第16話 迷惑な客


 ――レストランの外から聞こえた怒号。


 俺達が食事している最中の店内客席からでも、見晴らしが良い外のテラスに注目すれば、その原因とらしきの客がテラス・テーブルの椅子にドッスリと座りながらも、野太い声で店のスタッフに詰め寄っていた。


「いいから、今すぐ俺を店の中に通して食事させろ! なぜ入らせない!?」

「申し訳ございません。只今当店内では既に先約でお越しいただいた団体のお客様に貸し切っておりますので……それまではこちらのテラスで、お待ちいただければ」

「はぁ~? つまり、この俺を、後回しにして、待たせるつもりなのかぁ~この店はぁ?」

「……本当に申し訳ございません」


 スタッフが丁寧な物腰で謝っている。逆に客の男はジャラジャラと身に着けている派手なネックレスやアクセサリーをこれみよがしと見せるようにして、そのブ厚い目がジロリと、店内――食事の最中の俺達の席へと向けられた。


「そもそも、あの客達はなんだ? 見れば、どいつもこいつもじゃないか。この店の料理を、ワインの味すら知らない子供に食わせていいものではないと思うがな。店のブランドや料理に失礼だと思わないか?」


 わざと、こっちの席にまで聞こえるように大声を上げている。

 店内のクラスメイト達の反応は――

 女子たちは、まあ、と

 男子たちは、なんだあいつは、と

 ああいった下品……品性のない人を見るのが、珍しいだと言わんばかりの反応だ。


「……このお店をご利用してくださっているのは全員、大事なお客様です」

「ふん、そんなの関係ないがな。お前も知ってるだろ? 俺が、いったい『誰の紹介』でこの店に来たんだと。だから優先されるのは、もちろん俺になるはずだ? 分からないのか? その手前で俺に失礼な対応すれば、この店がどうなるのかも?」

「そ……それは」


 途端、落ち着いていたはずのスタッフの顔に焦りが表れる。

 あれは……。


(怯えているのか?)


 店内の方でも、さっきまでは楽しく食事をしていたクラス全体の雰囲気に不快の感情によって沈黙が作り上げられ、皆手元に置かれている料理に手をつけなくなっていた。


「もー、あのオッサンなんなのぉ? マジで感じ悪すぎなんだけど!」


 沈黙だった空気の中で、ひよりだけは持ち前の明るさでブーブーと反応している。

 こういう部分は見習うべきなのかどうか。


「ご、ごめんなさい。こんなことになるなんて……」


 シュンと気を落とす委員長。

 彼女に全く落ち度がないが、クラス全員を、このお店に招待した手前こういったトラブルにどこか責任を感じてしまったんだろう。

 珍しい委員長の落ち込みように、ひよりは慌てて、


「あっ、別にイーンチョーは悪くないって! 悪いのは全部あのオッサンなんだから!」

「……冬里さん」

「癪だが、冬里の言う通りだ。店側がどんなに気をつけようが予想外のトラブルが起こるのは仕方ない。それに、店のスタッフ達に任せて放っておいて、客である俺たちは食事を続ければいい」

「癪ってひどいなーもー」


 珍しくひよりに賛同?した雅人は、しれっと料理に手をつけた。ひよりもプンスカと言いながらも同じく料理に手をつけている。


 雅人の家――夏原家が大手ホテル経営の一族の子だけあって、雅人はこの手のことに慣れてるのか、いたく冷静だ。俺も雅人のこういったとこは見習いたい。


 雅人の言葉に続いてか、店内のスタッフ達も不測の事態に対応して外からの怒号が聞こえないように窓を閉め、カーテンを締めたり、店内のBGMの音量を大きくしたりと配慮してくれている。もう外からの騒音はそこまで聞こえてこない。さすがはプロだ。雅人の言う通り、店の人達に任せて食事を続ければいい。他のクラスメイトも一旦安心したのか食事を再開する。


「二人の言う通りだ委員長。こんなことで責任を感じたってしょうがない」

「……風時くん。え、ええ……。そうよね……うん」


 委員長が言い終えた同時に――その口が強く、強く結ばれた。

 彼女のそんな一瞬だけの表情を垣間見てしまった俺は――


「シューくん?」「風時くん?」


 自分が気づくよりも

 体が、先に、動いて、

 椅子から立ち上がっていた。

 反応するひよりと委員長。そして、黙ったままの雅人をよそ目に。


「……悪い。少し離れる」


 いきなりのことで周りのクラスメイトから視線を集めてしまったが、気にしない。

 席から離れて目指すは、この室内の扉へ――外にだ。

 俺が、この部屋から出ようとしたとこで――


「……っ!」


 左腕がギュッと引っ張られて、体がこれ以上前へと進めなくなってしまった。

 いつの間に腕を掴まれていたからだ。

 それも……本当に気づかないレベルで。

 振り返って、その掴んできた相手を見れば――


「……先生」

「どこへ行くつもりですか?」


 背後には我らがクラスの担任である工藤先生が俺の腕をしっかりと掴みながら、尋ねた。


「……お手洗いに行こうと」

「そんな意気込んだ目でトイレに行く人なんて初めて見ました……。それに、トイレはあっちです」


 先生が空いてる手の方ですぐ近くの壁のプレートを指すと、トイレの位置を知らせる案内が見られる。俺が出ようとした扉とは思いっきり真逆の方向だ。

 先生はため息をついて、

 

「……外に行くつもりですね? それも――あの騒いでいる客のとこに」


 さすがにお見通しか。


「駄目ですか?」

「ダメですね」


 先生がニコッと即答した同時に――さらに掴んできた腕に強く力が入れられた。


 痛い痛い痛い!


 振りほどこうにも先生の手が、俺の腕の関節部分が絶妙に握られてて無理だ!


「……放してくれませんか?」

「では大人しく席に戻りなさい。このまま行かせて、生徒を危ない目に遭わせるわけにはいきませんしね」


 諭す目で、俺の行動を改めようとさせる、その姿勢。

 まるで――


「……」

「……ん? 急に鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔して、どうしました?」

「いや、すごくと思って」

「……一応、君の担任教師ですが」


 はは……と力抜いた困り顔する先生。それでも掴んでいる手は一切緩めない気がない。

 ここぞとばかりに、しっかりと教師らしい仕事をしてくれる。

 普段から学園でも、こうあってくれれば生徒から多少は尊敬されてもいいんだが……。


「とにかく行かせてください」

「どうしてですか? この問題はお店の人に任せなさい。それは風時くんがすることではありません」


 先生の言うことは正論だ。

 ならば――


「……先生は俺が飲食店でバイトしてるのを知ってますよね?」

「ん? ええ。確か社会経験を積みたいという理由でしたね。この学園の生徒でアルバイトするのは珍しいことですし、生徒会の仕事もあるのに立派です」


 ……本当は奴隷のように強制的にバイトさせられているのが事実だが、学園側には建前として社会経験の一環と伝えてある。

 瑠凛学園は原則バイト禁止ではない。

 そもそも金持ちの学園に通うような生徒がわざわざバイトをする必要がないし。なんなら普通に会社経営している現役社長の生徒もいるぐらいだ。なので、そのような校則を作る必要もない。いっそ禁止にしてくれれば俺もバイトをしなくて済んだのに。

 ……いや、あの女店主の場合は、それでも無理矢理バイトさせようとしてくるな。絶対。


「バイト先の店でも、ああいう迷惑な客をよく見かけたりすることがあって見過ごせないんです」


 中身は理不尽が詰まっている最悪な人間だが、見た目は美人の女店長。

 最近は店の看板娘として新しく入った(入らされた)見た目愛くるしいリリスが店員の喫茶店は客足が増えてきている。同時に店に入るなり、料理を注文しないでリリスに絡んだりするような迷惑な男客がしばしばと居たりするので、俺が合間に入って注意することがあったりする。

 ……もし俺が介入しなかったら、その客が後で、リリスと彩織さんに何をされるのか怖いのもあるが。


「それは見上げた精神ですね。でも結局は僕達には関係ないことです。さっ、戻りましょう」


 先生の言うことは至極真っ当で切り上げようとしてくる。

 だが、ここで終わらせはしない。


「確かに先生の言う通りです。でも――あの客……男からはがするんです」

「嫌な予感、ですか?」


 最後はここで本音を訴えかける。


 応酬話法。


 相手の発言を肯定してから、自分の主張を通す手法だ。


「絶対とは言い切れないけど、をこのままにしておくわけにはいかない。……問題が起こってからじゃあ、遅いんです。先生」


 きっかけ自体はな面もあった。

 でも同時に――なんとなく、あの騒動の男からは嫌な予感もする。

 これは今まであらゆる任務の体験してきた『経験則』から基づいた勘。

 只の迷惑な客だけなら、それで済めばいいが。


「……どうしてもですか?」


 一気に強張って、語気も強める先生。

 額からうっすらと汗が滲み出てくるが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「……行かせてください」


 互いの真剣な視線と視線がぶつかる。

 傍から見れば教師に反抗する困った生徒を叱る構図。

 さて……このまま通してくれるか?


「……はぁ、わかりました。それなら――」


 先生はため息をつきながら、観念して諦めた表情をした。

 よし!


「僕もついていきますか!」

「………………は?」


 つい素っ頓狂な声を上げてしまった。


「どうしてそうなるんですか!?」

「どうしてもなにも、教師である僕の目が届く範囲に居ればいいだけですしね。1人で行かせるよりは全然マシかと。

 ――それに、実は僕も美味しい食事を邪魔した、あの客には文句の一つでも言いたかったので」

「えぇ……」


 だったら、さっきまでのやり取りは茶番だったのか!?

 それはそれでいち教師として、どうなんだ?と疑問が浮かぶが、もうこの際関係ない。


「では行きましょうか! 早めに来たからまだ食事の時間は余裕あるとはいえ、急ぎましょう!」


 さっきとは打って変わり、かなりのノリ気味で、俺よりも前へと足を進んで先導している。

 本当になんなんだ、この先生は?


「待って!」


 声を上げたのは、さっきまで見守っていた委員長。慌てて席から立ちあがっていた。


「先生! どういうことです!? もし風時くんになにかあったらどうするんですか!?」

「……先生の心配はしてくれないんですね」

「そ、そういうわけではないですけど……。とにかく! 外に行くのはやめてください! か、風時くんも戻って……」

「――委員長」

「っ!」


 ここで委員長を説得するのに時間を掛けるわけにはいかない。

 少々強引だが力強く訴えかけるように、目を合わせた。


「ちゃんと戻ってくるから、待ってて欲しい」

「……」


 黙りこくってしまう委員長。

 俺の横に居る先生はフッと口元を綻ばせた。


「ここは委員長である夢岸さんにお任せしますので、皆さんはゆっくり食事を続けてください」


 この場にいるクラス全員に言い聞かせるように指示する先生。

 すると、忙しない足音が聞こえてきた。


「――お待ちください、お客様!」


 扉の前で俺達の前に立ち塞がるように、やってきたのはこの店の支配人と思わしき人。


「トラブルは我々が対処いたしますので、どうか席にお戻りください」


 それもそうだ。みすみす店側のトラブルに、他のお客を巻き込ませるわけがない。支配人としては当然の判断だ。

 委員長と先生はどうにか出来たわけだが

 ……そもそも最初に工藤先生が邪魔してこなければ、支配人が来る前にすんなり通れたはずなのに。

  さてどうするか?


 ・先生と同じように説得する

 ・隙を突いて無理矢理突破する。

 ・あの客の知り合いだと、この場限りの嘘でもついてみる。


  瞬時にいくつかの案を練っていると、


「ちょっといいですか?」

「? お客様?」


 工藤先生がちょいちょいと手をこまねいて支配人を手繰り寄せてきた。

 支配人も疑問を浮かべながら工藤先生のすぐ傍へと移動する。

 二人して俺に背中を向けてなにやら、やり取りをしていた。


「実は――――なので」

「っ!? そ、そうでしたか……!」


 耳を研ぎ澄ませても二人の会話からは詳細が聞き取れない、というより先生が周囲には分からないようにコソコソと支配人に伝えている。あの動きからして、先生が

 それを見せられた支配人も、驚きを隠せないといった様子だ。


「いいですね?」

「は……はい。ですが……いえ。どうかお気をつけてください」


 信じられない表情のままの支配人が、すんなりと扉の前を譲った。

 これには、さすがに疑問を持たざるを得ない。


「……先生、一体なにしたんですか?」

「そうですね……」


 少し考える素振りをする工藤先生。

 茶目っ気に片目を瞑ると。


「強いて言えば――大人の特権みたいなものですよ」

「……はあ」


 ますますと意味が分からないだけだった。


(でも、今はそんなことより)


 思わぬ助っ人?と共に目指すは、

 すぐ外のテラス――あの迷惑な客へと、扉から向かった。



――――



「……ゆっくり食事なんて出来るわけないじゃない」


 工藤先生と修司が外へと出て行った後、落ち着かない様子でジッと、さっきまで修司が座っていた目の前の席を見つめている委員長。


 その隣の席では――


「意外だな」

「え。なにがー?」

「こういう時、お前も委員長と一緒にを止めると思っていたが。随分と落ち着いてるな」

「あー……。あーそうそう! さっきマサくんに訊きそびれたことが――」

「……下手くそに誤魔化そうとするな。あと目をグルグル回すな。今の方がよっぽど落ち着いてないぞ」

「うぅ……」

「……はぁ。で、修司とは何があったんだ?」

「それは……。てゆーか、マサくんになにがわかるのよー?」

「そうだな。――つい最近あいつとがあった。その件であいつへの好感が以前より増した。今の様子を見れば、まるで修司に任せておけば、大丈夫という信頼感と頼りが見える。どうだ?」

「っ!」

「……わかりやすい図星もやめろ。推理するのがつまらなくなる」

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