第30話 暗闇のステージ


「最後に寄りたいところがある」


 その会長の言葉によって俺達二人は公園を後にした。

 時間はすっかり夜になっていたので公園の入り口に戻れば立派なシルバーの光沢が目立つロールスロイスの車が停まっていた。会長の自家用車で、俺も乗るように促されたので乗り込んで夜道に発進した。


 夜中の都会。道路上での車内では高級車ならではのフカフカのシートに座りながらも俺と会長は、さっきまでの会話が嘘だったかのように、お互い無言でいた。

 気づかれないようにと横を見やれば隣に座っている会長は窓の外へ視線を向けている。揃えられた公園近くの並木道から都会のビル群へと移ろう夜の景色をただ見つめたままで。

 

 しかし、さっき俺が渡したプレゼントの小さな譜面台は会長の手でしっかり握られている……ように見えた。しばらくすれば車内の揺れが止まって停車する。


「お嬢様、風時様。到着致しました」


 前の運転席から声が掛かる。この車を運転していたのは白髪が目立つ60代の男性。長年と会長の家、山之蔵家に仕える専属の運転手であり、日頃学校等での会長の送り迎えは、この人がずっと務めていたそうだ。本人はもう高齢なので、そろそろ運転手は辞めて老後は会長の屋敷の庭で菜園の世話していたい、とさっきまで俺に語り掛けていた。俺も会話していたが、その間も会長はずっと黙っていたままだった。


 車から降りた俺が目の前を見れば――


 文化ホール。

 この街では大型のコンサートホールとして知られている施設で、有名な交響楽団がよく公演しているそうだ。音楽以外にも演劇も公開されている。

 休日夜の今は公演中なのかロビーには人気が少ない。耳を立てれば向かいホール部屋からオーケストラの音色が流れてくる。


「修司くん。こっちへ」


 公園の時から黙っていたままの会長は口を開いて移動する。

 それに従って俺は会長の後ろからついていった。 

 長い廊下を歩いて辿り着いたのは突き当りのドア。

 横のプレートには多目的ルームと示されていた。


「ここは?」

「……とりあえず入ってみて」

「……」


 会長に促されるままに俺はドアノブを握る。


――ここで俺は違和感を抱いた。

 

 この先に入れば何かが起こると直感があった。

 それでも俺は迷いなく部屋の中へと踏み込んでしまった。


「……?」

 

 部屋の中は真っ暗。何も見えない。

 後ろのドアから漏れる光を利用としても、すぐにドアは閉められてしまい、今度こそ完全に暗闇の空間になってしまった。


(いる……俺と会長以外に――隠れている気配が何人も……すぐ近くに二人?)


 この部屋の広さはおそらく60畳ぐらいはある。隣に繋がっている部屋があって、そこに数人が潜んでいると――今居る空間から感じ取って把握する。

 これまでスパイとして様々な任務をしていたことで自然とこうした察知能力が身についてしまう。

 

 俺は警戒して立ち止まった。

 コトコトと鳴り響くのは会長が俺より前へと歩いた足音。


「実は今日こうして修司くんを誘ったのには理由があった」


 足音が鳴り止むと会長が告げる。


「……ずっと君に隠していて悪かったと思っている」

「隠しているって……なにを?」

「……」


 会長は答えてくれない。

 お互い正面と向き合う。間合いは3メートルといったとこだ。

 暗闇の中でも会長の白銀の姿は鮮明のように目立っている。


 そして――会長の口元が不敵に笑っているのをハッキリと見えた。


「今日は私に付き合ってくれて楽しかったよ……でも本来の目的を今ここで果たさないとね」


 会長は懐から取り出した。暗いせいでソレが何なのかは見えないが……

 両手でしっかりと握られて、俺を狙って突き向けているのは分かる……!

 そして会長の後ろの方からも複数と暗闇に潜んでいるのが同じように俺を狙っていたのも――


(――ッ!)


 完全に油断していた。

 今は禄に装備なんかしていなくて、ほとんど丸腰だ。

 しかもただでさえ、この真っ暗な視界の中で仕掛けられるのは分が悪すぎる。


「だから修司くん……いえ。風時修司くん。君を――」


 会長の手元は狂いなく、しっかりと俺に狙い定めて――

 


 パァン!



 大きく弾ける音が連続で鳴り響いた。



――――



「……は?」


 部屋の照明が点灯して一瞬だけ眩しい光が目蓋に差す。

 体には何ともない。

 けどが仄かに漂っているのは確かだが……。

 しかも俺の上空から紙吹雪が舞い降りてくる。これは?


「――歓迎しよう」


 微笑みながら、そう言った会長の手に持っていたのは……。


(クラッカー!?)


 パーティーグッズで使われる派手な音を鳴らす物だ。

 火薬の臭いの正体は、あのクラッカーから発されていた。

 

 しかも――


「もーシュージ。そんなにオドロいちゃって、こっちがビックリしちゃうじゃない」

「少し驚かせ過ぎちゃったかしら?」


 会長の左右に居る人は、同じく使い終えたクラッカーを手に持っていて、

 見知っている女性二人が現れていた。


「書記に副会長! どうして!?」

「お待ちしていましたわ。修司さん」

「遅かったんじゃない?」


 黒髪をなびかせて清楚に落ち着いたワンピースを着る火澤仁美。

 金髪のポニーテールを揺らしてオーバーサイズなスウェットを着こなすレイナ・リンデア。

 どちらもいつも見る制服姿ではない私服だった。


「会長! これは一体!?」


 会長の方へ向くと、明るい部屋の中で今度はハッキリと、この部屋周りの視界を確認出来た。

 頭上にはデカデカとした垂れ幕があって、書かれていたのは――


     『風時修司 生徒会 歓迎会』


「……はい? 俺?って歓迎会!?」

「ええ。修司くんが生徒会の一員になってから、こうした催しをしていなかったからね」

「ソーヨ。シュージの歓迎会をまだやってなかったからね」

「なので私達で開いてみましたの」


 俺の疑問に次々と和気あいあいに返してくれた生徒会の先輩3人。


「……もしかして会長が最近、生徒会室に来なかったのって」

「この場所を押さえたり色々と準備したりとね」


 ここ最近会長が生徒会へ来れなかったのは、全部この為だったのか……?

 部屋には使用人らしき人達が次々と美味しそうな料理の皿が運ばれて目の前のテーブルに並ばれていく。


「軽い食事にしときたかったのもこの為。せっかく修司くんの為に用意した料理をあまり食べられないのは勿体ないでしょ?」

「奏。修司さんと一緒にデートしていたなんてズルイです」

「ソーヨ! そんなこと聞いてないわよ。ワタシ達を待たせている間にそんなことしていたなんて!」


 副会長と書記は怒り気味に会長に詰め寄る。


「ふふっ、最近私がまともに修司くんと全然会えていなかった間に君たち二人は彼を独占していたでしょ? それぐらいの権利は貰っても不公平ではないと思うけど」

「それは……」

「で……でも!」


 会長はイタズラな表情で笑い。


「それに仁美は修司くんを抱いたと聞いたよ。どうだった?」

「ええ……奏の言う通り中々至福でしたよ。あれが女の幸せなんですね」

「ちょっと!? 二人とも何言ってるんですか!?」


 俺が止めようしても話は続いて。


「レイナは抱かなかったの?」

「うふふ。この子とっても恥ずかしがってね」

「な、なに言ってるのよ! ワ、ワタシだってシュージを抱くぐらい出来るわよ!」

「だから変な話やめてください!?」


 相変わらずの生徒会の光景に疲れつつも俺は心の中で、どこかホッとしていた。

 とんだ思い過ごしだったか。

 俺の内情に気づいたのか会長は俺へと向いて。

 

「……どうやら、しばらく君を不安にさせてしまったようね」

「いえ……俺が飛んだ思い違いをしていただけですから」


 今度は3人が俺を歓迎するように目の前に立って。


「修司さん。以前にも言いましたけど気兼ねなく私達に接してくださいね?」

「シュージ。ちゃんとワタシ達を頼りなさい。……だって仲間でしょ?」

「修司くん。私達生徒会は仲間よ。だから――生徒会の一員である君も私達と仲を深めて欲しい」


 三人から、とてもあたたかい眼差しが俺へと送られる。

 それに対して俺は――

   

「……ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 ゆっくりと頭を下げて感謝するしかなかった。

 これが今3人に対して返せる精一杯。


「では、歓迎会を始めましょう」


 俺の返事に大満足した笑顔の会長は部屋の片隅に設置されていたピアノの方へと座る。

 俺が会長にプレゼントした譜面台が盤上へと置かれた。


「修司くん――ぜひ聴いて欲しい」


 鍵盤に添えられた会長の綺麗な指によって旋律が奏でられた。

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