第10話 格式の高い食事
博物館の見学が終われば、続いてはお昼の時間もとい食事の時間。
午前の美術館はトラブルによって中断となったので予定より早く終わってしまった。ただ博物館内で歩き回ったせいなのか、移動中のバスの中でお腹が空いてきたと会話するクラスメイトがチラホラいる。そういった話を聞いた俺は腹を擦りながら隣の座席の女生徒の会話に付き合っていた。
「もーこういう時間はイベント周回出来るのにぃ! こうしてる間に溢れてるスタミナがもったいないじゃん!」
隣からは騒がしい、見た目はギャルチックを意識したお嬢様が、博物館見学であんなにはしゃいでいたのに有り余る元気でいる。ついさっきまで寝ていたので体力を取り戻したのか。
「だって今回は限定配布キャラ貰えるんだよ? 周回したイベントポイントの分だけ普段中々手に入らない育成素材手に入るんだよ? こんなのやらなかったら損するじゃん!」
課外授業では常に授業中の活動なので緊急連絡用として個人のスマホ所持は認められているが、連絡以外の用途は禁止されている。ひよりの場合はアプリのゲームを遊びたくても遊べない。
「だったらその作業を家の使用人に任せれば? 確かアカウントは共有出来るんだろ?」
「だめだめシューくん、それじゃあ意味ないって~。ちゃんと自分で遊んで手に入ったからこそ価値があるの。課外授業が終わって帰ったら徹夜で周回しまくろーっと」
「拘りがあっても、ほどほにな……」
反対の隣の座席では俺とひよりの会話を、1ミリも気にもせずに読書に耽ている雅人。
向こう側の窓際座席を見ると、そういえば出発の時はずっと寝ていた工藤先生が座っていなかった。バスの前方から気になる会話が聞こえた。
「工藤先生、お店に連絡して確認したら、今からでも問題ないと返事がきました」
「それは助かりました。先生このままだとお腹が空いてコンビニに寄るところでしたよ」
「なに言ってるんですか……」
バス前方の席から女生徒と先生との会話。女生徒は席から前方の運転席付近で立つ。
生真面目な印象を持ちつつ、しなやかなスタイルと巻いてる髪を垂らしたり、ファッション性のある眼鏡を掛けてオシャレにも気を遣っている。
1-Aクラス委員長――夢岸(ゆめぎし)理桜(りお)
「予定より早くなりましたが、これから予約したお店に向かって昼食を取ります」
委員長が1-Aクラスメイト全員の前にして声を高らかにして仕切った。
聞いたクラスの人達は、これから食事だと大いに盛り上がり和気あいあいとなる。 反応した雅人は読書を切り上げて顔を上げた。
「昼食は確か委員長が指定した店だったな」
「委員長が? じゃあ結構良い店だったりするのか?」
課外活動中の1学年のクラス毎に昼食で利用する店は違う。
なのでこの1-Aクラスがこれから向かう食事の場所は委員長が予約した店になるとのこと。
そう考えると、なにせ委員長の家は有名な政治家が集う名家だ。その御令嬢である彼女が選んだ店ならば高級なのは当然。敷居も高いと想像できる。
「そこまで身構えるほどではないだろ」
「私達は瑠凛のいち生徒です。食事の場でもしっかりしなければいけません。特に今から食事を取るレストランではとても格式が高いお店なので、家や学園に恥じないよう心掛けるように」
「って言っているが?」
「まあ少々だろうな」
「少々、ね……」
雅人、それはあくまで貴族の中での基準というのはとっくに知っている。
目的に着くとバスは停車した。
するとバス内の生徒たちはワーと歓喜の声を上げた。
「見て見てー!」
はしゃぐひよりに続いて俺も窓から外を見れば、庭先に薔薇が咲き誇るガーデニングが広がった景色の中に2階建てのクラシックな洋館があった。とても飲食店とは思えない外観の店だ。
「あたしここ知ってるー。中々予約取れないすごい店だってー」
「『メゾン・ローレ』 フレンチの店として中々有名なとこだ」
そういえば以前に彩織さんから聞いたことある店だ
なんでも政治家のプライベートな場で愛用されている三ツ星レストランだとか。
レベルの高い食事を味わえるので利用したいけど、予約が取れないだとか愚痴もあったが。
「一度来てみたかったんですの」
「こんなところ予約してたとか、さすが委員長だな」
当然クラスの皆もご存知の店。しかも彼らでさえ中々利用出来ないクラスだ。
とは自分で思いつつも先日では会長とデー……、いや、お出かけした時には、ここに負けないぐらい高級な店で一緒に食事したし今更だ。そもそも瑠凛学園の学食堂の時点で中々敷居が高いのを味わっている。こんなことで驚いてしまっては特に会長にはからかわれそうだ。雅人とひよりと一緒にバスから降りると、
「ひよりさん」
「? あたし?」
降りたとこで委員長に呼び止められたひよりは首を傾げて、きょとんとする。
「お食事の際はくれぐれもマナーを守って騒がないようにね」
笑顔でありつつも発した言葉には部分的に強調した語気で釘を刺すと同時に強い視線をひよりに送った。
博物館見学の時と同じで、まるで母親が子を叱っている様子だ。周りのクラスメイトはいつもの光景だと普通にスルーしている。
ひよりはニヘラと笑って、
「わかってるってーイーンチョー。心配しなくていーからー」
「……その返事だけで不安なんだけど」
クラスの問題児……とまではいかないが、ひよりの普段の行いを知っていれば委員長が不安というよりも、心配するのは仕方ない。
「まあまあ夢岸さん。そこまで心配しなくても冬里さんは大丈夫ですよ」
「先せ――……」
最後にバスから降りたのは――若干よれたYシャツを着たままの工藤先生。
だらしない姿を見た委員長は絶句した。
このまま身なりを整えずにレストランに入るつもりなのか?
「いやー先生、こんな凄そうな店で食べてもいいのかい? 一応テーブルマナーは昨日ネットで調べてきたんですが、ここフレンチですよね? それだとフランス式の場合スープをすくう位置ってどっちでしたっけ?」
「「「……………………」」」
食事を前にして和気あいあいとしていたはずのクラスメイト全員は一気に冷めた空気になり、あれだけひよりに注意していた委員長も先生に向かって思いっきり溜息をつく。
「1番心配なのは先生の方だったわ……」
委員長は中々苦労人だ。
-2-
「お待ちしておりました」
小さな城みたいな外観の建物に入店するとモダンに落ち着いた色合いの空間が迎えてくれた。
天井のシャンデリアから、周囲にはアートのスタンドグラス。
下には綺麗に並べられている数々のテーブル席。
室内の所々には演出を担うインテリアの小物。
これらが組み合わさったレトロチックな雰囲気の優美な空間を自然に作り上げていた。
次々と入室する生徒達を案内する店員のウェイターの動きに無駄がない。
内装を見た女子生徒達は「素敵……」と感想を漏らし、いつもこういった所に慣れているだろう男子生徒達はやや緊張している。
「当店メゾン・ローレにお越し頂きありがとうございます。日頃、利用して頂いている夢岸様には感謝しています。それも本日はあの名門の瑠凛学園の生徒達に当店の食事の場を提供出来て誠に光栄です」
「こちらこそ予約した時間よりも早くなってしまってすみません」
「いえいえ。すでに仕込みは終わっておりますので、料理はすぐに用意させていただきます」
この店のオーナーと思われる男性が柔軟な対応で委員長に挨拶する。
「そ、それじゃあ風時くん。いいかな?」
耳を赤くした委員長が俺に合図する。
博物館で俺は委員長と一緒に食事すると約束していたからだ。
「よ、よろしくお願いね」
「あ、ああ。こちらこそ」
なんだこれ?
最初の会話が、まるでお見合いみたいに挨拶を交わすことになった。
ひと目でも分かる素材の良い生地の白いクロスが掛けられたテーブル席に委員長と向かい合って座る。目の前の委員長は緊張気味で固まっている。
「「………………」」
いつも教室で見る委員長は、クラスのまとめ役としてしっかりしててリーダーシップを持っている。
そんな彼女が今、俺の前であからさまにカチコチになって固まられると俺も困る。
「もー、二人してカチコチになって~」
と、俺と委員長のすぐ隣のテーブルの席にはニコーとした顔で相変わらず騒がしい声で沈黙を容易く破る。
「…………」
「あー! イーンチョー、イヤな目してるー! あたしが隣に居たら何か問題でもあるのー?」
「そ、そんなことないけど……」
珍しく委員長が、ひよりにたじろいでしまっていた。
しかも、ひよりもひよりで妙にいつもより強気な態度だ。もしかしてさっき注意されたことを根に持っていたとか?
「はぁ……彼の言った通りね」
ボソッと呟く委員長と同時に、雅人がひよりの座ってるテーブルの向かい側に座った。ひよりは目を見開いて驚く。
「え!? マサくん。もしかしてあたしと一緒に食べるの!?」
「たまにはいいだろ。それとも俺と食事するのは不満か?」
「……そーじゃないけどー。でもでもー、いつもだったら、意味もなく一緒に楽しく食事するのはくだらない、フンッ! とか言っててー。1人で食べるじゃん」
「……お前は俺をどれだけ失礼な奴だと思ってるんだ」
「だってー……それに……」
ひよりはチラっと俺を見る。ん? 俺になにか?
雅人はすかさず、
「なんなら有意義な話をしようか。家のホテルをアニメでのロケ地に使いたいと依頼があって、なんでも冬里が気に入ってる作品の新プロジェクトが進行してるらしくてな――」
「え!? なにそれ! 超くわしく聞かせて!」
雅人からひよりに絡むとは珍しいな……。
目の前の委員長は何故かホッと胸を撫で下ろしていた
「委員長? なにか心配事でもあったのか?」
「え? うんほら、とっても美味しそうなポタージュが運ばれてきたわ!」
違和感を持ちつつもウェイターによってフルコースの料理が運ばれていく。
一流の内装。一流の店員。一流の食事。全てが揃った格式の高い食事が始まった。
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