第13話 貴族の優雅な食事 1


 課外活動のお昼時間。それは高級レストランでのランチタイム。

 1-Aクラスの生徒全員がテーブル席に座ると、店内奥からを迎える為に、この場に相応しい制服のウェイター達が順序にフルコースの料理を配っていく。

 鮮やかな流れで目の前に置かれていく料理に周囲のクラスメイトからも感嘆の声が溢れた。


「きっとみんなのお口に合ってお気に召してくれるはずよ」


 テーブル席で俺の向かいに座っているのは学園でも、外だろうと、どんな場所でも気品を醸し出している同級生の女子。この店をクラスでの昼食の場として指定したからか自身満々に言ったのはオシャレな眼鏡をかけた1-Aクラス委員長。夢岸ゆめぎし浬桜りお

 なんでもこのレストランは貴族の人でも中々予約が取れない評判の格調ある店だという。そんな店を委員長はこの日の為に予約してくれた。


「クラス皆の為に委員長が選んだ店だしな。俺も楽しみにしてるよ」

「え、ええ。き、きっと風時くんのお口にも合ってくれるといいけど……」

「?」


 委員長は自信満々の表情――その反面よーく観察してみれば、なんだか妙にカチカチにソワソワとモジモジしたりと落ち着きがない様子。肌もうっすらと朱いので体温が上昇しているようにも見られる。

 普段学園の教室で見る彼女は常に凛とした姿勢にハキハキとした声で1-Aクラスをまとめている印象があるので珍しい。

 それに普段あまり会話することがないせいか、こうして委員長の顔を間近で見れば、美術館の時にはうっすらとしか見えなかった唇にはハッキリとリップが塗られているし、髪も綺麗にまとめている。この店に入る直前にお化粧直しをしたんだろう。


 ――ここでは彼女が主役だ。

 いつもよりも気合を入れて張り切るのも無理はない。


 ……それだけに大して仲が良いわけでもない俺と相席で良かったのか?

 こちらとしては委員長からを引き出せる機会として好都合だったけど。


「ど、どうしたの?」


 委員長を見ながら考え事している俺に、何か思ったのか委員長は少し不安にしながらも居住まいを正して、自身のオシャレした姿を褒めて欲しいからか期待感たっぷりな眼差しを向けられている。


 ……ような気がする。


(そうだな、ここは普通に委員長を褒めてみて――)


 ん?


 ちょっと待て?


 ――ここで彼女の容姿を素直に褒めてもいいのか?


 最近の出来事を思い返してみる。

 そういえばリンデア書記とその友人の鏡先輩と一緒にランチをしていた時、女性に対して簡単に褒めるなとリンデア書記に窘められたんだった。

 それよりも以前だって会長とデート……いやお出かけした時は――


――――


「さっきはありがとう修司くん。君のおかげで本当に助かった」


 軽い食事にと会長に連れられた駅前モール内にあるレストランの席の向かいに座ると、会長からにこやかな顔で感謝を送られる。

 この直前、二人でショッピングモールの買い物をしていた途中、会長がスカウトに目を付けられた。会長本人が断ってもスカウトは諦めず、あまりにも強引に食い下がってくるので、俺が少々痛めつけた上で逃げて今に至る。


「やっぱり普段から、ああいうの(スカウト)にしつこく絡まれることが?」

「……普段だったらの護衛が傍で付いているからね。だから、そういったのはあまり近寄ってくることはなかったんだけど……今日は修司くんとでお出かけしたかったから護衛がいると無粋でしょ?」

「はぁ……」


 何が無粋なんだろうか?


「でも、こうして修司くんが私を守ってくれたおかげで良い一日を送れて、一緒に食事することも出来て嬉しいわ。後でレイナと仁美に自慢しよう」


 何で自慢するんだろうか?

 

 やはり俺はこの人の考えが理解出来ない……。


「ふふっ、そうね……今度からお出かけする時、――修司くんには私のボディガードになってもらおうかな」

「そんな冗――」


 冗談だと言いかけたとこで気づく。

 生徒会長、山之蔵奏のボディガード。

 つまり山之蔵家の護衛として雇われることだ。

 会長の傍に四六時中居るのは危険だが――山之蔵家に潜り込める……。

 これはもしかしてまたともない機会なのでは――!


「とまあ、冗談はこれくらいにしといて」

「……」


 そう簡単な話があるわけではないか……。

 内心でガックリしたのを隠しているのに、会長はまるで見透かしたようにクスクスと笑っている……のは気のせいなのか?


「でも、今後出かける時は気をつけないとね」

「まあ、姿ですし、仕方ないですよ。気をつけてください」

「…………」


 こう返しつつも、テーブルに置かれた特上な料理の一品をパクリと口に入れる。

 おお、なかなか美味い。軽い食事のはずなのに、しっかりと料理を堪能しそうだ。


 ――しかし目の前からジーっとした視線をぶつけられた。そのせいか、せっかくの口の中の味がおぼろげになってしまう。


「うっ……なんですか?」

「……修司くん。そうやって君は誰に対しても……その……簡単に褒めるの?」


いつだって優雅でいる生徒会長は珍しく落ち着かなく訪ねてきた。


彩織さんから『返報性のルール』という心理テクニックを教わってもらったことがある。その中には相手に対して好意を示すことで相手との距離を縮める効果もあった。円滑に情報を引き出す為には相手と仲良くなるのが一番。だから好意を持ってもらうように褒めるわけだが……会長の場合は――


「普通に本音ですけど?」

「……」


と、特に会長からの見返りだとか気にせずに普通に本音を漏らしただけだ。

こう答えた俺に対して会長は呆れつつも、どこか見守るような優しい目で微笑みながら。


「……そう。修司くんはまだまだ女性のことが分かっていないみたいね。そういうところもしっかり学んでほしいとこだけど」

「はぁ……?」


 会長の発言に引っかかったせいで、この時食べた料理の味が、あやふやだった。


――


 と、こんなことがあった。


 いつもなら任務に関わるターゲット相手には好意的な発言をして相手から好意を持ってもらうとこだが、どうにもみたいな規格外イレギュラーの相手だと効果がないのか?


 ……そもそも脈のない男性相手にそんなことを言われたら不快に思われてもしかたないな。委員長を褒めるのはやめよう。


「いや、なんでもない。ここの料理が楽しみだ」

「そ、そう……」

「?」


 委員長は、今度はあからさまにシュンとして肩を落としている。

 今のは一体どのように答えれば良かったんだ?

 ……女性の心というのは分からない。

 この手に関してはまだまだ彩織さんにも呆れられている未熟な部分だ。


 どことなく気まずい雰囲気のまま料理が置かれた。

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