閑話 男の悩み 前編
俺、風時修司が生徒会に入って間もない頃の出来事だった。
「――生徒会一同頼んだぞ」
放課後の生徒会室に野太い重音が響く。
1人の大男から圧倒的な存在感が放たれていた。
ゆうに2メートルはあって筋肉質の巨体に角刈りで強面の男子生徒が生徒会室の中央で仁王立ちのようにふんぞり返る。
「ええ。球技大会を盛り上げたいのは我々生徒会も同じです。
「うむ」
生徒会長、山之蔵奏は目の前の重圧感を物怖じせずに涼しげに微笑み返す。
「こういった行事で皆さんが盛り上がってくれるのは嬉しいわねぇ」
「ワタシなんか沢山のシュモクに出なさいって言われてて楽しむ前に疲れちゃうわよ」
「頼られるのはいいことじゃない。私も色々と出てみたいのに激しく動く種目のは駄目って周りの女子から言われてるんですけど……なんでかしら?」
「…………サア? 自分のムネに手を当ててキいてみたら?」
「?」
続いて火澤仁美副会長とレイナ・リンデア書記も朗らかにやり取りする。
「……」
生徒会室を圧迫していく山の如くに佇む巨躯の男子生徒。
瑠凛学園 高等部 3学年。
体育委員会委員長。
(……確か彼の親族は国内や海外でのスポーツ団体に関わっており、更に祖父母や両親もオリンピック委員会にも所属している大物の名家……)
この大男、弾階雷業先輩も幼少から様々なスポーツを習い、高等部からは砲丸投を専門にインターハイで2連覇し高校生の歴史において新記録を叩き出している。卒業後も瑠凛敷地内に置かれている大学に通いながら海外の大会にも挑戦し、将来はオリンピック選手として約束されている凄い人だ。
(こんな大物の前でも平然と対応出来る会長達はさすがだな……)
貴族の世界では当たり前の日常には度々驚かされる。
あるいは――会長達はそれらとは別の世界を過ごしているからなのか。
「では失礼する」
一礼して踵を帰して一歩一歩の足音をズシンと鳴らしながら、弾階先輩が生徒会室から出て行こうとした時に立ち止まった。
「悪いが、少しばかりこの一年を借りていいか?」
振り向いた弾階先輩は、太い親指で俺を指した。
え? 俺? なんで?
「ええ、彼で良ければどうぞ」
なんで会長が勝手に決めるんだ!?
俺は会長にそそくさと近づいてこそっと耳打ちをする。
「ちょっと会長……どうして」
「向こうが君を指名してあげたんだ。何か頼み事でもあるんでしょう。なに、君が心配するようなことはないはずだ。それに彼の頼みを応えてあげれば、この仕事も順調に進んで助かる。違う?」
「……分かりました」
会長の意見はごもっともだ。弾階先輩が頼み事があるなら、生徒会女性陣よりも唯一の男子生徒、それも1年の俺を指名するのは当然。
「どうした一年。行くぞ!」
「は、はい!」
「頑張ってくださいね修司さん」
「頼んだわよーシュージ」
会長達3人に見送られながらも俺は生徒会室から連れ出された。
高等部校舎の廊下でズシズシと歩いていく弾階先輩の巨躯の背中を見ながら俺も後ろからついていく。
「あの……
「いいから来い」
「……はあ」
(一体何の用だろうか?)
目の前の巨漢の背中から伝わってくるのは、やけに重苦しい気迫だ。
球技大会の件については生徒会で話し合っているはず。
俺に頼み事があるならば生徒会室で用件を言ってから頼めばいいはずなのに。
つまり会長達には聞かれたくない、何か個人的な頼みがあるのか。
あるいは――
(まさか俺が気に食わないとかでシメられるとか?)
この男に失礼な態度を取ったつもりはないが、もしかしたら俺の知らない間に何かやらかしたかもしれない。
ハッキリ言って、もし俺がこの人と武器無しの格闘で戦った場合
――勝ち目がない
体格差がある相手だし弾階先輩は柔道、合気道等の武道での有段者だ。真向から掛かって来られたら……全力で逃げる他ないだろう。
(そうならないように祈るが……)
連れてこられた場所は体育委員会専用の部屋。
会議室の作りになっていて一般教室よりも広い。部屋の隅には近々行われる球技大会の備品が置かれていた。
……この部屋には俺と弾階先輩二人しかいない。
「それで……ここで何の用ですか?」
変わらず泰然と佇む人に改めて尋ねてみる。
「……風時――!」
「――ッ!?」
途端ガシっとゴツゴツの硬い両手によって俺の肩が強く掴まれた。
太い指がメリメリと肩にめりこんでいく。
痛みとは別の圧迫感が両腕に支配された。
「だ、弾階先輩!?」
ま、まずい!
このままでは腕が持って行かれそうだと脱出を試みようとした時だった。
「俺は………………
お前が羨ましい!」
「………………はい?」
「すごく羨ましい!!」
部屋の外まで溢れんばかりの男の雄叫びが轟いた。
-2-
「生徒会長達の好きな異性のタイプを知りたい……ですか」
「ああ、そうだ」
一旦落ち着いて、お互い委員部屋の椅子に座って話し合うことにした。
弾階先輩は中央の席にズッシリと座っていて椅子が壊れないかと思ったが、椅子の作りは中々頑丈なようだ。
「異性……女性から好かれるようになりたいと?」
「…………そういうことだ」
事情を訊くと、弾階先輩は今まで恋愛を経験したことがないまま高校3年を迎えた。スポーツ一筋に過ごしてきたことも一因であるが、
「見ての通り、俺はゴツイ体で強面でな。やはり異性からの受けが悪いと思うんだ」
「……はぁ」
なんとも返事に困る。
ここでそんなことないですよと言っても無駄な励ましにしかならないどころか、余計なお世話だと怒られそうだ。
「この人生、今まで女と甘い時を過ごしてなかった……! 高校生活も残り1年、このままでは後悔が残ったままになってしまう。これは一生の傷になってしまうだろう!」
「そんな大げさな……」
「いや!!! お前はまだ入学したばかりの1年だから軽んじているんだ! 俺みたいに無駄な期待だけして3年生になってみろ! 同じ思いをするに決まっている!」
「す、すいません」
やけに迫真で現実味に語るので、つい謝ってしまった。
先輩は熱くなりすぎたのを自覚したのかゴホンと大きな空咳をして鎮めて椅子に座り直す。……やっぱりあの椅子頑丈だな。
「……だが、お前はそうはならなさそうだ。なにせ既に、あの生徒会の三天女と甘い時を過ごしているからな」
「それには語弊がありますけど……」
「違わないのか!?」
「違います!」
弾階先輩は彼女達の裏を知らないから言える。
あの空間では甘い時というよりも何時、闇に葬らされるか気が気でない。
先輩は俺の態度に訝しげになりながらも話を続けた。
「どちらにせよ俺はお前が羨ましいことには変わらん」
「はぁ……」
「この人生……俺は女から全然好かれん。どうすればいい?」
先輩は真剣な表情……というより凄みのある迫力で俺を睨みつけるように視線を外さない。他の生徒だったら普通にビビッてしまうはずだ。
「女というのはスポーツが得意な男が好きなはずだろ!?」
「……弾階先輩の周りにだってスポーツしている女性達がいるじゃないですか? そういった方々とはどうなんですか?」
瑠凛学園の部活動はかなりの数だ。男女別で分かれている女性の運動部でも男子に負けない部数の多さだった。先輩のような人だったら運動部の女性と交流があるはずなのではと考える。確か女子バレーやテニス部の部長は可愛いと評判だ。
「…………確かに中には鍛え抜かれて引き締まった体をしている女はいる……が! この学園でスポーツに励む女は俺と同じスポーツ一筋の人生を送っている。だが、女は考え方がストイック過ぎるんだ! 彼女たちはスポーツの為なら恋愛など糞だと思っているふしがある!」
「……そういう考えなのがいけないのでは?」
この人も大概ストイックだとは思うけど……。
「いいや違う! では生徒会長達はなんだ!?」
ここで再び生徒会の彼女達についての話に戻る。
「大和撫子として文学を嗜む火澤仁美! セレブモデルでありながらスポーツ好きなレイナ・リンデア。見目麗しい才女の山之蔵奏! 皆、天使のようではないか! まさに俺が理想とする女性という女性を見事に表している彼女達は奇跡の女神としか言いようがない!」
「はぁ……」
なんか引っかかる部分があるが流しておこう。
「……じゃあ弾階先輩は生徒会の誰かと付き合いたいってことなんですか? それこそリンデア書記はスポーツ好きですし」
「うむ……あの書記は確かに校内全ての運動部から注目されている逸材だ。俺も気に掛けているが……そうではない。俺は別に生徒会の彼女達とは、付き合いだとか、そこまでのことは考えていないからだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。天の上に居る彼女達とでは、俺なんぞ粗末な存在でしかないと自覚している。さっき生徒会室に入った時なんか俺の方が緊張していたぐらいだ」
えぇ……生徒会室ではあんな泰然としていた態度でいたのに。
「じゃあ、どうして彼女達の好きな異性のタイプを?」
結局振り出しに戻る。
「それは彼女達の好きな異性のタイプを知ることで、それを目指せば異性から好かれやすくなると判断したからだ……違うか!?」
「……そうですね」
有無を言わせない迫力に押されれば頷くしかない。
「だから風時! お前は生徒会の彼女達の男性の好みを調べろ!」
えぇぇぇ――……
――――
(さて……礼はしっかりするとは言われたが……)
体育委員室を後にした俺は弾階先輩に頼まれて生徒会女子の好きな異性……男性のタイプを把握することになってしまったが、
「そういうことは調べてなかったんだよなぁ……」
生徒会長達のプロフィールについてはこの学園に潜入する際の調査である程度は把握しているつもりだ。しかし、こういった個人的な部分までは調べる必要がないと判断……というよりも知る意味がないし、何より探りにくいプライベートなとこだ。
「一体どうするべきか……」
悩みながらトボトボと校舎の廊下から中庭に出てみると、
「おや、風時くん。そんな落ち込みながら歩いてて、どうしたんですか?」
「工藤先生こそ……そんなとこでどうしたんですか?」
俺のクラス担任の工藤先生が中庭のベンチに座って、もたれかかっていた。
夕方の夕日が差し掛かっているのに日向ぼっこしてるばかりかのようにだらけている。
相変わらず、とても教職者とは思えない勤務態度だ。
「いやー少しサボ……いえ、ちょっと休憩をね」
今思いっきりサボりって言おうとしてたな、この先生。
「風時くんは生徒会の仕事かい?」
「まあ、そうであるような……そうでないような」
「? ははー」
先生は俺の返しに疑問に思いつつも、何かを察したようで口元を緩めた。
「何やらお困りのようですね。ここは先生らしく相談に乗ってあげましょう!」
工藤先生はベンチから立ち上がると、ずっとだらけて座っていたせいかズレていた眼鏡をクイっと正す。
「風時くん。このエリート教師の私に任せてください!」
「………………はぁ?」
キリっとカッコつけて言っているが……この人、大丈夫なんだろうか?
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