第28話 会長とのデート 中編


 山之蔵さんのくら かなでという人物について知っている情報をまとめよう。


 瑠凛学園高等部2学年生――高等部生徒会現生徒会長。

 俺が高等部に外部入学した今年度から瑠凛高等部生徒会長を勤め、過去には瑠凛中等部でも生徒会長を任されたという。先見の明、頭脳明晰、銀の髪、真っ白な肌と異彩の容姿といった様々に優れた要素を持ち合わせた才女。

 瑠凛学園の全生徒だけでなく教師からも、それ以外でも注目されている存在。


 何よりも彼女の家柄――

 

 『山之蔵グループ』


 総資産・売上額が世界でトップの超大企業。世界中で展開している大型マーケットを経営している会社であり、その他の分野の事業にも手掛けている。 

 山之蔵グループによって支えられていると言っても過言ではない。

 10つの特別な名家『十王名家』の中でも頂点の家が山之蔵であり、その令嬢である山之蔵奏は瑠凛学園でも別格の貴族の生徒だった。


 ――と、ここまでが瑠凛学園の生徒ならば誰でも知っている

 会長の情報――プロフィール。

 

 そして山之蔵家にはが存在する。

 その裏こそが山之蔵家の本質といってもいい。

 世界の数多の大企業を束ねる集合組織――


 秘密結社『ネザーレギオン』


 ある時は大いなる富を生み出し――

 ある時は市場を破壊し――

 ある時は政治をも動かす――


 山之蔵の現当主である会長の父親が総帥となって、その結社を率いていた。

 その影響力はとてつもなく強く、まさしくしている。

 

 十王名家の一つであり裏ではヤクザの組織を持つ火澤 仁美。

 十王名家の一つであり裏ではマフィアの組織を持つレイナ・リンデア。

 山之蔵はこの両家すら支配している恐ろしさもあるのだ。


 世界中に数ある諜報スパイ組織――情報機関が『山之蔵』を危険視していた。

 もちろん諜報員である俺も山之蔵奏……会長には注意している。

 そんな会長と俺は今……――



――



「修司くん。さっきから妙に大人しいけど、何を考えているのかな?」


 休日の賑やかな雑踏の中。俺の隣で歩幅を合わせて歩きながらも、ひょいと前に出て真っ白な綺麗な微笑みの顔を覗かせ、彼女の肩まであるサラサラとした銀髪が俺の目に映る。


「いえ……ただいつも学校でしか会わない会長とこうして外で一緒に出掛けるのか妙に不思議だと思って」

「それは私とデートしていることに男として意識してくれたということ?」

「……どうしてそんな発想に至るんですか」


 駅に隣接している大型ショッピングモール内の通行路で俺は山之蔵奏生徒会長と二人だけで移動していた。昼過ぎの時間だけあってモール内は人が多い。


(人が多いだけだったらともかく……)


 ――さっきから周りの通行人あちこちから視線が向けられている。

 その原因はつい数分前に会長と広場で待ち合わせだった時と同じだと判明していた。


「……ごめんなさいね。私がこんな見た目をしているせいで」


 会長は少し申し訳なさそうな表情で謝った。

 全身の色が抜けるほどの色素が薄い肌に銀髪。それに加えて端整な美人な顔立ちとくれば注目を浴びるのは仕方ない。誰であろうと視界の中に会長が入ってしまえば、そっちに視線は向けてしまう。


 ……ほら、あっちの通路側に居る一組カップルの男は会長に見惚れてしまって彼女が怒って彼氏に注意している。


「気にすることないですよ。それも会長の個性の一つで……魅力ですし」

「ふふっ、中々気の利いた褒め言葉ね。嬉しいことを言ってくれるわ」

「……」


 俺としては普通に会話しているつもりなのに、どうも調子が狂ってしまう。


「でも修司くんは気がついてないのかな? 君の方にだって周りから注目されていることに」

「はい? 俺が?」


 俺の顏に向かってニンマリと笑う会長。

 ……確かに会長だけではなく俺にも周りから視線を向けられている気がする……が、それは俺が目立っている会長の隣にいるせいではないのか?


「私の贔屓目なしでも修司くんはカッコいい」


 いきなり会長が俺のことを褒めだして言葉が詰まってしまった。

 自分の容姿については特段気にしていなかった。

 任務によって変装する時は外見に気をつけているが、普段の自身の外見には我ながら何も思っていないから自意識過剰になることもない。


「まず修司くんは、きちんと身だしなみを整えてオシャレをしている。女性からすればこのポイントは高い。それも髪型はあまりにキメすぎずにまとめている落ち着いている黒髪。肌も健康的だし、服装だって姿勢やスタイルに合わせている。それが意識的でも、それがちゃんと出来ている男性というのはモテるのよ」

「……そうですかね」


 確かに最低限の身だしなみをしてきたとはいえ、ここまでダイレクトに褒められてしまうと反応に困ってしまい、頬を掻いてしまう。


「よく見てるんですね」

「当前」


 なぜそこで鼻を鳴らして得意気になるのか?


「……ただ――欠点があるね」

「欠点?」

「修司くんは自分の魅力に自信を持っていない」


 ビシリと突きたてるように会長は断言した。


「私はで注目されているとはいえ、自分の容姿には自信を持っている。生まれ持った特別で優れた容姿に毎日肌の手入れも欠かさずにしていて、女の魅力はちゃんと磨いてるつもりよ」


 会長は謙遜せずに自信を持っていた。

 ……そういえばリンデア書記もモデルの母親から恵まれた容姿を自覚して自分に自信を持っていたんだったな。


「……そして君が今、他の女性を考えているのも欠点。今は私と出かけているのよ?」


 軽くツンとした態度で人差し指を俺の胸にトンっと突ついてくる。

 何故かよく分からないが、とりあえず謝っておく。

 

「……すいません」

「そういうわけ。修司くんはもっと自分の見た目に自信を持つといい。そうすれば周りの女性達から君に熱い視線を送ってくるようになって、私は誇らしくなる」

「どうして会長が誇ることになるんですか……」

「ふふ」


 俺は呆れながらも歩みが止まることなく会長の歩幅に合わせて流れるまま移動した。


「……ただ修司くんが周りの女性達から注目されたら……それは私が困ってしまうわね」


 俺が会長から意識を離した一瞬の隙に――今彼女が小さく呟いた言葉は耳に届かなかった。



-2-



「ここに来たかったんですか?」

「ええ」


 ショッピングモール内で最初に会長と訪れた施設は……


 ゲームセンター! 

 ゲーセン!


「私は今までこうした娯楽施設に入ったことがなくてね。何でも様々なゲームが置かれていて皆で遊べるのは知っているけれど」


 会長はいつものように澄まして落ち着いている表情だが、言葉の端々から興奮しているのが読み取れる。ゲーセンで遊ぶのをよほど楽しみにしていたのか。


「修司くんはこういった施設は来たことあるかな?」

「……まあ何度かは」

「なら安心ね。私が分からないところは教えてほしい」


 確かにゲーセンには何度か来ていたが……。

 以前、情報機関上司の1人である霧崎さんに、お遊びという名目でゲーセンに付き合わされて、どのゲームでもかなりボコボコにされた苦い記憶しかない。

 なので、実はちゃんとゲーセンで遊ぶということは今が初めてだったりする。


「とりあえず入りましょ」

  

 休日だからかゲーセンの中でも人がごった煮していて喧噪に包まれていた。

 人気ゲームの筐体には遊んでいる客の後ろに長蛇の待ちの列が出来ていて、遊ぶのに時間が掛かりそうだ。けど会長は落ちつきながらも隠しきれないワクワクした目で辺りを見渡すと、


「最初はあれを遊んでみたい」


 ゲーセンの五月蠅い騒音の中でも聞こえる透き通った声を発した会長が指さした筐体には、既に遊んでいた客がちょうど遊び終えて離席していたので空いていた。


 ガンシューティングゲーム。


「意外ですね。会長がこういうの遊びたがるなんて」

「何事も遊んでみるべきだと思ってね。それでどうやって動かすの?」

「普通にお金を入れるんですよ。1人1プレイ100円って書かれてます」

「100円……」


 会長は困ったようにコソっと呟く。


「? どうしたんですか?」

「……実は今、私の手持ちはカードしかなくて」

「……」


 会長が手に持ったのは黒光りする最上級ランクのクレジットカード。

 さすが貴族の中の貴族だ。お約束通りの行動をしてくれる。

 割と予想していた通りの展開だが、こうも見事に世間知らずを遺憾なく発揮していてるのは内心で驚いてしまう。本当にこういったとこで遊んだことはなかったんだろう。前にひよりと……いや、ここで他の女性のことを思い出したら会長にどつかれそうなのでやめとこう。


「……ここは俺が払いますから」

「……ごめんなさい」


 俺の財布から取り出した二人分の100円玉を入れると筐体の画面からブォンと音が鳴ってゲームが始まる。

 外側がプラスチックで出来ていて、本物の銃よりも全然軽いガンコントローラーを俺と会長はそれぞれ一丁ずつと手に持つ。


 最初はチュートリアルで操作方法を画面内で教えてくれる。

 会長は両手で慣れない持ち方をして銃コンを構えながらも、画面の中で出て来たゾンビに照準を合わせて引き金を引くと――


 画面内に弾丸は発射されて会長の持つ銃と直線状に合ったゾンビは撃たれて倒れた。


「なるほどね……これは中々楽しい!」


 会長は興奮気味になって次々と現れるゾンビ――敵にバンバンと撃ち込んだ。

 そんな会長の隣で俺も銃コンを手にする。うん、やはり軽い。


 両手でしっかりと持って構えると、迫りくるゾンビを的確に狙って引き金を引く。雑魚の人型のゾンビはヘッドショットで仕留める。ゾンビが出るタイミングは画面から発される音で察知すれば事前に狙いが付けられる。

 

 ――霧崎さんと一緒にプレイした時を思い出した。


『修司。こういうゲームのガンゲーってのはなぁ、で敵の位置を把握しろ。何ぃ? ゲーセンの周りが五月蠅くて聞き取れない? んなもん何とかしろ。ゲームだろうとゲームオーバーになったら今日のテメェの昼飯は抜きだ』


 またも苦い記憶に苦笑して俺は次々と現れて向かってくる敵を撃っていく。


「修司くん上手い……――まるで本物の銃を扱っているみたいだね」

「――ッ!?」

「あ、外した」


 手元が狂った俺はゾンビの攻撃を食らって画面のライフが減る。


「……そりゃあ外れるときだってあります」


 ――実は俺は機関から通して政府から実銃の所持を認められている。

 スパイとは何時だって敵と交戦するケースがあるので、特に海外では任務によっては銃による戦闘は避けられない場合がある。その為、実銃の免許ライセンスは持っていた。


(でも、そんなこと言えないよなぁ……)



――――



「中々面白かった! 次はアレを遊んでみよう!」


 会長の興奮は更に増していき、別の筐体の元へと移動する。

 まだまだ遊び足りない会長が選んだのは、


 ドライブレースゲーム。


「へぇ……。よく出来ているのね」


 隣でシート椅子に座り込んだ会長はハンドル等の作り込みに感心していた。


「来年は免許を取ってみようと思っててね。こういうので練習してみたかったの」


 そんなことを言いながらプレイした会長は初めての操作にしては中々良い運転操作だった。俺も遊ぶ為に目の前のハンドルを握る。


(これも霧崎さんと一緒に遊んだっけなぁ……)


 『いいか修司。車のゲームってはなぁ進化して今では現実に近い挙動を再現してるんだ。ゲームとはいえ一度でも事故ってみろ、夕飯も抜きにしてやるからな』


 そう言いながら俺の車に寄せてきて事故を誘発してきた霧崎さんには思いやられる。


「……今はそんなこと気にせずにゆっくり遊べるしな」


 苦笑しつつ俺もプレイする。選んだ車はMT。マニュアル車だ。

 レースが始まって俺はアクセルを踏む。曲がり角のコーナーでカーブする直前に手元のシフトレバーでギアを切り替えて速度を落して――コーナーを抜けたら再びシフトレバーを切り替えてグングンと車のスピードを加速させて次々と車を追い抜かした。


「このゲームも上手いね修司くん――まるで本物の車を運転した経験があるみたい」

「――!?」

「あ、回ってる」


 うっかりハンドルを滑らすと画面の中の車もグルングルンとスピンして壁にぶつかってしまった。


「そ……そんなわけ……俺まだ車に乗れる年齢じゃないし」

「ふふ、それもそうね」


 ――実は車の免許を持ってる。

 任務では何かと移動をするので足が必要だ。機関を通して政府から特別な国際運転免許証を発行して貰っているので自動車だけでなく大型二輪バイクも運転出来る。


(これも言えるわけないよなぁ……)


 こうして会長と一緒にゲーセンを回って遊んでと時間は経っていた。


「最後に何か遊んでおきたい。そうね……」


 会長はくるりとゲーセン内を見渡すと、


「アレだ!」


 指さした先にあったのは――



――



「とても楽しかった!」


 遊び終わってゲームセンターから出れば会長は大満足といった表情だ。


「さっきの会長、とても上手かったですよ」

「そう言ってくれると嬉しいね」


 会長が最後に遊んだゲーム筐体はリズムゲーム。音ゲーだ。

 画面に映し出されるピアノのような操作盤で奥から流れてくる様々な記号のノーツに合わせて画面タッチして遊ぶゲーム。

 

 会長はこのゲームを遊んでいただけなのに周りにはいつの間にか大勢のギャラリーが集った。それはそうだ。この見た目の会長に加え、ゲームは最高難易度の曲を選択して見事にパーフェクトクリアした瞬間には周りから大合切の拍手が巻き起こった。……傍にいた俺は中々恥ずかしかったが。


「会長は音楽……ピアノが上手だったのを思い出しました」

「最近は学校や家のことがあって、あまり弾く機会がなかったんだけどね」


 会長は過去に有名なピアノコンクールで数々受賞をしている。

 音楽の才能も持っていたので、ああいったゲームが得意になるのも納得だ。


「ふふっ、確か修司くんとは入学式の日に私がピアノが弾いてる最中に出会ったロマンチックな思い出があるからね。それを思い出してくれたかな?」

「ロマンチックかはともかく……まあ思い出しましたけど」


 入学式の時に会長と出会った出来事。

 あの日からもう二か月経っていた。


「結構ゲーセンで遊びましたし、次はどこへ?」

「次はそうね……こうしてショッピングモールに来たんだから買い物をしよう」


 ゲーセンで遊んだ興奮が忘れられないままなのか会長は元気よくと歩き進む。

 俺を連れてきた場所――店は――



 ――女性向け下着店



「入るわけないでしょ!?」


 大声で会長にツッコむ。

 目前の店頭のディスプレイには女性型のマネキンが派手な色のブラとショーツを身に着けていた。どう考えても男が入るような場所じゃない!


「ムッ。それはつまり私の胸は全然成長してないから買う必要はないと言ってるの?」

「そういうことじゃなくて! あと自分の胸に手を当てないでください!」


 会長はムカっとしながら自分の……あまりふくよかとは言い難い両胸を服越しからでも手を当てていたので、俺は慌ててやめさせる。


「そもそも買うにしても、どうして俺と一緒に……?」

「修司くんに選んで貰った下着で学園に登校してみたい」

「すごく正直ですけど全く意味がわからない!?」


 聞いた俺が馬鹿だった!


「会長……俺に嫌がらせでもしたいんですか?」

「フフフッ、すまない修司くん」


 片目を閉じてイタズラ気味に笑う会長。

 そんな姿にふとドキっとしてしまうのは何だか悔しい気分だ。


「どうやら私達にはまだ、こういったことは早かったようね……」

「だから、そういう問題じゃないですって!」


 何とか会長の下着を一緒に買う事態は避けて、今度こそちゃんと普通の買い物として雑貨屋に入った。店内ではオシャレなボサノバのBGMが流れる中で会長と一緒に商品を物色する。


「中々珍しい物が置かれてるね」

「会長はこういったのは、まとめて買ったりしないんですか?」

「そんなことはしない。ちゃんと欲しい物は見極めて買っているから」

「へぇ……あれもこれも欲しいって言わないんですね」

「……私を何だと思っているの?」

「超お金持ちのお嬢様だと」

「修司くん、もしかしてさっきのこと、まだ怒ってる?」

「……まあ、仕返しだと思ってください」


 拗ねながら言った俺に対して会長はクスッと笑う。

 まったく……。

 さっきは本当に恥ずかしい思いをしていたのを知らないのか、この人は。


「私だって何でも手に入れることなんかできない。……それに中々手に入らなくてね。しかもレイナや仁美も欲しがっていて、今は随分と苦労しているの」


 会長でも手に入らないのがあるとは意外だった。

 それも書紀も副会長も欲しがっていて手に入っていない?

 全く予想も想像もつかないので、それが一体何なのか気になるので訊いてみた。


「何ですか?」

「それは……――」


 会長はジーっと俺を見つめ――またクスッと笑った。


「内緒」


 人差し指を立てて唇に当てて微笑んだ。



―3―



 雑貨店や他の店を回ったりしていれば、すっかり時間は経っていた。

 まだまだ回っていない店や施設があるとはいえ、会長が入りたかったとこは回れたはずだ。


「結構あちこちと回りましたね」

「そうだね……そろそろ――」


「今よろしいですか?」


 会長の言葉の続きを遮ったのは他人。

 振り向けばビジネルスーツを着て眼鏡を掛けている男だった。

 俺はさっと会長の前に出る。


「……誰ですか?」

「あっ失礼しました。私はこういうものでして」


 男からは名刺を渡されたので受け取る。

 記されていたのは芸能プロダクションの事務所で、その名前を俺は知っていた。

 あまり大きくはないが近年、若手のモデルを女優を売り出している。

 確かリンデア書記がモデルとして載っていた雑誌には、この事務所に所属している子がいたと記憶から引っ張り出した。

 この名刺を横から覗き込んだ会長が察して、男に返事した。


「なるほど……つまり私をスカウトするつもりで?」

「はい。とてもお似合いの二人だったので、ぜひともと思い!」


 お世辞にもならない薄っぺらい言葉だった。

 そんな男に対して会長は露骨に表情には出ていなかったが、憮然と素っ気なかった。


「よろしければ、この近くに事務所があるので、そこでゆっくりお話ししませんか?」


 男の口調は丁寧だが、言葉の端々に滲み出ているのは紛れもないだ。


 この女は金になる、と


 俺のことよりも、こいつは会長を利用する気でいる魂胆なのが感じた。

 会長はこんな話に乗らないと俺も分かっているので、


「会長はそういうのに興味ないんで、お引き取りください」

「ええ。彼の言う通り申し訳ないけど」


 俺に続いて会長もしっかりと断わった。


「いえいえ! 事務所で少しお話だけでも――! そんな時間は掛かりませんので!」


 男は諦めまいと俺達の行く先を阻んだ。


(分かりやすい嘘だなぁ……)


 事務所に連れ込んだ後は逃がす気はないまま、強引に契約まで持ち込む気だろう。

 このまま無視して立ち去ろうとする俺に――男は腕を掴んで、会長の方へと顔を向ける。


「――待ってください! 貴方は逸材で売れるはずなんです!」


 男は引き下がる気がなく、口調も段々と必死になって荒くなっている。

 こいつ普通に失礼な奴だな。

 それに、さっきから思っていたがスカウトに全然慣れていない。

 おそらくさっきまで色んな女性に声を掛けるも、スカウトが上手くいかない中で会長を発見して、何としてでもこの上玉を捕まえたい意気込みだ。

 

 男は俺に顔を向けた。


「それに君は凄いですね! こんな外見の子とこうして一緒にお出かけしているし、やはり周りから色々と言われるでしょ? それで困ったりしません?」

「……――!」


 今の男の言葉で会長の整っていた眉がピクっと動いた。

 艶のある唇も強くぎりっと噛みしめていた。

 今のは明らかに失言だった。 

 これには会長がかなり不機嫌になっていて……。


「……あなたが私の容姿について触れることについては何も言いません。

 でも――彼を巻き込むのはやめてください」


 会長の目が細める。

 鳴りを潜めていた言葉遣いも強くなってきた。


「あ、ああ。それは大変失礼しました。……と、とりあえず話だけでも」

「――あなたは!」


 まだ引き下がらない、しつこい男に会長は今度こそと苛立ちが目立って語気も荒立った。

 

 ――まずい。

 これ以上、会長を怒らせては――

 仕方ない……強引になってしまうが。


(絡んできたお前が悪いんだからな――)


 俺は男の腕を掴み返した。


「な……なにを!?」

「先に人の腕を掴んでおいて、よくそんなことが言えるな」

「……修司くん?」


 俺の行動に目をパチクリとして反応する会長を他所にして、俺は行動を続けた。

 掴んだ手にメリメリと力を入れていくと相手の腕から小さな悲鳴が聞こえて、男の顔も徐々に顔を歪んでいく。


「ハッキリ言っておく」


 会長に見られないようににと、俺は男だけに睨みつけた。


「――これ以上俺達の邪魔をするな……!」


 この男だけに対する視線と言葉に『敵意』を注ぎ込んで投げつけた。

 それをぶつけられた男はヒッと呻きを漏らす。


「は……はぃ……」


 そのまま男はワナワナとフロアの床に膝ついた。

 さて、これで大人しくなってもらったし、これで……――


 周囲がガヤガヤと五月蠅くなってきた。


 しまった……! 

 今の騒ぎで通行人が野次馬となっている。


「会長! 行きましょ!」

「しゅ、修司くん……!?」


 俺は咄嗟に会長の手を繋いで、この場から立ち去った。



―4―



 俺と会長はモール内で人気の少ない場所に移動した。

 

「すみません。騒がせてしまって」

「……いいのよ。修司くんには驚かされるわね。あんな大胆なことするなんて」

「単にあの男が、むかついただけです」

「……ありがとう」


 そう会長に言われた瞬間、右手にギュっと柔らかい感覚に包まれているのがハッキリと伝わる……そういえば会長と手を繋いだままだった!?


「すみません!」


 慌てて会長から手を離して次は大声で謝った。


「残念。まだ繋いでても良かったのに」


 一瞬前の大人しさは何だったのか、会長は俺をからかう。


「さっきの修司くん。とても男らしかったよ」

「……そりゃ男ですから」


 俺は照れを隠すように会長から顔を逸らした。

 そんな俺の態度に会長は微笑んで――

 そして悲しそうな表情へと変わった。


「私はね、自分のこの容姿で他人からどうこう言われても気にしていない。慣れているからね。でも――私のせいで修司くんに迷惑は掛けたくなかった。それなのに……あの男は平然と君を巻き込もうとした……! 私にはそれがどうしても許せなかった……――!」


 会長の瞳には悲しみだけはなく怒りも秘めていた。

 あの時の会長は俺の為に動こうとしてくれたのは分かっている。


「……やっぱり、こうして私と一緒に出掛けるのは迷惑だった?」


 今度は上目遣いで寂しそうな目をする。

 そんな会長を見ていられなかった俺は……。


「……本当に迷惑だったら昨日の電話の時に断ってましたよ。……それに会長に振り回されるなんていつものことで、それを気にするなんて今更だし」


 これが慰めになっているかのか分からないが、今精一杯に思いついたことを言葉にする。


「……ふふ、さすが修司くん。カッコよくて素敵な人ね」


 またもダイレクトに俺を褒める会長は――いつも通りの美しい微笑みを俺に向けてくれた。このままだと会長と話すのが、ぎこちなくなるので話題を変える。


「……結構歩きましたし、どこかで食事して休憩しませんか?」

「そうだね……。夕食にしては早いし、食べるとしてもにしておきたい」


 この場から移動して会長に連れてこられたのは……

 いかにも高そうというよりも普通に高級レストラン!

 看板には最高峰の評価であろう三ツ星の称号が飾られている。


「会長……軽く食べるんじゃ?」

「ここは軽い食事のメニューもあるから」

「はぁ……」


 店に入って俺が呆気に取られていると、このレストランの制服を着た従業員の男性。ウェイターが迎えてくれた。


「いらっしゃいま……――あ、あなたは!? 少々お待ちください!」


 店員は会長を見るないなや驚愕の反応でレストランの奥へ引っ込んだ。

 そしてすぐに店奥の廊下から、このレストランのオーナーと思われる渋い男性が現れて俺達に深くお辞儀をする、

 

「山之蔵のお嬢様ですね。いつもお世話になっております。奥で特等席を用意しておりますので、お二人とも、どうぞこちらへ」

「お世話に? 会長ここって……」


 疑問に思っていると会長は答えてくれた。


「言ってなかった? ――このレストラン含めて駅前モール全部、私の家の傘下ね。修司くん。ゲームセンターやさっきのお礼に、私がここでご馳走させてあげる」

「…………ああ、そうですか」


 もう驚くのも疲れてきた……。

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