第7話 騒がしいHR


 ホームルーム開始の合図が鳴れば教室内で雑談を繰り広げていた生徒達は自分の席へと座っては静かに、お行儀よく先生が来るのを待っていた。何とも礼儀正しい。


 ……ちなみにさっき教室から出ていった冬里ひよりは予冷が鳴ってから数分と息を切らしながら教室へと戻って俺の隣の席で顔をうつ伏せでいる。どれだけ走り回ったんだ。



 ――――



 HRの時間になってから数分経っても一向に担任の先生は入ってこない。かといって教室に居るクラスの皆は騒ぐようなことせずにジッとして待っていた。ただ一人例外がいるが――


「あー、また遅れちゃってるんだねセンセー。だったら急がなきゃよかったぁ~」


 予冷ギリギリまで走り回ったダウンから復帰したひよりは立ち直ってはブーと文句垂れる。……確かに雅人の言う通り、ひよりは周りの貴族の女子生徒とは違って活発で行動的だ。一応彼女も有名企業の立派なご令嬢であるのが何とも現実と合致しない。


「ひより、先生が遅れるのはいつものことだが、だからって怠けるのは悪いぞ」

「はいはーい……。もーシュー君は真面目なんだからー。ウチらまだ1年生だしぃ、ちょっとダラけてもいいと思うんだよねぇ~」

「それ来年になっても、まだ2年だしぃ~って言ってるんだろ?」

「…………そーだね」


 図星か。


「修司。冬里はいつもそうやって怠けてばかりで注意した所で無駄になるからやめとけ。巻き込まれても知らんぞ」


 後ろの席に座る雅人は俺にコッソリと冷たくしれっと言う。どうやらひよりは雅人と二人共この瑠凛の小等部の頃から知り合いで、いわゆるエスカレーター組で進級している。雅人いわく、ひよりは以前からこんな感じのようだ。


「あー! 今マサ君。シュー君に私について何か言ったでしょ? でしょ?」


 机の上に顔を倒したまま、こっちの方向に横顔を向けてジト目で俺達2人を睨む。    雅人は軽くため息をつく。


「考えすぎだ、冬里。そろそろ先生が来るから静かにしとけ」

「ムー」


 直後に教室前方ドアの外側から慌ただしく走っている足音が接近してくる。気づいたひよりは静かになって背筋をピンと姿勢を正しくした。

 ……こういうところはしっかりしているんだな、と呆れ半分になりながら俺も座り直して前を向いた。ガララと教室の立派なドアが勢い強く開かれた。


「はぁ……はぁ……やー、遅れてゴメンね」


 姿勢を低くして申し訳無さそうにしがら教壇に立ったのは眼鏡を掛けている20代後半の男性の教師。このクラスの担任教師。短髪の黒髪で髭をしっかり剃ってと顔周りはスッキリしているんだが……服装のスーツはヨレていて正直不格好だ。ここは貴族の学園。生徒だけでなく見本となる先生も身だしなみを整えなければならないようになっている……はずななのに、何故かこの先生は瑠凛の理想とする教師像から、かけ離れている不思議な人だった。


 瑠凛学園高等部1-A担当教師

 工藤くどう 吉鷹よしたか


 工藤先生は出席簿を開くと教室全体を見渡す。いちいち1人ずつ点呼を取るスタイルではなく目だけで生徒が全員揃っているか確認していた。


「うんうん。本日欠席者は無し、と。いやー良かったよ~。遅刻する人もだけど休みの人が1人でもいると職員室で他の先生方から色々と五月蝿く……おっと、小言を言われるからねぇ。大事な名家の子供達を預かっているんだから、しっかりしろだとか言われても僕も困っちゃうんだよ、あはは」


 生徒の前だというのに、なんとも気力もやる気もない先生だ。

 今クラスの皆は絶対にこう思っているはず。


 ――なんでこんな人が瑠凛で教鞭きょうべんを振ることになったんだろう。


「それにもう6月になったねー。みんなが高校生になってから最初の4月の1ヶ月は高等部に慣れる為。そしてもう1ヶ月の先月は中間テストがあったりして慌ただしかったね。それに次は期末試験があるんだった。いやー忙しい忙しい」


 …………………………


 中間試験から脱したばかりのムードのとこで、いきなりというワードが出てくれば教室の雰囲気が一気にトーンダウンする。なんでこの人は生徒の気分が落ち込むようなことばかり言うのかと今、誰もが思っているはずだ。


「もー、クドーセンセー期末試験とか来月だしぃ、気が早すぎだってぇ」

「あー、ゴメンゴメン。今のはどうも気が利かなかったね。まあこのクラスの生徒は優秀な成績ばかりだから大丈夫だと先生は信じてるから」


 ひよりが暗くなった教室の雰囲気を明るくさせようと茶化す。こういう人がクラスに1人いるのは、ある意味助かるな。……特にこういう先生だったらなおさら。


「それになんといっても、このクラスには1年目で生徒会に入った自慢の生徒がいるからね」


 先生がそう言いながらニヤッとした口元で俺に視線を送った瞬間――クラスの皆が一斉にと俺に注目した。

 

 ……いきなり面を食らった。教室内であちらこちらからの興味本位の視線が。

 先生、なんでここで俺の話題を挙げたんだ。


 近くの席にいるクラスメイト男子同士の会話では――


「確かにあの生徒会に入れるなんてすげぇよな、あいつ」

「それに生徒会には火澤先輩とリンデア先輩がいるしな。どっちも美人だし羨ましいことだ」

「……その2人の先輩もだが、やっぱりすげぇのは……」

「ああ……生徒会と言えばやっぱり生徒会長の山之蔵先輩もいる……。なんか別格過ぎて俺達とは次元が違いすぎてな……。だから、その3人がいる生徒会に入れた風時はすげぇって」


 更に近くの席の女子同士でも――


「すごいですわね~彼、風時さん。入学してすぐ憧れの生徒会に入ってまして」

「ええ、それにリンデア先輩と接する機会が多くて羨ましいわ」

「あら? あなたはリンデア先輩派ですの? 私は火澤先輩に憧れますわ。お二方は家柄もですけれど人望あるのが納得出来るだけの器を持ち合わせているんですもの。それに生徒会長も――」

「ええ……あの方は、どう言葉で表せればいいか分かりませんわ。そんな凄い方達のいる生徒会に入った風時くんも」


 と、こうしたヒソヒソ話をしているクラス全員。今の俺の内心ではとんでもなく恥ずかしい感情が生まれているが表情には出ないように精一杯と冷静でいるようにする。まさか諜報員で培った技術がこんなことで活かされようとは……。それでも苦笑いになってしまうのは仕方ない。


「ははは、人気者だねー風時くん。いやはや生徒会に入ってくれた君がいるクラス担任の僕にとっては風時くんのおかげで他の職員から高く評価されて嬉しい限りだよ」

「……だからってあまり俺を利用するのはやめてください」

「ははは、それは悪かったね。僕から君に言えることは生徒会の活動では、あまり頑張りすぎないようにほどほどにしてくださいね。はいはい皆さん。こっちへ向いてください」


 先生はパンパンと両手で軽く叩いて話を仕切り直す。

 同時に教室内の皆は会話を切り上げて静かになり、視線は俺から再び先生へと移ったことでホッとする。


「シューくんモテモテだねー。出来る男は違うっていうかー。何でも出来そうだよねー」


 隣の席に居るひよりはニマニマとした顔で俺をからかってくる。


「……まるで嫌味にしか聞こえないが」

「えー。嫌味じゃないもん。例えばあたしが学園で都合が悪いことあったらシューくんの生徒会パワーで助けてもらおうかなって」

「なおさら悪いわ!」


 こいつも工藤先生と同じく、あわよくば俺を利用するつもりだったのか。

 なんとも恐ろしい。


「こらこら、そこの仲良しカップルさん。イチャつくのはホームルームが終わった後にしてくれないと独り身の先生にはキツイですよ」

「そんなんじゃないって、先生! 誤解しないでください!」

「えー、シューくん、私とカップルなのが不満なんだ……グスン」


 わざとらしい泣き演技やめろ! あークソ! なんで朝からこんな目に逢うんだ! 忙しいのは生徒会だけで勘弁してくれ。


 俺とひよりのやり取りに工藤先生はクスッと笑いながら話を続けた。


「あはは。まあ、なんにせよ今は季節が移り変わる時期で雨も多くなるから体調には気をつけるように。それじゃあホームルームはこれで終わり」


 先生は面倒な雰囲気を察してか、逃げるようにして教室から出ようとした……が、教室ドアの前で「おっと……」っと何かを思い出したように立ち止まった。


「ああ、そうそう。そういえば近々に課外活動が組み込まれることになったので、よろしく頼みますよ、みなさん。詳細は……よく聞いてなかったので放課後のHRに――」


 これにはクラス一同全員


 「「「なんで、そんな大事な事を先に言わない!」」

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