第24話 隠れた小会議
『そうか。それは災難だったな――風時』
渋く低いダンディな声が片耳に装着しているワイヤレスイヤホンから響く。
――ただ今、俺はホテル内ロビーから離れた人気のない場所で隠れながら、密かに持ち込んでいた7インチサイズのタブレットを手にして通信を取っていた。
タブレットの画面には俺とは別の、3人の顔が映し出されている。
『せっかく楽しいイベントだってのに、そりゃあご愁傷だな』
『マスターの為ならどんな場所からでもリリスは応答します!』
飄々した声に続いて、ハキハキとした声も聞こえた。
あれから一度ロビーで1学年全員集合して、教員達からホテルで過ごす際の注意事項など一通りの説明を受けた後に一時解散。夕食までの間は生徒各自に自由時間となっていた。
ほとんどの教員生徒は、まず自分の宿泊部屋に赴いて休憩したり荷物の整理をするはず。……部屋の中で連絡取ろうにも、あいにくとクラスメイトと相部屋なので無理だ。
なので、俺はこうして離れた場所で隠れながら機関に連絡して呼びかける形で、ここで一度リモート通信による
集った
『マスターに危害を加える奴がいるなんて……!」
1人は、怒りプンプンで頬を膨らませながら、小さな背で懸命に画面に映ろうと応答する俺のパートナーである少女。リリス・ノアー。
午前の博物館見学の際にも一度連絡を取り合っていたが、今さっきホテルに入った直後にもリリスの方から慌てた様子で通信を貰った。その内容は、時は既に遅しとなってしまったが…。
それに――この子には色々と訊くことがあったので呼びかけた。
『んで、俺を呼んだからには何が知りてぇんだ?』
もう一人は、派手に染まった髪型にピアスを付けたりとチャラついた俺と同い年の高校生男子、
機関きっての『情報屋』として卓越した情報収集能力を有する諜報員。
あらゆる所に持ち前で張った情報網によって、隠れた情報を拾い上げて特定出来る男だ。
今の時間帯は彼が通っている別の高校の放課後で、下校していた丁度いいタイミングだったので、この場に呼んで参加してもらった。
『ところで、なんで杉坂さんがいるんですか? 邪魔です』
『ナチュラルにはっきり言うなよ、リリスちゃん。俺がいちゃ、わりいのか?」
『そうです』
『あん?』
「頼むから、二人とも今は大人しくしててくれ……」
この二人はすこぶるほど相性が悪い。
透はリリスにちょっかいかけるし、リリスも反撃と言わんばかりに嫌悪する。
……まあ透は無類の女好きで、リリスもなぜだか基本的に俺以外の男には毛嫌っているので当然の結果。
でも、どちらとも必要な人材である。
そして最後の一人は――
『……では、今風時から報告を受けた内容で一度整理してみようか』
俺とリリスと透、3人が所属する情報機関――ターミナル情報局で絶対的な権力を持つ存在。作戦リーダー黒瀬彰。
普段はいい加減な人だが、さすがにこと任務の話になると真剣にと取り組んでくれて的確な判断と指示を送ってくれるので、この場では欠かせない存在。
主導権を握った渋い口振りで会議の段取りを進める。
『風時、他にも情報があるようだな?』
「今みんなの画面に表示します」
俺はタブレットを操作して取り込んでおいた画像データを画面に表示させると、昼間レストランで騒ぎを起こしていた男の姿が映っている。
『よくこんなの撮れる隙があったな。小型カメラでも持ち込んでいたのか? やるじゃねぇか』
『ここまで用意周到しているのはさすがです! マスター!』
「……」
透とリリス二人が俺を持ち上げてくれるところ悪いが……――実はまさか昼前のとある経緯で没収してポケットに入れたままだったペン型カメラがここで役に立つとは。そのことを説明すると話の手間になるので黙っておこう。
『まずは風時が昼に食事を取ったレストランで、騒ぎを起こしたという大手不動産社長と名乗った男についてだが……杉坂、特定出来たか?』
透はさっきから会話している最中にも画面からカタカタとPCキーボードを叩く音を鳴らしながら『あいよ』と返事する。
『修司からの報告にあった特徴を基に、データベースから照合してみたがヒットしたぜ。この野郎は、つい最近まで中小規模の不動産傘下の小さな事務所の経営していたみてぇだが、会社が業績不審にも関わらず売り上げを着服していたのを摘発寸前といったとこだな。しかも今は夜逃げしてあちこち逃げ回っているみてぇだぞこいつ』
ケラケラと小刻みよく笑いながらも、しっかりと求められているデータを特定して挙げていく。
『現在そいつの行方は掴めるか?』
『あー……残念ながら。修司とそいつが最後に会った周辺の防犯カメラの映像記録にもアクセスしてみたが、そのレストランの近くからは行方が途切れてるな、こいつは。防犯カメラの位置を知ってて避けるんだったら最初からカメラに写らないで逃げているはずだし、今もまだその辺に隠れてるか……あるいは誰かが――』
「……あいつを連れ去ったか」
『だな。事前にルートを調べたのか、修司みてぇに気配でカメラの位置を感知して避けたのか』
『ふむ……だとしたら――その者は相当な手練れのようだな』
思い当たるとすれば、この男を捉えようとした俺を襲撃した二人の存在。
俺から撒いたあの後、逃げたこの男を捕まえてカメラを避けたルートで逃走した可能性が考えられる。
『杉坂、調べた記録を送ってくれ。私から警察の方へ通して行方を追わせよう』
「俺が取り逃がしたせいで……」
『気にするな風時。先の件とは違って、元より無理にその男を捕らえる必要はない。それに今お前は課外活動中の身だ。――必要以上の行動は取らなくていい』
「……っ!」
黒瀬さんは俺の謝罪に、言葉ではフォローしてくれているが、それはどうでもいいかのような鋭い棘が含まれていたのを感じ取った。
『あと、この男を追う途中で邪魔して襲ってきた『謎の少女』が気になるね。風時、他に手がかりはあるか?』
続いて表示した画面に映る画像にはフードを纏った三編みを垂らしている褐色の少女の素顔と姿が映し出される。撮影中は激しく動いていたので所々ブレているが、十分判別出来て、件の俺と闘った謎の少女が画像の中で、うっすらと生意気に笑っているのまでわかる。
『へぇ。中々可愛げがあるじゃねぇか』
「注目するとこがそこなのか……」
透は相変わらずと女相手とならば、こんな反応しかしない。
声の調子もさっきの野郎相手を調べていたなんかよりイキイキしている。
『リリスちゃんも中々の美少女だが、この画像に映ってる子も良い線いってるな。成長したらもっと可愛くなるとは思うが……リリスちゃんみたいに伸び盛りが厳しいと見えた』
「……おい」
その内の前者が今会話を聞いている状況なのに言いたい放題だ。
チラリと画面のワイプに映っている少女を見ると、メラメラと怖い目つきをしていた。透に対してかと思えば、
『それにしても――マスターを襲った……この――』
画面越しからでも、少女はワナワナと小さく震える。
白い髪の毛先も無重力のようにフワッと若干浮いていた。
次にその可愛らしい小さな口を開くと――
「――幼女は絶対に許さない!!」
『『「…………」』』
「な、なんですか!? みんなして!」
離れていても皆思うことは一つだった。
でも、それを今プクーと膨れている子に、わざわざ口にするほど愚かではない。
黒瀬さんと透にも半分優しさがある証拠だ。
『あー……修司。リリスちゃんに説明してやれよ』
「なんで俺に振るんだ!?」
恐ろしいことを言う。過去にうっかり口が滑った時なんか目の前に居るのにジトーとした目で何日も付き合わされる羽目になったんだぞ! ここでそんなことを直接言ってしまえば……!
『こんなブーツで背を誤魔化すような女、マスターの眼中にないです!』
リリスもリリスで、なんで画像の少女に対抗意識を燃やしているんだか……。
黒瀬さんはコホンと合図をして俺に促してきたので、話を戻す。
「この少女は自分から『リーメイ』と名乗っていた。リリス、この子のことは知らないのか?」
『リーメイ? ……いえ……知らないです』
リリスなりに一度深くじっくりと黙考したようだが、全く見当つかないどころか心当たりがない様子。
偽名の可能性もあるが、だったらわざわざ名乗る必要があったのか?と思うとこがある。それに――なにより気になるのが、
「あの子は――リリスのことを知っていた」
『私を……ですか?』
またまた小首を傾げるリリス。
透の言う通りリーメイは去り際に、リリスの名を口にしていた。
それも俺に直接伝えたということは、少なくとも相手はリリスのことを知っていると捉えられる。
リリスは『うーーん』と目を凝らして画像をしっかり見ようとしてるのか、カメラにはスベスベの丸まった顔がドアップで画面で映し出されて、透が顔を背けて笑いをこらえている。
『……ごめんなさいマスター。見覚えないです』
カメラから離れてシュンとうなだれるリリス。
「いいんだ。向こうが一方的に知っているだけかもしれない」
『……でも、この女はすごく生意気なガキだなってのはわかります!』
『オイオイ、機関に入ってきたばかりのリリスちゃんよりはマシな可愛げがあるぜ? 今でこそ修司にベトベトのベッタリだけど、あの頃は――』
『そ、そんな昔の話はやめてください! あーもう今目の前に杉坂さんが居たらナイフを投げていたのに!』
『……ひゅー』
隙あらば言い争うのはどうにかならないものか……。
(リーメイか……)
独特の格闘術を使う、風貌からしておそらく中国系の少女。
俺に闘いを挑んだものの、実際話してみれば生意気な部分はあったが、俺にちょっかいかけたかったりムキになったり……威勢を張ったりと、いかにも子供らしい所が見受けられたが。
多分リリスと同い年だとは思うし……背丈も近いと言ったら、この場でリリスに怒られそうだ。画面に写しだされている少女の顔を見てから、リリスの顔へと交互に見比べてみるが、
『マ……マスター、画面だからってそんなに見つめなくても……//』
……年齢背丈以外は特に共通点なし、と。
『けど海外の人間までとなると、この女の個人情報を掴むのは厳しいな』
『ならば中華圏の人間と考えて、向こう側の情報局のデータベースまでアクセスする許可をやろう』
『いいのか? んなことまでしたら危ねぇだろ?』
『なに、私がなんとかしてやろう。骨が折れるがな』
傍らでのやり取りを聞く中で俺なりに推測してみる。
リーメイとリリスの間の繋がりは視えない。
けど――
『……で、修司。この女のことはわからなくても――『もう一人の奴』には思い当たるどころか、お前さんはなんとなく見当がついてるんじゃねぇのか?』
「……気づいたのか?」
『それぐらい分かるっつーの』
あえて触れないようにしていたつもりだが、透には誤魔化せないようだ。
『? どうしたんです?』
俺と透とのやり取りに、いまいち察しきれないリリス。
――実は、もうひとりの気配――存在には実は何となく心当たりがあった。
煙幕のせいで姿を認識出来なかったが、ノアー製のナイフを扱った人物について俺は知っている。
でも今、リリスが居る手前、それを切り出せなかった。
この子にとって、『あいつの存在』を伝えるのは禁句となっているので、今その話を切り出すのは躊躇ってしまう。今もリリスに感づかれないように、わざとボカしているぐらいだ。
『……では風時、これらの人物については時間がある時に詳細をまとめて送ってくれ。あるいは隙を見つけて私に直接連絡をくれてもいい』
「はい」
黒瀬さんは俺の考えを察してくれた。助かる。
本当こういう時は素直に尊敬出来る人なんだけどなぁ……。
……しかし今の黒瀬さんにはどことなく違和感があった。
『なぜこの男が山之蔵による偽物の招待状を手にしていたのか。そして、なぜ風時が襲われたのか。――お前には分かるか?』
黒瀬さんは腕を組みながら俺に問う。
きっとこの人は既に答えが分かっていながらも、わざと俺に考えさせて答えさせている。
俺は今まで得た数々の情報を繋ぎ合わせて考えてから口を開いた。
「……おそらく警告かと――俺個人に対しての」
『マスターへの……?』
俺が今日あのレストランを利用することを事前に知っていた行動だ。
大手不動産と名乗っていた男を利用して、釣った俺を狙ったと考えられる。
「それも俺に――とてつもない『恨み』を持っている人物が背後にいるかと」
……リーメイは俺に対して敵意というのはなかった。
けど、もう一人の……奴の殺気はとてつもなかった。
俺の発言に三人は一瞬黙る。
『確かにお前は今まで数々の任務をこなしたことで恨みを買われている』
『修司は、『この世界』じゃあ有名になってるからな。復讐したい奴はわんさかいても、おかしくねぇか』
『凄いです!!』
「有名になるのは普通に困るが……あとリリス、褒めるところじゃない」
『恨み』
俺は瑠凛学園に潜入するまでは、過去に数多の任務を完遂してきた。
時には経歴を偽って名前や姿を変えた。
たとえ変装しても、相手は恨みで俺を特定して復讐することだってある。
そんなことは珍しくないし、この仕事を続けている以上、つきまとってくる問題なのは理解している。
他人の計画を邪魔したんだ。恨まれるのは当然で、俺に復讐したくなるだろう。
そういうのを残さないように始末することも諜報員の仕事の一つだが……。
(それが『あいつ』だったら……厄介だが)
再び画面の向こうのリリスの顔をしっかりと見る。
『……? マスター?』
白い髪、吸い込むような瞳、整った輪郭――『あいつ』と重なり合うように考えていると、
『――にしても、まさか1年の課外活動に生徒会が参加してくるとはねぇ。修司は知らなかったのか?』
深刻に考え込んでいた俺に気を利かせたのか、透はわざと話題を変える。
「……ああ。聞かされてなかったな」
今思えば前日、生徒会室で3人から含みのある送り方をされた時に疑問を持つべきだった。
『まあ、いいんじゃねーか? 今は課外活動中ですぐ近くには他の生徒や教師共がうろついてるんだぜ。生徒会の連中も下手なアクションを起こさないだろ』
「……だといいが」
今の所、あの3人は課外活動に参加しただけだ。
どこか思惑があるのかは不明だが……。
『ところで、修司――どうなんだよ?』
次は急になんの脈絡もなく透が、ニヤッと口元を釣り上げた。
『どうって……なにが?』
長年付き合っていれば、こういう時のこいつの考えは知っているが、あえてとぼける。
『白々しいな、オイ。課外活動つったら、そりゃやっぱこういうイベントだとクラスの女子と距離感が縮まるだろ? ――そんで何人の女と仲良くなったんだ?』
『……サイッテーです』
見ろ、透! リリスのこの軽蔑しきった目を!
通信越しだからかリリスが何も出来ないことをいいことに透は続ける。
『俺には分かるんだぜ? 今、お前さん女のことで悩んでるだろ?』
『な……!? マ、マスターにそんな浮ついた悩みなんか……!』
リリスはそう言いつつも、隠しきれない戸惑いが声色に出ている。
透は無駄にこういう下世話な勘繰りをするのが厄介なとこだ。
けど、話を逸らした意図を無碍に出来ないので、仕方なく話に乗ることにした。
「まあ……あったとかと言えば、多分」
『お? お前からその手の話するのは珍しいじゃねぇか?』
『……!』
『落ち着けリリス。別にリリスの思うようなことはないから』
『わ、私、マスターを信じてますから!』
小さい画面の中でも、ウルウルとした瞳が鮮明に見えてしまう。
……罪悪感が湧き出そうだ。
とりあえず、博物館やレストランであったことをいつまんで話した。特に委員長についてだ。
『ははーん。それはご馳走様ってことだ』
『……どこがだよ。いきなり泣かれた時は参ったんだぞ』
ちなみにリリスは俺の話の途中から絶句して、さっきまで潤んでいた瞳が乾ききって虚ろになっていた。
「それに昼には仲良くなったと思えば、急に距離を取られているし……。さっきだって妙にぎこちなくてな、どうすればいいんだか」
『んなこと簡単だろーが――今、テメェはどこに居る?』
『ホテルだが?』
『ハッ、だったらヤルことは決まってんだろーが? 今夜その女の部屋に忍び込んでだな――』
『……透、俺がそんなことするわけないだろ』
『っ!? そ、そうです! マスターにそんな度胸があるわけないです!』
「リリス……それはフォローになってるようでなってないから」
二人は違う意味で、会話に乗って興奮しきっている。
この場を収めようとすると、
『――愉快な雑談はまだ続くかね?』
『『「!」』』
黒瀬さんがニッコリと微笑んでいた――が、言外から発せられる有無を言わせない強烈なプレッシャーが画面越しからピリッと伝わった。存在しなくてもあたかもそこに居るかのような威圧感が伝わって通信越しでも背筋を真っ直ぐに伸ばしてしまった。
『そうだな……風時――お前に問いたいことがある』
画面にはリリスと透が映っているのに、俺だけを見据えた狐のような目が真っ直ぐと突きつけられた。
……普段の黒瀬さんにしては様子がおかしい。
真剣モードとはいえ茶化す場面があったのに、今回の会議が始まってからそのような素振りは見られなかった。
『おいおい、黒瀬。どうしたんだよ? マジになってるからっていつもと違うぜ?』
『マスターに意地悪するんですか!』
同じように気づいたのか徹が茶化しながら、続いてリリスも怒ったように言う。
『二人は――静かにしてくれないかね?』
『『……っ』』
今の一言だけで二人を黙らせた。
つまり黒瀬さんは――俺と『一対一』での会話を強制させている。
『どうだ? 話せる時間はあるかね?』
今の黒瀬さんが一体何を考えているのか不明だが、俺は画面に向かって頷いた。
『では、またじっくり話そうではないか――風時』
右手を頬に手を添えながら、左手の人差し指でトン、とデスクを鳴らした。
会議から一転して、圧倒的な存在が俺に尋問する時間が始まった。
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