第33話 逃亡の先


(聞いていなかった……! あんなやつがいるとは!)


 日頃の過激な活動によって宗教団体から追放された後、新たな団体を立ち上げようとする資金に困っていた室岡拓巳に――影から誘いがあった。救いの手だ。

 それは瑠凛学園に潜り込んで欲しいと――高等部を――を探ってこいと。

 さすれば望む資金を与えようと。

 願ってもないことだ。幸い教員免許は持っていた。その手引きによって室岡は瑠凛学園の教師として働きつつ生徒会を探っていたが、

 

 ――風時修司


 1学年、そして生徒会会計の男子生徒によって室岡の動きは邪魔されいていった。

 ならば逆に利用してやろうと室岡は動いたが上手くいかずに、結果このザマとなった。一体あの生徒は何者だ? 隠していた室岡の過去を暴いた調査能力。訓練を受けたナイフの攻撃を捌く戦闘能力。それに他にも仲間がいる。訳が分からないと室岡は混乱していた。


(クソッ!? どうして上手くいかなかったんだ!)


 計画が失敗した苛立ちを抱えながら、とりあえず今は逃げることに専念して、手引きしてくれた彼の者等に助力を願おう。安心しろ。いくらでも立て直せる。

 室岡の頭の中で新たな謀を巡らして学園校庭から学園を脱出しようとした時だった。


「――!? 君は!」

「おっと、室岡先生。そんな急いで……しかもボロボロでどうしたんですか?」


 室岡と同じく瑠凛高等部の教職員男性に出くわした。

 着ているスーツは整っているが、顔には髭剃りが残っててだらしないまま眼鏡を掛けた男。

 室岡はともかく、なぜ休日のこんな夜中の時間の学園に?と疑問があったが、今の室岡はそんなことまで考える余裕がなく、思いついたことは。


「……生徒会員1年の風時修司が、こんな夜中に学校に潜りこんで、いきなり私に暴力をふるったんだ! 確か、はずだ!? さっそく明日の職員会議にかけて彼を退学にしてもらいましょう! いいですね!?」


 冬里ひよりに見られたのは痛いが、室岡にスタンガンを食らわせた女子も瑠凛の生徒だと仮定しても、たかが3人。普段からミーハーで愚かな生徒達に愛想を振り撒いて尊敬されていた室岡が、生徒に暴力を行われたと学園で公表すれば、こっちの方が味方が多い。


「はー……そうですかぁ。それは僕のクラスの生徒がどうも迷惑をかけてすみませんでした。風時くんですか……まさか彼があなたにそんなことするなんて……とんだ問題を起こしてくれましたね」


 今の必死な訴えが彼に届いたのか室岡は安堵する。



「――と、でも言うと思いました?」



「…………は? な、何を言っているんですか……?」


 室岡の思考がフリーズする。


「実は僕も――あなたのことは怪しいと思っていましてねー。そうでしたかぁ。風時くんはもう突き止めたんですね。さすがですよ」


 1人でウンウンと頷いて独り言をしている眼の前の男性教師に対して室岡は全く状況が理解出来ないでいた。何がどうなっているんだ? と


「第一、僕のクラスの生徒が理由もなく暴力を振るうわけないじゃないですか。

 ――勝手なことを言わないでください」

「ッ!?」


 瞬間――この男からは風時修司と同じ匂いを感じ取った室岡は警戒の構えを取る。

 まだ服の中に隠し持っているナイフがある。

 今ここで、こいつを始末しておこうと考えると同時にナイフを取り出した。


「……がはっ!? な……なぜ……」


 その男の動きが全く見えなかった。

 もう既に室岡の鳩尾に――男の鉄拳突きが叩き込まれていた。

 戦闘の疲労、直前にスタンガンを食らっていたせいもあってか完全に気を失った室岡はバタっと地面に突っ伏してしまう。


「あはは、駄目ですよー。ってのはしっかりと距離を詰めてから振るうようにしないと、かなり隙がありまくるんですよ?」


 倒れた室岡には聞こえていないと分かりつつも、男の教師はそう言いながら地面に落ちていたナイフを拾ってマジマジと見て興味の対象を移した。


「はー、最近の組み立てナイフは良く出来てますねー。これならば確かに持ち込んでもバレなさそうだ。……さて、このまま、渡すのもよさそうですが……」


 今の打撃を繰り出した動きでズレていた眼鏡をクイッと位置を正しながら熟考して――


「ああ、そうだ。どうせなら、もっと面白そうなところに渡したほうがいい」


 だらしない教師らしい姿。

 それも普段の学園の教室で見せる調子のままウンウンと頷いた。



-2-


 

 まるでラノベやアニメみたいな主人公だった。

 夜の学校の廊下に居た風時 修司。彼女からはシュー君と呼んでいるクラスメイトの男子生徒が、豹変した教師から繰り出されるナイフの攻撃を躱して反撃していく姿を見た時に、冬里 ひよりはそう見えていた。


 ひよりは玩具メーカーの令嬢であり、子供の頃から玩具が身近にあって慣れ親しんでいた。幼少の頃からアニメや漫画好きもあってか成長するにつれて、その趣味に深く没頭する。だが、ひよりは名家の令嬢だ。この手の趣味はあまり人には言えないのも分かっていた。瑠凛学園中等部でも趣味を話してくれる友人はそれなりいたが、深いトークなわけでもなく、皆あくまで私の話に合わせてくれているだけでしかないと、ひよりは心のどこかで寂しさを感じたまま中等部を卒業した。


 瑠凛学園高等部へエスカレーターで上がって入学式初日。

 教室に入ると中等部から見知っている人が大勢いた。


「おはよー!」


 教室に入るなり元気よく挨拶する。最近見てハマった漫画に出てくるギャル系のヒロインに影響受けて、高校生になってからそれっぽく意識するようになった。目立たないように服を崩したり軽く香水をつけてみたりと。


 中等部から活発な女子だったので、そんなひよりにはクラスメイトの人達は違和感なく受け入れて挨拶を返していた。それでも、ひよりに直接接して絡んでくる人はいなかったので、やっぱり寂しいなと内心で思いつつ自分の席を見つけて座る。


(あれ?)


 隣の席に知らない男子生徒が座っている。

 この教室の中で唯一知らない人だ。


「? なにか?」


 ひよりの視線に気づいた隣の男は顔を向けてきた。

 その男子は整っている顔立ちだけれど、集団に紛れ込んだら普通に目立たなくなりそうな、そんなよく分かんない印象を抱いてしまう。


「あ……ゴメーン。もしかして外部から来たって感じ?」

「ああ。この学園には高等部から入学することになって……俺の名前は風時 修司。これからよろしく」


 これが修司とひよりの出会いだった。

 外部から瑠凛に入学してきた珍しい生徒、それがひよりの最初の修司への認識。

 隣の席だからか、よく話すようになっていった。最初は他愛もない話から始まり、徐々に世間話もするように。そんな日々が続いて入学してから二週間経った時だった。


 HRが始まる前、

 

「おっはー。風時くーん」


 深夜までアニメを見過ぎたせいで時間ギリギリの登校になってしまった。


「学校に慣れたからか遅れるようになってきたな」


 入学初日とは違って修司も砕けた口調で、ひよりに接する。


「なんで遅れたんだ?」

「ん? うーんまぁ、ドラマとか見ててさぁ」

「? アニメじゃないのか?」

「え!? どうして?」


 今まで修司にはその手の趣味のことは話していなかったので驚く。


「いや、だって、そのキーホルダーとかストラップ見れば」

「あ……」


 鞄やスマホには好きなアニメ漫画作品のグッズをつけている。

 迂闊だった。そんな所まで見られていたのは、どことなく恥ずかしい。


「ま……まあアニメとかそこそこって見てるだけって感じでー……あんま興味は……」


 ここは誤魔化そう。

 理解されない趣味を話したって話は続かないと、嘘をついた。


「……冬里。なんでそんな嘘つくんだ?」


 修司は呆れ気味に答える。


「……どーいうこと?」

「好きなんだろ? だったら隠すことはないんじゃないのか?」


 真っ直ぐな目で言われる。

 この人に嘘はつけないんじゃないかと思わせるほど真剣に見つめられて、ひよりの心臓の鼓動が一瞬速くなった。


「で、でもこの学園の生徒だったらそういうのはさー」


 ここは貴族の学園。

 こういった趣味は大っぴらに話すものではない。

 ひよりみたいに、同じ趣味をちゃんと好きでいてくれる子なんか他に……。


「別に冬里だけじゃないぞ。そーいう趣味が好きな人は……。例えば他の1年女子に、そのストラップと同じなの身に着けてて冬里を気に掛けていたのがいたし」

「え! それホント!?」

「……あ、ああ。その子も冬里みたいに隠している感じだったから、同じ趣味を持っている冬里と仲良くなりたいんじゃないのか? まあ、冬里は派手だし話しかけられなかったんだろ」

(気づかなかった……。そっか……あたしみたいに好きな趣味を隠している子はいるんだ……)


 今まで自分を誤魔化すことしか考えてなくて周りを見ていなかった。

 自分と同じ人が近くに居たのは凄く嬉しかった。

 同時に、ひよりは確かめたいことがあった。


「こ……こんな趣味のアタシでも風時くんはどう思う?」

「そりゃあ……――面白そうだったら、ぜひ話を聞いてみたい。駄目か?」

「――ッ! ううん!」


 その時からひよりは自分の趣味を隠すことなく周りに話すようになり、同じ趣味が好きな子を見つけては仲良く輪が広がっていく。


それを気づかせてくれた修司に感謝して、彼と出会って一カ月も経たない内にシュー君と呼んで親身に接するようになっていた。

 


――――



 学園からこっそりと抜け出すと、ひよりの迎えのリムジンがすぐに止まっていた。迎えの運転手の人には、ひよりには生徒会のことで手伝って、こんな時間まで残って貰ったと事情を説明して謝罪して、ひよりも俺の話に合わせたことで、事なきを得た。


「シュー君……また明日会える?」


 リムジンの窓から俺を覗く、ひよりの表情は不安で満ちていた。

 もう俺に二度と会えないのではないかと心配しているようだ。


「……そうだな。また明日な」

「……絶対?」

「ああ」

「……わかった」


 何度も何度も確かめるように、ひよりは頷く。

 しかし問題があった。

 ひよりにはさっきのことが見られている。

 どう言い訳すれば――


「それと、ひより……さっきのことは」


 見なかったことにしてほしい。

 そう簡単なお願いじゃないことは分かっている。

 彼女を巻き込んでしまったうえに事情を説明せずに知らないでいてほしいなんて虫の良い話があるか。


「……また今度」

「え?」

「また今度、一緒にハンバーガー食べにいこーね」


 目の前には、いつも教室で見せている明るい笑顔のひよりがあった。


「ああ。じゃあ今度こそ雅人も一緒に」

「えー。また二人でデートして食べようよー」

「……雅人はどうしたんだよ」


 苦笑しつつ、再びまた明日ってお互いに言い合って彼女が乘る車を見送った。


「さて……どうするか」


 校門前で1人取り残された俺はこのまま、行方が分からない室岡を追いかけるべきか。


「やあ」

「――!」


 気配を感じなかった。

 いつの間に、後ろを取られていたと振り返れば――


「……黒瀬さん」


 渋い壮年の立派なスーツを身に着けた男性。

 機関の作戦リーダーを務める黒瀬さんが軽い調子で手を振っていた。


「今、霧崎くんと彩織くんにも室岡拓巳を追って動いて貰っている。君とリリス君は明日は学園があるし、すぐに帰って休んでいたまえ。無理はするな。リリス君にも私から伝えておくから安心したまえ」

「……そうですか」


 霧崎さんと彩織さん。あの色々な意味で機関最強の二人が動いてるならば安心だ。

 もっとも室岡を取り逃がしたことがバレたら後が怖いが……。


「――風時、やっとが見えてきたようだな」

「……」

「言ったはずだ。この件は一つに結びつけるのではなく、別々に分けろと」


 黒瀬さんに指摘された通りだ。

 俺は、今まで得た情報からにしたかった。

 それは俺の勝手な我儘な願望だった。

 そんな考えがあるのを黒瀬さんに誤魔化せなかった。


「黒瀬さんは……最初から分かっていたんですか?」

「最初から教えれば君は納得したかい?」

「――ッ!」


 そこまで見透かされていた。

 味方である、この人を『怪物』だと理解された。


「認めたくなかったか?」

「いえ……覚悟はしていました」

「フッ」


 黒瀨さんは口元を綻ばせ、最後にこう言い残して去る。


『風時。本来の任務は忘れるな。お前の目的は


 ただ1人、沈黙している巨大な城同然の瑠凛学園を見上げる。

 俺はに瑠凛学園に入ったのか。

 最初から変わっていなかったんだ。


 俺が戦うべき本当には――



-3-



 「こ、ここは……――?」


 気を失っていた室岡は目を覚ます。

 ボンヤリとした視界で周りを見れば、薄暗く学園の教室よりも狭い空間の部屋にいた。まるで地下室のようだが、ここがどんな場所か知らない。

 

「――お目覚めかな?」

「ッ!?」


 部屋に響いて透き通る女性の声だった。

 その声を聞いた瞬間。室岡は目の前にいる人が誰なのか一瞬で理解させられた。

 瑠凛学園に居る者ならば、こんな綺麗な声を発する人間を知らない者などいないからだ。


「……き、君は……いや、は――!?」


 咄嗟に室岡は動こうとしたが動けない。

 手首や足首には鎖で縛られて芋虫のような恰好で壁に倒されていたからだ。


「な……なんだこれは!? 放せ!」


 目の前にいるに訴えるが、その声は届かずに無視されていた。

 室岡の目の前には――三人の女性がいる。


「ネー。イーカゲンにさっさと済ませましょ」


 1人は黄金に輝く髪を下ろし、なびかせた女子生徒が苛立ちげに促し。


「……そうですね」


 漆黒に艶めく長い髪を舞っている女子生徒は深刻に呟き。


「あ……あぁ……」


 そして――


「ええ――あなたには報いを受けてもらいましょうか」


 純白銀に染まって鮮やかな髪を輝かせる女子生徒が凶悪に頷く。


 この世で決して敵に回してはいけない存在。

 貴族の中の貴族と言われる『十王名家』に属した家柄を持つ女子生徒3人。

 瑠凛学園――生徒会――三女が揃っていた。

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