第32話 追いつめた相手
休日の瑠凛学園。
授業のない日でも部活動の為に学園へ通う生徒達はいる。だだ広い校庭には運動部の生徒達が熱を上げて励んでいた。最近では球技大会が近づいていることもあってか体育委員会の人達も準備に取り組んでいる光景が見られる。
連日と朝から夕方にかけては、貴族の生徒達によってキラびやかに賑わうこの学園も夜になれば静寂の城と化す。
――真夜中の瑠凛学園
僅かな明かりでしかない廊下に1人の影がゆっくりとした徒歩で移動している。
この時間帯になると、生徒会室がある階が手薄になるのは把握していた上での行動。
今、警備員は居ない。それに自分だったら、この廊下を通っても何ら問題ないからだ。
生徒会室のドアの目の前に立つ。ここに用があった。
普段は中々強固で入ることが出来ない、この一室は今やっと入れる。
内心、押し留めていた歓喜が溢れ出そうと同時にドアノブを握ろうと手を伸ばそうとした時だった。
「――生徒会室に何の用ですか?」
――――
生徒会室のドアノブを掴もうとしていた人に俺は詰め寄って遮った。
その人はもうすぐ掴みかけていた手をゆっくりと下げて、俺の方向へと顔を向ける。
「何の用って……私はただ見回りをしていただけですが」
しっかりと教員用のスーツを着て身だしなみを整えている男性の声。
瑠凛の女生徒からは評判の爽やかな顔なまま俺と向き合った。
「今日、誰かが生徒会に立ち入る話なんか聞いてません。ここは基本、生徒会役員以外が勝手に入ることは許可されていない。……誰の許可を貰ったんですか?」
俺は歩く。
相手の顔をしっかりと捉えるように。
決して間違ってはいけないように。
「答えてください――室岡先生」
「……」
瑠凛学園、倫理教科担当
「……それはこちらがそのまま返します、風時くん。本日は休日ですよ? それもこんな夜中に制服を着ていないで学校に入ってくるなんて。しかも良いスーツですね、それ」
「はぁ……それは」
こんな状況だというのに室岡先生は普段見せる爽やかな態度のまま全く動じずに応じている。こっちが追いつめているはずなのに、どうも調子が狂う。いかん、相手のペースに巻き込まれてはならない。
コホンと一拍、空咳をしてから気を取り直して話を――本題に入る。
「室岡先生。あなたは今年度からこの学園に赴任しましたよね?……しかも教鞭を振るうのは初めてだと」
以前クラスメイトの雅人から聞いた話だ。
「そうですね……教師になったのは今年で初めてですよ。以前は別の職に就いていたわけですが」
「――新興宗教団体」
「……――!」
この時、室岡先生の眉が吊り上がり、今やっと初めて表情を崩せた。
「都内でそれなり大きい規模の団体だ。主に様々な宗教に哲学を融合した考えを持って活動しているとか。何でも、あなたは以前そこでサブリーダーの地位として布教活動と研究をしていた。……けど、研究資金の為に過激な活動と勧誘を繰り返したのが目立ち、果てには思想の相違によってリーダーと衝突。そして……破門で追放された」
「……」
これは前に彩織さんの喫茶店で、同じ機関の透に会った時に依頼して得た情報だ。
瑠凛学園の教師、室岡拓巳の過去を探るようにと。
経歴を探れば教師になる前の職場は偽装されていたが、透からすればザルで看破した。さすがだ。
「その後は元々大学時代に取得していた教員免許から瑠凛へと赴任。ここでは人格ある教師として装いつつも、団体に居た頃に繋がっていた悪徳業者を瑠凛の生徒に取引するように持ちかけて違法な紹介料を得た結果、その生徒達は不正の部活動予算申請に手を出してしまい学園から退学することになった。それも、あなただけがバレずに得したまま」
これは春川先輩に頼んで、ついさっき得た情報だった。
元瑠凛の生徒達と取引していた悪徳業者を調べれば、過去に室岡先生の居た宗教団体と取引していた。これも宗教団体のリーダーによって悪徳業者との取引を切られたが、団体を抜けた室岡先生とは繋がったままで、彼の手引きによって瑠凛の生徒を利用した。
これまでの様々な『情報』が組み合わさって俺は今、室岡先生――いや、
室岡拓巳を追い詰める。
「……何時から気づいてました?」
「前に倫理の授業の後に俺を呼んで、言っていたことを覚えているか?」
室岡が担当する倫理の授業中に隣の席で、ひよりが爆睡して恥をかいていた出来事は中々忘れられない。あの直後だ――
授業の終わりに俺を呼びつけた室岡は周りの生徒に聞こえないように俺に聞いた。
『生徒会にいる彼女達3人は――裏社会に関わっている危険な組織のご令嬢じゃないですか?』
「生徒会の裏についてはトップシークレットで、この学園でも知っている人は極少数に限られている。まして赴任してきたばかりの、あなたがそれを知っているなんて普通に怪しい奴だと考えて――調査をした」
しかも親切に相談に乗るつもりで、俺から会長達の情報を得ようとしていたのにも気づいている。
あの時から俺は室岡の身辺や過去を探ることになって、今までずっと動いていた。
「あなた……いや、お前は会長達の裏を知っていて、それも生徒会を探るようなことをしてきた。お前が瑠凛に潜り込んだのは、本来そっちが目的なはずだ。だから今ここで生徒会室に入ろうとしていた……何を狙っている?」
人のことを言えないのは分かっている。
俺だって瑠凛を探る為に生徒会に潜り込んでる諜報員だ。
ただ……こいつ、室岡拓巳は俺とは違うヤバイ人間だと感じ取っている。
その違和感が今もなお拭いきれていない。
室岡は生徒会を、一体会長達の何を探ろうとしている?
「そうでしたか……それは迂闊でした」
全てを認めたうえでの発言か。
もう言い逃れは出来ないだろうと悟っているのか。
「では風時くん。でしたら今度からバレないように気をつけときますよ」
………………
あれ?
「……まるで次があるみたいな言い方だが?」
「ええ、ですから――」
室岡は俺の前へと距離を縮めて、いつの間に手元へと取り出した刃物で俺を切りつけようとした。
突然の凶行に対して事前に予測していた俺は、咄嗟の反応で背中を後ろへと下げてナイフを躱す。ナイフの先がスーツにスレスレと掠った。
その隙に見えた室岡の表情は今までから考えられないニヤついた凶悪な冷笑と変貌した。
「組み立てナイフというのは便利ですねぇぇぇ。何時でも気づかれずに、こんな物が持つことが出来てぇ!」
爽やかな声から変調してネットリとした声色を発するのも室岡本人。
もう教師でもなんでもない――犯罪者へと姿に変わる。
つか、こいつ普段の授業中でも、こんなのを隠して持ってたのかよ!?
「ん? 切れていない? なんですか、そのスーツは?」
室岡のナイフによって裂かれるはずだったスーツを、自分で確認しても傷は全く何ともない。
機関から支給されているこのスーツには強度な防刃機能がついているので、あの程度の小さいナイフならば多少は切られても問題ない。
念の為に着といて大正解だった……。
「……正体現したな」
「これ以上は、君には隠し通せないのは無駄だって分かりましたからねぇ。ここで始末した方が手っ取り早いと思いまして……ねぇ!」
恐ろしいことを言う。
次々と室岡の手首によって素早く繰り出されるナイフは俺のスーツに効かないと判明すれば、斬るようにではなく突く動作で動いてくる。しかも俺の顔を狙いやがって!
「ここでは新たな団体を設立する為に資金を集めながら、目的である生徒会を探ろうとしたんですがぁ、その前に君がとてもぉ邪魔だったんですよ……風時くぅん!」
俺は左右の足を交互に軸足にしてナイフを避けていく。
室岡は素人の動きではない。
かといって洗練されているわけでもない。
おそらく室岡は誰かの指導によって短期間で戦闘技術を身に着けたんだろう。
「……! 退学した生徒を利用して俺を襲わせたのもお前だな! あたかも会長が行ったように俺に伝えやがって!」
「ええ、彼らを利用しましたぁ! しかも失敗するなんて全く使えない生徒……いや、もう生徒でもなんでもないんでしたねぇ!」
渾身のトドメと言わんばかりに素早いナイフの突きが眼前へと迫りくる――
が、俺は室岡のナイフを持つ右手首に手刀を叩きこんで手にしていたナイフを吹き飛ばした。
室岡は今の一撃で痺れている右手首を抑えて後ろへ下がって離れた。
「ッ! 風時くぅん。さっきから、その動き只者じゃないですねぇ……君は一体何者ですかぁ?」
「……それはこっちの台詞だ。どこでそんなナイフの使い方を学んだんだ?」
「……」
「そこは答える気はないってことか」
「ええ……だって、まだまだですからぁ!」
室岡は左右の足元に忍び込ませた二本の組み立てナイフを、それぞれの両手で持つ。
ナイフの二刀流で戦いを続行する気だ。
「どんだけ隠し持ってんだ……」
呆れつつも俺は構える。
室岡は両手のナイフを俺に向けながらジワジワと距離を縮め、間合いが2メートルを切ったところで――
「――!」
室岡は床を蹴り飛ばして一気に俺の目の前へと襲いかかる。
二本のナイフを上下に向けてきて、俺の顔と胸に同時に貫こうとする構えだ。
――その時、俺の戦闘技術の師である霧崎さんとの訓練の出来事が頭に過ぎった。
『いいか? 修司。ナイフを持った相手ってのは普通に危険だ。なにせ刺されたら、ひとたまりもねぇからな。当たり所が悪ければ余裕で死ねる凶悪なもんだ。じゃあ、どうすればいいかって? そりゃあ当たらなければ良いに決まってんだろ。当たんなければナイフなんかただの金属の棒じゃねぇか。
……まあ、冗談はさておき。常に相手のナイフには体を向けていろ。相手を誘って油断させるつもりで挑め。ビビッてテメェの身体全体を相手に渡すようなことはすんなよ。よし、今から俺がナイフを持って実戦だ。おいおい、俺が相手だからって逃げんじゃねぇぞ。対策として武器持ちの相手から逃亡するのも全然ありだが――俺から逃げられると思うなよ?』
苦々しい思い出を返すと同時に――集中する。
一気に全身の感覚が研ぎ澄まされる。
極度の状況下によってドーパミン、セロトニン、アドレナリンが放出されたことで、今目に見える空間全てを把握する。
これに加え、霧崎さんと散々訓練した、相手のナイフの動きが全て頭の中でシミュレートされた。その時の『経験』によって、今の俺の行動が決定される。
迫りくるナイフの動きが未来を読んだかと手に取るように読め――
「な――!?」
俺を襲ったはずの室岡は驚愕する。
俺の顔を狙った上のナイフを持つ左手首を掴み。
俺の腹を突き刺そうとした下のナイフは、俺が体全体を真正面から真横にしたことで、刺さることなく只通り過ぎていた。渾身の一撃を外した室岡は真夜中の廊下で叫んだ。
「これだけ刃物を向けられて怖くないのかぁ!?」
「お前なんかよりも、もっとヤバイ人に日頃シゴかれてるん……でな!ぁ」
空振っていた室岡の右手首を掴んで、そのまま床へ叩き落として、組み伏した。
「がはぁっ……!」
「……ここまでだ」
室岡を床に押さえつけたまま、俺はすかさず問い詰める。
「答えろ。俺を襲わせた退学した生徒達には……あの後、お前が手を下したのか?」
「…………彼らの後のことなんか知りませんよ。連絡もつかない役立たずなんか……」
やはりそうか……。今、行方不明となった、あいつらと室岡先生はもう何の繋がりもない。
……出来ればこの仕業も室岡であったほしかったと俺の心のどこかで願っていた……。
「……強いですねぇ。やっぱり、君は危険でしたよぉ。もっと早く始末するべきでした」
「……今ここで俺を始末しようとしたのも、お前に指示している裏がいるはずだな? なら、それも答えろ! お前は一体誰に命令された?」
すぐに俺を始末する行動を起こせた事は、後ろにバックアップしている組織がいるからこそ出来る動きだと予想ついている。
自暴自棄で起こしたとは思えない自信が、室岡にはあったからだ。
「はは」
室岡は組み伏されながらも笑っている。
「甘いですねぇ、風時くぅん」
「……なにが言いたい?」
更に口元がニヤリと歪んだ。
「――もう隠れてないで出てきなさい!」
「――!?」
ずっと目の前の室岡に集中していて気付かなかった。
廊下の曲がり角から制服を着た女子生徒が――
クラスメイト――冬里ひよりが現れたからだ。
「ひより! どうして!?」
「あ……ぁ」
ひよりは出て来たものの、立ちすくんでいた。足も震えている。
表情も今起きている事態に対して訳がわからない恐怖が浮かんでいた。
「事前に彼女を来させといて正解でしたねぇ。冬里さんには以前呼びつけた時に風時くんが生徒会で危険なことに巻き込まれていると教えてあげたんですよぉ」
つい先日、朝に登校した時室岡に呼び止められた日があった。
あの直後、教室に来ていたひよりが全然元気なかったのは、室岡にそんなことを吹き込まれていたのか!
「まさか、ひより……さっき俺に電話したのも?」
「う……うん。あたし……シュー君が心配で……で、でもまさか先生が……こんな……それにシュー君も……一体」
さっきまでの俺と室岡の交戦を見ていたんだろう。クソ……こいつに集中していたせいで気づけなかった!
ひよりは室岡に騙されたショックとクラスメイトの今の俺に対して衝撃を受けていた。
「今日は私と一緒に生徒会を調べて風時くんを救いましょうって誘ったんですよぉ……だから――!」
「――っ!」
「きゃっ!?」
「ひより!」
俺が油断して組み伏してい手を緩めてしまったせいで、すかさず室岡は脱出して、すぐ近くのひよりの背後へと回り、まだ隠し持って取り出したナイフを俺に向ける。
「おまえ……っ!」
「冬里さぁん。役立ってくれて助かりましたよ。さあ、風時くぅん……冬里さんを助けたかったら大人しく――私に刺されてくれませぇんかねぇ」
「っ……! 逃げて! シューくん!」
ここで大人しく刺されたところで室岡は、ひよりを無事に逃がすわけがない。
「ひより、必ず助けてやる。だから……俺を信じてくれるよな?」
「……シューくん」
いつも明るくてはしゃいでいる、ひよりの目には涙の粒が溜まっていた。
恐怖で支配されていても、ひよりは俺を信じてコクンと必死に小さく頷く。
「馬鹿ですねぇ。前に授業で教えましたよねぇ? 神なんていないんですよぉ? あなた達は救われないんですから!」
優位に立ったと確信したのか、室岡は本性丸出しで下品に大笑いする。
宗教に狂った者の果ての姿だ。こんなのを見てしまえば瑠凛の女生徒……いや、殆どの女性は失望してしまう。
「……」
「おや? 大人しく殺される
「シュ……シューくん……!」
確かに今この瞬間、俺は不利だろう。
超速のスピードの足を持っているわけでもない。
お手上げだ。
――俺一人だったら
「馬鹿はお前だ」
「はいぃ?」
「――ずっと俺一人だけに目を向けているが、俺が一人だけでここに来たと思ったか? さっきの言葉そっくり返してやる。お前も甘かったな――」
「……――ッ!?」
すると――室岡は全然をワナワナと痺れるように痙攣した。
ナイフが手から零して床に落下する。
室岡は自然に、ひよりを離して――そのまま床へ前へと倒れ伏した。
「遅れてすみません……マスター」
「いや……助かった。むしろ良いタイミングだった」
倒れた室岡の後ろには黒い装束を纏った小さな少女――リリスがスタンガンを持って立っていた。
事前に俺一人で対処できない場面になるまで待機命令をしていたからだ。
スパイとはなんでもかんでも1人だけで任務をこなすことなんか出来ない場面もある。
「ひより! 大丈夫だったか?」
室岡から解放されて床に両膝をペタンとくっつけて俯いてる、ひよりの傍へと寄った。
「こ……」
「? ひより?」
「怖かったよぉ~~~!」
「わっ!?」
ガバっと、ひよりは俺を思いっきり抱きしめて俺の胸の中に埋めていた。
女子特有の柔らかい身体を押し付けられて、しかも軽い香水の香りが鼻をつっついて俺は動揺してしまう。……いや、なんか涙やらなんやらの液体が、ナイフでも傷つかなかったコートにびっしょり染み付くのが気になってしまうが。
「ひ……ひより?」
「ちょ、ちょっとそんなにマスターにベッタリとくっつかないでください!?」
リリスは急に慌ててひよりの背中を引っ張るが、ひよりは俺に強く抱きしめているからか全く離れてくれない。リリスの力も加わって俺の体には二人分の軽い衝撃が走る。
「ちょ……ちょっと二人ともやめ――」
その時だった――
「クソッ!」
倒れていたはずの室岡が立ち上がって俺達に背を向け――階段へと逃亡した。
一対二では分が悪いと判断した故の行動。
だがスタンガンを直に食らっても、すぐに動けるとか中々しぶといな。
「……クソッ、逃すか!」
「……うぅ……」
しかし俺は、ひよりに抱き着かれたままで全然動くことが出来なかった。
しかも、ひよりは一向に放すつもりはない。
「悪いリリス! 奴を追ってくれ!」
「……! 分かりました!」
リリスは俺に抱きついている、ひよりに対して非常に不服そうに何か言いたそうにしているが、そこはしっかり切り替えて、素直に俺の命令に従って室岡を追いに階段から降りて姿を消した。
室岡はまだ近くにいるはずだから、今すぐ機関に連絡して応援を頼もうと俺はスーツからスマホを取り出すが――
「うぅ……ごめんね……シューくん……ごめんね……」
まだ俺の胸の中で泣きじゃくっている、ひよりをどうすればいいのか戸惑っていた。
(参ったな……)
しばらくこの場で動けずにいた。
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