第6話 瑠凛の朝
創立されたのは明治時代まで遡り、この世界のあらゆる財閥、大手企業、名家のお坊ちゃま、お嬢様達が通っている貴族の為の学び舎。家柄で全てが決まる世界と言っても過言ではない。政財界にも多大に影響を与える瑠凛は日本のみならず世界でも存在感を大きくしていった。
俺、風時 修司は瑠凛の学生として普通に登校して普通に授業を受ける1日を送っている。この学園に潜入している以上、ごく普通の学生として過ごすのは当たり前だからだ。決して他人にはスパイである素性をバレないように動いて着実に瑠凛学園の内部を探っていくのが俺の学生生活だった。
瑠凛学園高等部校舎――1年A組教室
「おっはー、シューくん!」
朝、登校してホームルームが始まる前に自分のクラスの教室に入った俺に元気よく声を掛けてきたのは隣の席の同級生。天然の茶髪に軽くパーマをかけて肩までフワっとしている女子生徒。
家柄は大手玩具メーカーの令嬢。ひよりの会社は昔から特撮や幼児向けアニメのクオリティの高いオモチャを販売しており、近年は知育用の玩具に力を入れてヒットしている成長性の高い会社だ。
入学してからしばらくすると隣の席の縁だからか馴れ馴れしく接してきて、今ではこうして俺の名前の修司からシューくんと俺を呼んでいる。仲良くなった人には、そんな風な名前で勝手に呼んでいるようだ。しかし今日の彼女はやたら元気過ぎる。
「おはよう、ひより。朝から随分と元気だな」
「実は夜にアニメを一気観しちゃってさー。それで全然寝てないしぃ」
「……寝てなくて大丈夫か?」
「キャハ☆ 全く寝てないから朝までずーとゲームしちゃってた!」
「……だからやけにテンション高いんだよ。体壊すから休み時間は少し寝るなり学校から帰ったらゆっくり寝るようにしとけ」
「もーシュー君って、優しーんだから。でも大丈夫、授業中で寝とくし」
「お前なぁ……」
今の会話から分かる通りひよりはアニメ鑑賞やゲームする趣味を持っている。しかも、何かしらの漫画かアニメの影響なのか本人いわく口調がギャル……っぽく意識して喋っているらしいが……彼女の学園指定の制服は想像しているギャルみたいに乱してはいない。せいぜい髪型を少し弄ったり、唇にうすーくリップを塗ったり、手持ちの鞄やスマホに派手な装飾やストラップを付けている程度だ。間近で見なければ分からないよう彼女なりに工夫している。なにせここは『貴族の学園』。派手な格好なんかすれば、貴族としてふさわしくない!と瑠凛の教員から注意される。特に厄介なのが風紀委員会で、何かと頭が固い人がいるからな。
「だーから! 夜中に観たアニメちょー面白かったんだから! 全部見れるBOXが布教用であるからさー。シューくんにも今度貸してあげるから見てよね」
「……そうだなぁ、アニメか。テレビは大体ニュースぐらいしか見てないが」
「だったらシュー君って読書好きだしぃ、ラノベもいけそうだと思ってるんだよねー。それもオススメなの貸してあげる」
ここのところは、もうずーと忙しい身で中々自分のフリーな時間があまりなかった。暇があったら何かしらの小説を読んでいるぐらいだったし、これといった趣味が特にない。今どきの学生だったら何か趣味を持つべきだろうか、と考えていると俺達の後ろの席へと近づく足音が聞こえた。
「よくそういう会話を学校でも平然と口に出せるな」
教室に入ってきて俺の後ろの席に座っては趣味の話で熱弁している、ひよりに対して話しかけてきたのは、まとまった茶髪の髪でいかにもなクールな男子生徒。
親が大手の有名ホテル経営している一族の息子。日本だけではなく海外にも展開しており、お金持ち貴族御用達のホテルと言えば彼の家が経営するホテルだと決まっているほどだ。
「あー! もしかしてマサくんは、あたしらオタクを差別する気ィ? マサくんもそういう人間だったりするのぉ?」
「ひより、別に俺はオタクじゃ……」
「別に差別をする気はないよ。ただ俺達みたいな名家の子には、そういうのとは無縁な生活を送っているのがほとんどだしな。周りで冬里みたいな趣味を持っているのが珍しいだけだ」
「やっぱり差別してるー! それじゃあもうマサくんのとこのホテルはもう利用しないんだから!」
ひよりはプイっとそっぽを向いてムクレてしまった。そういえば聞いた話だと彼女は気に入ったアニメゲームの作品が現実舞台のモデルとなっていた場所、いわゆる聖地巡りで全国はたまた世界を旅行しているので旅先でホテルを利用しているとのことだ。当然知り合いのよしみでこの男、夏原雅人の家が持つホテルをご愛顧しているみたいだが……おいおい、こんな喧嘩で、大事なお得意様を失うのは痛いのでは?と雅人を見れば特に動じておらず微笑を浮かべた表情のまま。
「今度都内にある家が経営しているホテルで数多くの剣を擬人化しているソーシャルゲームとコラボすることになってね。冬里もよくスマホのゲームでやってるだろ? そのゲームに出てくる男性キャラクター達をイメージした模様替えの部屋とキャラクター担当している男性声優達とのサイン会やホテルコラボ限定グッズがあるんだが――」
「行く行くー! 絶対行くって! 私と夏原様さまサマーの仲だしぃ、もちろんあたしの分の部屋を取っといてくれるよね? ね? ――なので、ぜひ泊まらせてください」
雅人の目の前で、ひよりは深く深く頭を下げていた。今さっきまでムクレていたのに、この変わり身の早さだ。しかも今のやり取りが変に注目されてかクラスの周りの視線が妙に痛い。
「ああ、冬里の趣味の同志達と何人かウチのホテルに一緒に来てくれればな。それとできれば、まだウチのホテルを利用したことがない人が、ね?」
「もちろん! まだマサくんのホテル利用してない子を誘って行くから!」
より一層キラキラと輝く目、そして興奮した勢いで彼女は全然寝てないゆえのテンションが混じっていた。
「ありがとうございます、お客様」
ニッコリ営業スマイル全開の雅人。お得意様を失うどころか、更に新規の利用客を得ようとするとは、さすがだ。
「ありがとー! よし! それじゃあ早速、MY同志を誘ってくるねぇ!」
ひよりは更にテンション上がったまま教室からウキウキで出ていった。おそらく共通の趣味友達を誘いに行ったと思うが……そろそろホームルームが始まるぞ。
「雅人は、そういうのとは縁がないんじゃなかったのか?」
「あくまで個人として興味が無いだけだ。ただ昨今の観光業界ではアニメのみならず女性向けソーシャルゲームとのコラボ提携して女性客を呼び込むのが多くなってきているからな。俺も家業を手伝っているから、仕事としてそういうのはある程度調べている。それにこの事業で上手くいけば、その手の業界に詳しい冬里が加わって、彼女の家の玩具メーカーと提携して展開出来れば上出来といったところだ」
ニヤリと中々と計算高く、そして野心高い。雅人は普段からこうやって瑠凛にいる数多くの貴族の生徒とコネクションを築き、自分の家のホテル利用客増加から、あわよくば業務提携まで持ち込むことでホテル事業から幅広く展開してガンガンと家の業績を伸ばしている。さすが前回の中間テスト結果では高等部1学年で1位の主席の男だ。
「ん? 修司も気になるんだったらウチのホテル利用してみるか? 今だったら冬里が利用する予定と同じコラボ部屋の予約を俺の紹介で取っといてやるが」
「いや、そのゲーム全然知らないし……」
無知な女性向けゲームの部屋に泊まったところで、そこで俺はどう過ごせばいいんだ……。
「冗談だ。そういえば、お前は生徒会で忙しいんだったな」
「……まあな」
別に生徒会の仕事自体は俺にとっては苦ではなかった。
仕事よりも気苦労するのはもちろん――
「凄いと誇れよ。ここの生徒会は並大抵では入ることは出来ないしな」
瑠凛学園の生徒会は家柄だけではなく求められる条件が様々とあって入れるとのこと。俺にも生徒会に入るには色々と経緯があったんだけどな。
「なにせ、お前以外の生徒会役員にはあの
――
この世界で最も大きく影響がある10の偉大なる名家を指して、そう呼ばれている。その中にいる3つの名家がこの瑠凛高等部の生徒会に所属している――あの彼女達3人だ。
「でも、なんで雅人は生徒会には入らなかったんだ? 雅人だったら生徒会の3人とコネ作りたいと思っていたけど」
「人聞きが悪いな。コネ作りではなく親交と言ってほしいが」
「ああ、親交ね……」
さっきの、ひよりとのやり取りでよくそう言えたもんだ。
「……まあ、彼女達の家柄を考えれば仕事の面で関わりたい、とは以前は思ってたんだがな……どうにもアチラ側には関わってはいけないと俺の勘が働いている」
その勘は正しい。迂闊に彼女たちには関わってはいけない。
なにせ裏社会にも通じる闇組織の3人だからな。
――そんなこんなで会話しているとキーンコーンとホームルームが始まる合図のチャイムが学園中に鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます