れ、カウンターにいる店員のお姉さんから、お待たせました―と俺とひよりに声が掛かる。


「え、え、どうしよー!? まだメニュー決まってない!」

「まだ決まってなかったのかよ……」


 並んでいる間は十分とメニューを決めれる時間があったのに、いざ注文の番となった今のひよりはあたふたしていた。


「じゃあもうシュー君が決めちゃって!」

「いいのか? 初めて利用するのに自分で決めなくて」

「いいよいいよ。何でもいいから」

「じゃあ……」


 無難に肉のパティと野菜がバランスよく入っているベーコンレタストマトのバーガーにポテトと飲み物が付くセットを二人分注文した。次に、お飲み物は何になさいますか?と聞かれ――


「飲み物は?」

「うーんとね、キャラメルフラペチーノのカスタム――」

「それ、違う店だから!?」

「あはは、冗談だって。お姉さんゴメンなさい。コーラで」


 店員のお姉さんは小さくクスっと笑って注文を承る。

 普通に恥ずかしすぎる……。急いで注文を終わらせるように俺の飲み物も同じくコーラにして 会計する時も後で割り勘するので先に俺一人で支払う。注文番号の札を渡されたので席を探しに移動する。


「手際いいねー、頼りになるぅ!」

「注文するだけなのに疲れさせるなよ……」


 店の窓際、二人掛けのテーブルが空いていたので、俺とひよりは向かい合うようにして座る。程なくして、さすが早さが売りのファーストフード店。注文したのがすぐに届けられて二人の間には、ズッシリしたバンズに肉と野菜がはみ出てるハンバーガーとカリカリに揚げられたフライドポテトと様々に混ざる香ばしい匂いが広がって、僅かだった空腹を加速させる。


「わー! すごい美味しそーじゃん!」


 ひよりは、いただきまーすとハンバーガーから手をつける。両手で持ちながらも、小さくパクっと食べればモグモグと咀嚼して飲み込んで、わー! 美味しー!と感想を漏らす。見た目はギャルなのに、こういう大人しく食べる仕草だと妙なギャップがあった。対して俺はバーガーを片手で食べると、おーワイルド!と、ひよりが反応すれば真似して同じように片手で食べだした。


「そーいえばクドー先生の面談どうだったー? なんかアレコレ言われたりした?」


 さすがにずっと黙々と食べるのは我慢ならないのか、ひよりから世間話が振ってきた。その間はどっちもバーガーを食べずに、ちょくちょくとポテトをつまんでいる。


「何ともなかったよ。すぐに終わったし」

「そりゃシュー君って全然問題なさそーだしねー。私めっちゃ長かったんだよー?」

「どうせ、普段の授業態度で色々言われたんだろ?」


 思い当たる節なんかそれしかない。こいつは授業の間は隣の席で気持ちよさそうにスヤスヤ寝ているのがほとんどだ。そんなのを見てしまえば俺も眠たくなってしまうが、先生に起こされて注意されるのを見て寝ずに済む。


「でもね、成績はそこまで文句言われなかったんだよ? それなのに授業は寝てないで真面目に受けなさいってぇ」

「深夜に遅くまで起きているのが悪い」

「だってー、漫画とかラノベ読んだりぃ、アニメも見始めたら寝られないってぇ。あ、そうそうシュー君に受けそうな作品があってね――」


 ひよりは、それはもう本当に活き活きとした表情で語り始める。こう正直に好きなことをオープンにしているのは同じ趣味を持っているレイナ・リンデア書記とは違うな。


「あはは、こうやって学校の帰りに食べながら話してるっていいねー」

「……そうだな」


 学校に行って授業を受けて帰りに友達と一緒に何処かへ寄って遊ぶ。透が言っていた学生生活を送れている。こんな諜報員――任務とは関係ないな毎日が続いていたら――

 

「ねーね?」

「ん?」


 ふと気づけば、ひよりは笑顔で形の良い指先に一本のポテトを摘まんでは俺の口元近くまで運んでいた。


「……なんだよ、それ」

「こーいうの、やってみたかったんだよねー。よくやってるじゃん?」

「どこで?」

「漫画で」


 やっぱりその知識か……。

 つまり、ひよりの持つポテトにあーんと食べろと。


「ほらほらー、ポテト冷めちゃうよー?」


 明らかな、からかいの調子で摘まんでいるポテトを小刻みに揺らす。しかも周りの客からも女性はニヤニヤと微笑ましい視線――男性はトゲトゲと妬みの視線が送られているのがハッキリと伝わる。

 このままでは居心地が悪くなるだけだと、恥ずかしさがあるが差し出されたポテトをパクっと口に食べた。


「どー? どんな味するー?」

「……普通に塩がよく効いたポテトの味だ」

「あはは、だよねー」


 時間が経ったからか、サクサクホックリしていたポテトは、ちょっとシナっと柔らかい食感だったが、まだ塩気が効いているので、これはこれで美味いとモグモグ食べながら残っていたコーラで流し込む。


「てか、もうこれ男女二人だしデートになるよねー」

「お前……よく恥ずかし気もなく……」

「もしかしてシューくん照れてるー?」

「……」


 こんな、ひよりのからかいを受けていたら、お互い食べ終わった。間食にしては結構な量だったので、夕食は減らしてみようかなと考えていると、ひよりは立ち上がった。もう帰る支度か、


「てかさー、やっぱデザートも食べたいよね!」



-2-



「けっこー食べたねー」

「ひよりがな」


 あれから、ひよりはケーキパイにソフトクリームアイスとデザートを堪能していた。ちなみに俺はアイスだけ。女性にとって甘い物は別腹というのか。お腹を壊さないか心配だ。


「帰りは?」

「車で迎えに来てもらうから~」

「そうか、それは安心した」

「え~なんで?」

「いや……」

「? ――あ、ほら! 迎えきてるし」


 店近くの駐車場を見れば、8人は普通に乗れる立派な白いリムジンの車が待ち構えている。この店……いや、周りとは似つかわしくない光景で道端の通行人の市民から注目を集めていた。正直俺は近寄りたくないが仕方なく寄る。しかもギャルみたいに服を着崩している恰好の、ひよりが慣れたようにリムジンに乗り込んだので、周りの人も驚いているときた。リムジンのドアは開かれたまま、ひよりは俺に顔を向ける。


「シュー君も乗りなよー。家まで送ってあげるから」

「悪い。俺はちょっと用事があるから遠慮しとく」

「えー残念。じゃあ今日はあんがとねー。今度はちゃんとマサ君も連れてってやるんだから!」


 ひよりは、ちょっとした強い決意で言いながら俺にバイバイと手を振ってドアが閉まり、ここでは場違いなリムジンは発進して遠ざかって小さくなっていく。



-3-



「……さて」


 すっかり一人になった俺は歩き出した。

 ひよりにはと言った通り、しっかり済まさなくては、とゆっくりと歩き出す。



 ――商店街外れへと


 

 ――交差点へと


 

 ――路地裏へと



 ピタリと足を止めた。目の前は行き止まりの壁で周りには誰もいない。

 いや、人はいるはずだ。

 

 なにせ、さっき店を出た時から俺個人に付きまとう視線と気配があったのに気づいていた。


「出て来い。俺に用があるんだろ?」


 足音が聞こえる。一人の足音ではなく複数。この行き止まりの道から俺を逃がさないよう塞ぐように、俺と年齢が近い3人の男が現れた。


(やっぱり俺に平穏とは程遠いな)


 さっきまであったはずの確かな日常を諦めた。

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