第22話 不穏な動き
商店街から外れた路地裏の行き止まり。さっきから敵意の視線を察していた俺は、1人だけでこの場所へと移動すると、その出口を塞ぐようにして現れた3人組の男達は高校生である俺とあまり年齢が変わらない、というよりも、どいつも見覚えがあった。
「おい、尾けてたのバレたぞ」
「たった1人だろ。かんけーねーし、このままやればいいっすよね? 郷田さん」
「……。おい、てめぇ……俺達を覚えてるか?」
どいつも好き勝手に言っては最後に真ん中にいる俺よりも背丈が大の男が両手の指を組んでコキコキと鳴らしながら、俺に向かって強い口調で言い放つ。この3人は視線だけではない、声色にすら俺に対する怒り、憎しみが混ざった感情を乗せていた。
「そうだな――まず、お前から」
問われた俺は人差し指を真ん中の男に向けて、
「名前は
「「「……」」」
今ので3人共、少々……いや結構な引き気味でたじろいでしまった。
俺はそんなことをお構いなしに続ける。
「そして、お前達三人が共通しているのは――」
わざと一拍置いてから、
「――つい先月に瑠凛学園から退学している。理由は部活動の予算を不正に申請した件が暴かれたから」
この3人が部活動で所属していたアウトドア部というのは生徒会に申請した予算を誤魔化し多めに申請して、更には悪徳業者と手を組んでは今までバレないように予算の一部を着服していたという複数の部活動の内の対象だった。それが学園側にバレたとなれば当然処罰がある。あの件によって約15名は退学となったと聞いている。その退学者となった内である目の前の3人は忌々しげな表情になって、大の男は再び口を開いた。
「……さすがは瑠凛の生徒会の人間だ。生徒の個人情報なんか筒抜けなわけだ」
今のは全く褒めていないつもりのニュアンスとしか聞き取れない。苛立ちが目立っているのが明白だからだ。
「大体はてめぇの言う通りだ。先月、俺達は風紀委員の奴らに取り締まられた。あがこうにも相手は風紀委員長の春川だ。しかも、あの氷の女が用意周到に根回ししやがったせいで俺達は……なすすべもなく退学するしかなくなっちまった」
春川靜音先輩。彼女が風紀委員を率先して取り締まったのは聞いていたが、まさかそこまで徹底的に追い詰めていたのか。正義感が強いあの人らしい。不正があって彼女に目を付けられてしまったのならば逃れようがないだろう。それに俺が思っていたよりも春川先輩の家は学園への影響力は大きい。これは是非とも彼女には協力者になってほしい。
――偽装の身分で入学した俺はどうかって?
この3人のように退学にならないようにはバレずに乗り切ってみせるとも。
……多分。
「だがよぉ……元はと言えば、あの件を暴いたのは生徒会会計のてめぇのせいだって知ってな……。だから、分かってんだろうな?」
再度と大男は俺を見下すように視線を強調する。組んだ手をボキボキとわざと鳴らせる。その目つきには憎しみが込められていた。彼らに対して退学まで追い込んだのは風紀委員の春川先輩……そして学園側だ。 しかし元はといえば生徒会で初めて任された会計の仕事で生徒会や学園から信頼を得る為に仕事をして突き止めた俺なんだが。ただ――
「……別に俺のせいでもなく、お前達の自業自得だと思うんだが」
「うるせぇ――!」
返されたのは怒号。
不正をした向こうが悪い、自業自得のはず。
なのに聞く耳持たずの完全な被害者気取り。
「俺達はなぁ! 何年も瑠凛も居たんだ! なのに……いきなり居場所がなくなったんだ! てめぇのせいでな!」
「そうだ!」
「お前のせいだ!」
大男に続いて他の男2人も執拗に俺を責める。あまりにも一方的だ。
たとえ俺以外の人が生徒会の会計になっても生徒会に入れる程の能力を持っている人だったら、同じように突き止めたはずだと思っている。生徒会の会長達3人だって気づいたはずだ。それだけ、こいつら詰めが甘かったとしか言いようがない。生徒会を舐めて見くびっていたんだ。
――居場所を奪われたのは自分たちの行いのせいだと自覚してほしい
「それで、こうして俺に会った後はどうするんだ? 恨み言でも聞かせたかったのか?」
こいつらがこの後、どんな行動を起こすのかは分かりきっていたが、あえて挑発交じりで返す。
「決まってんだろうが……! 仕返しで――てめぇを、今、ここで、直接、叩き潰すんだよ!」
仕返し……というより只の逆恨みか。原因となった俺を暴力で締め上げようというのは至ってシンプルな考えだ。しかも全く反省の色が見えない。
「郷田さん、とりあえず早くやっちまおうぜ」
「まずは俺達に、ぶっつぶさせてくださいよ。後は郷田さんや皆と一緒にリンチで。……どうせ俺達は退学されたんだし、何やったって問題ないんすから」
他二人が調子のいいことを言う。ここで暴力沙汰を起こしても瑠凛から去った彼らにとっては大して痛くも無い。むしろストレスを発散するのが楽しみとなっている。このまま容易く俺をぶちのめせるとも思っている。
(最近全然こういうことしてないからか、霧崎さんから弛んでるぞって言われそうだし丁度いいか)
――俺は切り替えた。
話が通じない相手に対話しても無駄だからな。
だったら、こいつらのやり方に付き合ってやろう。
両者の間合いは約3メートル。
面倒なので大男の郷田は男A、その他二人は男B、男Cと呼ぼう。
「「オリャァ!」」
男BとCが同時に叫び声を上げながら俺の顔面に目掛けて左右の方向から全力の右の拳で殴りかかってくる。
1対多数というのは、もちろん1人側の方が不利になるのは当然。
ただ、この場合は――両者の間には実力が離れている。しかも距離が離れての攻撃だから俺が対抗できる余裕の時間があった。
――相手二人の拳が目前まで迫ったタイミングで俺は相手の腰の位置まで頭を――姿勢を低くして二人の懐に潜り込む。
「「ッ!?」」
殴り攻撃を躱された二人は急停止するように身体を強引に止めてバランスを崩していく。そこを狙って俺は下から二人の首に向かって同時に手刀を叩きこんだ。すると――
「「あっ………………――」」
そのまま二人は地面へと倒れる。
気絶――とまではいかないが、今の手刀による首筋のダメージで脳震盪を起こして、まともに立ち上がれない状態となっているはずだ。倒れている二人からは小さな呻き声がポツポツと聞こえる。
「……なっ!?」
残る1人、大の男A 郷田。今の俺の反撃で二人同時を倒したことに驚きを隠せないでいる。――その隙を見逃さずに俺は距離を詰めるように地面を蹴って疾走。相手も遅れがあったとはいえ両手を突き出して構える。
自分よりも背丈が大きい敵というのも不利だ。しかもこいつの場合は多少は喧嘩慣れしていると今の動きから分かる。――けど、所詮素人でしかない。
まずは俺の首を掴もうと太い筋肉質の両腕が迫りくるが、俺は下から両手で郷田の両腕を掴んだ。
「――ッ!?」
両腕を掴んだ体勢のまま郷田の腹に思いっきりの膝蹴りを食らわす。
「がはぁ……ッ!?」
ここでまだ終わらない。
今の衝撃で郷田の姿勢は僅かに崩れる。
俺の前に郷田の頭が下がった瞬間を狙って横から首に手刀を叩きこんだ。
「あっ……――!」
郷田はグラッとよろめいて倒れる――前に片膝を地面についた。
さっきの男二人のように首のダメージによる脳震盪で意識がままならないとまではいかずともギリギリ持ちこたえている。しかし、もうしばらくは、まともに動けないのは明白だ。男A、郷田は残っている意識から声を絞り出す。
「……なんだ……その動きは……」
「只の護身術だ」
といっても今のは諜報員の格闘術の一つ。
柔術、中国武術から組み合わせて、攻撃手段は手刀を多用する護身術。アクション映画みたいにスパッと一撃で気絶させるというのは困難であるが、相手をしばらく無力化するぐらいは可能だ。……機関の中には容易く気絶、もとい半殺しに出来る人がいるが……例えば霧崎さんとかさ。
この護身術を学んだ俺からしたら、くだらない喧嘩にしか暴力を振るわない素人なんか3人程度ならば問題ない。むしろ、これぐらいの相手にやられたら戦闘訓練の師である霧崎さんに問答無用で殺されてしまう。
「へ……へへ」
突然と目の前で蹲っている郷田は小さくとも笑い声を上げる。
「なにがおかしい?」
「……瑠凛を退学して……てめぇに恨みを持っている奴はな……俺ら以外にいるってのは忘れてねぇよな?」
そういえばそうだった。あの件で退学となった人数は15人いて、どいつも俺に恨みを持っているのは予想出来る。つまり、こいつら以外、少なくとも10人以上が――
「……てめぇを狙ってる奴なんか何人もいんだよ……さっきここに来たことを他の奴らに連絡して知らせた……だからなぁ……すぐにここに来るはずだ……!」
意識が朦朧として片膝をついて目の前で、俺に見下されているはずの郷田は不敵に笑う。10人同時で俺に掛かれば、さすがの俺も抵抗出来ずにやられると踏んでいる自信だ。
「だ、そうだが――こいつら以外もここにくるのか?」
俺は倒れている3人組より向こう側――路地の曲がり角へ声を掛けた。
「――はいマスター。その人達なら私が始末しておきました」
曲がり角からコツコツと小さな足音が響く。
この路地裏へと現れたのは、白いサイドテールの髪に白い肌と天使のような外見の少女。その華奢な体には瑠凛学園、中等部の制服を着ている。
「なっ……!」
少女の登場に郷田は驚愕の目を示す。
この男だらけの場では場違いな存在。
「……まさか殺してないよな?」
「……全員スタンガンで気絶させただけです。――はい、これ」
リリスは手にしていた物を、蹲っている郷田の身体に投げつけてぶつけた。
「――ッグ!?……これはっ!?」
郷田にぶつかって地面に落ちたのは複数のスマートフォン。それを見た郷田は、もはや驚きを隠せない表情だ。どれも、郷田と俺の後ろで倒れている男二人の他の仲間の持ち物。俺を潰しにくる増援は来ない証拠となっていた。
「――でも本当は殺したいくらいです。そいつらも含めて――」
「……ヒッ!?」
少女から殺気が放たれる。その瞳には輝きが一切ない虚ろの目。
モロに殺気を受けた郷田が地面につきながらもガクガクと震えて白目を剥き出し――口からも泡が溢れてドゴンと大きな音を立てて倒れた。
(こりゃきついな……)
殺気を向けられていない俺にすら伝わるくらいにゾッとする。
こんな小さな可憐な女の子が、何故これだけの殺気を放てるのか。
「それにしても身の程知らずです。私がいなくても、あんな奴ら全員掛かってもマスターは余裕ですから」
リリス・ノアー。
機関では工作員――戦闘員としてのスペシャリスト。
そして殺し屋の裏を併せ持つ名家の御嬢様。
「……さてと」
俺はコンクリートの地に黙ったまま蹲ずいている大男の肩を掴んで上半身だけ無理矢理起こさせる、大の男は「うぅ……」と小さく呻いて戦意が喪失していた。まだ軽く意識が残っているので、俺は男の頬をペチンと叩く。
「……ま、待ってくれ……! 俺達はたぶらかされたんだ!?」
殺される――
郷田はそう思ったのか、意識を強制的に起こさせて、この必死の言い訳を始めた。この期に及んで、そんな台詞を吐けるとは大したもんだ。横に居るリリスも冷めた目でありながら呆れている。
「誑かされた? 誰にだ?」
「わ……わからねぇ。ただ、部活動予算を管理して突き止めたのがテメェだって書かれてた手紙が届いてたんだ!」
「……その手紙は?」
「……読み終えたら燃やすように処分……しろと……」
なるほど、中々用心深い。
「だ……だから……頼む! 殺さないでくれ――アァア!!??」
瞬間、郷田は完全に横になって倒れた。こいつの横腹にはリリスが持つスタンガンが突き刺されたせいで気絶した。
「それでマスター。『コレ』はどうしますか? 処分しときますか?」
リリスは人を人と認識していないゴミを見る目つきで郷田を足元の靴で指す。
味方とはいえ恐ろしい子だ。
「……放っておけ。聞こうにも、これ以上は知らないみたいだしな。只の俺への恨みだから、もう突っかかって来ないだろう。とりあえず機関には報告しとくが」
「……わかりました。――それじゃあ! この後はマスターの家で私が夕食を作りますね!」
さっきまで失っていたリリスの瞳に輝きが復活して、子供のようにはしゃいだ。
この切り替えには恐ろしいもんだと内心で思うが表には出さないでおく。
倒れている郷田達3人を見ながら考えることにした。
(厄介なことになったなぁ……)
とりあえず、倒れているこいつらのことは機関の黒瀬さんに報告しとこう。
「ああ、そうでしたマスター。聞きたいことがあるんでした!」
「ん? なんだ?」
リリスは天使のようにニッコリとした笑顔を俺に向けて――
「今夜は私が夕食を作ろうとしていたのに、さっきは何処の女性とハンバーガー屋さんに食べに行っていたんですか?」
再び輝きを失くした冷たい瞳が今度は俺に向けられる。
……またメンドくさい厄介事が増えてしまった。
-2-
あれから何とかリリスの追及をのらりくらりと躱して無事に今夜、リリス手作りの夕食(ハンバーグ)を美味しく頂いた。
「――ということがあったので」
『ふむ、そうか。それは災難だったね』
ノートPCの画面に映っているのは立派にこしらえていたスーツを着た壮年の男性。黒瀬彰。今回の任務において作戦本部長を任されている上司。さっき起こった出来事について報告していた。
『君を襲った元瑠凛の生徒については、こちらで調べておこう』
「助かります」
あいつらに対しては、あれだけのことをしたんだ(主にリリスだが)
もう俺をつけ狙うようなことはないとはいえ念入りに調べておくに越したことはない。
『さて、一体誰が、彼らを使って風時を狙うように仕向けさせたのか』
「それは俺も調べて必ず突き止めます」
『大した自信だな。では引き続き頼むぞ。ああ、そうそう――』
黒瀬さんは真面目モードから雰囲気と口調は転換する。
あ、まさかこれは――
『そういえば彩織くんのとこの喫茶店では風時だけではなく、リリスくんも働くことになるんだってね? いやぁ、だったら今度は私が客として来ようではないか。それになんだって制服を着て、せっせと可愛らしく仕事に励んでいるリリスく――』
――プツン
突然と通信画面は遮断された。
横から伸びていた、小さな手がキーボードの電源ボタンを押したからだ。
リリスは天使の笑顔でニッコリのまま、
「さて、マスター。報告は終わりましたよね?」
-3-
翌日の朝、本日も瑠凛学園へと登校する。
まだまだ梅雨の時期だからか空の上はどんよりと曇りで朝だっていうのに外が暗い。
貴族の園におあつらえ向きの派手に大きな門を潜れば、いつもよりも騒がしい光景が目に入る。大勢の人だかり。その中心が動いた瞬間、周りの人達は波をかき分けるように左右に分かれて整理された一本道を作り出した。その中心となっていた人物――女生徒が俺の目の前まで歩いてくる。
「おはよう、修司くん」
――生徒会長 山之蔵 奏。肩まで流れる銀髪の髪に、透明過ぎる肌は曇りの下でもハッキリと目立っている。会長はいつものよう凛々しい面持ちで挨拶をした。
「……おはようございます。どうしたんですか? 朝にこんなとこで会うなんて」
いつもは放課後の生徒会室で会うのがほとんどだ。出会うにしても前回みたいな休み時間に一年教室に襲撃してきたぐらいだ。なんとも珍しい。
「学校が始まる前に君の元気な姿でも見ておこうと思ってね」
「はぁ……」
相変わらず何を考えているのか分からない人だ。
-4-
「風時くん」
校舎に入れば、すぐに会長とは別々になって1年A組教室に入ろうとした時に横から声を掛けられた。
倫理の教科担当教師。
爽やかな笑顔が向けられる。廊下で通り過ぎる女生徒もチラリと先生の方を見ていた。我らが担任、だらしない工藤先生とは大違いだ。
俺は軽く会釈して挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう。ところで、さっきは大丈夫でしたか?」
「さっき?」
「校門近くの所で生徒会長に会いましたよね?」
「そうですが……なにか?」
「ええ……――実は生徒会長が君に会う前に、僕は彼女と校舎の前で挨拶したんだけど……どうやら彼女、切羽詰まっていた表情をしていたから、それが気になって……」
「会長が?」
切羽詰まっていた表情? あの会長が?
いつも澄ました表情をしている彼女からは考えられない。
――室岡先生は今度は周りに聞こえないように俺の耳元で囁く。
「実は……先月、部活予算のことで、この学園から退学した生徒がいるのは知っていますよね?」
「……はい、まあ」
まさに昨日のことだ。俺を襲った連中。
「彼女――山之蔵生徒会長が、その人達に接触したと聞きました」
「――!」
「僕は詳しい事は分かりませんが……何か不穏な動きがあったのは確かだと思って」
室岡先生はポンと俺の肩を優しく叩いた。
表情筋は優し気で穏やかになりながらも目は真剣になり、
「とにかく生徒会……特に生徒会長の彼女には気をつけてください」
そう言い残した先生は、爽やかな顔に戻って周りの生徒達に挨拶しながら去っていった。
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