第8話 午前の終わり


「修司くん。君は瑠凛学園をどう思ってる?」


 あれは俺が生徒会に入って間もない日のことだった。

 日課のように放課後になって生徒会室へと赴くと本日は生徒会長――山之蔵奏生徒会長が一人だけ先に来ていた。

 また日課のように俺が淹れた紅茶を会長が優雅に飲みながら、他の二人が来るまでの間の世間話として、このように切り出された。


「この学園について?」

「ええ。修司くんがこの瑠凛学園にどんな印象を持っているのか、ね」


 常日頃から警戒している、表では大貴族のご令嬢、影では世界を支配する秘密結社総帥の娘である要注意人物(山之蔵奏)は好奇心が宿った蒼く輝く目を向けてくる。白銀に煌めく髪に色が抜けきっている純白の肌。まるで全身が宝石で出来ているようだ。実際に会うまではこんな人間が存在していたとは信じられなかったほどに。この地球上に居る多くの人は彼女とはまともに目を合わせられないはずだ。


「どうしたの?」

「いえ……俺なりの考えになっても?」

「構わない、ぜひ聞かせて」


 俺は一拍と黙考してから、入学してから今までの学園に対する印象について答えた。


「瑠凛学園……まずこの場所は名家の子が通う学園として最高レベルの環境です。通っている生徒達も基本ステータスが高い人達ばかりで、その能力が発揮される場として相応しい。……そして誰もがこの環境を当たり前だと認識して通っている」


 最高の設備、最高の教育、最高の人脈。

 この環境を整う為に何もかも惜しみなく金と人材が注がれている。

 名家の子である生徒達は己のステータスを高める為に利用している。

 こうして家同士の繋がりを構築することで更に自分の地位を確立する。


「それに生徒のほとんどが利害で成り立っている関係ばかりだ」


 特に俺が居るクラスには、まさにメリットデメリットでの考えを持って動いている人が居たりする。……教室では俺の隣の席に居るお転婆で利害関係なく交友を求めている女子生徒もいるが瑠凛では希少な部類だろう。


(やっぱり普通とはかけ離れている場所だな、ここ(瑠凛)は)


 まだ入学して間もない俺が感じた環境――『貴族の世界』だった。


「つまり結局のところ姿であるんだと生徒と学園から感じて――」

「ふふっ」


 途端に会長は口に手を当てて肩を揺らしながら可笑しそうに笑っていた。

 その姿は上品でも、笑っている最中とならば話を中断しざるを得ない。


「……どこか可笑しかったとこが?」

「ふふ、そうね。――なんだか修司くんも貴族の人なのに、まるで視点の物言いと思ってね」

「……」


 ……しまった。

 仮にも俺は貴族の子としてこの学園に乗り込んでいるんだった。

 諜報員(スパイ)にあるまじき失態。与えられた仮初めの身分は徹底的になりきるのが基本だ。嘘でも本物として在らなければいけない。

 今まで同じような任務をこなしてきたというのに、何故かこのの目の前だと隙を突かれてしまう気がした。


「……自分は外部入学だから、以前まで居た学校はここみたいな環境では無かったので」

「ああ、そういえばそうだったね。だったら、この学園が特殊に見えてしまうのも仕方ない」

「はぁ……」


 少々で済むのか?


 しかし、今のはあぶなかった……。

 こんなつまらないミスが機関でバレたりすれば上司の霧崎さんや彩織さんに半殺し……いや、それだけでは済まない気がする。学園でも機関でも心休まる場所なんかありはしない。


 会長はなおもまだ笑みを浮かび続けているが……バレてないよな?


「笑ってごめんなさい。でも、は貴重で聞いて良かったわ。……そうだね。では修司くん、ここで問題!」


 バラエティ番組のノリで勢いよくピッと人差し指を立てる会長がそのまま続けた。


「『貴族』が持つ『ステータス』とはなにかな?」

「……財産、社会的地位、権力ですか?」

「その通り! よく答えられました。ご褒美に頭を撫でてあげよう!」

「いりません」


 デスクの椅子から立ち上がった会長は俺の頭へ手を伸ばそうとしてきたので、一歩引いて避ける。

 俺の頭に届かなくて真っ白でスラリとした手が宙ぶらりんした会長はムムッと眉を寄せた。


「……それじゃあ意地悪する修司くんにここで更に問題――というよりもテストに近いかな」

「意地悪って……ん? テスト?」


 フフフと笑みを零しながら再びデスクの椅子に姿勢正しく座り直す会長。


「大丈夫。もし間違えても生徒会を辞めさせるような野暮なことはしないから安心して」


 またしても笑顔を向けられるが、これはさっきとは違っていた。

 スマイル全開の顔でも雰囲気が全く笑っていないのは嫌でも察する。

 もし間違ってしまえば、何を命令されるのか?


 なんとしても正解しなければ……!


「瑠凛学園の生徒会にはどのような『役割』を求められてる思う?」

「……瑠凛学園全生徒の手本となる『精神貴族主義』としての手本……かと。合ってますか?」

「…………」

「会長?」

「……うん、修司くんが見事に当てるもんだから困っちゃってね」


 会長は困った表情をしている。

 気恥ずかしさを誤魔化す為にコホンとかわいらしく空咳をした。


「修司くんが答えた通り、我々生徒会役員は瑠凛学園全生徒の手本となるべく生徒の代表でいる。貴族であり、貴族としての責任を持った姿として、ね」


 精神貴族主義――ノブレスオブリージュ


 貴族としての力を持つ者は、その責任を全うしなければならない。

 ただ力を振りかざすだけになってはならない。

 精神貴族とは財産、社会的地位、権力を相応の義務として持った人間を指している。


 つまるところ瑠凛学園生徒会は貴族の代表として模範を示す活動を行っている。


(といっても俺から見たら3とも皆の見本になると思えないけどな……)


 彼女達の正体は大名家の子であると同時に――裏の家はヤクザにマフィアに秘密結社だ。その実態を知れば憧れの貴族としては程遠い気がするが……少なくとも『学園での生徒会彼女達』は全生徒達からすれば敬られる、尊ばられる、羨望の対象としての存在になっているのは間違いない。


「でもしっかりと答えてくれて私は嬉しいよ。それだけ修司くんが生徒会のことを分かってくれてなにより」


 会長は本当に嬉しそうに満足している表情だった。


「――話に入りましょう」


 それも束の間だった。

 会長はスッと目を細めて空気が一変した。

 俺もその空気に当てられてか背筋を真っ直ぐと正しくする。


「……そう。この学園は誰もが生まれながらにして自分は特別だと思っている」


 さっきまで無邪気だった蒼い瞳に冷たさが宿ったように見えた。


「貴族社会という文化が外国にあるように日本でも格式がある家に居れば、力を持っていることには変わりない」


 力を持てば私利私欲に振るう者が居る。

 貴族達全員が力を制して正しく振るうとは限らない。


「――だからこそ『私達』は偉大な力を持った者として、生徒達を『管理』しなければならない。過去と未来を乱さない為にもね」


 会長は冷たく深く語る。

 一瞬、俺の背筋が凍ったのは気の所為ではない。

 今の会長の口振りの真意を探ろうにも体の震えを抑えるのが精一杯で思考が妨げられてしまう。


「修司くんには表だけでのステータスだけでなく本質を見抜いて定めてほしい。特にレイナや仁美……私の家のような格と比べてしまう人が多いはずだ」


 俺と会長達3人とでは格が違う。それもそうだ。

 潜入の為に機関が用意した名家の子の身分は、あくまでも瑠凛学園に入学出来る最低限のステータス。リリスのように本当の名家、良家の子ならば違和感を完全に消し去ることが出来たはずだ。


「修司くんの家柄は相応だけど、皆が思っているはずよ。『風時修司は瑠凛の生徒会に相応しいのか?』、とね。それに外部入学である君が生徒会に入った以上、生徒達の周りで疑心暗鬼が生まれるのも仕方ない」


 俺が生徒会に入るまで、この生徒会は『十王名家』に属する3人の生徒が務めている。そこへ会長達の家より格下で外部からきた俺という存在が紛れ込まれれば、そう見られてしまうのは無理がないだろう。


「貴族が大勢いるこの学園には様々な思惑を持った人がいる。なにも生徒だけではない。教員達もここを卒業したOBが多く居る。だからね、修司くん。徒会の一員となった君に求められるのは『信用』よ」


 『信用』


 それは諜報員として徹底的にしている事でもあり――どの世界、どの業界、どの関係でも求められている。


「……会長はどういった人を信用するんですか?」


 今度は俺から質問をしてみた、というのは表面で会長の内側を探る。

 人が人を信用するというのは重要なことだ。秘密を共有できる間柄にもなれる。

 ならば俺が、この『怪物』から信用される人間になれば真実へ近づけるはず――


「そうねぇ……私が信用出来るのは」


 クスっと笑みを零した。


「野心を持った人よ」

「っ!」


 露悪的とはまさにこの表情のことを指すのか、山之蔵奏は女神の顔にも、そして悪魔にも見えてしまう顔で楽しそうに語った。


「私が信用する……信じられるとしたら野心的な人物。大望を抱いたり、高みを目指す。そうした野心家の相手なら遠慮のない話し合いが出来るからね。修司くん――君も野心を持っているはずよ。そうでなければ――この生徒会に居ないはずなんだから」


 今の会長は、まるで俺の中身を見透かしたかのような口振りだった。


 しかし――


「俺は会長に強引に生徒会に誘われた覚えしかないんですが……」

「あれ? そうだったかな?」


 会長にスカウトされて無理矢理連れて来られた記憶だ。

 そのおかげで生徒会に入るという目標の一つを果たせたのは感謝している。


「……なんにしても修司くんにはこの学園を好きになって卒業して貰いたいからね」


 雨でも降っていれば似合う様だが、あいにくと外は青空で晴れている。

 

 この生徒会には俺の知らない一面が潜んでいる。

 今のやり取りだって生徒会の表でしかない。

 本質はまだ知らない。


 会長は表情を取り戻すかのように微笑んだ。


「なんにしても君は生徒会の一員になったからには生徒会の理念の為にも頑張って欲しい。いい?」

「わかりました」


 そこに抜かりはない。

 俺は諜報員としての任務も、この生徒会役員としても両立してみせる。

 答えに辿り着く為なら、どんなことだって――


「あーあ、それにしても残念ね」


 俺が了解すると会長は本題が終わった合図なのか、また一変として柔らかい雰囲気で片目を瞑りながらそれも、うらめしく俺に視線をぶつけてきた。


「もし修司くんが答えられなかったら強引にでも私の屋敷の召使いになって貰おうとしたのに」

「さっそく貴族としての見本にならない権力振りかざそうとしてないか!?」

「冗談だから、ふふ」


 全く目が笑っていない……なおかつ本気の眼だった。


「ところでまたまた正解した修司くんにご褒美をあげたいんだけど何か欲しい物でもある? こないだ家の事業関係で広大な土地が余ってね。欲しかったりする?」

「だからいりませんって!」


 やはり俺は、彼女のことがよく分からない。



----



 鬱陶しかったニュース部の女生徒を払ってから生徒達が賑わう博物館内で歩いていた。瑠凛学園で注意するべきなのは生徒会だけだと思っていたが、そうでもないようだ。


 ひよりと雅人達の所へ戻る前にリリスと通信する用とは別の――大事な用件を済ませなければいけなかった。まずはそれに関わる人物を探し回ると案外見つかったので声を掛ける。


「城浜くん」

「あっ風時くん」


 城浜 悠石(ゆうせき)。

 俺と同じクラスの同級生であり、ここ博物館の館長の子息である彼は上の階からの手すり越しで館内全体を見渡していた。


「どうだった? この博物館は」

「色々見て回ったけど、本やネットだけでは知らないことを学べて勉強になったよ」


 様々な展示物を目で通して図鑑だけでは知り得ない情報があった。

 こうして訪れて実際に目にしないと分からないことばかりだ。


「それは嬉しいこと言うね。ちなみに印象に残ったのはある?」

「そりゃあなんといっても……あの化石だな」


 館内の中央へと目を向けると、大きく天井から伸びているワイヤーによって吊るされた巨大な化石の標本。全長10メートルを軽く超す圧巻の展示物だ。

 普通は発掘された化石は厳重に保管されて、精巧に造られたレプリカが展示として飾られているが、この博物館では本物の化石をああやって吊るして飾られている。


「あはは、やっぱりそうだよね。この博物館の目玉だし」

「城浜くんの父親が見つけたんだろ?」

「うん。父が高校生の頃に見つけた恐竜の化石なんだ」


 館内に入った時の紹介で聞いた話だ。


 と、世間話はここまでにしとこう。

 ――本題に入らなければ。


「……ところで城浜くん」

「? なんだい?」


 城浜くんは俺の声色を変わったのを察したのか、キョトンとする。


「あの化石を吊るしているワイヤーを調べてくれないか?」

「……ワイヤー?」


 城浜くんの視線を中央の化石から天井へと、俺が指を差した方に目を向けさせる。

 化石を吊るす複数のワイヤー。

 俺が館内に入った時から違和感があった。


「ああ。あの吊るしているワイヤーに問題がある」

「え……? そんなまさか。定期的にメンテナンスしているはずなんだけど……」

「多分あのままだと千切れて化石が落下するかもしれない」

「――!?」


 驚くのは無理もない。

 いきなりこんなことを言われれば誰だってそうだ。


 普通は信じられない。信じることが出来ない。……いや、信じたくないはずだ。


「……風時くん」

「いきなり言われても困るのは分かる……でもあのワイヤーのままだと何時、落下してもおかしくない。だから確認はするべきだ」


 俺は真っ直ぐと城浜くんの目に合わせて、語気も力を込めて言う。


「……分かった。すぐに確認してくるよ」


 城浜くんは急ぐようにして早歩きで館長の父親の元へと向かった。

 とりあえず信じてくれた、か。

 後は報告を待って……


「――さすがは風時くんですね」

「っ――!」


 不意に背後から声を掛けられたので勢いよく振り返る。


「おっと、そんな怖い顔して振り返られるとビックリしますよ」


 目の前に居たのはヨレたスーツ姿で貴族の学園の教師をしているとは思えない――担任の工藤先生だった。これでも普段よりはしっかりしているらしいが……。


 しかし……気配が全く感じられなかった。


「それにしてもここは広いですよねぇ~。先生歩き疲れちゃいましたよ」


 ふわぁっとあくびをしている。

 ただ、腑抜けているこの人の存在感に気づかなかっただけなのか?


「2人の話を聞いてましたよ。あの化石のワイヤーが問題みたいですね」


 何時の間に俺と城浜くんの話を聞いていたとか……どれだけ存在感がなかったんだ。


「ワイヤーの僅かな揺れに気づいたということでいいかな?」

「……はい」

「――ではワイヤーだけではなく金具の方にも異常があると気づきましたか?」

「っ!」


 感覚を研ぎ澄ませてワイヤーを吊るしている先の設置されていた金具の方に注目すると異常があった。

 そもそも金具が所々、傾いた壁に設置されているせいでワイヤーが不安定だったからだ。


「普通はあんな所に取り付けませんよ。化石の吊るし方が分かってない、いいかげんな業者だったんでしょうね」

「……まさか先生は気づいていたんですか?」

「ええ、まあ。城浜くんに報告しようとしたら先に風時くんに越されましたけど」


 へらへらと口にしているが、普通は気づかないはずだ。


「先生……どうして気づいたんですか?」


 ――俺よりも正確に


「それはですね――」

「……」

「実は先生、昔はこういった化石に関わる仕事もしてたりしてね。紹介の長話が退屈に思ってまして、上の空で天井を何となくボーっと見てたら気づいちゃったんですよ。ああ! あんないい加減にワイヤーを吊るして不安定そうだ!ってね」

「はぁ……」


 何とも胡散臭い話で……嘘か本当なのか全然判断出来ない。

 なにより、工藤先生の朗らかな、ふざけた態度に呆れてしまう。


「あっ、その顔だと先生の話を全然信じてないですね」

「いや……そんな話を信じろと言われても」

「はは……。でも風時くんはクラスの皆から信頼されてるようでなにより。――普通だったら誰だって、あんな話されても信じませんよ。それも日頃の風時くんが積んだ『信用』で信じてくれたんです」

「……」


 信用を得るには相手のことを調べるのが基本だ。

 俺がこの学園に潜入する際に近しい生徒の個人情報、交友関係も調べて、『信頼』を得るように努めてきた。

 皆が信じているのは上辺だけの瑠凛学園の生徒を務めている『風時 修司』なだけだ。


 バタバタとした足音が迫って来た。


「助かったよ! 風時くん! あっ工藤先生も」

「どうだった?」

「……それが父に確認したら心当たりがあったみたいでね。確かに風時くんの言う通り、このままだと落下する危険があるかもって……。工藤先生、迷惑になりますが見学はここまでにすると父が判断して……」

「そうですね。他の先生方に伝えておきましょう」


 工藤先生はポケットからスマホを取り出して他の教員へと連絡する。

 館内の見学は中止して引き上げることになるはずだ。


 城浜くんの背後から大柄な男性が慌ただしくやってきた。


「君かい? 息子から聞いたよ」


 ここ博物館の館長である城浜くんの父親だ。

 長年、外での化石調査をしているからか日焼けが目立つ。

 人柄が良さそうな人相で、どことなく息子の城浜くんに似ていた。


「……君の言う通りワイヤーについて実はメンテナンスを普段とは違う別の業者に頼んでしまってね……。瑠凛の生徒を迎えることばかり考えてしまって気づかなかったよ……申し訳ない。そして、ありがとう」


 俺に対して深々と頭を下げた。


「いえ、化石が無事で良かったですね」

「……いいや、あの化石も大事だが……なによりも落下事故で、君や他のお客様に怪我があってはならないことだ。残念だが見学は今すぐ中止することにする」

「…………」


 俺は心の底から感心した。

 自分の人生の象徴でもあるはずの発見した化石の無事よりなによりも、こうして見に来てくれた人達の安全を気遣う城浜くんの父親の姿に。


「……良い父親だな」

「うん。自慢のお父さんだよ」


 城浜くんは明るく返事する。

 彼もこの父親のように貴族でありながら真っ直ぐ育っている。

 貴族の中にも、こういう人が居るんだと改めて知れた。


 通話を終えた工藤先生が戻って来た。


「風時くん、城浜くん。このまま先生と一緒に外に戻って……」

「ん? 君は……!」

「……お久しぶりです」


 城浜くんの父親が意外な顔をして工藤先生を見た。

 対して工藤先生はバツが悪そうな顔で応じる。


「いやいや! 久しぶりじゃないか! まさか瑠凛の教師をしているとはな」

「ええ……まあ」


 これには俺と城浜くんはキョトンとする。


「父さん。先生とは知り合いなの?」

「ああ。何年か前に遺跡調査した時に彼もチームに入っててね。崩れそうな遺跡の中で助けたり助けてもらったりと語り尽くせない出来事が沢山あってな」

「いやいや、お恥ずかしい……」

「ははは。元気そうでなによりだ、あれから君に連絡取れなくて心配してな――」


 さっきの工藤先生の話って本当だったのか!?

 胡散臭いし怪しいと思っていたが……本当の話だったようだ。


「風時くんって工藤先生のことよく知ってる?」

「……さあ?」


 ただ分かるのは不真面目かと思えば、たまに先生らしいこともする教師だ。



―2―



 バスへと戻ると他の生徒達もバスで座ってて、展示していた見学の感想を語り合ったり、まだまだ見たかった残念だと漏らしていた。城浜くんは謝ったりして大変だ。

 指示している委員長に労いの声を掛けると妙に緊張した、ぎこちない返事が返って来た。

 最後部の席へ戻ると雅人は既に本を読みながらも座ってて俺に気づく。


「どうやら館内でトラブルが発生したみたいだな。予定より早い昼になってしまうが……それにしても長いお手洗いだったな?」

「……途中で城浜君や先生と出くわして長話しただけだ」


 嘘は言っていない。

 雅人も、そうかとシレっと言い、追及してくることもない。

 そういえば、もう一人騒がしいはずの、あいつは……


「……寝てる」


 気持ちよく寝ていた。

 雅人がわざとらしいため息をつきながら教えてくれた。


「……こいつは午前からはしゃぎ過ぎだ。さっきなんて帰ってくるのが遅いお前を探し回ろうとしていたからな。迷子になられても困るから委員長と一緒に無理矢理バスに連れてきて椅子に座った途端にこれだ」

「……それは悪いことをしたな。後で謝るか」


 俺も座ると高価な椅子によって疲れが吸収されるようで眠りたくなってしまう。

 こうして課外活動最初の博物館の見学会は終わった。

 まさか午前だけで色々と疲れてしまうとはな。


「……むにゃむにゃ~。シューくん、マサくん、そこは踏み込んじゃいけない領域だよ~」

「一体ひよりは、なんの夢を見てるんだ……?」

「今すぐ叩き起こせ」

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