第17話 春川静音とサンドイッチ


「ってことがありまして――」

「そんなくだらない話を今あなたに注意している私に向かって、お弁当を食べながら喋っているのは嫌がらせのつもりなの? 死にたいの?」


 眉間に皺を寄せながら大変と苛ついて容赦ない罵倒を浴びせてきたのは風紀委員長、春川はるかわ静音しずね。相変わらず腕を組みながら立っては俺に威圧する態度だ。美人な顔なのに普段よりも切れ長な細目は一層と渋面となって台無しだ。こんな蛇の視線の彼女には誰も近寄りたくはないだろう。

 昼休みの時間いつものように校舎から離れた物置小屋の近くで昼食を摂っていたら氷の風紀委員長がまたまた俺に、この場所から退きなさいと注意しにきたので最近の学校での出来事、クラスや生徒会室のことを話していた。


「せっかくだし昼飯を食べなから会話でもしようかと」

「本当にあなたは自分の状況について全く気づいていないつもりね……第一まだお昼を摂っていない私に向かって当たり前のように世間話を振るなんて嫌がらせにしか見えないわ」


 額に怒りマークが浮かんでるのが見えそうな剣幕。

 確かに昼休み始まってすぐにと、この場所に来たら数分くらいで春川先輩が現れたんだった。だとしたら先輩はまだ昼を食べていないので、きっとイライラしているのは腹を空かせているからだろう。しかもその視線は恨めしそうに俺の手元のサンドイッチに向けられている気がしなくもない。


「先輩まだお昼食べてないんだったら、コレ食べますか?」

「いらない」


 即答、一刀両断、瞬殺。

 ピシャリと冷たく断られてしまった。


「今日の昼は自分で作ったんですけど」

「……そんなのどうでもいいわ」


 普段から家でも料理するようにと彩織さんにコテンパンに怒られてしまったのでリリスが弁当を作らない日は仕方なく、昼食は自分で作るようにしてみた。本日の俺の昼食はハムチーズ、ツナ、タマゴと選り取り見取りのサンドイッチと手軽に作れるように食べれるように。ちなみにパン生地に粒マスタードを薄く塗ったのが利いてて美味い。


「え? いらないんですか?」

「だから――いらないと言ってるのがわからないの?」

「残念。我ながら美味く作れたと思ったんですけど」

「あなたが作った料理を食べるくらいだったら、まだ昼を抜いていた方がマシよ」

「ちゃんとは昼は食べた方がいいですよ。何もしなくてもエネルギーは消費されて体に披露が溜まりますし、今怒ってる先輩だったらなおさら」

「……誰が私を怒らせているのか分かってないようね」


 頭を手で押さえながら怒りを通り越して呆れのため息を吐かれる。俺はそんな先輩にお構いなしにサンドイッチをパクリと食べながら話を切り出した。


「それはそうと先輩。ここは一つ協力しませんか?」

「……協力? なんで私があなたなんかと協力をしなければいけないの」


 鼻で笑われた気がした。まるで俺がおかしなことを言っているみたいにと。


「何言ってるんですか。先月だって手を貸してくれたじゃないですか」

「だから、あなたは何を言って――」

「部活予算の不正の件だって先輩が協力してくれたおかげですし」


 先月のことだった。生徒会の会計を任された俺の初仕事が学園部活動の予算を整理していた際に不正の疑惑が掛かっている部活動の業者のリストを洗っていたが、部活動の奴らも不正がバレないように手を加えており簡単に上手くいかなかった。ならばこちらももっと強引な手段でも取ろうかと考えていたそんな最中――春川先輩が今みたいにこうして昼休みに注意しに来た際に俺は口を零してみた。疑惑を向けている部活動名と周囲の業者についていくつかを挙げて。すると数日もしない内に生徒会の会計の俺宛へと差出人不明の書類が届けられており、中身を見れば過去に不正の架空の取引が起こって、現在も瑠凛の一部の部活動と契約している業者のリストがまとめられていた。そのおかげで不正をストレートに突き止めることも出来て、更には摘発する段階で風紀委員会が率先して取り締まってくれた。


(後で調べてみればリストに載っていた怪しい業者はどこも過去にと取引していたとこがほとんどで、しかもによって切られたとこばっかだったなぁ)


 まあつまり――『誰かさん』のおかげで上手く事が運べたから感謝しているわけだ。


「さあ、なんのこと?」

「違うんですか?」

「あなたが勝手に仕事の内容を話していたから、こっちも調べて取り締まっただけよ。あなた宛に届けられたリストなんか知らないし、それが偶然重なり合っただけ。私はただ不正しているのを風紀委員らしく正しただけよ。――勘違いも甚だしい」


 頑なに認めない姿勢でいる。

 それに彼女は正義感が強いというよりもエゴイストさを感じる。この学園の為よりも自分の為に――それは春川先輩の考えと問題なので俺が触れることではない。最も俺は彼女の行動を利用していたわけだが。


「……それとも、あなたが私にそうさせるように仕向けたのかしら?」

「さあ、どうですかね?」

「ふざけてるわね」


 忌々しく歯噛みしながらボソッと呟く。

 俺のことが気に食わなさそうだ。


「それとは別で、今度はちゃんと先輩に頼みがあるんですよ」

「さっき言っていた協力のこと? だからあなたなんかに手を貸す気は全くない。他の人にでも頼ることね」

「火澤副会長にでも?」

「……ッ。仁美……彼女だったら情けない後輩の頼みを素直に聞くでしょうね」


 春川先輩は火澤副会長とは昔からの知り合い。幼馴染といえる関係だってのは知っているが、そんな単純な仲だけではなさそうなのも何となく察する。でも今はそんなことは関係ない。


「俺は先輩に頼んでるんですよ。他の誰でもなく『春川静音先輩』に」

「なぜ?」

「頼りになるからじゃ駄目ですか?」


 先月の件で確信した。この人ならば瑠凛の内部を探る上で頼りになる協力者になれると。そもそも俺が春川先輩に対してここまで絡み続けているのには理由があったからだ。そうでなければ関わらないように大人しく先輩の言う通りにして、昼休みににここへ来ないからな。


 諜報員とは周りに溶け込むように信頼を得るのが基本。

 情報を引き出させると同時に、もう一つの目的がある。


 ――協力者を作る


 ギブ・アンド・テイクを結ぶ、お互いのメリットがあった上で成り立つ関係。

 春川先輩ならば問題ないと判断した。


「春川静音先輩。――この学園にいる膿を出し切りませんか?」

「…………」


 今の俺の問いに対して先輩の表情は珍しくも、きょとんとしていた。

 ――しかし、俺にはこの表情の意図が分かっている……。


「まさかとは思いますけど……俺が、その膿と思ってるんですか?」

「よく分かってるじゃない」


 だと思った。

 ここまで徹底的に嫌われてると清々しい気持ちになるし遠慮はいらないな。

 ……地味に傷ついているっちゃあいるけど。


「……俺のことはさておいて。それでどうしますか?」

「私があなたなんかの話を聞くとでも? くだらない」

「聞きますよ。本当にくだらないと思っているんだったら、さっさと自分の昼食の為に立ち去ってますって」

「……」


 正義感が強いので、こういったことを見逃すはずがない。

 といっても素直に引き受けてくれないので難儀だ。


「あなたは何がしたいの?」

「生徒会の一員として真っ当な職務を果たしたいので」

「嘘ね。信じられない」

「そこまで断言しなくても……」

「あなたは生徒会の為なんかに働いてなんかいない。全部別の目的の為でしか動いてないのよ」

「……どうして、そう思うんですか?」

「ここ最近のあなたの動きを調べればそれぐらいは察せるわ」

「つまり先輩はずっと俺のことを見ていたんですか?」

「……ッ! あなたは!」


 今にも舌打ちをされそうだった。少しからかったつもりだが、どうやら本気で不機嫌にさせてしまった。表情を読まなくても丸わかりである。


「すみませんでした」

「生徒会は本当にあなたの躾がなってないわね」

「だから俺はペットじゃないですって……」


 でも最近の生徒会の先輩たちから、いいようにされていれば、あながち間違いではないかもしれない。従順な会計として期待に応えるように動くように心掛けるようにはしとくけど。


「じゃあ今日のとこはここまでにしときます」


 このまま居座れば春川先輩は意固地になって昼食を摂らないのは申し訳ない。

話はまた別の機会にしとこうと俺は最後の一つのサンドイッチを手にしてベンチから立ち上がる。


「ここまでって……――!? んぐッ」


 わざと余らせたサンドイッチの一切れを先輩の横を通り過ぎる際に、口に突っ込んでおいた。


「……ゴクッ――……なんのつもりよ!」


 口に突っ込まれたサンドイッチを手で掴んで取り出して怒号を飛ばしていたが、先輩が持つサンドイッチにはしっかり一口分と齧ったのが目立っていた。


「話を聞いてくれたお礼と時間を取らせたお詫びです。どうでした? 市販のサンドイッチよりは美味いと自信はあるんで」

「……市販のサンドイッチの味なんか知らないから比べようがないわ」


 さすがお嬢様。

 ここで追及しても絶対に美味いと言ってくれなさそうなので諦めよう。


「あー、そうだ。この間生徒会で頂いた先輩のとこの、お茶美味しかったですよ」

「そう……そんなに気に入ったのなら、あなたに譲ってあげる。のお礼を込めてね」

「え? いいんですか?」


 これまた珍しい。やっぱり人の為に行動するのは良いことだ。

 しかも春川先輩は小さな笑みさえ浮かんで上機嫌のように見えた。

 この意図は――


「ええ。――期限が切れて不味くなった品質最悪のだったら、いくらでもあげる」


 最後まで嫌味しか残さない人だ。

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