第28話 VIP ROOM


『開けたから、さっさと入れ』


 ドアのインターホンからウンザリとメンドくさそうなクラスメイトの声が発された。まずは部屋に来るのを遅れたことを謝ろうと、オートロックが解除されたドアを開けて足を踏み込んだ。


「悪い雅人。遅くな――……」

「いやぁ~夏原くん、この部屋は随分と豪華ですね! 先生が今住んでいる家の部屋よりも圧倒的に広くて快適で。もういっそ住みたくなってしまいますよ」

「先生はペット用の部屋にでも住んでいるんですか?」

「はは……それは冗談で言ってますよね?」



 ………………



「なんで先生がいるんだ!?」


 真っ先に飛び込んできた部屋の光景は、高級なフカフカソファに背中を思いっきり倒して埋まりながら、ダラ~~~とくつろいでいる担任の工藤先生だった。眼鏡越しでも分かりやすいぐらいに目を緩めて居心地良さそうにしている。それも部屋に入ってきた俺の存在に気づいても、顔を上げる素振りなんか一切しないで、のほほんとした声で返事をした。


「え? 先生が居てはいけないんですか?」

「……生徒が泊まる部屋で我が物顔でくつろぎながら言われたら、そりゃあ!」

「風時くんも座ったら、どうですか? あまりの居心地の良さで部屋から出たくなくなってしまいますよ~」


 立ち上がらないどころか平然と居座ったまま会話してる先生に、俺は頭を抱えながら尋ねる。


「……ただの見回りで寄っただけですよね?」

「ええ、ついさっきまで他の男子生徒達の部屋を見回ったので、この部屋が最後になります。さすがに女子生徒の部屋の方は女性の教師に頼みましたけど。ですよね、夏原くん」

「危機一髪でしたね」

「え?」

「女生徒のフロアの方面にはしっかり女性警備員が居て、男を通さないようにしてますので、たとえ工藤先生でも、通ろうとすれば捕えて警察に引き渡すよう伝えてますので」

「それは本当に危なかったですね……」


 なんだ。先生は単に生徒がちゃんと部屋に居るのか確認する為に、この部屋にも寄っただけかとホッと内心で安心する。


「まあ先生は今夜この部屋に泊まりますけどね!」

「……っ!」


 はぁ!? どういうことだ……!

 ……確か課外活動によるホテル宿泊では生徒2~3人で一組の部屋として割り当てられている。教室では俺の後ろ席の雅人と一緒だから順当な組み合わせで、事前にも確認していたから――先生も同じホテル建物とはいえ、同じ部屋に泊まるなんてなかったはずだ!


「雅人……先生をここに泊まらせるのか?」


 雅人の方へ目を向ければすぐ傍に設置されてるテーブル卓で、足を組みながらコーヒーを飲んでいた。ゆっくりとくつろいでいる最中なのを邪魔をされたのか、目を細め不機嫌を顕わに乗せた、わざとらしいため息をつきながら渋々と説明した。


「ここは3人部屋だから1人余っていたとこでな……どうせならと先生も一緒に、と頼まれて仕方なかったんだ」

「夏原くんもこう言ってますし、甘えときましょう!」

「甘えてるのは先生でしょ!」



 ――ただでさえこの教師には警戒しているのに、この部屋にまで居座られでもしたら……。



「それとも――先生がこの部屋にでも居たらマズイですかね?」



 依然ソファに埋もれながらダラダラした姿勢したままだが、発した言葉からは無駄に教師らしい態度で、なお予想していた問いだ。

 ここは悟られないように慎重に返す。


「課外活動で先生が生徒の部屋に泊まるなんかおかしい」


 これまでの人生においてまともに学校に通っていなかった俺でも、こういった行事は基本的に生徒の自主性を重んじる活動だというのは知っている。

 引率する教師とはいえ、普通ここまで生徒達の活動に介入することはしない。他の生徒だって同じように疑問を抱くはずだ。


「いいじゃないですか、先生も一緒の部屋で。僕のことは教師と思わずに気軽にしてください」

「……」


 だが、に限っては、普通なんか通用しない。

 ここまで先生がこの部屋に居座りたい理由があるならば――それは。


「それに――風時くんにはお昼の時みたいにようなことされては困りますからね。先生がここで見張っていた方が丁度いいですし」


 ……懸念していたことを、身も蓋もなく言われた。

 結局のとこのせいで大目玉を食らう羽目になってしまったということだ。


「別に俺は勝手な行動なんか」

「では、さっきまで先生が見回りしている間でもまだこの部屋に来ていなかったようですが。今まで――どこで――


 一見して普通の疑問を尋ねている体だが、その実『俺の行動』を調べようと、細部の穴にまで針を通そうとしている。

 ここで下手に誤魔化そうとすれば、先生は後で俺の証言通りの行動が一致しているのか確かめるはずだ。

 俺は疑いを払う為に平常に答える。


「他のクラスの人と話したり……ついさっきまでは城浜くんと海道さんと会っていたので、後で二人に確認してください」


 嘘はついていない。

 ここに来る前にクラスメイトと接触したのは幸いなことだった。

 2人……いや、癪だがその前にも絡んできた他所のクラスも含めた3人には感謝しとこう。


 俺の返しに対して「そうですか……ですが――」と先生は突如ソファに沈んでいた顔を上げると、こっちへと向けてくる眼鏡が照明の反射で光りながら俺を見据えた。

 瞬時に反応して警戒すると――


「実は風時くんのおかげで先生は感謝してるんですよ! 問題を起こしそうな生徒の見張りという名目で――先生が生徒の部屋に泊まると伝えたら、何とか納得してくれましてね。いや~他の教員方と一緒の部屋だと疲れるんですよ~。今回の課外活動についてきている教頭先生からも「君は瑠凛学園の教師として~~~」って説教なんか聞きたくないですしね。それにここでならお酒飲んでもバレませんし。あっ、このことは秘密ですよ?」

「…………もう勝手にゆっくりしてください」


 これ以上、問いても埒が明かないどころか頭痛が酷くなりそうなので……一先ず観念した。……よくよく考えれば先生は何も終始この部屋に居るわけでもないか。どうせ夜になれば行きたがっていたホテルバーの酒を飲みに出かけているはずだ。

 うん、先生のことはこの際置いておこう。


 次に気になったのは――………………


「ん? なんだ、修司? まるで胡散臭い人を見るかのような目なんかして」


 俺が白けた視線を雅人に向けると、何か問題でも?と清々しい態度で返される。俺が言いたいことを分かっているな。


「……だいたい雅人。自分を特別扱いするなって言っておいて、この部屋……豪華じゃないか?」


 首を巡らせて部屋を見渡すと視界に収めきれない程に部屋が。目算からしておよそ200平米の広さがあった。今組織から借りている拠点――1人だと十分広すぎるマンション3LDKなんか狭く感じてしまう程に。しかも窓の外にはプール付きのデッキまである。俺の疑問に、工藤先生は再びダラけながらも付け足した。


「そうですよねぇ~。確かにこの部屋は見回った他の生徒達の部屋や先生たちの部屋よりも随分と広いですよ。だから泊まりたくなったんですけどね!」

「「……」」


 先生の視線の先……室内のテーブルの上には氷で埋まったシャンパンボトルらしき物が……。俺は飲まないぞ? 先生は釘付けで目を輝かせて飲むつもりみたいだが。

 ともかく、先生を含めた3名でも、どう考えても持て余している広さの。ホテルに到着した際に雅人が、お客様は平等だとか言っていたのは記憶に新しい。

 そんな俺の疑問に雅人は心底からのため息を吐いて呆れながら、何を言っているんだ? こいつは? と、うんざりした目つきになる。


「あんなのに決まってるだろ。このホテルを提供している俺の『特権』だ。教員方と生徒の部屋はちゃんとスイートルームにしてある。この部屋は他よりのグレードなだけだ。……本当なら俺一人だけで過ごしたいところだが、さすがに俺だけそこまで私利私欲には出来ないと思ってな。仕方なくお前と一緒の部屋になったわけだ」

「もう十分、私利私欲だろ……」

「お前もこの部屋を自由に使えるんだから、俺に感謝しても罰は当たらないぞ?」


 最後は皮肉を込めながら、ほくそ笑み言い返すと、もう俺とは話すことはないと態度を見せつけるように優雅なくつろぎタイムを再開した。

 そうだ……こいつはだった。

 貴族としての性質を外でも内でも存分に振る舞う姿勢は恐れ入る。


(やっと部屋に来たのに……)


 せっかく泊まる部屋に着いて、休めそうと思った矢先、室内がこの状況では全くそうでもなさそうだ。安全圏に居ようが、ずっとずっと気を張りつめ続けなければならない。


(……こんなことは慣れっこか)


 諜報員とは何時だって危険と隣り合わせの日常を送っている。潜り込んだ以上はどこに居たって油断なんか出来ない。

 半ば諦めるように悟って、気分転換に室内奥の透明なガラス窓一面の目の前に立って外を眺めた。

 ホテル高層階からガラス全体に透けてくる空は夕焼けへと変貌して壮観だ。重苦しい気持ちも和らいでくれる。

 今日一日の出来事を振り返れば、こうして無事にホテルまできたんだ。出来ればこのまま何事もなく明日を迎えて――無事に課外活動を終えて帰宅したいとこだ。


「素晴らしい眺めですよね」

「……」


 物思いにふけていたとこに、俺の隣に立っていた先生も同じ様に景色を眺めていた。反応した俺に向けると、部屋備え付きの冷蔵庫から取り出しただろう栄養ドリンクの瓶を二つ手にして、1つを軽く放り投げてきたので手に取る。

 黙ったまま蓋を開けて気休めに飲む俺に先生は気にすることなく景色の向こうを指した。


「この周辺の土地には文化財として認定されている歴史的建造物が数多くあるんですよ。何故だか分かりますか?」


 いきなり何を言い出すんだ?と思ったが、いつもこう気ままな人に突っ込んでも仕方ない。まずは窓から見える景色の至る場所を注目すれば、古い建築物が各地に見られた。


 ――諜報員の仕事の中で地理を調べることがある。

 例えば過去には石油等の貴重な資源が眠る土地の情報、国家機密レベルのデータを奪い合うスパイ活動が日常茶飯事だ――とは機関の上司たちから武勇伝のように散々語られていた。今の時代も続いている土地の奪い合いにおいてもスパイは欠かせない存在となっている。

 なにより地理を知っておくことは潜入で行動する際に有利になる。調べて損することはないのだ。だから建築物・土地から見える背景も調べ上げることもあるが……。


(こんな場所のことなんか知らないぞ……)


 ホテルに着いた時からそこはかとなく気になっていたが、本当に都内にあるのか疑わしいぐらいの立地なだけに、ここ周辺の地理は詳しくない。

 とはいえ、この窓から見える範囲だけでも目を凝らせば所々に歴史を感じさせる建築物が見受けられる。小さな神社、茶屋、資料館、民家等。俺どころか先生が生まれる前からずっと昔の頃に木造で出来た建物ばかりだ。どこも優に100年以上前から現存していたと推測出来る。こういった外観からでも十分に読み取れる情報があったので、俺なりの考察で先生の問題に答える。


「建物の損傷が少なかったから?」

「正解です。建物の保存状態が昔のまま保っているということは、過去の戦争や災害による被害が少ないと見られるので歴史が長かったりしていて。つまり、ここ一帯はそれだけ地盤がしっかりしている証拠にもなっているので、このホテル……こんな大きな建物を建てることができるんですよ」


 語る先生の目は純粋に活き活きとしていた。昼前に見学していた博物館の出来事といい、やはりこういった歴史的な事柄がよっぽど好きなんだなと感じさせる。

 ひとしきり解説した後に先生は少々と困り顔になった。


「……ただ問題なのがいくらこれまでダメージが少なくても、建物自体には限界がありますからね。時が長く経てば脆くなって修復しないといけません……なので、その分膨大なお金が掛かってしまうので、国が残す必要がないと判断されれば……残念ながら解体されて無くなることだってあります」

「――この辺りの文化遺産は、ちゃんとウチなつはらが残すようにしてますから安心してください。観光名所として価値がありますし」


 後ろから雅人の声が挟んできた。

 今の話を興味ないようでいて、しっかりと聞いていたみたいだ。

 雅人の方へ振り向いた先生は朗らかな表情に戻る。


「それはとてもありがたいですね。……ああいった今も存在し続けている歴史は無くしたくはありませんから。いやー、それにしても夏原くんが居てくれて良かったですよ!」

「……褒められている気がしませんが」

「ははっ、本当に感謝しています」


 先生は今度は真面目に真摯な口調で感謝すると、雅人は不愛想ながらも受け取った。

 そういえば雅人の家の会社――『夏原グループ』が現在注力している大掛かりな事業計画でここ一帯のように、めぼしい有力な土地を買い取って大型ホテルを建てて国内のみならずに海外でも計画が進めているらしい。今、会社を一気に大きくさせ、順調にいけばゆくゆくはかの――『十王名家』に食い込む勢い、だと密かに学園内でも噂になっているのは最近耳にしている。

 雅人が言った通り、歴史的建造物であっても、ほとんどは放置されて老朽化が進んで取り壊されそうになる問題だったところを夏原グループが、観光見学の価値として利用されることで、所有権を譲り受け、保護されて維持が出来ている形となっていた。


「出来れば他のとこでも、夏原くんの家が保護してくれればいいんですが」

「無茶言わないでください」


 先生から、出来る限り文化を残したい熱意が伝わってくる。

 人の手によって作られた形ある歴史が、人の手によって消されてしまう。

 この一帯が保護されたのも雅人の会社の善意ではなく、たまたま利用価値があるだけに過ぎない。

 つまり、その条件に値しなければ取り壊される歴史があるということも。

 先生はその意図を汲んで得心したのか、割り切って我慢していた。


「……――おっと、すみません。こんなとこで学校の授業みたいな話を聞いていても、つまらないですよね」


 実は深く聞き入ってしまった。

 そんなことを言えばまた意気揚々にツラツラと長い話になりそうなので反応せずに無言のまま景色を眺めていた。


 思えばこの教師は普段はダラしない印象を持たれているが、授業では今みたいに興味を引かせるような話題を挙げながら分かりやすい話をする。普段授業中に寝ることが多い、ひよりも工藤先生の授業中は起きていて楽しそうに聞くぐらいだ。

 ……ただ普段のだらしない態度のせいで、そういった良い部分が打ち消されていた。


(教師としては正しいんだかどうだか……)


 考えれば考えるほど思考がこんがらがってしまうので遠方の景色から視線を引いて、このホテルの――真横の方には下の渡り廊下を挟んだ先に、時計塔のデザインみたいな高層の建物がそびえたっていた。

 俺がそこを見上げるタイミングで、再び後ろから雅人の声が掛かった。


「ちなみに――は、当然この部屋よりも上のクラスのスペシャルルームを提供しているぞ。今お前が見ている、あの建物の最上階だ」

「……なんでそれを俺に教える?」

「なんだ? 知りたいんじゃないのか?」

「……」


 憎たらしい笑みを浮かべながら答えてきた。こいつも一体何を考えているのやら。

 けど……あの部屋に3は居るのか。

 もう一度高く見上げると――



 ――ッ!?


 ゾクリ――と全身が舐め回されるような感覚が襲った。


 ……今のは錯覚か?

 どうやら思っていたよりも疲れているみたいだ。


「生徒会の彼女達には会わなくていいんですか?」


 まだ真横に居た先生は栄養ドリンクを飲みながら、のほほんと尋ねてきた。ついさっきもニュース部の秋山に同じことを尋ねられたが、まさかみんな俺が同じ生徒会会員だから彼女達に会うと思っているのか?


「いや……生徒会での予定もないから別に会う必要が――」

「なにか会いたくない理由でも?」

「……! それはっ」


 つい反応してしまって、顔を横の先生へと向くと、ニコリと返してくる。

 時折垣間見える、さも見透かすように諭した瞳が真っ直ぐに俺を捉えながら続けた。


「生徒会長さん達もせっかく課外活動に参加してくれたんだし、ちゃんと会ってあげて話した方がいいですよ。普段学園の生徒会活動でも会っているからとはいえ、こういった場で話すと案外、今まで見えなかった部分が見えたりするもんですから……そうですねぇ――例えば今日の外の活動だけでも夏原くんや夢路さん達の知らなかった一面も知れたりしたんじゃないですか?」


 思い当たるのは昼間のレストランでのことだ。

 心底から貴族としての矜持を持ち合わせていた雅人。

 心からクラスメイトを気遣い、心配していた夢路委員長。

 学園では知れなかったかもしれない。


「なんのことだか」


 雅人がしらばっくれる。あまり良い気でなかったのか。

 先生は苦笑すると、


「それに――先生である僕のことも少しは知れたんじゃないですか?」

「……!」


 スチャっと眼鏡の縁を押し上げながら、思わせぶりな口振りする先生に視線を真っ直ぐと向けてしまうと。


「なんでしたら……――生徒会の彼女達が泊まっている、そのスペシャルルームとやら潜り込んでも、先生見逃してあげますよ?」

「……いや、それは駄目だろ!?」


 なに、のほほんと言っているんだこの教師は。

 女子生徒の部屋に男子生徒が潜入するのを勧めるとか。


「そろそろ時間だな」

「「え?」」


 後ろからボソッと呟いたのには――俺と先生は同時に反応して振り返った。

 雅人はテーブルから立ち上がって支度をしていた。

 確かこの後は……夕食の時間だったか。


「あれ? もうそんな時間でしたか?」


 備え付けの時計を見てみれば確かにスケジュール(しおり)に記載されていた予定の時間より早い。


「それにしても早すぎないか?」


 疑問を呈すると、雅人は少々詫びるように告げた。


「時間の調整で、まずはAクラスから先に入ることになった」


 先生とは珍しく息が合うように、互いの疑問を浮かべた顔を見合った。

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貴族学園のスパイ ~闇組織のヒロイン達と諜報員の俺が送るラブコメストーリー!?~ 抹紅茶 @makoucha

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