第25話 問いと答え


 つい先日での黒瀬さんとの一連の出来事の回想が頭の中で過ぎった――


 今、手にしているタブレットの画面に映る黒瀬さんは指をコツッとデスクで鳴らし、表情を険しく引き締めて――威圧していた。

 画面越しから気圧されながらも、俺は真っ直ぐと向き合う。

 あの夜、黒瀬さんとのをした一件からして、この『問い』には意図があると思っている。


『風時、なぜレストランで食事中に――その騒いだ男を止めようとした?』


 まず真っ先に切り込んできたのが、件の本日課外活動中の昼間のレストランで起きた出来事。


『そもそも、お前が直接その騒いだ男をどうこうする必要もなかったはずだ。どの道その者が手にしていたは店の者によって見破られる。お前は無視をして大人しく食事を続ければよかろうに』


……それも俺が起こした行動についてだった。クラスで貸し切りの食事中に現れた騒がしい男に、俺が動いて目立ってしまったこと。


「それは――」

『答えろ』

「ッ……!」


 次の言葉を繋ぐ呼吸の間すら許さないあまりの迫力の音声に一瞬だけ思わず言い淀んでしまう。タブレットに表示されている他の画面では、まだ通信状態のままのリリスと透は以前黙ったままだ。今は完全に俺と黒瀬さんの一対一の対話になっていた。


 たった数舜の間、あの時取った自分の行動をもう一度省みる。


「――正しいと思ったから、そうしただけだ」


 怖気なくハッキリと答えた俺に黒瀬さんは「そうか」と目を細めて零した。だが、はこれで話を打ち切るわけがない。今度はすかさず俺から続ける。


「ああしたことで……と接触し、なにより――周りからも信頼を得られた」


 店で騒いだ男と関りがある敵対者の存在が発覚したのは大きい。

 ……そして、店で俺が先陣切って騒ぎを収めたことで委員長やクラスメイト達からの好感を稼げたと確信がある。俺が起こした行動は決して無駄ではないどころかメリットを生んだ。


上手くいっただけだとは思わんか? 運が良かっただけに過ぎんと』


 が、しかし即冷徹に切り捨て返される。今の俺の主張を予期していたかのように対処してくる。

 コツ……コツと不穏和音に聞こえてくる黒瀬さんの指がデスクに叩く音が俺の思考を追い込もうとしている。

 この男は表情、言動、仕草。これらをタイミングによって使い合わせることによって、相手の考えをどんどん狭めていき、思い通りにさせる。こうした心理的なやり方で俺の思考を阻めるのは熟知しているのは、あのポーカー勝負で思い知らされた。

 遙か上の立場から、高圧的な態度で俺に再び問い詰めてくる。


『風時修司――現在のお前の任務における『立場』を答えてみろ』

「……瑠凛学園の生徒』

『そうだ。だからこそ、お前の正体について周りに気取られてはいけない。それが――『スパイ』だ』


 ターゲットに潜入して『偽りの存在』に成り済ます。

 容姿、身分、行動と状況に応じて完全に、その場に溶け込んでなければならない。

 不用意な行動を取って周囲の人達に『素性エージェント』だとバレてはいけないのがスパイにおいて鉄則の鉄則。

 あのレストランで俺が取った行動はスパイにおいて、あってはいけない行動ということになる。そのことを確認した上で黒瀬さんの眼はより険しく細めて続ける。


『あの場で、お前がでしゃばったことでクラスメイトから信頼を得て、敵対する存在などの有用な情報を得ることが出来、功を奏した……が――お前がやったことは所詮、結果論に過ぎん。

 お前は現在、瑠凛学園の生徒や教員と共に集団行動をしている最中の身だ。学園関係者が周りに多く居る中で勝手な行動をするべきではない。身勝手な行動によって正体がバレればどうなる? ――任務は失敗に終わる』


 それは俺にだって分かっていたことだ。

 店から出る前に雅人や工藤先生の言っていた通り、店のスタッフに対応を任せるのが一番正しい判断なのは明白だった。


『お前自身も理解していただろうに。――その場だけでしかない、くだらない正義感で我々機関が長きに渡るプランを台無しにするつもりか?』

「……」


 容赦ない物言いだ。

 普段なら平気で口答えする透とリリスすら、今の黒瀬さんから発される雰囲気に圧されて口を噤んでいる。

 それでも俺は決して怖気づくことなく、堂々と言い放った。


「全部承知の上で――を任されたからには、俺の判断で動きます」

『お前の判断だと? 笑わせるな。勝手なことをされては困るな。組織で下の人間でしかないお前は機関の――私の言われた通りに動けばいいだけだ』


 これまでの任務においても上司の――上からの命令は絶対的だった。

 けど、この任務は……――。


「言われた通りに動くだけなら、に任せられたはずだ。だったら、そいつに任せればいい」


 この任務は命令だけに従うことで遂行できる難易度なんかではない。

 それに同年齢の人材なら、透が俺の代わりに瑠凛高等部に入学させればいい。

 『俺』が選ばれたからには、俺の考えで任務を成功させてみせる……!


『なら聞かせてもらおうではないか、風時。――『責任』が取れるのか?』


 今までよりも確かな強い語気で、ぶつけられた。


『単独で勝手な行動を起こせば責任は伴う。お前にそれだけの覚悟はあるのか?』


『「…………」』


 画面外からでも重苦しい雰囲気に包まれている。

 黒瀬さんと俺との間にある見えない攻防が繰り広げられていく。

 あの夜にポーカーで勝負していた時と同じだ。――ただ違うとすれば……これは遊びでもなんでもない。


「覚悟しています」


 今度こそ淀みなくハッキリとしたをぶつけ返した。

 体の内から搾れるだけ絞って全力を出した返しだ。


『……そうか。お前の言い分はそれでいいんだな』


 黒瀬さんは両目を閉じる。

 ……さて、次はどんなをぶつけてくるつもりだ?

 まだ続く重苦しい空気の中で、画面の向こうの壮年の男の口が再び開かれた。


『まあ、もっともお前の独断の行動について――私からは――



 と褒め称えよう』



 ………………



 ん?


「はい?」


 いきなり何を言い出したのか理解出来なくて、思いっきり間抜けな声を出してしまった。あれだけ重苦しかった空気もすっかり発散されるどころか、ふにゃけて和らいでいる。

 黒瀬さんはニッコリと表情を緩めて胸に手を当てると。


『風時。聞けばレストランに招待してくれたのは、学園に入学したばかりのお前を気にかけてくれたお嬢さんだったではないか。そんな素敵な女性を悲しませるようなことはあってはならん! くだらない正義感は結構! お前はお嬢さんの為に立ち上がったんだ。胸を張っていい。紳士ならば当然の行動だ。ああ、なんと素晴らしい青春! とてつもなく感動しているぞ!』


『『「…………」』』


 数舜前で確かにあったずのシリアスな雰囲気が一気に崩壊していく。ずっと黙っていた映像の中のリリスと透は半眼と呆れ顔を思いっきり見せていた。


『どうしたんだね? 褒めてやったというのに、その白けた態度は』

「……はぁ」


 なんだろう……褒められても全然嬉しくない。それどころかイライラが募っていくのは気のせいでもなんでもない。


『これ以上マスターをイジメてたら始末しにいくところでした』

『リリスくん。それは本人の前で言うことではないぞ?』

『たくっ、紛らわしいんだよ』

『お望みならば、説教をくれてやってもいいが? 君は組織内の女性局員に度々セクハラ行為による苦情があったりなかったりと――』

『……勘弁してくれ』


 黒瀬さんは仕切りなおすようにコホンと咳をして、


『今一度、風時に『自分の立場』を再認識させたかったのは事実で、さっきのも社会の一つだ。受け止めろ。しかし度胸がついだもんだな。

 

 ――あと、で仕返ししたかったというのもある。さっきのお前の間抜けな顔は見事だったぞ。しっかりとスクショで保存しておいた』

「大人げないな!? あと今すぐ消せ!」


 こんな時に、あの時のことを持ち込まないでくれ!


『? おい、何の話だ?』

『マスターになにかしたんですか!?』


 リリスと透は知らないので首を傾げる。黒瀬さんはクツクツと笑って、あのことに触れることなく、再びキリッとした真剣な雰囲気が流れると、俺達3人は背筋を伸ばす。


「――だが、忘れるな。今のお前は瑠凛学園の生徒だ。その範囲で行動するようには心掛けろ。いいな?』

「……分かっています」

『杉坂もリリスくんも他人事ではないぞ? 君たちも気をつけたまえ』


 ふざけていても、肝心な点は念押すとこは抜かりない。

 俺だけではなく、他の2人にもを改めさせてもいる。リリスと透はこの時ばかりは息が合うようにコクリと頷いた。


『なんにせよ風時、お前はそのまま徹しろ。課外活動を楽しむことも大事だが、警戒は緩めるな。それと――念の為にこちらからホテル周辺に何人か職員を手配しておこう』

「……助かります」


 さすがに俺一人だけでは対応出来ない事態が起こっているのは黒瀬さんも判断している。


『……とは言ってもお前が危ない目にあったと聞けば、すぐに飛び出していったがな』

「……?」


 やれやれと小さく呟きながら肩を竦めるが、どこか笑っている黒瀬さんに気になると、


『で……では私も向かいます! マスターのパートナーですから!』


 健気にピョンピョン飛びながら思い切りと挙手をして名乗り上げるリリス。

 傍から見れば微笑ましく見える可愛らしい姿だ。

 そんなリリスに黒瀬さんは、生まれたばかりの我が娘にでも見てるかのような笑顔して、


『リリスくん。君は中等部とはいえ、学園があるだろう? 学園の方を風時から任された大切な仕事だというのに放り出す気かね?』

『うっ……』


 的確に突かれたのかリリスは寂しそうに、助けを求めるように、悲しそうに、俺に目を向けたように見えた。透はクククと笑いを堪えている。


『現在、課外活動中に加わった『生徒会の彼女達』が、学園から離れているからといはいえ、校舎の方で何も起こらないとは限らない。君は自分の任務をしっかりやりたまえ』

『……わかりました』


 応答するものの、声色には悔しさが滲み出ている。リリス、頑張ってくれ。


『杉坂。お前は引き続きレストランで騒ぎを起こした男とリーメイという少女を探れ』

『オーケー』


 流れるように俺達が次の行動を取りやすいように、先を見据えた指令を下してまとめていく。


 最後は――


『いいかい? 君たちは『諜報員(エージェント)』。探る『スパイ』であると同時に『秘密の存在』だ。くれぐれも用心してくれ」

『『「了解」』』


 通信を終えると、すぐにタブレットを仕舞う。


「……はぁー」


 これで一段落としたいとばかりに大きく息を吐く。

 ……緊急事態とはいえ作戦会議をするのも気疲れするな……。

 やっと今日の終着点でもあるホテルに着いたというのに心身疲労で休まる暇もない。


 ――それにここ何日か様々人から強いプレッシャーを受けてるせいで胃がキリキリしている。


 でも今一番気がかりなのはやはり――


(か……)


 実はあの会長の挨拶の後から逃げるようにして避けたから、今現在ホテルに来ている彼女達とはまだ直接接触していない。……別に普段通りに接すればいいだけなんだが……今はなんとなく会いづらい気分だ。


(一度自分の部屋にでも行っておくか……)


 これ以上ここに突っ立ったままでは何も進展しない。

 本日泊まることになる自分の部屋に足を運ぶために歩いた。

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