閑話 男の悩み 中編


「なるほどなるほどー。女性の異性の好みを知りたいですかぁ。ははー風時くんも隅に置けませんねー」


学園の中庭ベンチ傍で立ってウンウンと頷いているのは眼鏡をかけた、どことなくだらしない男の教師。

 弾階先輩の頼みを聞いて、まずは一旦生徒会室に戻ろうとした俺は自分のクラス1-A担任の工藤先生に出くわした。

 悩みなのは間違いないが遠まわしに言ったつもりなのに、なぜかこんな誤解を受け取られてしまう。

 しかも先生はニヤっと笑っていた。

 これは相談に乗るというよりも――明らかに面白そうな話に乗っかりたいという普通に傍迷惑なタイプだ!


「だから! これは俺のことじゃなくて……知り合いから頼まれたことで!」

「あはは、そういうことにしときましょう。学生っていいものですねー」


 この先生全然信じちゃいねぇ……。完全に俺個人の悩みだと思ってやがる……。

 張本人である弾階先輩の名前を勝手に出すわけにはいかないし……もう仕方ない。


「いいんですよ風時くん。こういうことは他の人には中々言えないことですからね。うんうん。よく分かります。先生に頼りたくなるのも仕方ないでしょう」

「暖かい眼差しで見ないでください!?」


 駄目だ……この人相手には自分のペースがどんどん崩されていく。

 入学してから思っていたが瑠凛学園は生徒だけではなく教師にも一癖も二癖もある。この工藤吉鷹という教師も、そのカテゴリーに十分に当てはまる。


「男ならば誰だって通る道です。それもこんな思春期の時期! 恥ずかしがることなんかありません。むしろ風時くんがちゃんと青春してて僕はとても嬉しいんですよ。それで相手は誰なんですか? 僕が思うには、やはり最近仲良くなった隣の席の冬里さんですか? それとも――」

「もう完全に相談に乗るつもりないですよね!? 只の噂好きなウザイ人になってますよ、それ!」

「おっと、それは失礼」


 わざとらしく咳き込む先生。


「先生……本当に大丈夫なんですか?」


 先生に対して怪しげな視線を送ってみると、


「ああ、そうでした。恋の悩みならばぜひ僕に任せてください。好きな異性の探り方なんか楽勝です!」

「……そもそも工藤先生って学生時代にそういう青春を送れたんですか?」


 ………………


 ――しばし間が置かれてて


「とりあえずレクチャーしましょうか」

「あ! 今、一瞬目を逸らした!? 本当に大丈夫なんですか!?」

「いいですか? 風時くん。そもそも女性というのはですね――」

「さも無かったかのようにして、まるで分かったかのように自信満々に切り替えるのやめてください!」


 こんな調子で先生とはまともに話にならなかった。


-2-


「……はあ。あんなんで本当に大丈夫かな……」


 工藤先生には相談しなければよかったと後悔している。

 別れ際でいくつかアドバイスを貰ったとはいえ役に立つか非常に怪しい。

 そもそも、なぜ先生に話してしまったんだ?

 あの教師には、ついうっかり気を許してしまいそうな瞬間がある。

 諜報員として秘密――口をかたくかたく閉じなければいけない俺でも口を滑らしそうになってしまった。


(――教師よりももっと相応しいのが……例えば……)


 今度こそ寄り道せずに生徒会室に戻ろうとした時だった――



 突然、両目に――ほんのり温かい感触と共に視界が真っ暗に覆われる。



「だーれだ?」


 後ろから女性の声が聞こえた。

 目隠し当てゲーム。

 こんなことをするのは……生徒会長


 ――ではない


 まず声が全然違う女性の人だからだ。

 会長の声も透き通るが、この人の場合は美しい音色のような響きがある。


華霧はなぎり先輩ですよね?」

「あら? 一度ぐらいしか会ってなかったのによく分かったわね」

「……それは華霧先輩は、かなり有名な人ですから」

「嬉しい事を言ってくれるわね」


 目の前の手が放れ、暗闇から解放された。

 何時の間に俺の後ろから回ってきたのか、目の前に現れたのは美人な女子生徒だった。セミロングのふんわりしたパーマの髪に遠い血筋に外国人がいるのか、顔のラインはシャープに整っていた。


 華霧はなぎり 琉歌るか

 瑠凛学園高等部3学年。


「……久しぶりです」

「そうね。奏ちゃんが今年度から生徒会長になった時の生徒会引き継ぎの会以来になるわね。


 今の生徒会3人の彼女達が入る『十王名家』の中に所属している最大手の音楽会社を持つ名家。

 有名な、楽器メーカー、レコード会社、オーケストラ団員、コンサートホール等などの運営管理していて幅広い事業を手掛けている。こと音楽に関する分野での企業は彼女の家が一番大きい。


 しかもそれだけではない。

 華霧先輩は俺が今属している生徒会に去年度までを務めていた。

 つまり山之蔵奏生徒会長の前の生徒会長が今、俺の目の前にいるこの人だ。

 ……色んな意味で大物過ぎる。


 前にこの人と会った時は俺が生徒会に入った初日になる。

 なので一回きりしか出会ってないし、会話らしい会話もしていなかった記憶がある。それに彼女は、


「華霧先輩って確か来年卒業したらオーストリア、ウィーンの音楽学院に留学するから、もう学園にほとんど来ないはずでは?」

「ええ。もうこの学園卒業まで、のんびりしようかなと思ってたけど、たまには学園に来ないとね。やっぱり高校生最後の一年だもの。楽しく過ごしたいじゃない?」

「はぁ……」


 音楽の名家の令嬢だから、音楽の道に進むのは当然だが……

 この人の場合は音楽――声に天性の才能を持って生まれた。

 彼女が響かせる歌声はソプラノの限界とまで言われる高音域の音色の声を持つ。

 その声はまさしく『生きた楽器』とまで有名音楽家の人達に言わしめている評判。


 入学式で彼女が新入生に披露した歌は忘れることが出来ないはずだ。

 大名家だけではなく、その美貌と最高の歌声を持つ彼女はまさに、を務めていた人物として相応しい。


 ――それだけに、この人も今の生徒会長達と変わらないだが……


「ここからちょっと離れたとこに公演ホールあるじゃない? 今度そこのコンサートで私がオペラを担当することになったの。でも、今の伴奏のピアノ担当とは全然反りが合わなくて降ろさせたのよ」


 芸術家肌な性格でとことん拘るとこは拘っている。

 つまり気に入らないものは平然と切り捨てて、欲しいものはとことん手に入れようとする。


「だからね。奏ちゃんに私のピアノ伴奏やってもらいたくて、こうして学園に来て誘おうとしたの」

「ああ、会長はピアノが上手いですからね」

「そうよ! もう奏ちゃんってあんな天使みたいに美しい見た目で、それでピアノが上手なんて感激しちゃうわぁ。修司君もそう思うよね? ね?」

「ちょ……ちょっと……?」


 グイグイと美貌な顔を俺に近づけて、彼女の目には興奮の色が増していく。


 山之蔵奏生徒会長は以前の生徒会――特に前生徒会長、華霧琉歌について話すようなことはなかった。それは話すような過去でもなかったのか、あるいは――話したくない事情があったのか。


 ――今、よく分かった。

 この人は……


「ねえ……修司君。どうやったら、奏ちゃんってになってくれるかな?」

「……さぁ? 俺に言われても」

「私、のよ。奏ちゃんが修司君を、とーーーーーっても気に掛けているのを。あの奏ちゃんが気に掛ける男だもの! だから私……――ちゃんとあなたにも興味あるのよ? ね」

「――っ!?」


 美しいソプラノが耳に入ると同時にゾクゾクと背筋が震えあがる。

 ポケットに入っているスマホの着信振動に気づかないレベルで脳内に危険信号が響き渡って教えてくれた。


 彼女はな危険人物だということを――


-3-


 修司が3年の華霧琉歌に捕まっている頃――

 

「相変わらずサボっているようですね」


 中庭で夕日が差し掛かるベンチにだらけて横になっていた教員の耳に透き通る声が入り、ウトウトしていた教員である工藤は起き上がった。


 ベンチの傍にいたのは透明な肌。夕日の下でも損なわない銀の美しい髪をなびかせる高等部の制服を着ている女子生徒――山之蔵奏がベンチに寝座っている工藤を見下ろすようにしていた。


「……これは生徒会長さん。他の教員……特に学園長達に告げ口しないで貰えたら助かるんですが」

「私としては真面目に職務を励んでくれないと困るんですが」


 奏は呆れるように小さくため息をつく。

 この工藤という教師の不真面目さは1年だけでなく2年……いや3年、つまり全生徒達で知られているほどだ。


「これでもさっきは先生らしいことをしてたんですよ? いやー若いのはいいなって思ってましたねー」

「?」


 工藤はまるで大事な仕事を果たしたかのように1人で顎を上下に軽く振って頷いている。

 奏は怪訝に思ってしまうが、まずは工藤に尋ねたいことがあったので、起こしてでも声を掛けていた。


「ところでを見かけませんでしたか?  生徒会室から出ていったきり中々戻ってこないので探しているんですけど」


 修司は3年の体育委員長の弾階だんがい雷業らいごうの用事で連れていかれたが、それにしても遅いと思い、ついさっき修司のスマホに連絡しても出てくれないので、こうして奏が直接と校舎内を歩いて探し回っていた。


「ああ、。さきほどここで会いましてねー。悩みがあったようなので乗ってあげたんですよ」

「……悩み? 修司くんが? それはどんな?」


 奏の瞳に興味あり気な感情の色が灯す。

 風時修司という男は最近生徒会に入った1年の男子生徒。

 優秀に生徒会の仕事をこなしてくれる反面、彼は奏含む生徒会の人と距離を置いているように見えてしまっていた。なので彼に悩みがあるのも珍しいし、それを奏達に相談していなかったのを、奏は内心で拗ねるように不満に思いながら工藤に尋ねる。


「ええ、彼。どうやらがいるようで困っていたようなので、私が手助けしてあげたんですよ。いやー良い事しました」


 工藤は誇らしげに語って頷き続ける、

 そして――


「…………今、なんて?」

「え? ですから風時くんにはがいるみたいで――え? ……生徒会長さん?」


 いつもの飄々とした工藤らしからぬ表情だった。

 それは、いつも涼しげでいる生徒会長の雰囲気が……『一変』していたから。

 

「工藤先生……その話――詳しく聞かせて貰いましょうか?」

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