第10話 氷の風紀委員長


 ――昼の休み時間


 休み時間になったというのに休まった気が全くしないのは午前で生徒会の彼女たち3人が1年教室に襲来したからだ。


 瑠凛学園の敷地内には校舎から少々離れた、とあるところに寂れた小さな建物がある。外からだと鍵がしっかりと掛かっているので物置小屋として機能しているのか不明だが、ここを利用している人は今まで見かけたことはなかった。この建物のすぐ傍にはベンチが設置されてる。いかにも崩れそうな老巧化していて妙に不気味な建物があるこの場所には誰も来ないだろう。だが、俺にとっては絶好の場所だった。


 ベンチに座れば尻の方からミシリと音が鳴る。このベンチも建物同様に古くなっている。それでもまだ座れるから俺が卒業するまで……いや任務遂行して学園から去るまでは十分耐えてくれる……はず。


 俺は普段から昼休みになると、この場所で昼食を取っていた。

 雅人は昼になればコネを維持したり築いたりと様々な上流の家の生徒と昼食を共にしている。休み時間でも抜け目のない奴だ。

 ひよりはひよりで趣味が合う友人の女子生徒達のとグループで一緒に食べている。


 別に教室内で食べている他の男子生徒のグループに混ろうとする気もなく、だったら外で1人で食事をしていた方がいいと判断して、学園敷地内を調査と同時に隈なく移動して調べてみれば、こんなスポットを発見した。


 それに今日は弁当箱を手にしている。蓋を開ければ色とりどりなおかずが容器に詰まっていた。白いご飯のお供には唐揚げに玉子焼きにブロッコリーにミニトマトとシンプルな構成だが俺は好きだ。


 なんと俺の任務のパートナーと派遣されたリリスが今朝、俺のマンションにやってきては、マスターの為に作ってきたと渡してくれた。その時のリリスは瑠凛中等部の制服を着ていて、よく似合っていたので褒めたら照れたのか、そそくさと去ってしまった。


 一緒に入っていた箸を手に持って「いただきます」と言いながら、オカズを箸で掴んでは口へ運ぶ。うん、美味い。唐揚げは冷めているのに味付けがしっかりしているからか、口の中で鳥肉に染み込んだタレの味が広がる。やはりリリスの料理の腕は以前より上がっているな。


 さて、次は玉子焼きだと一切れを箸で摘まんだ時だった。


「――そこのあなた」


 鋭い声色の女の声がしたので弁当箱から視線を上げて前を向くと腰まである長い艶のある青み掛かった黒い髪に切れ長の目をした女子生徒が俺の前に腕を組んで立っていた。その瞳の中には俺をキツく鋭く捉えている。


「呆れた……またそんなとこで昼食を取っているのね。何度やめなさいって忠告したのを聞き入れるの?」

「春川先輩もよく何度も注意しに来れますね」

「……風時君。あなたがちゃんと言う事を聞いてくれれば私は来ないで済むのよ」


 2学年女子生徒 風紀委員会 委員長

 春川はるかわ 静音しずね


 家は老舗の製茶会社。扱っているのは緑茶や抹茶だけではなく紅茶、更には茶道で扱う道具など幅広い。貴族が飲む茶といったら彼女の家の会社を利用するのがほとんどだという。生徒会室で火澤副会長が淹れてくれる茶も春川先輩の家から取り寄せているブランドだとのこと。


 入学してすぐに俺はこの場所を見つけては昼休みの間、居つくようになったが、この人、風紀委員長である春川先輩にすぐ見つかってしまった。


 第一印象から氷のような冷たさを思わせる人で、その印象通りにまるで冷気が溢れ出るかのような冷たいことしか発言しない。


「別に誰にも迷惑を掛けてないからいいじゃないですか。ここで食べてたって」

「瑠凛のいち生徒がこんな寂れた場所で食事していることが問題なのよ。あなたの頭ではまったく分からないの?」


 こんな感じで言葉の所々にいちいち嫌味を混ぜてくる。けど、そんなことを言われてる俺は気にもせずに玉子焼きを口の中へ放り込んで、しっかり噛みしめて飲み込む。うん、玉子焼きも出汁があって、ほどよい甘目になってて美味い。


「俺は気に入ってるんですけどね、ここ」

「……あなたが気に入ろうと関係ない」


 蔑みを込めたような視線。

 以前見つかった時から何度もこの場所で食事するなと注意されていた。一回目の時は軽い注意だけで済んだが、二度も三度も繰り返せば先輩は俺に対して躊躇なく嫌味を込めてきてこんな感じで会話するようになった。


 春川靜音は傍から見れば細身のスタイルで切れ長の目の上のまつ毛も綺麗に整っているので美人の部類だ。けど、そのあまりにもクールな冷たすぎる態度で他者を寄せつけず、しかも学校の風紀委員会にも入ってて委員長と真面目の真面目だ。学校の男共はこの人に近づきたいとは思わないだろう。物好きであるんだったら別なんだが。


「俺は小心者なんで、すみません」

「小心者は注意してくる先輩の前で堂々と何も気にせず食べないと思うけど」

「俺のことは道端の小さな石ころと思って無視していいんで」

「……その石ころの方がまだ、あなたよりマシね。あなたは石ころにもなれない邪魔な存在としか思えないから」


 また酷い扱いだ。


「あなたは瑠凛の生徒会の一員なのよ。自覚しているの?」

「生徒会の一員だからって、ここで食べちゃいけない決まりはないと思いますけどね」


 ちなみに以前、生徒会の3人から昼は一緒に生徒会室で食べようと散々誘われたことがあった。あったが……


(――あんな人達と一緒に食べたくねぇよ)


 あの三人と一緒に食事を取るとか居心地が悪すぎて味が分からなくなりそうだ。


「そういえば……あなた今日は弁当なのね。いつもは安い総菜のパンのくせに」


 おい、総菜パンを馬鹿にしたな、この人。


「自分で作ってきたんですって言ったら信じますか?」

「……嘘ね。普段のあなたが自分の為だけに弁当を用意するとは思えないわ」


 ……よくご存知で。

 わざわざ弁当を作る為に時間が浪費されるのが勿体ないからだ。

 だったらすぐに済ませる総菜パンでいい。これ言ったらリリスにまた怒られそうだ。


「まあ……俺の食事生活を心配してくれる人が持たせてくれたんで」

「……そう。どうでもいい」


 何故か余計に不機嫌になったのは俺の気のせいか?


「……もういい。今日はもうこれ以上無駄で私にとってマイナスでしかないから。いい? あなたはもう二度と、で食事をしないでくれる? そうね、次からは男子トイレの個室の中で食べるのを勧めるわ。あそこだったら私はわざわざ注意しに行くことはないから、あなたにとって快適に食事出来るはずよ」


 これはまた酷い勧め方だ。

 そんなことを言われたら、またここで食べたくなってしまうではないか。


「……それは勘弁してほしい」

「? とても良い提案だと思ったのに」


 冗談でもなんでもなく本気でそう思っているのが中々強烈だ。

 きっと次もこんな感じで、この風紀委員長は俺に注意しにくるはずだな。


「……どうして仁美はこんな奴と」


 春川先輩はボソっと言い放っては踵を返して背を向ける。

 さっさとここから立ち去ろうとする。


「あ、春川先輩!」


 俺は先輩を呼び止めようとしたが、彼女は全く立ち止まる気はなかったので、もう少し大声で言った。


「前に生徒会室で飲んだんですけど、先輩のとこの緑茶の白川茶しらかわちゃ、美味しかったですよ!」


「…………………………そう」


 よく耳をすませば離れた距離の先輩の口からは確かに聞こえた――



 この場で再び1人となったが妙に寂しく感じてしまう。


「……さて、残りもいただくか」


 まだまだ残っている弁当の中身に手をつけて美味しく味わい、食後は心の中でリリスに感謝した。

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