第23話 ついにホテルへ!
「――みなさーん起きてください。本日最終目的地に到着しましたよー」
よく教室で聞き慣れた朗らかな教師の声に反応して、目をうっすらと開けた。あれから到着するまでは何時でも起きれるよう半分意識あって、半分無意識になっていた。
前方席から先生が進みながら、まだ起きない生徒1人1人と肩を叩くなりして眠りから覚まさせている。
起きて、あくびをこそっとする女子に大きく伸びをする男子とガヤガヤと車内は喧騒が巻き起こり始めた。
俺も目覚めたが――まだ右肩にだけ妙な謎の重みがあるということは……。
「おい起きろ、ひより。いつまで寝てんだ」
まだ俺の肩に顔を乗せていたままの、いつもは騒がしいが今はやたら大人しいギャルの女子の肩を揺らすが、へらーとした顔で寝たままだ。
既に席から立ち上がっていた雅人は見かねたのか。
「そのまま置いてけ。一夜ぐらいはバスの中でも眠れるだろ」
「――あっ、ひどーい! 女子をこんなとこで置き去りにするとか、ありえないんだけどぉ」
けろっと起き上がってぶー垂れるひより。
「………」
まさか、寝たフリをしてたのか……?
「ん? どったのシューくん。おりよーよ」
「……ああ」
やっぱり女の考えていること、取ってくる行動には所々理解出来ない。
???と浮かべて懊悩する様子の俺を見た雅人が、しんどくさそうなため息している理由も不明だった。
「でもやっとホテルに着いたねー。もー疲れたしぃ、足クタクタ~」
俺達はバス最後列の席なので前の人達が降りるのを待つ中、ひよりは裾の短いスカートから伸びる生足の太ももをサワサワとさすっていた。他の教員が見かけたら、なんてはしたない! と注意されそうだ。
「ひよりの場合、あれだけ動き回ってたら思いきり疲れるだろ」
「だってぇ、せっかくだし色々回らないと損じゃん?」
「……ちゃんと後で宿題のレポートを出すんだからな」
「えー、そうだっけ? めんどくさいよねー。なに書けばいいのぉ?」
「博物館と美術館で印象あった作品とか……」
たとえば午後に見学した美術館では名画やオブジェが展示され、特に自然の風景がテーマの作品を多く目にすることが出来て、クラスの女性陣には好評だった。……その女性陣からは、夏休みには軽井沢や海外で自然に囲まれた別荘に行きたいですわね~とかついていけない会話があったりと。
「えーと、なんだっけ? ……あっ! ジブリみたいな絵がたくさんあったのは覚えてるよー? あーあと新海誠みたいな綺麗な風景画もあったよねー。あの人のアニメ映画スキー~。新作の映画発表されたし公開されたら一緒に見よーよぉ、ね?」
「…………そうだな」
「えへ。やたー」
……人それぞれ感性が違うと思えた瞬間だった。
それが芸術なのは間違いない。
-2-
バスから降りると外はもう日没と思わせる夕陽の光が目映い。
後方から続いていた1学年他クラスのリムジンバスも次々と停車して続々と生徒集団が拡大していく。
前の方を向いて見上げれば――巨大なタワービルが聳え立っていた。
――feelin・The・hotel(フィーリンズホテル)
主にホテル事業を生業とする夏原グループが経営しているホテルの一つ。
世界を目指すホテルとして新しく建造され、およそ4000人以上が泊まれる客室に、高さだけでなく横の敷地内も広くと、国内でも数あるホテルの中でも大がかりな規模の宿泊施設。
さすがといったとこだが……俺はもうこんなことでいちいち驚きはしない!
「このホテルは一通りの主要施設や最新設備が勿論。少し離れには天然ビーチもあるし、すぐ傍の日本庭園で散歩も出来る。ホテル内では映画はもちろん。水族館。プールやボウリングが遊べるスポーツレジャー施設もあるから自由に使うといい。もちろん全部貸し切りだ」
爽やかに説明する、このホテルを招待した雅人にクラス一同、おおー!と盛り上がる。
……前言撤回。この場所は本当に日本なのか?
あまりのスケールの大きさについていけない。
(やっぱり、まだまだ慣れない……むしろ慣れたくないのか?)
ホテルひとつ、相変わらず居座るだけで無駄に疲れる世界だ。
まだ自宅マンション一室の中に居た方が落ち着くまである。
1-Aクラス一同先にホテル入口まで向かう途中、工藤先生が雅人にこっそりとなにやら訊ねた。
「ところで夏原くん。このホテルにはお酒が飲めるお店もあるんですよね?」
「もちろんありますが……他の教員方と利用したいならどうぞ」
「いえいえ、後で1人でこっそりと行きたいので。……でも先生のかなり寂しい財布事情だと一杯飲めるかどうか……」
「……お代はいりませんから」
「おお! それは助かります。あと――手が届かないような珍しいお酒も飲めたりします?」
「……ホテル店内にあるのは好きに飲んでくれてもいいですよ。他にもサービスつけとくよう伝えとくので」
「ほほぉ……それは楽しみですね」
キランと先生の眼鏡が輝いてワクワクしている。……これは行く気満々だな。
生徒の前で図々しくねだって、お酒にはしゃいでいる教師には直前まで盛り上がっていたAクラス一同冷めた視線になっている。中には汚物でも見ている始末の女子生徒もいるぞ。雅人も途中から明らかに受け答えがウンザリして適当になっていたし。
――昼のレストランで見せていた、あれだけ教師らしかった姿はもう見る影もない。
(……といっても)
今日一日だけでもこの教師について思うとこがある。
博物館やレストランで垣間見えた洞察力には、意外と頭の切れる人だとは……思う。
普段は頼りなく見えてしまうが、なにせ瑠凛学園の教師を勤めるぐらいだし、それぐらいの取柄があるだけなのか?
それとも――
脳裏に浮かぶのは、学園では生徒から評判だったとある教師が俺に見せた本性の姿。
生徒の前では常に教師らしく真面目だった人が、生徒である俺と……ひよりを平然と殺そうとした凶行。
……あんなことがあった以上、たとえ担任教師相手でも警戒するのは無理もないとしたいが。
――不意に工藤先生と目が合うと、ニコッと腑抜けてヘラヘラと返された。
気を張りつめていた俺が馬鹿らしくとさえ思うほどに毒気が抜けていく。
(今は後回しでいいか……)
この教師には少なからず昼の件で助けられた一幕もあったんだ。
現段階では特に害があるわけでもないので、後回しするのが判断となっている。
優先すべきことは他に山程あるから、それが片付いてから、またの機会に窺えばいい。
……でも、害があるんだったら――
-3-
『『『『ようこそ、お越しくださいました!!!』』』』
「…………」
本日何度目かの熱烈な歓迎を受ける。美術館でも同じようなお出迎えだった。
ただ違うのは、ここは巨大なホテルなだけに従業員も桁違いの大人数で、大合唱コーラスでも聞かされた迫力だ。
大声で挨拶した後の従業員達はテキパキと一斉に動いて、一人ずつ生徒それぞれにおしぼりや飲み物を渡したり、荷物の確認する等、至れり尽くせりのオンパレードは健在なまま。俺にも営業スマイル全開の案内人が寄って来た。
「風時様ですね? 当ホテルにお越しいただきありがとうございます! 風時様の荷物は既にお部屋の方に運んでありますので後程ご確認を。あとこちら当ホテル施設内の案内となりますので、ぜひご利用ください!」
どうも、とパンフレットを受け取るが……分厚い!?
あまりの重さにズシンて音がしたけど!?
「雅人! なんでパンフが辞書みたいなんだ!?」
「ん? このホテルには俺でも数えきれないほどの店舗が収容されてるしな。ちゃんと案内に細かに載せとかないと出店してくれる従業員達に失礼だろ?」
「だからってこんな重いの荷物になるぞ!」
「ああ、だったら希望者には電子データでもいいぞ。資源の節約にもなるしな」
「最初からそうしてくれ!」
周りの生徒は普通にスマホ取り出してるし! 誰もこんな重いのを受け取ってないぞ!
「雅人様、お待ちしておりました。雅人様には我々ホテルスタッフ一同張り切って誠心誠意おもてなしいたします」
雅人を迎えたのは周りの従業員とは違った礼儀と態度で、このホテルのオーナーと思わしき老年の男性。つまり雅人の家の会社でも偉い社員。
それでも社長の息子とならば対応もより一層丁寧にとなるのも当然。
けど、雅人はそれをよしとない態度で返した。
「今日明日は俺もこのホテルの利用者で一人のお客だ。夏原家の息子だからって特別扱いはやめて平等に扱ってくれ。サービスは平等に、な?」
「……! これは大変失礼致しました。どうぞご学友方達とゆっくりお過ごしください」
この雅人の対応には近くにいた生徒達もさすが夏原だ、夏原さんは謙虚ですわねと感嘆の声を上げている。今のやり取りだけで周囲からの好感度が高まっただろう。
……どことなく裏があると引っかかる気がするが、今疲れている俺の頭ではそこまで考える余裕は無かった。
「でもこのホテルって連日海外から来日したVIPが利用していたりするんでしょ? よく全部貸し切りに出来たわね。ウチでも予約取れるのなかなか厳しいのに。それも無料でなんて太っ腹もいいとこね」
俺達の前に出た委員長もそこはかとなく感心しながら雅人に訊ねる。
……俺には微妙に距離を取っているようだが。
雅人は爽やかな笑顔をわざとらしげに浮かべた。
「今日はどこも素晴らしい場所に招待してくれたしな。俺もせっかくだから奮発してみたんだ」
「ふぅん……いいところあるじゃない」
「それに――1学年だけでも名家の子供全員に提供したことで、将来のお返しを貰うことを考えれば十分価値がある。期待してるからな?」
「……あっそう」
やっぱりね、とわざとらしいため息つく委員長。
どうやら彼女は雅人のこういった面を知っている間柄に見える。
どちらも大きい名家同士となると昔から様々な付き合いがあるんだろう。
――この二人のやり取りを観察すれば、なにやら俺の知らない事情があると察せるが……。
俺の視線に委員長が気づくと、なぜか一瞬目を軽くグルグル回して俺の方へと近づいた。
「あっ……ほ、ほら風時くん。自分で料理したりするんでしょ? お昼はフレンチだったし、ここ色んな国の料理もあるらしいから……参考に出来るんじゃない?」
委員長がぎこちない動きで俺にオシャレなカバーをつけたスマホを片手にパンフレットの画面を見せてきた。そこには様々な料理の画像が載っていて興味が湧いたので、よく見えるようにと委員長の肩に寄りそうようにして覗き込む。
「え……! ちょっ、風時くん!?」
肩に触れあう真横で、あたふたする委員長に目もくれずに俺は両目を凝らしながら、
「多国籍料理か。ギリシャ料理にアジア料理……どれも見たことない料理ばかりだ。画像からでも手の込んだ調理法と分かるし、スパイスも食材も珍しいのが多そうで自分で料理出来るか怪しい……けど昼のフレンチ同様、近いので代用すればチャレンジは出来るか? あとはレパートリーを広げる為にも南米料理に手を出するのも悪くは――」
瑠凛に潜入してから一時期は面倒で自分で料理する気は起きなかったが、昼のフランス料理を食べてみて、自分でも新しい料理を作ってみたい創作意欲が再燃したのは否めない。……俺に調理技術を叩き込んだ彩織さんにこんなこと知られたら、ほらみなさいと、ほくそ笑んでいそうだ。
リリスの故郷でもあるドイツ料理にも手を出してみるのもいいかもな。
「か……風時くん?」
真横の委員長の両目が、・・、とポカンとしていた。
「! あ、ああ悪い!」
……駄目だ、委員長との距離以前に、俺も周囲の盛り上がりの熱に当てられてどこかおかしくなっている。
「えっヤバ! サウナだけでも10種類あるじゃーん! 露天風呂も沢山あるし。イーンチョー後で一緒にいこーよ」
両手でスマホを持ったひよりが、俺と委員長の間に割り込んできた。ただでさえ日常的にテンション高いのに上々だ。
「……冬里さん。ホテルの中ではくれぐれも静かにお願いね」
委員長が困った顔でやんわりと注意するが、ひよりは明るい笑顔のままで手慣れてるように次々と指でスライドしたスマホ画面を委員長に見せる。
「ここのお風呂に入ると、お肌超スベスベになるんだってぇ」
「えっ!? それなら……」
バスでたっぷり寝たから元気有り余っているのか。ひよりはアレコレと委員長を誘って、委員長も興味津々になっては、すぐに二人してキャッキャとはしゃいでいる。
この二人は以前はあまり良い仲とは思えなかったが、昼食以降から仲が進展しているように見られた。良いことだ。
……俺はレストランで委員長と打ち解けたと思ったら、また避けられてる気がするけど。
俺含めクラスみんな、今日の終着点であるホテルを目の当たりして浮足立ったハイテンションになっている。
……――ドッと疲れたな。
ホテルの前に着いたというのに今の一連だけで余計疲れてる気が……。
とっとと宿泊部屋に入ってくつろぎたい。すぐに寝れるものなら寝たいものだ。
それに夜は豪勢な食事や風呂もあるし、あまり大きく動くことはないだろう。
……そう願いたい。
「では、一度ロビーで集合しますので中に入ってください」
ホテル入口の自動ドア横で立ち止まって先導する先生にクラス一同従って再び歩き出す。
俺も続いてホテルに入ろうと、先生の横へ通り過ぎる。
「あっ、風時くん。――先に着いていたようなので、あちらで待ってますよ。顔でも見せてあげてください」
「……はい?」
間際に、さらっと先生が俺にだけ笑いながら口にしたことの意味が理解出来なかった。
怪訝に思いながらも、自動ドアを抜けてロビーへと足を踏み入れる。
(――――――!)
この瞬間――知っている嫌な気配を察した。
「ん? どうした修司」
ロビーに入るなりすぐに足を止めた俺に、雅人は訝しげに窺う。
……油断しきっていた。
まさか――こんな所でとは思いもしなかったから。
先に向かっていたクラスメイト達が突然キャー、オォーと黄色い歓声で騒ぎ出す。
まるでスターが登場したかのような大盛り上がりとなっていた。
(なんで……!)
いつも学園で――『生徒会』で対面すると神経に這う緊張感が蘇った。
本能で危険だと知らせられる。
ドクンと脈を打ったのが全身を駆け巡る。
そう――俺が最も警戒している連中!
雅人が前方の遠くへと目を向けると、気づき。
「ああ、そういえば――」
続けて、しれっと付け足した。
「聞いていなかったのか? このホテルには1学年団体とは別のグループの予約が入っててな。といっても『3人だけ』だが」
「……そうか」
頭の中で理解していても拒否をして、重い足取りで進むと『現実』が視えてくる。
数多くの生徒の集団でひしめいている中でも、その人物達は目立つ。
俺の目に映った、その先の光景は――――
艶やかな黒髪。
鮮明な金髪。
煌めく銀髪。
――周りの生徒達とは一線を画する女性達。
いつだって学園の生徒達の前では手本となる貴族の振る舞いを見せて――
俺の前では他の生徒達には見せられないような滅茶苦茶な姿を見せて――
そして――『裏を持つ3人』。
(……クソッ! どうしてココに居るんだ――!?)
その3人の真ん中で異様に目立った女生徒は、誰もが見惚れる美貌を周囲へと――その輝く目を――俺へと確かに向けていた。
遠く離れて周囲が騒がしいのに、とても美麗で透き通った声がスッと俺の耳へと入り込んでしまう。
「夕方から合流の形になりましたが、参加いたします。今は学園校舎の中ではなく、こうして普段とは違った環境なので……この機会にぜひ『私達』と仲良く交流してください。――待っています」
彼女の笑顔から繰り出された言葉は、まるで俺に向けたメッセージだと受け取れた。
――――
あとがき
あけましておめでとうございます!
今年は去年より沢山更新出来るようにするので、よろしくお願いします!
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