第11話 情報とは
情報を制するものは全てを制す。
俺が機関の諜報員として教育される中で最も教えられたことだった。まず動く前にやるべきことが先に情報を手に入れることが基本であり、それはなにも諜報活動だけではなく普段の日常・社会においても大事だ。
情報を手に入れるにはどうすればいいのか。最適なのが人と人の交友だ。
現代だったら無限の情報が飛び交じるインターネットで検索すればいいと普通は思うはずだが、必ずその中に求めている答えがあるかは分からない。なにせ情報というのは人から生まれるんだから、その人から他の人へと流れているのを拾うのが良い。情報は一つの場所に留まらずに川のように流れて動いていく。まるで誰かに拾ってほしいように――
――――――
「まさか、そういう事になっちまってるとはなぁ。んな波乱万丈な任務はまさにお前さんらしいじゃねぇか」
放課後とある場所の喫茶店の中でのことだった。
テーブル席に座っている俺の向かいで馴れ馴れしく絡んでくるのは瑠凛学園とは違う他校の制服を着込んで、肩まである染めた金髪に耳には小さなリングのピアスを付けたりとチャラい男子高校生。
こいつは所属している情報機関で俺と同期に当たる人間。
現在俺とは別の任務を受けている最中なので他校の高校一年生として行動していた。透は注文したジュースをストローで飲みながら
「あのなぁ……そう気楽に言うなよ。だったら透が代わってくれ」
「指名されたのはお前さんだろ? 修司。それに今はリリスちゃんが側にいるじゃねぇか」
「もう知ってるのか」
「ハッ、俺を誰だと思ってんだよ。誰よりも情報を先に手にしているのが俺の仕事だろ」
そう、透は機関の中では情報収集能力に長けている人材。持ち前の会話力・対話力・交渉力といったコミュニケーション能力を活用して、あらゆる情報を手に入れるのが透が機関から任されている仕事だった。……といっても、これらのスキルは女をナンパする為に磨いたみたいで呆れるんだがな。本当に底からチャラい奴だ。
しかも野郎に対しては遠慮せずにこういう態度でいる。
「何でも出来るお前さんには俺が唯一勝ってるスキルだしな」
嫌味半分、自慢半分と調子での嘲笑。他人から見れば俺を小馬鹿にしているように見えるが昔からこういうヤツだから俺は気にしない。むしろこうした会話の方が気が楽だ。瑠凛学園では、あの貴族空気の中で諜報活動も怠らずにと、ずっと張り詰めてなければならない生活が続いていたせいもある。
「で、リリスちゃんは元気だったか?」
「相変わらずだよ。なにかと世話焼きたがるのは全く変わってないけど」
「あの子はいっつも修司にベッタリだからなぁ。……それで俺は何であの子から嫌われてるんだ?」
「……分からないのか?」
「ああ、まったくな。前に会った時は声を掛けて可愛いと褒めたら、いきなりナイフを顔に飛ばしてきてビビったぞ。俺の人生の中で一番死の危険を感じた出来事だったな、あれは」
それは透が毎度リリスに会えば開口一番に可愛くなったねぇと馴れ馴れしく絡んでれば嫌な顔されて拒絶されてもおかしくない。しかもナイフ飛ばされるとか、他にどんなことをリリスに言ったんだよ。
「にしても修司が羨ましいねぇ。瑠凛の女子ってレベルが高いって評判だって俺が通ってる学校でもお近づきになりたいって野郎ばっかだぞ」
「お前もその野郎の一人だろ」
透の言う通り瑠凛に通っている生徒達は美男美女の割合が多い。女子で言えば同じクラスのお嬢様全員がそうだ。外見だけでなく貴族として言葉遣いや所作にも育ちの良さが現れているので魅力が増している。
本人いわくギャルっぽくしている冬里ひよりだって見た目は可愛い方だ。本人に直接そんなこと言えば調子乗りそうだから言わんが。
特に先輩達は人目を引く逸材ばかりで、知っている人だと風紀委員長の春川 静音先輩だって美人だと思ってるし………性格がキツイのはアレだが。
それに――
「そう考えると修司の代わりに瑠凛には俺が行っても良かった気がするなー」
「透が瑠凛の女生徒を口説いて下手に手を出せば、相手の家の方から潰されると思うけどな」
「……おー、それはヤバイ。だったら仕方なく修司に譲っとくぜ。特にお前がいる生徒会に関わりたくないしな」
会長、副会長、書記。
瑠凛の
「ネザーレギオンねぇ……。近年でそういう裏の集合組織が生まれていたのは知っていたが、それが瑠凛の生徒会の子が関わってるとなれば大変だ。関わるのはゴメンだな」
ネザーレギオン
現代の世界的秘密結社の組織。数多くの世界中の大企業や財閥が与して裏の世界で暗躍しているが、それは宗教団体なのか、はたまた世界征服を狙っているのか今のところ不明だ。そんなのが瑠凛学園に関わっているどころか、まさかの生徒会長 山之蔵奏の家がそのものであるなんか思いもしなかった。そしてネザーレギオンを統括する山之蔵家の影の守護者であるのが、ヤクザの家を持つ副会長の火澤 仁美。マフィアの家を持つ書記のレイナ・リンデアと闇の世代が奇跡的に揃ってしまっている。
「でも生徒会の女って極上の美人ばっかなんだろ? そんなのに囲まれる毎日で何とも思わないのか?」
「美人だろうとなんだろうと、あんな家柄がヤバい人達と一緒にいるのはどうもな」
「ハッ――」
透は鼻で笑った。手にしているジュースのグラスコップはすっかり空になっているが左右に振っている。
「……なにがおかしいんだよ」
「家がヤバいっていうけど、お前さんも大概だろ」
今ので透が何が言いたいのか分かった。
「先祖代々と社会の裏に潜る諜報員を努めている家系の子とか普通の人からすれば十分ヤベェんだよ」
「……」
差はあれど周りからすれば関係なく、どっちも裏の人間であることに変わりない。この世界で生きると決めた以上は、そんな奴らと関わり合うのは必然だったんだろう。機関に所属している俺もリリスも透も結局は生徒会の彼女たちと同じ裏の世界の人間だ。
もし彼女達に、自身を偽って瑠凛を密かに探っていることが知られれば俺は――
「あんた達さ、ジュースだけでずっとくっちゃべってないで、店の為に何か頼んでくれないと困るんだけど」
ダークブラウンの長い髪を後ろで一つに束ねていて年齢はおよそ20代後半と、いかにも気が強そうな大人の女性が俺と透の間に立っていた。スタイルの良い体に身に着けているのは、ここの喫茶店の店員の証である白のYシャツに黒いエプロンとスマートに着こなして仕事の出来る女を言い表している人だ。
そんな人が、お客であるはずの俺と透に対して店員らしからぬ言動を取っているが、俺達にとって長年と見知っている人物。
俺達が所属している情報機関『ターミナル情報局』諜報チームをまとめている上司であり俺に諜報活動いわゆる潜入捜査のいろはを教えてくれた師匠。変装、工作、情報収集だけではなく以前の仕事で必要だった料理の腕を磨いたのもこの人、彩織さんのおかげだ。戦闘技術をスパルタに叩きこんできた師である霧崎さんと同様に、彩織さんからも容赦なく徹底的にシゴかれてたので良い思い出は全くない。
この喫茶店は彩織さんが経営している店であると同時にターミナル情報局
の局員が利用する情報共有の場でもある。普通の一般客が利用するのは1階のフロアで、俺達局員が利用するのは2階のフロアになっている。
他の普通の店なんかで、こうして組織だの裏なんだのと会話していたら普通にヤベー奴らだと思われてしまうからな。
「――それで、二人とも注文は?」
もう俺達が注文するのが当たり前だというように急かしてくる。
すぐ傍のガラス窓から外を見れば夕日が差し込んできて夜近くになったからか、それなりに腹は減っている。手元のメニュー表を見れば、お洒落な文字で書かれている料理の名前が並べられていたが気長に決めるのを待ってくれなさそうなんで、写真で目立っている美味しそうな料理に決めた。
「じゃあオムライスで」
「はいオムライスね。透は?」
「じゃあ俺が注文するのは彩織さ――」
「――あ?」
ギロっとした眼光にドスの利いた声が重なった重圧が透へと襲い掛かる。おいおい、とても客に向ける接客じゃねーぞあれ……今のは透が悪いのは仕方ないが。
透は透で今ので縮こまってしまい、そっとメニュー表に指差す。
「……このドリアで」
「まったく……。オムライスとドリアね。あと、修司。後で話があるから用事が終わったら店から出る前に私のとこにきなさい」
彩織さんは、そう言い残してはさっさと階段へ降りて行った。
「修司、何かやらかしたのか?」
「さあ? 全く見に覚えがないんだがな……」
「じゃあ彩織さんの個人レッスンでも受けるってのか? それは羨ましい限りで」
「今のを彩織さんに言ってもいいか?」
「それはマジで勘弁しろ……。わりいって」
透は毎度、彩織さんにも軽く絡んで痛い目に遭っているはずなのに、本当に可愛い美人な女性に対しては懲りない奴だなと呆れる。
「――それじゃあ飯が来る前に、お前の用事ってのに付き合ってやるか」
すると、透はさっきまでの飄々とした態度が消え失せた。ここからは本来の目的である仕事の話だ。なにも俺は任務について愚痴る為に透を呼んで喫茶店でダラダラ会話していたわけではない。でも透とは久しぶりに会ったので、つい世間話から入ってしまったが。
「俺を呼んだってのは何か頼みがあるからだろ? さっさとしろよ。手短にな」
まず俺は取り出したメモ帳にペンで書いた。
次に書き終えたメモ帳の紙一枚を切り取って透に渡す。
透は渡された紙の内容を確認するとポケットからライターを取り出して炙った。
紙はそのままテーブルに備え付けの灰皿へと落ちて燃え散る。もう紙に書いた内容は読めなくなった。つまり透は紙に書かれた内容を瞬時に頭に全て叩き込んで証拠となる紙を隠滅したのだ。
諜報、いわゆるスパイ活動において決して証拠を残すようなことはしてはならない。たとえ場所が自分たちのテリトリーだろうと誰かに知られてしまう可能性を考えて動くのが基本だ。証拠になるようなものは徹底的に消さなければならない。スパイの鉄則。
「なるほどねぇ……俺はこれを調べればいいのか。……しっかし本当に修司はスリルな学園生活を送っていて大変だなこりゃ」
透はニヒルに笑った。
それは瑠凛の生徒として潜入している俺に対する同情と励みが入り混じっていた。
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