第2話 情報機関とは


『やあ――風時。こうして会話するのは、確か君が瑠凛りゅうりん学園に潜入を始める直前、およそ2ヶ月ぶりになるね。首尾はどうだ?』

「……久しぶりです――黒瀬さん。学園の方では特に目立った動きはまだ見られません。後は定期的に提出している報告書に詳細を載せときました」

『ふむ、そうか。まだ時期尚早だったか。は長年と秘密を守り続けている。さすがに相当固いセキュリティなのは、こちらの想定通りだが』


 現在俺は極秘回線を使って諜報員として所属している組織である機関と連絡を取り合っていた。只今俺がいる場所は機関から手配された学園近くのマンションの一室。広さは3LDKと高校生の1人生活には贅沢な居住まいだがスパイ……もとい諜報活動には、なにかと必要なモノが多く要するので広い空間があるのは何かと便利だ。

 手元には同じく支給された特注のノートPC画面の映像には、ご立派なスーツを纏った壮年の男性の顔が映し出されており、俺は任務である潜入対象の『瑠凛学園』について報告をしている最中だった。この男の名は――


 『ターミナル情報局』 

 黒瀬くろせ あきら


 俺が所属している情報機関――『ターミナル情報局』直属の上司で、機関の中ではかなり偉い上の立場の人だ。推定年齢40代、顔の輪郭の所々に年相応の皺が見られるがスーツでビシっと決めている男前なオジサン……というのが第一印象。

 機関において『完璧なスパイ』と称される人物として、重要な部門の担当はこの男に任されている。 

 この人の経歴全てはスパイらしく謎に包まれており、名前も本名なのか定かではない。俺はこの人と何年も長い付き合いがあるわけだが、未だに全然知らないことばかりだ。


『しかし君はもう高校生か! 今まで君には、まともな学生生活を送らせてあげられなかったからね。うん、丁度いいではないか! いいね! 青春!』

「……『普通の学校』なら、そう思っていたんだが……じゃあ、まともに青春を送れるとは思えないかと……」

『何を言う。私が今の君ぐらい若い頃は中々ヤンチャでね。敵対組織の10や20潰してばかりの日々でも、ちゃんと学生らしい青春を満喫していたものだよ。ハハハ』

「……」


 ここは笑うべきなのかどうか分からない。

 黒瀬さんは確かに優秀な上司なはずなんだが、どうも性格があまりにもお茶目……いや中々ウザったいといった所で、割とこういう風についていけないノリがある。けど、この人とは何年も接している俺はもう慣れているのは悲しいことだ。


『――さて、世間話はここまでにしようか』


 途端――切り替わった。


 PCの画面越しでも黒瀬さんの目つきが細め、声色も落として、さっきまでとは全然違うシリアスな雰囲気へと一変した。仕事モードになれば、さすがに真面目になるのはこちらも助かる。

 についてのことで、互いに真剣な顔つきとなった。


『我々機関の目的は瑠凛学園の『裏の実態』を探ること。は昔から政財界など周りへの影響力が強すぎて中々隙を見せてくれなくて厄介だったんでね。なにせが手こずっている。おいそれと尻尾すら見せてくれなくて困っている』


 やれやれ、と両手の平を挙げて呆れるポーズを取る黒瀬さん。

 優秀なこの人でも手こずる。それは一筋縄でいかないどころか相当厄介な任務だと告げられている。はたして俺にその任務を遂行出来るのか……。


『そこで考えたのが我が機関『ターミナル情報局』に所属する諜報員スパイ・エージェントが瑠凛学園の生徒になりすまして情報収集をすることだ。よって、送る人間は学園に在籍出来る年齢であり、かつ優秀な能力を持つ者にした。そして条件に適したのが見事に君というわけだ、風時。……ただ君みたいな若い子にこの任務を任せてしまうのは心苦しいとこだ』


 ――ほざいてる


 機関の諜報員には様々と危険な任務が手配される。

 俺みたいにまだ成人していない学生の年齢である者が機関の中にそれなりにいるのに、危険な任務を命令して、その場へと送り込んでいる。

 この男は時折こうして心配する素振りを見せるが……

 

 それが本心なのかはわからない――


『だが、君が入学して早々と瑠凛高等部のにまで潜り込めたのは、さすがだ。我々の予想以上の仕事をしてくれる。鍵を握っているのは、だということを掴んだのもね』

「――ッ!」


 というキーワードを耳にした瞬間――今まで冷静でいられたはずの自分の感情が揺さぶられる。


「……でも! まさかその生徒会の人達がなんて俺は知らなかった!」


 握りこぶしをテーブル上へと強く叩きつける。すぐ目の前のカメラ付きノートPCが一瞬揺れて黒瀬さんが『おっと』と僅かに反応した。

 ハッ!? いかん! スパイにあるまじき感情で取り乱してしまった。

 すぐに謝って、何とか落ち着きを取り戻す。


『ああ、そういえば君から報告にあった資料に載っていたね。ハハハ! これは傑作な組み合わせだ。こんな奇跡の組み合わせは漫画やドラマでしかないと思っていたよ。私が現役で活動していた過去でもこんなのは知らない』


 真剣な雰囲気から一転して黒瀬さんは笑いながら語る。

 ……笑い事じゃないだろ。

 なんであんなの場所に俺を放り込むんだ。


「だから、これはさすがに笑い事じゃないって!」

『いやいや、すまない。我々もあの学園のことは調べても、すべての生徒までのことはそこまで調べ上げていなかったからね。ただ生徒会長である山之蔵さんのくら家については秘密結社『ネザーレギオン』を統括しており、瑠凛学園に直接関わっていることは事前に判明していたが……それでもまさか他の生徒会員の家も……いやはや『マフィア』に『ヤクザ』か。山之蔵だけではなく火澤とリンデア。この闇社会の中でも上位の組織――両陣営とも瑠凛学園に関わっていると見て間違いないだろう。それにしても見事に厄介なことになってしまったね」

「……これだけ厄介だと中々潜入調査が上手くいかないかと」

「ふむ、それもそうだが。はどうだ?」

「……俺?」

「そうだ。もし君が学園の実態を暴こうとする秘密組織の機関の諜報員だと彼女達にバレてしまったら――』

「バレたら……?」


 もうとっくに予想出来ている結末なのに頭の中では拒否し続けている。

 部屋の中は暑いわけでもないのに、大量の脂汗が額から、頬へ、床へとポタポタと滑り落ちていった。


『――もちろん骨すら残さずに。なにせ相手は別格の闇社会組織だ。それもヤクザにマフィアともなれば普通に死なせてくれない上に、数多の拷問を見てきたこの私ですら目にしたくない酷いのを君は受けてしまって地獄を見ることになるだろう』

「…………」

『そうなれば君は機関の情報を吐いてしまった方が楽になる』

「……そうならないようにするのが俺の役目だ」


 スパイ活動するというもの、死を覚悟しているのは当然のことであった。

 いくら拷問を受けようと死んでも、徹底的に秘密を守る強い意思を持たなければならない。

 俺が立ち向かう敵は、あまりにも強大な闇の集団組織――


『そうだ。それに君はこの任務を降りるつもりはないだろ?』

「……当たり前です。この任務は必ず遂行させてみせます」

『フッ、頼もしい限りだ』


 俺は機関の諜報員。全て承知の上だ。

 幼き頃より死と隣り合わせの任務をいくつもくぐり抜けた俺には、与えられた任務を成功させる以外の道は無い。


 すると黒瀬さんは、なにか思い出しように明るい口調で話を変えた。


『そういえばそうだ。さすがに、この任務を君1人だけでやらせるのは無いだろうなっ、て。つい先程の作戦会議で決まってね。ハッハハ』

「……」


 それはいくらなんでも遅い判断だし笑いごとじゃなさすぎる……。

 本当に俺1人だけで潜入をやらせつもりだったのか……この組織は。


『だから――君にサポートを送ることを決定した。追加の潜入捜査員だ、喜べ』

「!」


 唐突の朗報だった。それは今の窮地の現状にサポートの人が送られるのは、心強く安心する。

 俺1人だけであの何もかも広大な『瑠凛学園』で情報収集をするのは、あまりにも負担が大きいので、協力者が増えるのは非常に助かる。

 

 スパイにおいてというバックアップしてくれる存在は頼もしいことこの上ない存在だ。


「ありがとうございます。それで――は一体、誰ですか?」

『ん? 何を言っている、風時。君のサポートといったら、がいるだろ。しかも本人たっての希望だ。以前からでも、ぜひへ働きたいと珍しく私に駄々をこねてね』

「……っ!? まさか――!」


 頭の中に1人の人物が一瞬で思い浮かんだ。

 それは俺がよく知っている『少女』


『そうだ。君がよく知っていて、そして君のことをよく知っている人物だ』


 直後――部屋の中でピンポーンと誰かが来客したと知らせる呼び鈴が鳴る。


『お、丁度来たみたいだ。では、後はお楽しみに』

「あ!? おい!!」


 来客の知らせに気づいた黒瀬さんはニッコリとした笑顔のままプツンと画面は真っ暗になる。通信を切りやがった。


 一方、部屋の中はピンポーンピンポーンと鳴り続ける。


「クソッ!」


 まずは部屋を片付けなければ! 

 油断していた……今、にこの部屋を見せるわけにはいかない!

 とりあえず鍵が掛かっているから……。


 ――ガチャガチャ……ガチャンッ


 ドアの鍵が開く音が響いた!? 開けやがった! 

 まさか機関が。この部屋の合鍵を渡したのか? しかしドアには内側からロックが掛かっているはずだから入れないはず――


 ――ガチャリ


 ロックを外した!? 

 ……そうだ、は、こういう工作が得意だったんだ。ドアのロックを破ることなんか、お手の物。只の突き破れる障子でしかない。

 ドアが開かれて、この部屋へと続く廊下でタッタッと早い小刻みのテンポの足音が近づく。そのまま、俺が居る場所へと――

 


「お久しぶりです、マスター」



 忽然と目の前には、俺よりも背が低く、石鹸のようにスベスベとした肌、白い髪の長いサイドテールをフリフリ揺らしている可憐なが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る