第26話 ジャーナリスト? 再び
「――部屋にも行かないで、こんなとこでなにをしていたんですか~? 風時さぁ~ん」
隠れた通信会議を終えた直後ホテルロビー付近で、緊張感をぶち壊す撫でるようで、うざったらしい声が後ろから掛かってきたので振り向けば、サラサラなショートヘアー真下にニンマリした顔でひよっこりと目の前に現れたのは――博物館の時にしつこく俺に絡んできた女生徒だった。
「…………」
「またまたあからさまに嫌そうな顔しないでください!? 向けられた女の子は傷ついちゃいますから!!」
瑠凛のニュース部とやらに在籍している1学年女生徒。
……今しんどい時に絡まれたくない奴に絡まれてしまった。
「あっ! ちょっと待ってくださいよぉー。風時さんに色々とお訊きしたいことがあるんですから~」
スタスタとホテルの広いロビーを横切って、わざと無視して歩いている俺の横に並んで密着しながらマイクを持っていないのに、持っている風に握っている握り拳を俺に向けてくる。すぐ近くに待機しているホテルスタッフもこのやり取りを見て困惑の顔を示していた。
「もちろん風時さんにとっても、有益な情報もあるんですからぁ! 損はさせませんよ~?」
……うざい。
「無視しないでくださいよー」
無視だ、無視。
今こんなやつに関わるぐらいなら、次の行動まで部屋で寝ていた方がマシだ。このまま自分の部屋に戻るぞ。
すると後ろで急に立ち止まって「あっ……」と何か察した声色を発していた。
「やっぱり……風時さんも思春期真っ盛りの男の子ですし、普段だったら家に帰っているこの時間だとその……溜まっているんですよね? だから早く部屋に戻ってこっそりと処理したいと……。大変お邪魔しました」
「おい待て」
「――反応してくれましたね」
振り返ると鼻の先がくっつきそうなぐらいな距離すぐ眼前でニンマリと最高の笑顔を見せつけられた。
……しょうもない罠に引っかかってしまったが、さすがに今のは無視出来ない。
こいつだったら今の発言から平然と記事にして全校生徒にニュースだと発信しかねないので、放って置けば学園の俺へのイメージがどん底に落ちてしまう。
……容姿だけでいえば素直に可愛い部類なのに、こうやって他人に惜しげもなく絡む傍迷惑な性格が秋山雛読のマイナスのイメージを作り上げている。
秋山はスマホを取り出して「えーと……」と呟くと、
「風時さんとは――6時間と43分25秒ぶりにお話出来て感激です!」
「……」
本当にこいつは別の意味で調子が狂わされる。
仕返しとばかりに俺からも意地悪に訊いてみた。
「秋山って……俺のストーカーなのか?」
「はい!」
「笑顔で言い切るな!」
冗談すら通じずに更に調子が崩れる。
これ以上会話を続けても疲れるだけなので、再び無視しようと立ち止まった俺は歩こうとしたが、秋山はトコトコと俺の体の周りを何週も回って先を阻む。
「そういえば生徒会の人達がホテルに来てますけど、もう会われたんですかぁ?」
「……ノーコメントだ」
「ちなみに私は生徒会に突撃しようとしたら、ガードマンの人達に捕まってしまって、ここに放り出されたばかりのとこアンテナがビビってきたら風時さんを見つけました! 運命的ですね!」
両手の人差し指を頭の上に乗っけながらビリビリを表現した震えた撫で口調。
……1学年みんなは今頃部屋の中で休んでいる中で、秋山は無駄に行動力のある奴。まだまだマシンガントークは止まらない。
「あ、そうそう聞きましたよ。なんでもお昼の時にそちらで昼食を取っていたレストランで騒いたお客さんがいて、風時さんが撃退したとかなんとか。お手柄みたいですねぇ」
「……どこからそんな話を」
「お昼でも言いましたよね? 今は直接会わなくても、このスマホのおかげでどんな些細の情報だって1秒もしないで発信されて巡り巡ってくるんですよ! 素晴らしい世の中になりましたね!」
「お前にとってはな!」
情報の伝達は知る側にとっては有り難い時代になっている。
逆に言えば――知られたくない情報も一瞬で――
「いーなー。ぜひ私もその場に居たかったのに~。しかも、あの中々予約の取れないセレブ御用達のレストランで食事だなんて羨ましい限り! Bクラスのお昼なんか学園に居る皆さんなら一度は食べたことある普通の高級飲食店ですよ! もーチョイスするセンスがないですよね、もー! どうせだったら普段食べることのない庶民のファミレスで食べた方がマシなぐらいです! 私大喜びしちゃいますよ!」
普通の高級飲食店ってなんだよ……。相変わらず貴族の価値観は理解できない。
「でもやっぱり――Aクラスは良いですよね! 身の回りあらゆることがゴージャスなんですから。でも、それに見合う人達なんだから仕方ないですけどね」
学園側から世間に表立って公表されていないが、在籍する各生徒のクラス分けには厳密に決められている。
家柄、学力、才能、実績と諸々から低い生徒は下のクラス、高い生徒は上のクラス。
大きい家柄となれば自然と一番上の『Aクラス』に組み込まれることになる。家柄が全ての瑠凛らしい決めごとだ。つまり学年の中でもAクラスというのは他のクラスとは『格』が違うトップクラスの集団と言えよう。
――だからこそクラスメイト1人1人決して侮れない存在だ。
「そういえば、秋山。せっかくだし――」
「え!? なんですか? 風時さんが私に用があるなんて!」
キラキラした目をしながら騒がしい目の前の秋山に俺はこそっと、『ある物』をポケットから取り出した。それを見た秋山は目を大きく見開く。
「ああっ! 私の大切なビーローちゃん!?」
名前つけてるのかよ。
「ちなみにビーローちゃんの名前の由来は、現代のボールペンを生み出したといわれる伝説的な記者の偉人でジャーナリストとしてはまさに憧れの――」
「そんな話はいい!」
すぐに話が脱線する。たくっ、調子が狂う。
「これ返しとく」
「ホントですか!? でもまたどうして?」
今度はこいつを取り返しにまた会いに来られても困るしな。
返せるなら返しとこう。
「……あと、感謝する」
「……はい? なんで没収した物を返すのに、風時さんが感謝を?」
「気にするな」
「え!? すんごく気になるんですけど!? このボールペンでなにか如何わしいことでもしたんですか!?」
「するか!」
といっても、昼の件でこの超小型カメラが内蔵されているボールペンには大いに助かった。ちゃんと映像データは抜き取ってあるので秋山に返しても問題ない。
「なーんだ、てっきりこのホテルの女子トイレに取り付けて盗撮でもするのかと思いました」
こいつの頭の中の俺はどんな風に捉えているんだ?
秋山は俺からボールペンを受け取って嬉しそうにな撫でながら胸ポケットに戻した。
「――では、そんな風時さんに私から一つ耳寄りな情報を」
人差し指を立てる。シンとした空気になる。
声のトーンが落ちたことで、ここからが本題と強調していた。
肝心の部分で話を引きこませる彼女の抑揚あるトークは見事と、それとなく感心してしまった。
「午前見学していた博物館に――実は怪しい人たちが出入りしていたの発見したんですよ」
「……なんでそんな場面に出くわしたんだ?」
「あの直前――風時さんに振られた私はシクシク泣きながら建物の裏口まで彷徨っていました」
芝居がかってシクシクと泣いてるが、嘘をつけ。本当はニュース部のネタ探しにアチコチ彷徨ってただけだろ。しかし先の続きが気になるので、あえて言わなかった。
秋山も泣くのをやめてツッコンででくれないのをブーと不満にしながら続きを話す。
「その人たちはなんと――とあるヤクザ。『
ヤクザ。いきなり物騒なワードが出てきたな。
「
「といってもそこまで大きくないヤクザですよ。――さすがに日本最大のヤクザのあの『
「……」
「ん? どうしたんですかぁ? なにか思い当たることでもあったんですかぁ?」
「いや……」
「いいえ! 見逃せません! 私そういうの気になりますから!」
「……いいから続きを話せ」
「ふふ、やっぱり私の話に興味津々じゃないですか」
猫みたいな大きな目で卑しく笑う表情にイラっとしながらも黙る。
「蛇信会というのは元は中華マフィアでしたが、本国で揉め事を起こしたらしく、今は日本に拠点を移したようです。あそこの表――フロント企業は主に修理を生業としていますね。なので博物館に仕事関係で出入りしたんでしょう」
「……」
「でも――それだけではないって顔しますよね?」
俺の腹を探ったかのように言い当てる。
「……ところで、なんでその蛇信会とかいう……ヤクザについて詳しいんだ?」
「こんなの常識ですから」
エッヘンと反らすと小柄ながら制服を見に包んでも分かるふくよかな胸が強調した。
……ヤクザ界隈に詳しい女子高生のどこが常識だ。
「冗談ですよ。……実は数日前にウチの会社に広告の依頼があったんです。気になっちゃって調べたら、あら頭にヤの方さんでビックリ。彼らの作業着と博物館の人が着ていたのがピッタリ同じなので気づいちゃいました。ちなみ広告の件は当然断りましたよ。ウチのクリーンな会社は怪しい人たちに協力しません!」
クリーンかどうか置いておいて、そういえば秋山の会社は大手に次ぐ新聞会社だったな。
秋山は再び胸元のポケットを撫でると、
「本当はここぞでの出番!だと、このカメラ内臓ボールペンを使ってもっと聞きこみたかったんすけど……風時さんが没収しちゃいますし」
俺は謝らないぞ。
「近づこうとしてもこんなに可愛い旬の女子高生がいるんですよ! 見つかったらきっと攫われて夜の危ない店に売り飛ばされちゃいます! 最初の相手するお客様はできれば風時さんだと祈っときたいです!」
話をするだけで頭が痛い……。普通に話せないのか、こいつは?
「でも他にも色々ワード出てきたんですけど……。確か「シドー……」なんとか……かんとか……うーん。よく聞こえませんでしたから分かりません」
これ以上はお手上げみたいだと両手を挙げる。
「どうでしたか? 風時さんにとっては有益な情報でしたよね?」
「……どうかな」
気に食わないが、知らないよりは知っていた方が良い情報だったのは間違いない。それを口にしてしまうと、秋山はつけあがりそうだ。
「お礼はいりませんよ……ただその代わり――」
キラキラした目を一層と輝かせる。……嫌な予感しかしない。
「明日までずっと――風時さんにに密着取材していいですか!?」
「いいわけないだろ!」
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