第4話 課外活動


「シュー君。はい、あーん」

「……ひより、それはなんだ?」


 足に着く床も含めた周りの空間が静かに揺れる中で、俺の左隣に座っているクラスメイトの女子はニコニコと美味しそうなチョコがコーティングされている細いスティック1本を指で摘まんで俺に差し向けている。


「食べないのー? これ美味しぃよ、ポッキィ。トッポォもあるよ?」

「沢山持ってきたお菓子が美味しいのは知っているが、そうじゃなくて……」

「? じゃあ問題ないじゃん。はい、あーん」

「だから……」


 元気ハツラツをモットーにした女子。大手玩具メーカーのご令嬢の冬里ふゆさとひよりは疑問の余地も無しに緩み切った表情で再び手にしている菓子を、抵抗の意志を示しているはずの俺の口元に真っ直ぐと寄せていく。


「イチャつくんなら俺がいないとこでやれ」


 いつでもクールと知的さを崩さない男子。

 俺の右隣では同じクラスであり大手ホテル経営をしている名家の子息の夏原雅人なつはらまさとが本を読みながらも鬱陶しそうにぼやいた。

 

 ひよりは俺に向けた菓子を自分の口で咥えながらモゴモゴと話す。

 とても貴族の娘とは思えない態度だ。


「えー。マサ君も食べたかったりするのー? 仕方ないなー」


 ひよりと雅人の間に座っている俺の目の前に、ひよりの腕が横に伸びて菓子が入ってる小さな箱を雅人に差し出す。

 雅人は本から視線を外さなかったが、心底うざそうな目つきになり。


「いらん」


 と、ハッキリと拒絶。


「あ、そっか。これだけだと喉が乾くもんねー。すいませーん。オレンジジュースくださーい」

「……なあ、修司。俺だけ他の席に移動してもいいか?」

「……頼む。俺を残さないでくれよ」


 ――と、ここまでのやり取りの内容で今、俺達――瑠凛学園高等部1学年Aクラスはいつもの学園の校舎に居るわけではないのは気づくだろう。


 本日は課外活動。


 今現在俺達1-Aクラスの生徒はシャトルバスに乗っている最中。

 ……このバスも一般的な普通のバスとは思えない内装で、椅子は勿論のこと各自おやつという名のサンドイッチにクッキーどころかケーキ等が用意されていて、先ほど、ひよりが飲み物を頼んだのも傍で待機しているメイドみたいな恰好した使用人の女性が料理や飲料が保存されているワゴンを押している。

 

 とても課外活動に向かうとは思えない雰囲気と歓談で溢れていた。

 そんな中で俺達3人は一番後ろの座席の位置でこうして会話している。


「やっぱしー、こういう展開の時にバスの中に持ち込むのはコンビニ・スーパーで買える市販のおやつってのが醍醐味でしょー」

「なんの醍醐味なんだよ……」


 漫画やアニメに影響されやすい女子は本日も絶好調なノリだ。


「学校だといっつも退屈な授業だったしー。こうして皆で外に出かけんの楽しいに決まってんじゃん!」

「冬里はこういう時ぐらいは真面目になったらどうだ?」


 相変わらず呆れ気味に返す雅人。


「もーマサ君こそ、こーいう時ぐらいは不真面目になってもいいんじゃなーい?」


 相変わらず落ち着きを知らずにはしゃぐひより。


「えぇっと……今日回るルートを確認しとこうか」


 俺は二人を宥めながら慌てて、バスに乗る前という直前に渡された小冊子程度のしおりを手にして開く。


「あ、私も今日行く所って気になる―。どれどれー?」


 ひよりがピタっと俺の肩にくっつきながら横から前のめりという俺の目の前で可愛らしい顔を下げて、軽く化粧品の香りが鼻の中に入り込む。

 ……やっぱり、ひよりはから俺とは距離を遠ざけるどころか一段と近づいている気がする。

 結局ひよりは俺に何も聞かないでくれたままで助かってはいるんだが。彼女のこういった大胆の行動には心臓に悪いことがある。

 ひよりはそんな俺の心情を全く察しもせずにお構いなしで、しおりに書かれている今日一日の予定表をハツラツとした声で読み上げた。


「最初はキャッスルサンド物館でー、それからお昼を取ってー、そん次はシーロード美術館。そんで最後はホテルで皆でお泊まり!」


 今日一日目は美術的な活動といったところか。

 ん? けど、これらの施設の名前に聞き覚えがある気が……。

 記憶の中の情報を漁ると、この瑠凛学園に潜入する際に同級生を調査した際のデータが結びつかれた。


「これって……――」

「あ、そこ僕の家が経営してる博物館だよ」


 右前の席からひょっこり顔を出したのは同じクラスの男子の城浜しろはまくん。

 彼は父親が考古学専門の研究者として名を馳せている。


「次の美術館は私の家のとこですわ」


 続いて左前の席から同じクラスの女子の海道かいどうさんが高らかに紹介する。

 彼女の両親は共に有名な画家だ。


「……なあ、雅人」

「と、まあ今回の課外活動はどこも――とは関係がある場所だな」


 雅人が付け足してくれた。


「それって、ただの自分の家の宣で――……」

「おっと。そこから先は言わないでおくのが暗黙のルールだ」

「……そうか。ん? じゃあ課外活動は二日間行われるから……」


 課外活動は一旦学園や自宅に戻ることはなく、一泊二日で続ける。

 つまり泊まり込みの場所も用意されているわけで。


「まさか今日の宿泊予定のホテルって……」

「もちろん俺が用意したホテルだが? 何か問題か?」

「……」


 やはり外に出ていても貴族の生徒達。

 球技大会といい、どんな場でもしっかりと家柄をアピールするのは欠かせないようだ。

 深く考えないようにしよう。


「――君たち、あんまり騒がないように」


1-Aの担任であり、今回の課外活動で引率する教師として真面目に注意をする工藤先生だったが。


「さっきまで熟睡してた人が全く説得力がないんですが……」


 工藤先生が俺達と同じく最後列端っこの席で、今さっきまで眠りこけていたのを知っている。


「いやーこれでも僕、そのしおりを昨日夜遅くまで作ってたんですよ? 元々は面倒だから……おっと。室岡むろおか先生に頼んでいた仕事なんですけどねー。彼が辞めちゃったせいでそのまま放置されたままで……まさかそれを昨日気づいてしまって、そのせいで全然寝る時間がなくてねー。ははは」

「「「………………」」」


 バス内の1-A生徒全員が痛い視線を先生に集中して送りつけるも工藤先生は全く気にもせずに笑い続けていた。


「……私、静かにしてるね」


 こうしてダメダメな教師を目の当たりにした、ひよりも大人しくなってしまったのだった。



――



「そういえば修司くんは明日は課外活動だったね」

「はい。……なので明日明後日は学園にいないので生徒会に出られませんが」


 それは昨日の放課後の生徒会室で山之蔵奏生徒会長に伝えると、


「問題ない。生徒会の仕事もあまり入っていないしね」

「あーそんなのあったわねー。カガイカツドーって」

「私達も去年の時に行ったのよねぇ」


 同じ空間にはレイナ・リンデア書記と火澤仁美副会長が紅茶を嗜みながら、去年自分達が1年生だった頃を振り返りながら談笑する。


「色々と楽しい活動だったわねぇ。それに――」

「――ヒトミ」

「あ、そうですね。ここまでにしますね」


 リンデア書記が火澤副会長の課外活動での思い出話を制止したのを疑問に浮かべるが、会長が柔らかい微笑みを俺に向けていることに気づくと、


「とりあえず修司くんは生徒会のことを忘れて課外活動を……ふふ、楽しんで」

「そうですね。修司さん、いってらっしゃい。うふふ」

「思いっきり楽しみなさいシュージ。フフ」


 生徒会の彼女達3人が怪しい笑みを零していた。


「はぁ……」



――



『ふむ、課外活動か。いいじゃないか。楽しんでおきたまえ』

「……え、楽しむって……いいんですか? 俺が学園から離れても……?」


 それは昨夜。俺のマンションの一室で機関の上司で作戦リーダーである黒瀬さんにノートPCの画面越しの通信で伝えると、このような返事が返ってきた。


『それも授業の一環だろう? 現在学生である君は当然参加するべきだ』

「それはそうですが……しかし、学園から一時的に離れるのは――」

『風時。君は最近仕事をし過ぎだ。たまには任務から離れてみたまえ。たかが二日程度、支障はない』


 黒瀬さんは部下を労わる良き上司としてフッと頼もしい笑みを見せるが……。


「先日、二日間ほど唐突に別の任務をやらされたんだが……」


 霧崎さんがやってきて、どこかの地に飛ばされたのは記憶に新しい。


『はは、あれは霧崎くんが単独で行ったから私は無関係だ。管轄ではない。それに君が瑠凛学園から離れている間でも学園にはリリスくんがいる』

「はい! 私がマスターが学園で不在の間、あの生徒会を見張ります!」


 と、俺の隣には同じく機関に所属する若き……というより幼い諜報員の少女、リリス・ノアーがビシっと敬礼のポーズと共に目立つ白髪が宙に流れる。


『君の頼もしい可愛い部下がこう言っているんだ。頼ってあげたまえ』


 別にリリスを頼っていないわけではないが……。

 胸中に残っている一抹の不安を拭いきれない。


「……分かりました。では課外活動に参加してきます」

『そうだな……なら、私から一つ助言をしてあげよう』

「はい?」

『君が行く課外活動。私の予想だと中々楽しい事になりそうだ』

「はぁ……」


 それは助言なのか?



-2-



「どうした? いつもよりも浮かない顔してて」


 バスの中で雅人が手元の本から視線を外し――俺の心境を見抜くように訪ねてきた。


「あ、いや。ただ、この課外活動どうなるのかなって……そもそも、いつもより浮かない顔ってなんだよ」

「お前がいつも浮かない顔をしてるからだろ。周りの連中は気づいてなくても俺には分かるぞ?」

「……」


 学園中に多くのコネクションを持って他者と接することが多い雅人は他者の心情を目ざとく察することがある。……なるべく気をつけよう。


「どうもこうも気張ることなんかない。至っての課外授業だ。姿で臨めばいい」

「……そうだな」


 最後に黒瀬さんが言っていたこと……それに『生徒会の彼女達』は気がかりで、なんとも形容しがたい、むず痒みを抱えながらも――この課外活動には胸を高鳴らせていた自分だった。

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