第29話 会長とのデート 後編


 会長に連れてもらったレストランは高級さながらも軽い食事だけで済まして、その後はショッピングモールの施設から外に出れば、すっかり夕日の光が目蓋に差して夕方になっていた。午後だけとはいえ大分歩き回っていた。このまま会長とは解散になるかと思ったが――


「まだ時間はある? せっかくここに来たんだから、あの場所へ寄ってみたい。しかも今の時期は丁度いいしね」


 会長が示した場所。

 この付近といえばに俺は気づいたので大丈夫ですと誘いに乗った。

  

一緒に駅前から移動する。



――――



 大型都市公園。

 駅から10分ほど徒歩で歩いたすぐ近くの場所にあるのは、この広大な自然公園。

 敷地の至る所にさまざまな木や草花が植えられ、豊かな自然環境を楽しめるスポットとして広め知られている。駅から近いので買い物した後には、ここに寄る人が休日となれば大勢いる。……主に家族連れやデートしているカップルばかりだが。


「思った通り見事に咲いているね」

「はい。しかも本当に丁度いい時期ですし」


 この時期に咲くのは花菖蒲ハナショウブ。梅雨の時期に咲く代表的な青紫の花。

 6月の今、開花期となっているこの花は公園一帯で田園となり足元から向こう先まで紫色に広がっていて圧巻された。


「私はこの景色が好きよ」


 目の前に咲き誇っている花菖蒲田を見つめる会長。

 夕日が照らすオレンジ色の景色の中で佇む会長は絵になっていた。

 白銀の外見だけではない。この周囲と一体化した雰囲気が醸し出されている。

 花菖蒲に囲まれている会長の姿は優雅と表現するのに相応しかった。


 しかし、会長はどこか物憂げな表情になっているのが読み取れてしまう。


「会長、やっぱり何かあったんですか? ……俺でよければ話を聞きますけど」


 俺が伺った途端に会長は横に振り向くと、心底意外そうな目になる。


「……まさか修司くんがこういう場で女性の悩みを聞くなんてね。今のは中々男としてポイントが高いよ?」

「俺は真面目に聞いてるんですけど」


 冗談で済まされるほど軽薄に聞いたわけではない。

 俺の真剣な問いに会長は分かってくれたようで今度は真面目に口を開いてくれた。


「……ごめんなさい。実は家のことを考えていたの」


 会長の家。つまり山之蔵グループについてのこと。

 名家のトップに君臨している家の子ならば親族や周りから期待されてプレッシャーになるだろう。

 しかし会長はそんなことを問題にしない人だ。

 いつだって才能を惜しげもなく発揮して自信に満ち溢れているから。

 何か、もっと奥深い原因があるんだと。


「家が窮屈じゃないと言えば嘘になってしまう。でも私は『山之蔵家』の子として生まれた以上、家のを果たすのが当然。そこに間違いだなんて思っていない」


 頑固とした信念で語る会長の表情には、その通り迷いの表情がなかった。

 『山之蔵』の人間として生きていることに疑問すら抱いていない。


「……ただ私の将来を考えてみたら、今のままだとこの先どうなってしまうかという未知の未来について時折、気になってしまう」

「何でも先が分かってそうな会長でも、先の未来のことが分からないんですね」

「分かるのは少し先のことだけよ。数年も先のことなんて分かってしまうほど私は神様じゃない」


 少し先だったら分かるのかよ……。

 それでも十分、神みたいだと思ってしまうが。


「じゃあ会長は将来やってみたいことを考えたりして、それを実現すればいいじゃないですか?」

「私がやりたいこと……そうだね」


 会長は一瞬だけ考える素振りを見せ、次に口を開く。



「――世界征服をしてみるとか?」



「――っ!」

「ふふっ、冗談よ。真に受けないで」


 今のはさすがに全然冗談に聞こえなかったぞ……。

 本気で言ったわけではないよな?


「……でも会長の家だったら、世界征服なんか出来るんじゃないですか? なにせですし」

「そうね……山之蔵グループなら出来てしまっても可笑しくないもの」


 その口振りから察することは出来たが、これ以上言及するのはやめにしとこう。

 『山之蔵家』の裏については分かっていた。

 同時に将来、会長が山之家グループを継ぐなら秘密結社の首領の座に就くことも。


「そういう修司くんの将来は決まっている?」

「俺ですか? 俺は……」


 会長に問い返されて今までの自分の人生を思い返してみた。

 俺はこれまで機関の諜報員としての生き方しか知らない。

 ずっとスパイとして育てられて、数々の任務をこなしていった記憶しかない。

 学園の学生生活も只の任務の一環でしかない。

 この任務が終われば、俺は学園を去って別の任務に就いて仕事をするだけだ。

 その繰り返しの中でしか過ごせないし、生きていけない。

 それが俺の進む道だ。

 これからもそうなる運命は決まりきっていた。


「……俺も普通にを継ぐだけだと思ってます」


 会長含めて学園の皆には俺の家は大手IT企業に務む会社員の子息でしかないと思われている。

 だから嘘はついていない。

 ……いや、普通に嘘でしかないか。

 こんな嘘を平然とつけるのが俺達、だ。


「そう……。なら私と一緒だね」


 会長は微笑む。

 俺達は決して交わることがない道ということは気づいているんだろうか?


 会長との会話は途切れ、その先は互いにただ静かに景色を見ていた。

 夕日が段々と沈んで、周囲が徐々に暗闇に染まっていく。


 会長は前に数歩と進んでから、振り返って俺を見た。


「それで修司くん。今回の私のデートはどうだったかな?」


 無邪気に感想を求めて期待している会長に、俺は――今日ここまで会長と過ごした時間を振り返る。

 

 最悪な待ち合わせの出会いだった。

 ゲームセンターで楽しそうにはしゃいでいる珍しい会長が見れた。

 俺を女性の下着店に連れ込もうとする、いつもの意地悪な会長なままだった。

 スカウトに絡まれた時は自分よりも俺のことを優先して心配してくれた。

 普段学園だけでは見ることのない様々な会長が見れた出来事だったはずだ。

 ほんの数時間でしかなかったのに――

 

「……デートかは知りませんが、悪くはありませんでした」


 こう、ぶっきらぼうに答えることしか出来なかった。


「ふふっ素直ではないな。でも、そういうところが修司くんらしい」

「……そういう会長こそ、どうだったんですか?」

「何を言っているの?」


 まるで俺に分かっていて欲しかったかのように心外な態度で、


「この上なく楽しかったに決まっているじゃない」


 いつもは会長のことが、よく分からない俺でも今はよく分かった気がする。

 今、彼女が言った感想は嘘偽りない気持ちなんだと。

 

 会長も普通の人だ。

 普通に休日に買い物して楽しんでいる。

 普通に楽しく遊んでいる。

 普通にこうして会話をしている。


 こんな人が裏では秘密結社の家の娘だとは到底思えない。

 いや……思いたくなかった。


 それでも俺は――!


「――でも修司くんはまだまだ私との距離を縮めてくれないのも、今日よく分かった」

「……そんなことは」

「私を……ううん――私達生徒会の何を警戒しているの?」

「――ッ!」


 会長の目が細める。

 真っ直ぐに俺を捉えた、そのサファイアに輝く瞳に、俺は動けなかった。

 春川先輩の強烈な睨みの視線とは違う、その目つきに俺は――


「いてっ!」

「……また君は別の女性のことを考えている」


 会長の一指し指が俺の、おでこにトンと軽く突っついた。

 膨れっつらな顔をした後は、打って変わって舌をちょっぴりと出して悪戯な表情をする。


「ふふ、ごめんなさい。修司くんも生徒会の一員のはずなのに変なことを聞いてしまったね。……まだまだ学園での時間はあるし、これから私の努力で君とは親交を深めておきたい」


 笑いながら語るが、お茶を濁されたような感じだ。


「いえ……まだまだ会長達とは距離があると思われてるのは、すみません。でも俺も生徒会の一員として会長達とは……」

「……修司くん?」


 だからここで俺は隠しておいた買い物袋から用意していたを取り出した。

 ミニノートサイズにラッピングされていて中身が分からない小物。


「これ、会長にプレゼントです。受け取ってください」

「……開けていいかな?」


 どうぞ、と答えれば受け取った会長はその場で綺麗にラッピングをほどく。

 出て来たのはコンパクトなピアノ卓上に置ける譜面台だ。

 小さな音符が散らばっていてデザイン性がある。

 折りたためるので持ち運びもしやすい。


「いつの間に……」

「こっそり買っといたんですよ」


 デパートの店内の商品を物色している最中の会長から何とか目を盗んで、コレを手に取って会計を済ませといた。あれぐらい造作もない。……とはいっても相手は妙に鋭い会長だ。バレないかとヒヤヒヤしてしまったが。


「最近の会長あんまりピアノ弾くことはなかったと聞いて、それ良さそうかなって思ってたので……ついでに読書用にも使えますし」

「そういうことを考えてプレゼントするなんて……本当に君はカッコいいことをしてくれるね」

「……」

「ありがとう……大事にしとくよ」


 ギュっと大事そうに折りたたまれた小さい譜面台を抱きしめながら、そう言ってくれた。そんな会長の仕草には妙に照れてしまう。


「しかし参ったね……これでは計画が大幅に狂わされたよ」

「え?」


 今、会長が言ったその言葉には聞き逃せなかった。

 そんな俺に、お構いなしにと更に会長は続ける。

 

「――修司くん。最後に寄っておきたい所がある」

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