第27話 クラスメイト
「あっ、いたいた! 風時くーん」
ホテルのロビーで遠くから大きく手を振りながら近寄ってきたのはクラスメイトの
「ごきげんよう、風時さん」
鈴が鳴るようにやんわりとした言葉遣いで微笑むのは午後見学していた美術館に招待してくれたクラスメイト女子の海道さん。クラスではひよりや他の女性生徒とも仲睦まじく、佇まいや言葉遣いからお嬢様らしい印象の子。
二人の様子からして、どうやら俺に用があるみたいだ。
「海道さんとは、さっき風時くんに用があるって言ったら一緒にって。もう部屋に居ると思ってたけど……居ないって聞いて探したら、まだここに居てどうしたの?」
「面倒なのに絡まれてな……」
「? もしかして誰かとご一緒でした?」
きょとんとする城浜くんと海道さん。二人して向いている視線は俺だけと固定していた。まるで俺一人しか居ないと見ているかのように。
隣を向けば、さっきまで居たはずのうざい女は、いつの間にか消えていた。……身のこなしの速い奴だ。
「……なんでもない」
「「?」」
「俺は今から部屋に行くところだけど……何の用?」
「あっ、それじゃあ部屋まで移動しながら話すよ」
移動する俺の横に二人とも一緒に並んでこのまま自分の部屋まで歩きがてらに、まずは軽く雑談から入った。
「ほんと凄いよね、このホテル。さっき風時くんを探すときにちょっと見て回ったんだけどレジャー系の施設とお店が多すぎて。今日だけしか泊まれないから、とても全部見回るなんて無理だよ。まるで学園みたいだね」
「ホントですわ。他にも大浴場だけでもなく温水プールも用意してあるなんて、女子の間では夜はお食事してからお風呂した後にでもシアタールームで映画観賞会をするご予定ですの」
何とも優雅な予定を。確かにロビーからエレベーター付近の廊下を渡るまでの道のりの間に軽く余所見しただけでも売店、飲食店の他に客が利用できる施設が数えきれないほど並んでいる。今俺達が通っている近くのフロアではスポーツ用の部屋で卓球どころかテニスも出来る体育館並みのフロアもあるぐらいだ。既に運動部に所属している体育会系らしき生徒グループが下見で来ていて、はしゃいでいるのが聞こえてくる。
「私、ひよりさんとお部屋がご一緒ですけど、彼女部屋で荷物降ろしたら早速と色々見て回ると出ていきましたわ」
行動力が余りまくっているのが、もう一人いたか……。
すると海道さんは物憂げな表情になり、頬に手を当てながら淡いため息を漏らす。
「せっかくひよりさんとはルームサービスのアフタヌーンティーでおススメしてもらった漫画を読んだ感想を言いたかったのに……。風時さんはご存知? 最近では流行りの異世界物ですが、女性向けの作品のも充実に揃ってありまして、アニメまで放送していますわ。――それに私、乙女ゲームというのも興味を持ちまして……、ああっ、とても気になりますわ」
ゆったりとした口調のはずなのに矢継ぎ早に次々と話題を繰り広げられて、こちらから返事する間がなかった。
「……海道さん、最近結構ハマっているみたいで」
コソッと城浜くんが耳打ちして教えてくれる。どうやら、さっき俺を探している途中でも城浜くんは今のように彼女からこうして熱く語られたらしい。
生粋のお嬢様気質であるはずの海道さんは少なからず、ひよりの影響を受けているみたいだ。普段触れてこなかった娯楽だからこそ、その実嵌りやすい人なんだろう。それだけに――
「あら……ごめんなさい。やっぱり、こういったお話は好まれないかしら?」
「全然。むしろ、ひよりが同じクラスでそういった話を出来る人が居てくれるのが知れて良かった。あいつ、他のクラスの人とはよく話すけどさ。――『Aクラス』だと、そういった共通の趣味の話題出来る人があまり居ないと思ってたから……――だから、安心した」
俺がそう言うと――海道さんは軽く目をぱちくりと瞬きして間を開けた後に――ふんわりとコロコロと笑った。そんな彼女の表情を見た横の城浜くんはドキリとした顔を覗かせている。
「風時さんは――とてもひよりさんのことを気にかけてくださってるんですね」
そう優しく言われると、誤魔化すように頭を軽く掻いてしまう。
それも相まってか海道さんは、ふふっと笑った。
「実は最近のひよりさん、以前より元気があって……でも、どこか無理をしているように感じていたので……もしかしたら風時さんとは何かあったのかしらって」
海道さんとひよりは小等部の頃からずっと一緒のクラスだったからこそ、あるいは同性同士ならでは小さな変化の機微を自然に感じ取っている。
「感謝しているんですの。高等部に上がって……風時さんと一緒のクラスになって彼女から今まで知らなかった面白い娯楽を沢山教えてくれたり。ひよりさんは大事なクラスメイトであり――友人です。……風時さん、どうか今後もひよりさんとは仲良くしてくれたら」
「……ああ」
俺がしっかり頷いて応えると、海道さんはホッと胸を撫で下ろすように安心した表情を見せる。
「良かった。では、ひよりさんをよろしくお願いしますね」
あの夜の一件からして、ひよりと俺との間は一変しているのは確かだ。
……だからこそ、一度しっかりと話し合う必要があるな。
この課外活動中で――
「ん? ……て、なんで俺があいつの面倒を見ていく話になるんだ?」
「あれ? 違いました?」
クスクスと笑う。
どうやら海道さんは茶々を入れるのが好きみたいだと、新しい一面を知れた。
ひとしきり会話した後にエレベーターに乗り込んで宿泊するフロアの階に降りると――見計らったのか、城浜くんは俺への要件を切り出した。
「話ってのは……ついさっき父から電話があってね。改めて君にお礼を伝えてくれって」
「俺に?」
城浜くんの父親といえば昼前に訪れた博物館の館長。工藤先生とも面識がある人だ。
俺が館内の展示物の設置に異変があったのを気づいたのを指摘すると、城浜くんから父親に伝えた結果、急遽博物館見学は途中で取り止めて早めの昼食の時間になってしまった。
「礼なんか――」
「ううん。本当にあのまま放置してたら何時落下してもおかしくなかったんだって。……もしそうなっていたらどうなっていたか考えてしまうと……すごく怖いよ。父が大切にしていた展示物も勿論大事だけど、職員や皆に怪我なんかさせたらそれこそ……だから、僕からも風時くんに感謝してるんだ」
博物館で会った彼の父親同様、普段から印象のある柔らかい口調が一変して深刻に固く真剣を帯びた口調で礼を言われる。事故が起こらなかったとはいえ、それだけ彼にとっては、あってはならない由々しき事態だと認識している。
柔和な雰囲気の海道さんも真面目になって話に加わった。
「城浜くんからそのお話を聞いて、私の方の美術館でも問題が起きていないか寄る前に連絡して調べていましたの」
「これ以上問題が起きたら、せっかくの課外活動が中止ってことも考えられるからね。委員長やクラスの他の人にも相談したら美術館ではなるべく団体行動にするようにって。あと警備員も手配してくれたしね」
確かに美術館ではより厳重にセキュリティが固められていたのが感じ取れた。つまり美術館で何事も問題が起こらなかったのはAクラス生徒の隠れた行動によった成果だ。
……俺だけではない。二人とも……いやクラス皆が課外活動を楽しみながらも、どこか不穏を気にして各自対応していた。
「最初は気にしすぎなのではないかと思っていましたけれど……お昼の食事中のあの時、風時さんが立ち上がったのを見たおかげで、私もしっかりしないとって改めました。だから私からも風時さんには感謝していますわ」
海道さんは社交性で感謝を述べつつ、恭しくお辞儀した。
俺があの時取った行動はこうして影響を与えている。そういった何気ない変化がどこか嬉しくも感じていた。だったら、ここは素直に受け取っておこう。
「あとね――前の業者さんに連絡したら、別に来れても問題なかったんだって。なんでか急に他の業者さんに展示物のメンテナンスを頼むことに切り替わっちゃったみたいで……それも今回頼んでいた業者さんには連絡がつかないらしくて」
「……」
おそらく出入りしていた修理業者というのは、さっき秋山雛読が博物館で出くわした人達だろう。
……あまりにも、きな臭すぎる。
「難しい顔してるね」
「あ……ああ悪い」
普段なら顔に出さなさいことも造作ないはずだが、昼から張りつめっぱなしで絶え間なく動き続けている。今はそれだけ肉体的にも精神的にも疲れてきた証拠だろう。
「仕方ないですわ。風時さんは今日は課外活動以外でも、お昼に色々あったしね。ゆっくり休んだ方がいいですわ」
二人の優しさの気遣いが身に染みる。
そうしたいとこだが……。
「そうだよ、風時くんは休んだ方がいいって。それにこの後だって――……あっ」
「し、城浜さん。それは今はまだ――あっ」
二人とも同じく『しまった』、と表す様に、口を手で押さえた。
今の城浜くんの発言に海道さんは察したように驚いているので、何か知っているみたいだが。
「この後? 何かあったか?」
「う、うん。夕食があるなぁって。お昼に食べたレストランもすごく美味しかったけどさ。このホテルの食事も期待出来そうって!」
「フ、フレンチも素晴らしかったですけれど和食も気になりますわ!」
「そ、そうだね!」
「え、ええ!」
二人して急に目の動きや挙動からして……思いっきり慌てふためいてるので誤魔化しているような……隠しているのが見て取れる。
「あっ、僕も一度部屋に戻らないと! また後で!」
「お話出来て良かったわ。それでは失礼します!」
随分と強引に話を終わらせてバイバイと二人して手を振って、走ってはいないが足早に去っていく。
「……なんなんだ?」
ホテルの廊下で1人取り残されてしまった。
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