第二章,第1話 諜報員(エージェント)の日常
そろそろ日本では本格的な真夏を迎えようとしている季節。
これが一般的な学生の日常らしい。
これまでの人生でまともに学校に通っていなかったので、こういうことに疎い自分には新鮮な体験だと言えよう。
――しかし俺の本業は
瑠凛学園へと潜り込む『スパイ』として『秘密』を探るという、大掛かりな任務を務めている最中だ。本来の目的を忘れてはならない。
先の件で俺は任務に対する姿勢を改めることになった。
『生徒会』の一員になった俺は『生徒会の彼女達』と向き合わなければならないということを……。
そのはずだったのに――
「なんで! こんなことに……!」
暗い空間の物陰に隠れている俺の周りでは激しい銃撃の嵐が飛び交っていた。
地面に壁と周囲には弾痕の穴の後がランダムに散りばめられているどころかガンガン増えていく。
今現在俺は……何故か謎の研究施設内に放り込まれていた。
それも――日本ではないどこかの国にいる。
俺の顔面には漫画で出てきそうな無駄にゴツゴツとした機械的な仮面で覆われて周りからは素顔が見られない状態だ。
俺の目から仮面越しに見える周囲の視界はゲームの画面みたいにセンサーで敵の位置を明確にサーチして表示されている。切り替えれば暗闇の中でも動ける暗視スコープ機能も備えていて便利だが……、
『ふぁ~。ミスター・ウィンド。その仮面の中々の性能で良いもんでしょ?』
仮面に内臓されているスピーカーから女性の声が聴こえる。
あくびをかみ殺したようで気だるげそうだ。
『ターミナル情報局』の開発局員。
コードネーム『MAGI』
なのでマギと呼んでいる。
「確かに良いのは良いんだが……もうちょっと仮面のデザインは何とかならなかったのか?」
『テキトーにネットで拾ったのを参考にして作ってみた。別に機能があればデザインなんか関係ないでしょ』
「これを見た、この施設の研究員はギョッとして、有無を言わさずに銃を持った応援を呼びつけたんだけどな……」
なんでも彼女――マギは機械工学のエキスパートとして機関にスカウトされたという。女性だという情報以外は知られてない。こうして通信越しで会話して分析すると彩織さんほどの年齢まで歳を取っていないはずだ。
……別に彩織さんの歳に当てつけて言っているわけではないからな?
彼女はずっと開発室で引き籠っているので姿を見せることがないが、こうして度々とスパイアイテムを提供してくれる貴重な機関のメンバー。
マギいわく狸……じゃなくて猫型ロボットが出てくる未来の秘密道具はまだ作るのが無理でも頭脳は大人の名探偵小学生の作品に出てくる便利道具ぐらいは作れるらしい。
……それでも十分凄いはずだが。
『あー、そだ。それまだ未完成だから、もしかしたら爆発して顔が吹っ飛んじゃうかも?』
「なんでそんなヤバイの俺に付けさせたんだ!?」
『実験データが欲しいに決まってるからじゃない。製品というのは何百回、何千回のテストを重ねた上で実用と判明出来てこそ正式に運用されるものなのよ。それにもちろんミスター・キリサキから了承は貰ってるから』
「俺の了承は!?」
『あ、そーそー。それ私の認証を無視して無理矢理外そうとしても爆発しちゃうから気を付けてね』
「なんでそんな機能を入れるんだよ!」
『もちろん敵に奪われないように機密保持の為じゃない』
「他にやりようがあるだろ……」
『うっさいわねー。文句があるならミスター・キリサキに言いなさいよ』
「……くそぉ」
便利アイテムかと思えば、まさかの爆弾が仕込まれていた俺は嘆きながらも敵の銃撃に対しての反撃の隙を伺っていた。
――なぜこんなことになったのか
あれはつい数時間前の出来事――
――――
夜遅くにマンションの自室へと帰った俺は自室のベッドにダイブしてうつ伏せになっていた。
瑠凛学園の内部には、俺とは違う方向で暗躍していた、とある教師。
その一波乱の翌週から俺はずっと……
アルバイトでシゴかれた。
「彩織さんやっぱ怒ってるよなぁ……。原因はきっと――」
先週末に追い込んだはずのターゲットの教師を逃がしたせいで機関の上司――霧崎さんや彩織さんも出動する羽目になって迷惑を掛けてしまう結果になってしまった。しかも、彩織さんの場合は機関下で経営している喫茶店を緊急で休業させてしまった。
そのせいか、今週明けから彩織さんの俺への当たりが妙に強い気が……いや、普通に強すぎた。明らかに普段よりも俺に振ってくる仕事の量が激増している。俺が断ろうとする素振りを見せようとすれば、ドキツイ眼光がザクザクとメッタ刺しにしてくるので否応なしで働かされる始末の一週間だった。
「しかも休みのはずの明日も、また昼からガッツリとシフト組まれてたし……彩織さん、労働基準法どころか、そもそも俺の本来の任務のことを忘れてないか?」
こんなことをボヤキながら俺は目を閉じて身を任せるように眠りに就いた……。
数分経ったのか数時間経ったのか分からない感覚の中で――突然インターホンが鳴る。
部屋に響いてくるチャイム音に反応して目覚めた俺は、ボンヤリとした思考でベッドから出ようとしても体が疲労のせいで動けなかった。窓の外を見ればまだまだ真っ暗だ。
こんな真夜中の時間だってのに、誰が来たんだ? きっと聞き間違いだろうと再び目を閉じようとした瞬間――手元に置かれてたスマホが振動した。誰かが通話で連絡しようとしている。
腕と手はなんとか動けるのでスマホを手にして一体誰が連絡してきているのか確かめようと表示されている画面を視界に入れれば――
『霧崎東一』
「っ!?」
慌ててスマホにタッチして応答する。
『よお』
「き、霧崎さん……一体何の用で?」
この男の声を聞くと、思考の中の霧が無理矢理と晴らされるかのようにクリアしていく。もはや眠気なぞ吹っ飛んでいた。しかし、一体何の用……
はっ!? さっきのインターホンってもしかして……。
『先に言っておこうと思ってな。
――ブチ破るぞ』
「……はい?」
ドガシャアアアアアアアアン!!!!
玄関から轟音と衝撃がリビングどころか俺の自室へと鳴り飛ばす。
ベッドから転げ落ちた俺は急いでベランダに移動すると、吹き飛ばされたセキュリティドア(若干くぼんでいる)が床に落ちていた。
「よお、久しぶりだなぁ」
ドアとう存在が消えた玄関から、外の夜風と共に部屋に入り込んで来たのはライダージャケットを着た逞しい顔つきをしている長身の男性。そう……この人は――
「き……霧崎さん」
俺が所属する諜報機関ターミナル情報局では戦闘のプロフェッショナルの第一人者として鬼の強さを振り回している。そして、俺の戦闘技術を鍛え上げた鬼の師匠。
瑠凛学園に潜入で入学して以来、ここ数か月はこうして直接に顔を合わせることはなかった人だ。
「ちょっとぉ! なんでドアを蹴飛ばしてるんですかぁ!? しかも近所迷惑じゃあ!?」
「このマンション自体、機関が手配してるマンションだろうが。まぁテメェが任務から帰宅する頃には元に戻ってるだろうさ。大体とっととドア開けなかったテメェが悪いだろうが」
相変わらず無茶苦茶……デタラメな人だ。強さもデタラメであれば中身も。
……?
それはそうと今、霧崎さんの台詞に不穏なワードがあったのを聞き逃さない。
「……任務から帰宅?」
霧崎さんはニィッと唇をニヒルに歪めた。
あっ、普通に嫌な予感しかしないぞこれ。
「最近テメェの腕と根性が訛ってるみてぇだからな、ちょっくら任務行ってこい」
「に、任務って一体何を?」
「なーに、ちょっと海外の寒い地域でヤバそうな資料を貰いに行くだけだ」
明らかに危険な任務だよなそれ?
しかも、資料を貰うというか、明らかに奪いに行ってこいって暗喩の命令だろそれ!
「そ、そうだ! 明日の昼に彩織さんの店でバイトする予定があって!」
土日休まれたらきっと彩織さんは怒るはずだ。
鬼のような霧崎さんには俺では歯向かえないが、彩織さんならきっと……!
「あぁ? 彩織の店のことだったら心配するな。あいつも思いっきり乗ってくれたぞ?」
「………………え?」
どういうことだ?
あんなにバイトで俺を酷使しまくったのに?
しかも土日を休まれたら店に支障があるし。
だから彩織さんは猛反対で霧崎さんを止めるはずなのに。
「確か彩織は、ああ言っていたな……」
『修司を借りるって? いいわよ。
彩織さん!?
もしかして、この前のこと俺が思っていたよりも、かなり深く根に持っていたのか!?……しかもリリスも巻き込まれてるし。
今度あの子に謝っておこう。
「修司、安心しろ」
霧崎さんは、ふっと笑って俺の肩にガッシリした手をポンと乗せる。
「ちゃんと週明けの学校の日に出れるまでには戻って来れるさ。まぁ……お前が必死で早く任務を終わらせた場合だけどな」
「いや――!」
「いいからこい!」
霧崎さんに首根っこを掴まれた俺は外の闇の中に引きずり込まれた。
――――
とまぁ、こういった感じですぐに機関が用意したジェット機に放り込まれて、この謎の仮面と装備を渡されて、任務を伝えられて、地球上のどこに位置するのか分からない地に降ろされて、この謎の研究施設にぶち込まれる現存に至る。
『そーそー、そういえば聞いたよーミスター・ウィンド。今、君ってあの瑠凛学園に通ってるんだって?』
「こんな状況で、なんで軽い感じで世間話を振ってくるんだ!?」
今俺が隠れている物置の向こう側から敵の銃撃がガンガンと盾となっている物置にラッシュでぶつかっているんだが。世間話に気を取られて、このまま気を抜いてたら俺、体中に穴だらけでこの世にいなくなってしまうぞ?
『まー学生生活やりながら任務も両立するのは大変そうだねー』
「……それも合わせて任務なんだよ。それに俺は学生生活なんかには……」
最後まで言おうとしたのに何故か喉が詰まってしまう。
きっとこれは今そんなことを考えている余裕はないからと気のせいのはずだ。
通信でマギとこう言い合いながらも俺は物陰から隙を見て反撃したりと、手にしていた銃で相手を狙い撃つ。しっかりと当たった相手は倒れていく。
ちなみに中身はゴム弾なので死んではいないはずだ。
『そーいえば前に渡した超小型発信機はまだ使ってないじゃない? 確か至急必要って言ってたから急いで作って渡したのに』
「……悪い。また別の機会に変更することになったからだ」
『ふーん……とにかく、せっかく作ったんだから無駄にはしないでよ』
含みある返事のように聞こえるが、彼女は単に自分が丹精込めて作った道具をすぐに使ってもらって、実用性に至るかのデータがさっさと欲しいだけだ。
マギから渡された超小型発信機。
あの時は一時的な気の迷いと油断から、俺は発信機を取り付けられなかった。
生徒会長を……『山之蔵奏』を一瞬でも信用してしまった俺が馬鹿だっただけなんだ。
「……今度こそは、あんなミスなんかしてたまるか」
奥歯をギシリと噛みしめて強く決意する。
「俺は
銃撃の雨が止んだタイミングを見計らって、俺は敵の目の前へと飛び込んだ。
さっさと終わらせて、再び瑠凛学園に戻って本来の任務を続ける為に――
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