第9話 四面楚歌
「確か室岡先生は今年度から
休み時間の途中、俺の後ろの席に座っている雅人に室岡先生について話すと、こう返ってきた。
「そういえばそうだったな……」
「ん?」
「あ、いや。そうなんだ」
俺達高校1年生、つまり今年4月に高等部に入学したと同時に室岡先生も赴任したのは以前、学園について調査した時に既に知っている。ちなみに担任の工藤先生は1年前に赴任したことも調べてある。
この学園のことは在籍している生徒だけではなく教師にも警戒しとく必要があったからだ。
「……室岡センセーって女子から人気あるんだよねー」
隣の席で座っている、ひよりはデコデコしているカバー付きのスマホをポチポチと画面を見つめたまま操作しながら会話に加わっているが、気分はドン底に落ち込んでいる。さきほどの授業で居眠りしていたせいで宿題を食らったことに不満だからだ。自業自得。
室岡拓巳という人は爽やかな見た目で教えも丁寧な教師とくれば評判が良いのは当然だろう。今も教室にはさっきの室岡先生について好意的な女子グループの会話が聞こえる。
「ちなみに前に室岡センセーに告白した女子がいたよー」
「へぇ。それで結果は?」
「先生から断ったんだって」
「……だろうな」
それはそうだ。
もし誰かしら女子生徒と付き合っていれば話題になるのは当然。
「ほんと評判ダダ下がりのクドーセンセーと全然違うよねー」
それを工藤先生が聞いたら傷つくだろうから本人に言うなよ、ひより。
「……でもアタシは室岡センセーはニガテなんだけどねー」
「「それはひより(冬里)がしっかりしてないからだろ」」」
「もー二人して~。あーあ、宿題のせいで貴重な自由時間が~」
ブツブツとぶー垂れている不真面目な女子を放って俺は席に座りながら考えていた。
――さっき室岡先生に呼び出されたことについてだ。
室岡先生は瑠凛の生徒会にいる俺のことを心配していたが、あれは――
「風時くん。あの……」
1人で考え事をしている最中に女子の声によって中断した。
俺に声をかけて前に居たのは同じクラスの女子生徒。
何だか落ち着かない様子といった感じだが、彼女の目を観察してみれば視線が俺に向けてというよりも、別の方向を気にかけていて定まっていない。それに彼女の声色は緊張というより、驚いたばかりの震えだと聞き取れた。俺に声をかける直前に何かあったのか?
「どうした?」
「……実は――生徒会長が教室にいらっしゃって……その……風時くんを呼んできてって」
――はぁ?
ザワッと教室の周りが騒ぎ出していた。
教室に居る生徒全員が前の方へと注目の視線を送っている。
同じ方向へと視線を向けば教室入口そこには――キラキラと輝く銀色のセミロングの髪に雪のような透明な肌が目立つ凛々しい外見。名前は日本人なのに日本人離れしている外見の女子生徒、生徒会長、
「生徒会長が1年の教室に来ているなんて……!」
「山之蔵様をこうして近くで見たら本当にオーラが……!」
まるで大物芸能人を見つけたかのように教室中で騒がれる。
なんといっても家柄が格上であり生徒会長である瑠凛においてトップの人だ。そんな人がわざわざ1学年の教室に1人でくればクラス全員から注目されるのは無理はない。影では彼女の外見から『
「シューく~ん。早く会長のとこにいけばー? 待ってるみたいだよー」
ひよりはスマホを弄り続けたままだが、その目は意地悪そうに俺を見てニヤニヤとしながら急かしてくる。
「……分かってるよ。ああ、そうだ。雅人は来ないのか? 会長には挨拶ぐらいはしたほうがいいじゃないか?」
雅人の家は大手ホテルを経営している一族の子息。雅人は瑠凛学園において数多くの良家の生徒達とコネを築き上げ、家のホテル事業の業績を伸ばす手腕を発揮していた。今朝では雅人の勘で生徒会の彼女達とは仕事の面で迂闊に関わらないようにするとは言っていたが、挨拶ぐらいはしときたいはずだ。
「遠慮する。生徒会長がわざわざ1年の教室に来たということは修司にだけ用があるからだろ。そこに俺が入り込んで邪魔するのは生徒会長に悪い。
――それに今は皆と同じように見物していた方が面白そうだしな」
すまし顔でやんわりと断られた。
こいつ……。ていよく断っているけど、ようするに会長が雅人に対してのが印象が悪くなるのを避けているだけだ。同時に面白い見世物を楽しむ気でいる。中々と意地の悪い。
「はぁ……。仕方ない」
席から立ち上がって教室前まで移動すれば会長と対面。
まずは渋々と挨拶をした。
「……こんにちは会長。なんの用ですか?」
「こんにちは修司くん。何を冷たいこと言ってるの? 昨日は電話であんなに個人的な長話をしていたじゃない。その続きでもしようと思って、こうして訪ねてきたのに」
と、会長はにこやかに晴れきった笑顔でそう返すと後ろにいる教室の同級生の生徒から黄色い歓声が発された。
――会長と電話で個人的な会話!?
――あの2人そこまで仲が良いの!?
と、チラホラ……というか思いっきり聞こえてる。
「それ、今じゃなくて放課後の生徒会室でもいいですよね!? あと誤解を招く言い方ぁ!」
「誤解もなにも事実なのに酷いね、修司くんは」
「絶対わざとですよね、それ……」
「それで修司くんの家には何時頃に行けばいいかな?」
「だから今ここでその話はするべきじゃないでしょ!?」
――ハッ! しまった……。
他の同級生が見ている前だってのに皆が尊敬している生徒会長相手に対して、こんな言い方をしたのはマズかったのでは、周りから反感を買われるのではと教室の様子を見れば――
「すごい……あの会長と、ああいう会話しているなんて」
「会長は楽しそうにしてるし、よっぽど仲が良いのね……。風時くんって本当にすごい人」
問題がありそうで特に問題になっていなかった……。
けど、これはこれでいいのか?
視線を向き直すと会長はウィンクした。
「ふふ、やっと以前よりは私と距離が近くなってくれたみたいね。少々荒療治だったけど正解みたいだ」
「……その為に、こうして皆の前で俺に絡みにきたってことですか……」
俺が生徒会長を……いや、生徒会に対して壁を作っている。
それは彼女たちが先輩だったり家柄が凄いからではなく、3人の背景である裏の家を知っていたからだ。そして俺は諜報員。
――必要以上に関わることはないと。
「それにしても本当に面白いね、修司くんは。こうしてわざわざ、君の教室に来てみて良かったよ」
「良かったのは会長なだけでしょ……。話があるんだったら放課後でお願いします」
相変わらず常人とは違う思考。予想外の塊である人だ。
確かに今のやり取りで前よりは遠慮がなくなったとはいえ、会長、そして生徒会全員に対して俺は気を許したわけではない。彼女達は瑠凛学園の謎に関わっている人である以上は俺の任務の妨げになっている。
俺はあくまで本分は諜報員だ。だから――
教室の外の廊下でもガヤガヤと、うるさくなってきた。
「? なんだ?」
「ふふ、修司くん。なにも君に会いに来たのは私だけではない」
え?
「修司さん。休み時間にごめんなさ―― あら、奏。修司さんに用だったかしら?」
突如と現れたのは生徒会の一員――
生徒会副会長 火澤仁美
美しい体型。なにより制服の上から目立つ大きな胸には注目する男子が多い。女子からは、とても清楚で優しい人だと尊敬されている。
副会長の乱入によって周りの騒ぎは更に大きくなり――
「あ! シュージ! 昨日の電話急いで切ることない……って、カナデとヒトミも、どうしてここに?」
生徒会書記 レイナ・リンデア
黄金に輝く髪に高身長に長い足とスラッとした曲線美モデルなスタイルは人目を引きつける。スポーツ万能で上級生、下級生問わずに皆から頼りにされている。教室の中には書記に熱い視線を送っている女子もいた。
この3人目の乱入によって周りの騒ぎは臨界点へと達する。
「生徒会の
「やっぱあいつ羨ましすぎるぞ!」
「こうして生徒会の先輩方全員見ているとオーラがとんでもないわ……」
こうして周りが騒ぐ中、俺の目の前にいる生徒会のメンバーの彼女達3人は三角形となる位置と至近距離で向き合っていた。
「ごめんなさい二人共。今、修司くんとは私と親密に会話している最中だったんでね」
「あら、ごめんなさい。でも奏が先に来ていらしたんだし、もう用事が終わりましたのなら、もう私が修司さんと仲良くお話をしてもいいですよね?」
「カナデもヒトミも何言ってるの? ワタシもシュージとは深い関係よ!」
「「…………」」
「な、なによ! 2人とも!?」
彼女達3人は教室前にいたまま周りを気にせず普通に会話している。
生徒会長だけではなかった……!
予想外の塊が3人もいやがる。
(どうする……? 俺……!)
なんでホームルームどころか休み時間にまでこんなことになってるんだ!
もはや収拾のつかない事態へと発展してしまっている。
いくらここで俺が止めようとしても余計に混乱するのは明白だ。
だから俺が取るべき行動ははたった一つしかない――
――――
「もーいいわよ! とにかくワタシが先にシュージと……って、あれ? シュージは?」
「あら? いなくなってしまいましたね……修司さん。どこへ行ってしまったのかしら?」
「……途中で気配を完全に消していた――? ふふ、どうやら騒ぎすぎてしまったね。後で彼には謝らないと」
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