第15話 貴族の優雅な食事 3


「それとね、風時くん。学園に入学してから……その……クラスにというより、瑠凛には慣れたかしら?」


 食事の最中、仕切り直しにと、なんとも委員長らしい題材で話を振ってきた。


「慣れた。


 とは……自信を持って言えないが」

「?」


 苦笑する俺のぎこちない返しに、小首を傾げる委員長。


 隣の席からは、


「冬里。さっきから、あまり俺を疑っていると、お前の知りたがっているアニメについてのことは教えてやらんぞ?」

「うっ、そ、それは困るけどぉ。だからってしなくたっていーじゃん!」

? なんのことだ?」

「もー!」

「だったら、大人しく食事に集中しろ」

「だったら、早くマサくんが知ってるっていうあたしの好きなアニメのプロジェクトについて教えてよー! 大体そんなこと知ってるんだったら、さっさとあたしに教えるべきじゃん!」


 さっきまでは淑女だったはずの女子生徒の、ひよりが雅人に目くじらを立てて突っかかる。

 突っかかれた雅人もうんざりしながらも適当にあしらっていた。

 周りが大人しく優雅に食事している中で、この一席だけはやけに騒がしい。

 店内に流れるクラシックのBGMも、あの席だけには届いてない。

 けど、学園での教室ではこういったことは、見慣れた光景だからかクラス一同気にも留めずに、食事を続けているのが、またなんとも。


「……大丈夫そうね」

「……分かって貰えると助かる」


 今ので察したのか、額に手を当てて悩ましげな委員長。

 クラスをまとめる立場なだけに、普段のクラスでの悩みのタネの一つでもあるはずだ。ご愁傷様。

  ……いや、他人事じゃないな。


 ひよりと雅人。

 方や貴族らしくない生徒、方や貴族らしい生徒。

 俺はどちらとも普通に接している。

 ……とは思っていたい。


「でもね、風時くんが瑠凛に来た頃は心配したのよ?」

「俺のことを?」

「あ、当たり前じゃない。あなたがこのAクラスで、外部入学の生徒だったから心配してたのよ?」


 瑠凛学園高等部に在籍する生徒達は、学園の同じ敷地内に在る中等部校舎から内部進学したエスカレーター組がほとんど。

 ひよりも、雅人も、委員長も、他のクラスメイト、つまり俺を除けば全員、瑠凛学園の幼等部、初等部、中等部と続いてる顔見知り同士ばかり。

 周りの席に耳をすませば――


「本当に、お店もお料理も素敵ですね。こんな素敵な場に招待してくれた浬桜さんには感謝しないと。夏原さんにも宿舎を用意させて貰ってますし」

「ええ。中等部の修学旅行でも浬桜さんにはお世話になりましたね」

「ああ、そういえば、その修学旅行でも、中々予約の取れない、良い料理の店に連れて貰えて良い思いしたもんだなぁ~」

「あの店を予約できなかった他のクラスは悔しがってたから、今回もすげぇ悔しがると思うぜ」


 と、クラスの思い出話に花を咲かせているグループが、あちらこちらの席から聞こえたりもする。みんな古くから付き合いのあるとして、だ。

 そんなクラスに、高等部から外部入学した俺がクラスで馴染めるのか心配するのは当然なはずだ。


「委員長のおかげだ」

「えっ」


 委員長は意外そうに小声で驚いた。

 このクラス1-A……いや、1学年全体の人物情報については、あらかじめ入学前に機関から提供された資料によって事前に生徒の家柄、ある程度の交友関係等の情報を頭に叩きこんだとはいえ、不慣れな校舎施設と環境だったのは間違いなかった。そこへ入学してすぐに彼女――夢岸ゆめぎし委員長が率先して俺に学園の案内をしてくれた。なんでも委員長は小等部からクラスの委員長を任されており、そういったクラスのまとめの役割を担ってきたのには慣れている。だからか、入学したばかりの俺に学園の施設や行事等、色々と教えてくれた。


「そ、そんな。当たり前のことしただけなのに。それに風時くんは、もうすっかりクラスと馴染んでいるんだから、私が力になったなんて……」


 いきなり俺に感謝されたのが予想外だったのか、泡を食ったみたいに身振り手振りと慌てる。普段は真面目な彼女にだけに、今日は珍しく多彩な姿を見る。


「それでも委員長には感謝しているんだ」

「……!」


 目線を真っ直ぐ合わせてて感謝を伝えれば、食事前よりかは落ち着いてきたはずの委員長の肌の朱みが再度、急激に浮かび上がって、ソワソワと照れながら、


「こ、これからも困ったことがあったら遠慮なく頼ってね。……ほら私、委員長だし」

「あ、ああ……」



「……冬里。さっきから耳を立てて、隣の席を気にかけるな」

「……ちょっと黙ってて」

「……はぁ」



 …………隣の席からすんごいニコニコとした視線が送りつけられてるのは気のせいにしておこう。すっかり緊張が解けている委員長は明るく話題を続けた。


「あ、あと風時くんって『生徒会』のことで大変なんじゃない? すごいわよね、一年生で、あの生徒会に入っちゃうなんて。私も驚いちゃった」

「……俺もまさか、こんなに早く生徒会に入れるとは思わなかったな」

「え? もしかして入学した時から生徒会に入るつもりだったの? 本当にすごい……」


 ここで謙虚したところで意味がない。

 以前、会長から言われた通り、外部から入学して一年の身でありながら生徒会の一員になった俺に疑問を持つ生徒は多くいる。

 ならば、堂々と構えていればいい。

 下手に言い訳すれば、余計に怪しまれてしまう。

 

 しかも、このタイミングで委員長からの話題を振ってきたのは都合が良かったので、利用した。


「……委員長はについて、どう思ってる?」

「生徒会? そうねぇ……」


 頬に指を当てながら考え事をしている委員長の姿は、オシャレな眼鏡と合わせて知的な雰囲気を醸し出している。さながら大企業の女社長といったとこだ。

 この食事中の間に一気に彼女の色々な面が垣間見れたが、やはりこういった姿が彼女らしいスタイルと勝手に思っている。


「瑠凛学園の――『聖域』ね」

「せ、聖域?」

「うん」


 さすがにこれには驚いたリアクションする俺だが、委員長は平然と会話する。

 聖域。それはまた大層な表現だ。大げさでは?

 この学園の生徒だけでなく職員ですら生徒会に対して特別な目で見られているのはなんとなく分かっていた。けど、そこまで過剰な崇拝?の対象として見ているのか?    生徒会を?

 あっ、と外部入学の俺だから、知らないのは当然なのかと気づいた委員長は付け加えた。


「私達瑠凛の生徒は、他の学校に通っている学生とは、育ちから、なにまで……一般の人達とは、違うっていうことは分かるわよね?」

「……まあ」


 『ちょっと』で済まされることなのか……?

 と、ツッコミたい所だったが今はよそう。


 格ある家柄の下に生まれ、英才教育を受ける。

 成長すれば社会において大いに貢献を担う。

 そういった殊勝な人生を過ごす人達が通っているのが『瑠凛学園』。

 機関では俺と同期の透が一般的な高校に通っていて、それらの学生とは違う。

 その辺りは委員長には、きちんと自覚があるみたいだ。


「そんな私達でも、瑠凛の生徒会とは特別な線引があるの。

 生徒会に入れるのは、ただ家柄が良いとか、頭が良いとかだけじゃない……本当にだけ、なんてね」

「神様……」


 それは、比喩にしてもいくらなんでも、大げさではないのだろうか?、と普通は思うとこだった……、が。


「――特に今の生徒会なんて……『十王名家じゅうおうめいか』の三家の人が所属しているし、学園の皆が生徒会の彼女達に信仰的に憧れちゃうのは仕方ないと思うわ」


 山之蔵奏。

 レイナ・リンデア。

 火澤仁美。


 まさに神が作った存在だと、過言ではないと思わせる存在。

 それも世界の社会・経済に大いに影響を与える、の者が、所属している生徒会だとあれば、他の貴族の生徒からでも特別な目で見られてしまう。

 ……なるほど。は、普通の調査では判るはずがないのか。


「だからね、そんな生徒会の中に、風時くんがいきなり入会しちゃうんだもの。それは彼女達みたいに尊敬しちゃうし。なにより、大変よね」

「……」


 『大変』という言葉では済まされない。

 生徒会に居る間の自分は神経が張り詰まって減らされていく日々ばかり送っている。

 生徒会に入って、ただ一か月少しなだけでも彼女達とそれなりに接したつもりだ。

 それでも――まだまだ知らない部分があるんだと思い知らされた。


(もしかして……)


 今の俺の悩みの種はそこなのか?

 さらに深く悩みに陥るとこで、委員長が目を閉じて淡く微笑む。


「それとね、私は火澤副会長に憧れてるの」

「副会長?」

「あっ、もちろん生徒会書記も素敵だし……それに生徒会長も尊敬しているわよ? でも生徒会の中でいったら、親近感があるのは火澤副会長になっちゃうもの」


 確かに学園での副会長は、どの生徒にも身近に接して慕われている。


「火澤副会長は華道の界隈でも良い評判は聞くわよ。私もああいう女性になりたいって憧れちゃうの」

「…………」

「あっごめんなさい。私ばかり色々と話しちゃって」

「いや、意外な話を訊けてよかった」

「そ、そう?」


 副会長に憧れている……か。


 大和撫子、清廉潔白、方正謹厳。

 普段の彼女を見れば、これだけの言葉が次々と浮かんでは並ぶ。

 ああいう女性に憧れを抱くのは普通なんだろう。


 けど――


(火澤仁美が正真正銘の――だと知られたらどうなるか……)


 つい先日の、副会長との一件を思い出してゾクッと身震いしてしまう。

 あれから数日経った今でも、が、体から完全に離れることがない。


「どうしたの?」

「いや……ちょっと寒気が」

「店内は快適な気温だと思うけど……風時くんって冷え性だった?」


 食事は進んでいく。

 同時に、会話していく中で次第に委員長はフランクな口調で話すようにもなった。


「……ちなみに風時くんには――折り入って訊きたいことがあるの」


 委員長の声のトーンが落ちて、やや重苦しい間が置かれた。

 まるで一世一代の告白でもするかのような面持ち。

 どんな重要な話なんだと、俺は慎重になって構えてしまった。


「風時くんは生徒会の人達で……その――気になる人って、いる?」

「っ!?」


 口直しのお水を飲んでいたからなのか、喉奥でゴホッと逆流しそうというベタな反応してしまった……。幸い噴き出すことはなかったがギリギリ危なかった。

 いや、今のは突然おかしなことを言った委員長が悪い!



「それでな冬里。例の知りたがっているプロジェクトについてだが」

「………………」

「……完全に聞いていないな。こっちの話より、そっちが大事か」



 俺は誤魔化すようにナフキンで口元を拭ってから、


「お、俺が? 生徒会の『あの人達』に!?」


 コクン!と大きく頷く委員長。


「……だって、生徒会の女性って全員本当に女性から見ても魅力的なんだもの。風時くんは生徒会でいつも彼女達と一緒に居るんだったら、そういう気持ちを抱くんじゃないかなって。あ、別になんとなく気になっただけで、私には深い意味があるわけでも……ないわけでも……。あ、あと! 生徒会だけじゃなくても風時くんって最近は風紀委員長とも親しげに会ってるのよく見かけるし……ついこの前もお昼休みにはあのフィギュアスケート選手の鏡先輩と一緒に食事してて……それに前生徒会長の華霧先輩にアプローチされてた……でしょ?」

 

 前半に加えて、羅列されていく目撃情報に圧倒される。

 ……ちゃんと整理しておこう。

 まず風紀委員長の春川先輩は単に風紀委員として俺に注意しているし、友人である副会長と一緒にいるのが彼女にとって気に食わないだけ。

 鏡先輩は単に友人のリンデア書記と仲がいいので、たまたま偶然一緒に学食で相席になっただけで……そもそも前生徒会長とは、あれは単に今の生徒会長のことが別の意味で好き過ぎるゆえに、俺のことをからかっただけで――……ん?


「なんでに華霧先輩の件を委員長は知っているんだ?」

「え、えっとほら、以前ニュース部の子がインタビューで私のとこに来てね。色々答えてあげたら……その……御礼だからって情報を貰ったのよ。風時くんと華霧先輩が廊下で急接近で逢引してたって……。も、もちろん鵜呑みにしてるわけじゃないのよ?」

(あいつ……!)


 名前を出さなくても、要約だけで、委員長に垂れ流したのかハッキリと顔が思い浮かんだ。このレストランに訪れる前――美術館の見学で会った『ニュース部の女子生徒』。すぐにペラペラと情報を明け渡す。だからマスコミ気質な奴とは手を組みたくないんだ。やはり、あの女は任務に支障出るので要注意人物とマークしておこう。


「……ところで、なんで俺の情報が委員長に?」

「そ、それは――」


 俺の疑問に、しどろもどろに濁す委員長。

 まあ、大方あのお喋り女が俺と委員長が同じクラスだからって話しただけだろう。委員長もそれを悪用する気はなさそうなので、これ以上追求するのはやめとこう。

 っと、今はそれどころではない。


「……あのな委員長。全員関係で知り合っただけで特にそういったことは、


 最後の部分を強調して否定する。

 ただ彼女達に対して在るのは、任務の対象でしか過ぎないということだ。

 全部スパイとして潜り込んだ、仮初めの関係を築いただけでしかない。

 そんなとこにを持ち運んだりは、有り得ない。


「……信じていいの?」


 なんでそんな不安そうな表情になる!?


「「…………」」


 ちょっとした沈黙。

 束の間で委員長がクスッと笑った。


「風時くんとこうして、お話出来て安心したわ」

「……安心?」

「なんだか違和感があって……。私ってあまり自慢することじゃないけど、家柄か色んな立場ある人と会ってきたのよ? だから瑠凛に来る、風時くんのこと今まで全く知らなくて、ごめんなさい。こうして話せて風時くんのことを、少しでも知れて良かったわ」


 委員長ほどの家なら、ほとんどの貴族の家柄の間の交友関係が広くて当然。

 それ故に、『風時修司』という俺の存在を知らなかったことに違和感を持っていた。


 ……これは、委員長にも気をつけないといけないな。


「せっかく委員長とこうして話せたんだし、俺も委員長には訊きたいことがある」

「え、そうなの?」

 

 今度は俺から話を振る。

 今の彼女なら俺に対して、を提供できると、目論見があった。


 だから――深く踏み込むことにした。


「委員長の家って――の家とは関わっていないのか?」

「――!」


「「……」」


 ストレートな質問だったのは承知している。

 今の委員長の反応、そして今の問いを、横で聞いたであろう雅人とひよりの反応から……は迂闊に触れてはいけない部分と察した。

 一瞬だけ戸惑った委員長だが、気にしたそぶりを見せずに答えてくれた。


「そうね……。夢岸家は昔、十王名家とは……特にのは両親から聞いたことあるけど」

「…………」


 夢岸家といえば日本国内では有数の名門の名家。政治家の一族。

 代々遡れば日本国内の総理大臣を二代も輩出している名家の名家だ。

 それ故に――政治界隈を通じて多くの名家と深い繋がりがある。


 家柄で言えば確実にこの1-Aクラスのトップ。学園でも上位になる一族の御令嬢。

 それに彼女のリーダーとしての能力や、容姿も相まって、生徒会の彼女達とは引けを取らない。


 なのに――


(なら夢岸家も『十王名家』には属していてもおかしくはないはずだし――委員長だって十分生徒会に入れる人材のはずだ)


 ふとこういった疑問が思い浮かんだ

 そもそも委員長が生徒会の一員に立候補しようとしないのが気がかりだった。

 つまり――委員長は会長と……いや、夢岸家が山之蔵家とは関わらないようにしている……?


 俺が断片的な情報を組み合わせて可能性を探っている最中、委員長の口は開き、


「……でも、しょうがないわよ。――があった後だと十王名家の中で色々とゴタついてしまうもの」

「え、それは――」


 委員長には、まだまだ訊きたいことがある、


 その時だった。


 ざわっと周囲の空気が一変したのに気づく。

 周りのクラスメイトの、歓談や食事の意識が中断されていたからだ。

 なんだ? とすぐに周囲を見ればクラス一同全員が、窓から見える外のテラスへと視線を集中していた。


「――なんだこの店は! 俺に失礼じゃないか!?」

「――申し訳ございません!」


 怒号を飛ばした見知らぬ小太りの成人男性客と、

 レストランスタッフの謝罪の声が響いた。

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