第2話 真っ黒な屋敷
風時修司が理不尽で壮絶?な任務に就いていた頃――
今現在、修司がいる日本ではないどこかの寒い地とは違って、梅雨が終わり、夏が差し込む日差しの真昼間。
地域周辺を広大な庭で占める、大きい和の瓦屋敷。
立派な錦鯉が泳ぐ池のすぐ傍の和室。
綺麗に整然とされた畳。
周囲には、様々と違う小瓶に添えた花がいくつも置かれていた。
この空間で生け花をしている着物を着た女性が正座でいる。
光沢のある腰より長い黒髪。シミ一つない絹のような肌。
京美人、秋田美人、博多美人では形容しきれない和の美しさを持つ女性。
着物では収まり切れない胸のラインが盛り上がっていて、窮屈だと感じているのが彼女の悩みだったりする。
「――お嬢。
作業をする主の邪魔にならないよう極力と音を立てないように
声をかけられた主――『
「あら、もうそんな時間なのね。通してあげて」
「はっ」
黒服女性が返事してから1分もせずに現れたのは、仁美の髪に近い長さの薄翠色の髪を小さく靡かせる女性。
外見は美人なのに、切れ長の目で不機嫌そうな態度を崩さないので勿体ない(修司談) 瑠凛の女生徒。
仁美と同級生の春川静音が仁美の家、『火澤の屋敷』に来訪してきた。
仁美は仏頂面の靜音をニコニコと迎える。
「いらっしゃい。静音ちゃん」
「……毎回思うけど、あれでよくバレないものね」
靜音がこの屋敷、『火澤』の屋敷中には黒服を着た人達が靜音を見かけるなり深々とお辞儀をして重苦しい挨拶をする。
風情のある屋敷の門の前にも重く見張りがされていた。
危険な黒ずくめ集団が、この屋敷のあちこちにいるので、この家はどこからどう見てもカタギの人が住み着く家とは思えない。
しかし、この近所の周囲にはこの『家の実態』が知られていないのが不思議である。
「ふふ、お手伝いの皆さんは家では堅苦しいですけど、外では優しい人達ですから。町内会の掃除や自治会の手伝いにも張り切っているので近所の人達から慕われてるのよ?」
「……そう」
静音は呆れながら聞き流す。
仁美が――『火澤の家』が自分が思っている常識と、かけ離れているのは何年も付き合ってれば分かっていたことだ。今更そこに突っ込むのは野暮用で、僅かであろうと時間の無駄だったと悟る。
靜音は仁美の正面に同じように正座して手にしていた、手提げの紙袋から箱を取り出して差し出すように置く。
「お婆様からこれを」
畳の上に置かれたのは一目で高級と感じさせる小さな丸い缶がいくつも収まった箱。仁美は箱を手にすると箱の下側を覗き込む。
怪しい動作をしている仁美に怪訝に思った靜音は尋ねた。
「何しているの?」
「あら。私てっきり箱の下側には、お金の札束が仕込んであって賄賂かと思っていたわ~。こういうのお約束でしょ?」
「……本気で言ってるの?」
「うふふ、冗談よ。最近見た内部がドロドロな病院がテーマのドラマでそういうシーンあったから真似してみたくなったの」
「……」
冗談で言っているのか全くわからない仁美の天然ぶりに呆れる。
学園では、彼女のそういう部分が愛くるしくて周りの人達から慕われている一因になっていたりもした。
「とても良い宇治抹茶ね」
「今度お店に並べる予定のね」
「いいのかしら? こんな高級なのを私に?」
「いいのよ。まだ店に出す前のだし……感想も訊いてみたいから」
「そう? でしたら後で改めてお礼に窺うわね」
「……」
「? どうしたの?」
この危険な屋敷の中で着物を着てお礼と言われると少々と身構えてしまった。
「早速いただきましょう。今お茶を点てるから待っててね」
仁美は傍の箪笥から抹茶を点てる為の茶道具を引き出し、使用人の黒服の女性に水を持ってこさせて用意。早速と器、抹茶碗に泡を立てる
抹茶を点てる音が室内に響く。
靜音はただ静かに瞳を閉じていた。
室内の生け花から漂う自然の花の香りに茶の香りが混じり合い包まれる。
その香りが嫌な事が和らげるように心地よく――
「靜音ちゃん。最近良い事あったりした?」
茶を点てている最中の仁美が、ふと尋ねる。
「……どうしてそう思うの?」
「最近の靜音ちゃんって、何だか前とは変わってきた感じがしていてね~」
「変わってきたって……どこが?」
「そうねぇ……例えば修司さんとよく会っていたりしない?」
「……っ」
せっかく嫌なことを忘れていたのにと靜音は苦虫を噛み潰したように露骨に嫌なを表情になった。
一瞬だけ脳裏を横切ったのは1年の生意気な男子生徒。
私に楯突くし、何を考えているの分からない。
それに事あるごとに協力してくれだと頼み事をしてくる。
全く意味が分からない存在。正直、邪魔な認識でしかない。
前に協力したのだって利害の一致に加え……少々と迷惑を掛けてしまったことに対しての、お詫びなだからだけ、と思っている。
「……そんなわけないでしょ。会っていたとしても素行不良な彼に注意してるだけよ」
どうでもよく、冷たく言い返す。
「修司さんのこと、お嫌い?」
「好きになる要素なんかない」
「そうかしら? 良いところ沢山あるわよぉ~」
仁美の態度、表情、口振りからは風時修司をいたく気に入っているのが嫌でも伝わってくる。
彼のどこがいいんだか、と靜音は甚だ疑問に思っていた。
仁美があの男の話題をしていると、聞いているだけでイライラしてくる。
来なければ良かったと、後悔がのしかかっていた。
「とにかく……! あの男と私は……――」
「靜音ちゃん。
――何か隠し事でもしてる?」
「……っ!」
他人が聞けばなんでもない窺いに聞こえる。
しかし、何年も仁美と付き合ってきた靜音にとっては、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ鋭い刃を喉元に突き付けられたように錯覚して、息を呑んでしまった。
「どうぞ」
まるで今の間が、何事もなかったかのように仁美は点てた抹茶の入った茶碗を靜音に差し出した。
「……いただきます」
靜音は作法に習って畳に両手を出して小さくお辞儀をしてから抹茶碗を手にしていただく。
照りのある深い緑色。きめ細かい泡。鼻に突き抜ける茶の香り。
心を落ち着かせて、ゆっくりと口にする。
仁美のニコニコとした優しい笑顔みたいに軽くて、まろやかな味わいだった。
「私があなたに隠し事なんて……するわけないじゃない」
「そうよねぇ」
信じて貰えたのか分からないが、仁美は依然とにこやかに微笑んでいた。
―2―
「美味しかったわ」
幾分の時間を掛けて飲み終えた抹茶椀を置いて感想を伝えた。
「本当に?」
「贔屓なしで言ってるのよ」
「茶屋の娘さんにそう言って貰えて嬉しいわ~」
靜音は何年もこうして仁美の茶のお点前を見てきて、こうして何度も茶を頂いた。彼女の上達を間近で感じている。そこにお世辞をいらない。純粋な感想として述べていた。
「それで靜音ちゃん――用事は何かしら?」
まるで今までの会話が前座でしかなかったと、仁美は切り込んでくる。
「……私がただ遊びにきたとは思わないの?」
「本当はそうだったら嬉しいわ~。――でも、ここ数年の靜音ちゃんって大事な用がないと休みの日に、わざわざこうして私の家に来ないでしょ? 抹茶だって普段だったら学園の教室で渡すだけじゃない。……誰にも聞かれたくない話があるから来たのよね?」
「……そうね」
昔は……子供の頃は大した理由もなく、よく仁美の屋敷に遊びに来た。
それが、いつからか滅多に来なくなってしまった。
その消え去りそうな思い出をそっと心の中に閉まってから、靜音は遂に本題に入った。
「仁美」
靜音はまっすぐと見つめる。
「――『
「…………まあ」
その名を聞いた仁美は珍しくも口に手の平を当てて驚愕の表情を示した。
『
火澤の裏の組織――『
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