第14話 貴族の優雅な食事 2

まえがき

 遅くなってすみません!

 この先の展開等を見直したりして時間掛かってしまいました……。

 ここからどんどん展開進めて投稿していきます!


――――


――フレンチ・レストラン・メゾン・ローレ


(? これは……)


 卓上の目の前に置かれて食欲をそそる、盛り付けられた前菜と同時に注目したのが、銀色の装飾が煌めくだった。


 一流のレストランというのは最高の料理人から生み出される料理だけではなく、それ以外でもウェイターや内装――そして食器の質にも拘っている。

 俺がマジマジと手元の食器に注目していると、委員長が反応した。


「食器まで立派よねぇ。は私のお家にも置かれてるけど……特にこのお店のは特注で、とても惚れ惚れするデザインのお皿ね」


 各生徒達の卓上に置かれている、皿と左右に置かれていたカトラリーと呼ぶナイフやフォークには、ドイツの高級食器ブランド『グラード・ノアー』の模様が濃い銀色に刻まれている。


……か」


 食器を見つめながらポツリと呟くと、委員長は意気揚々に更に話を広げる。


「あら? 風時くんもの食器を御自宅で使ってるの? いいわよね、食器なのに芸術品みたいで」

「……」


 俺がこんな一皿6桁を余裕で超える食器なんか男一人暮らしの部屋に置いてあるわけがない。今住んでいるマンションの部屋には、高い物を置いても仕方ないと食器等はほとんど100円ショップで済ませた物ばかりだ。そんな私生活事情を、とてもこの学園の貴族に言えるわけがない。


 ――けど俺は、この皿のブランドの家とは間接的に関わっているとも言える。

 それもそのはず。この高級食器ブランド名『グラ―ド・ノアー』――『ノアー』という名前から連想する――が俺の身近に居るからだ。


(今この場に、『リリス』がにいたら分かりやすいぐらい嫌な顔するだろうなぁ)


 情報機関の一員であり、俺のパートナーでもある『リリス・ノアー』。実家が高級食器メーカー『グラ―ド・ノアー』の御令嬢。あの子の家はブランド食器として多くの貴族の食卓で愛用されている。……中にはコレクションとして、で扱われていることも。そのことにリリスは思う所があるようだが。そこはあの子の家庭の事情がある。


(ここで俺が気にしても仕方ないか)


 今は目の前の食事に集中しようと、前菜、そしてスープを美味しくいただく。

 上等な店だけに、どれも見事な味と感心していく中で委員長が、


「……すごい」

「?」


 食事をしている最中の俺に驚きと関心した目を向けてきて、そう呟いた。

 それに疑問を持った視線で返せば、委員長は説明する。


「だって風時くん、さっきから食事中に全く……ううん一切、『音』を出していないじゃない」


 そういうことか。

 欧米での食事の作法において音を出すのは失礼になる。

 特にフランス料理マナーにおいては、音を出さないように控えるべきだ。


「……私も極力気をつけてるんだけど、どうしてもね……。特にス――」


 ズズズズー!!


「「「………………」」」」


 近くの席で座っている工藤先生が盛大に音を立ててスープを啜っていた。

 俺と委員長含め――楽しく食事をしていた周りの生徒達が一斉に先生へと視線を突き刺した。


「あっ、これは失礼しました。いやーフレンチは難しいですね~」


 生徒達による冷たい視線の中でも、ふてぶてしく笑う工藤先生にはクラス全員呆れるが、特に気にすることもなく食事を続ける。委員長も呆れながら、


「……もう先生ったら。でもスープを静かに飲むのは気をつけちゃうわよね。風時くんはスープでも全く音を出してないのに」


 スープ以外でも食器の接触や咀嚼音でつい多少の音が出てしまうのは仕方ない。

 しかし俺は音を出さないように出来て当たり前だ。

 ――諜報員のスパイ活動とは世界各地において密かに行動する際、その国の食文化、マナー等のしきたりを深く理解して馴染んでいかなければならない。本やネットで知った程度の付け焼刃程度の知識だけで潜入すればボロが出てバレてしまう。

 つまり、すべてにおいて『完璧』が常に要求されることになる。

 

 俺の場合は――


「……が厳しかったから、その賜物なだけだ」

「そうなのね。そういえば私のマナー講師も結構厳しかったのよねぇ」

「ああ、俺の『先生』もな、ちょっとでも音を立てたら――その場で殺されそうだったな」

「え?」


 途端、食事している委員長の凍ったように手が止まった。


「そういえば前にフランスに行くことになった時があって――」

「フ、フランス! 本場の国ね! 旅行したことあるから、とっても素敵な国だったわ!」


 気を取り直したのか目を輝かせて、この話題に食いついてきた。

 女性にとって海外旅行の話題は好まれやすい。

 それにここの貴族の生徒達は幼少から、長期の休みの間フランスだけでなく他の外国に、家族や小中等部で学園行事で旅行している経験が多いと聞いていた。瑠凛学園の生徒同士で、そういった海外旅行の話はもっぱら定番の話題とのことだ。


「ああ、その時にもフランスではかなりマナーに気をつけるべきだと警告されてて、任……いや、旅行の前に指導を受けてな」


 とある任務でフランスに赴くことになり、潜入捜査をすることになった。

 現地ではホテルやレストラン等での情報収集が主な活動となった為に気づかれないようにする必要があったので、その手のプロフェッショナルである先生――……つまり機関上司の一人である彩織さんから徹底的にマナーについて叩き込まれることになったが、


 ……あれは中々酷かった。


には、『あんた、こんだけ教えたんだから、一つでもやらかしたらエッフェル塔のてっぺんから吊るして私だけ帰るから』って脅されたせいで必死で練習したなぁ」

「…………」


 そもそもスパイたる者、潜入捜査で物音を出すなんかご法度だと、とてもキツク当たられた。

 ……あれは本当に必死だった。

 軽々しく『必死』という言葉を使うものではないと同時に学んだもんだ。

 酷い思い出だが、ああして鍛えられたおかげで、今こうした場で対応出来ている。


「と……とても厳しいマナー講師さんだったのね……」

「まあ……確かに、厳しすぎるとこはあるが……それも全部、俺が生きて帰る為だった所も……あるんだと思う」


 あるよな? きっとそうだよな?


「……そ、そう。……でもフランスに旅行するのにそこまで命懸けだったかしら?」


 しみじみする俺とは一方で引きつった笑顔で後半は小声の委員長。

 軽い思い出話として語ってみたが、もしかして今の話はマズかったのか? 



――



 次に運ばれた料理が――


「フランス産牛肉のロティになります」


 おお!とクラス一同一斉に感嘆の声で溢れる。

 それも待ちに待ったメインの料理が出てきたからだ。フルコースなら肉料理の前に魚料理があるはずだが、今回はランチコースとなっている。

 目の前に置かれた肉料理は鮮やかな色どりの焼き加減。芳醇な香りのソース。

 見た目からして、想像を超える絶品の料理と思わせる。


「美味しい……」


 早速とメインを食した委員長から感動の感想が零れる。

 委員長ほどの家柄なら普段からこういった料理を食べ慣れているはずなのに、それでも初めて味わった料理なのだと、その表情で分かる。


 どれどれ俺も、と鋭く輝くナイフで切った一切れの肉を口の中に入れた。


「――っ!」


 本当に肉を噛んだのか?と分からないぐらいの衝撃だった。

 熟成された肉そのものの食材も逸品でありながら、料理人の腕による焼き加減とソースに長年の試行錯誤が積み重なっている。

 なるほど……前菜とスープもかなり美味しかったが、それら全て、このメインを引き立たせていた面もあったのか。

 こんな料理……一生の人生でもう二度と食べられないのでは?

 

 味わった料理に深く感激していると、ふと目の前からの視線を感じたので目が合えば、委員長が恐る恐ると俺にこの料理の感想を伺っている。

 クラス皆をこんな素晴らしい店に連れてきて自信満々だったはずなのに、なぜ俺に対して不安そうになるのか気がかりではあるが、返す言葉はこれしかない。


「想像以上の美味さだ。こんな素敵な店で食べさせてくれてありがとう」

「……良かった」


 委員長はホっと胸を撫でおろしている。

 いつもだったら、その仕草に疑問を持っていたとこだが、『今の俺』は――


「――特にこの肉に絡んでいるソースには驚いた。フレンチのソースといったら赤ワインをベースに出汁フォンを加えたマデラースが主流だと思っていたが、この肉料理にはシェリー酒のビネガーソースで肉の旨味をしっかり引き出している。……それも普通はフレンチで一緒に飲むはずのワインが飲むことが出来ない未成年の為にも最大限に美味しく味わえるようにも考えた工夫もしていて……きっとこのソースを個人で再現するのは難しいはずだ。ああ、でも完全に再現するのは無理でも……――」


「………………」

「……あ」

 

 いつの間にか白熱して感想をつらつらと力説する俺に呆気にとられたのか、ぽかんと両目を丸める委員長は戸惑ったものの辛うじて、


「か、風時くんってお料理に研究熱心なのね……」


 何とも言えないお世辞な返しである。

 しかも席の近くにいるウェイターの人にも聞かれたのか、感心した目で微笑んでいた。

 しまった……。

 なんで俺はクラスの委員長との食事中に料理についてアレコレ語っているんだ?

 

 ――どうもさっきからおかしいような……?

 

 ああ……そうだ、それもこれも全部、最近、にやたらこき使われたせいだ。

 そのせいですっかり飲食……喫茶店のバイト意識に憑りつかれている。

 でも、こんな美味しい料理を食べれば仕方ない。

 落ち着け……俺は諜報員。

 断じて喫茶店の従業員ではない……!


「……悪い、委員長。変な話聞かせて」


 一度冷静に落ち着く。


「ううん、いいの。ほら、風時くんから話題を出して貰うことってなかったし。……特に最近は思い詰めたように考え事してるみたいで」

「……最近の俺ってそう見えるのか?」

「えっと、なんとなくそう思っただけだから」


 やはり最近の俺は煮詰め過ぎなのか?

 たまの休みだからと無理してるのか?

 さっきの俺がいたたまれなくて委員長から逸らすように、ふと横を見た時だった。


(――え?)


 隣の席、そこには――淑女がいた。

 無駄のない丁寧な動きで料理を口に運んで味わっている。

 一瞬、別人だと錯覚した。でもそこに座っていたのは学園だろうと外だろうとやたら騒がしい女子生徒、あの――冬里ひよりが、礼儀正しい姿で上品に食事をいただいていた。

 今の彼女はまさしく正真正銘の貴族の子である、お嬢様の姿だ。

 思わずひよりに目を向けたまま固まった。

 ひよりの向かいでは当然ながらにマナー良く食べている雅人はしれっと言った。


「普段はでもこういったマナーは生まれながら家で叩きこまれているからな。これぐらい出来て当然だ。こういう場だけはしっかり令嬢の振りぐらいはな」

「……あっ、ひどーい。せっかく、いいんちょーの言う通りに大人しく食べてたのにぃ」

「ほらな」

「……」


 さっきまでの淑女たる姿はどこへいったのやら……。


「ねーねー。でも今のあたし、ちゃんとお嬢様してたでしょー?」


 俺に向かって、にへらと笑うひより。


「ああ、ひよりのことを見直した」


 これは本心。

 ひよりは照れながら、


「えへへー。でもそれだと普段のあたしって全然ってこと?」

「その通りだろ……」


 普段のひよりの素行を知っているからこそのギャップだ。

 まあ、そこは置いとこう。

 再び自分の食事に戻ろうと、視界に委員長の顔が映った時だった。

 彼女の視線が一瞬だけへと向かれると、


 キッ――!


 委員長が雅人に視線を送った……というよりも今、鋭く睨みつけてなかったか? 

 その睨み(目配せ?)をぶつけられた雅人は呆れ気味にナフキンで口元を拭いてから、俺に声を掛けてきた。


「……修司。こういった食事の最中に他の席を気にかけるのは、同席している委員長に失礼だぞ」

「あ、ああ。ごめん委員長」

「い、いいの。……でも風時くんって冬里さんとは、仲がいいわよね?」


 所々やけに強調して俺に尋ねる。

 俺がひよりと仲が良い……か。

 思い浮かぶ限りでは室岡先生の件になるが。

 ……きっと吊り橋効果。つまり一緒に危機的な状況の中で体験したからこそ、以前より強い仲間意識を持ったに過ぎない。


「教室では席が隣でよく話すからな」

「……そう」


 俺の答えにどこか納得しきれてない様子。

 また、ぎこちない雰囲気で再び委員長と向き合うことに。


 隣では――


「マァサァくぅん? やっぱりぃ、さっきからおかしーと思うんだけど?」

「気にしすぎだ。せっかくの料理を楽しんどけ」

「……それはそうだけどぉ。もしかして『気づいてて』、あたしの邪魔してる?」

「さあな」

「……あやしぃー」


 ひよりのバチバチした視線と口攻撃――を躱していく雅人。


 な、なんだ……?


 まるで俺の知らない背景で凄まじいやり取りが繰り広げられてるのがヒシヒシと感じる。

 とても仲良く食事していると思えない空間だったが、雅人に注意された通り今は他の席を気に掛けるべきではない、と委員長と食事を続けた。

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