第12話 副会長 火澤仁美の場合
――とある日の放課後の生徒会室での出来事だった。
「あら修司さん、お一人?」
生徒会室に入ってきたのは生徒会副会長2学年で先輩の火澤仁美だった。
俺は座りながら読んでいた文庫本に栞を挟んで鞄にしまう。
「まだ他の2人は来てません」
放課後になれば何も生徒会の仕事だけしているわけではない。
リンデア書記は複数の運動部の助っ人。火澤副会長は茶道部など文化部に所属。
山之蔵生徒会長も生徒会以外の用事で遅れたりと来れなかったり。来ないのであれば先にスマホの生徒会グループチャットでその旨の連絡があるはずなので、今日はどうやら普通に書記と会長は遅れるだけのようだ。
「それでしたら、お先に私達でお茶を飲みましょうか」
副会長は自分の席に鞄を置くと鞄の中から透明な瓶を取り出した。見える中身は赤味がかった小さく細かい茶葉。おそらく紅茶のようだ。瓶を持ったまま茶を淹れる為に使うポットやカップが置いてある所へといく。
この生徒会室そこまで広くはないが設備が妙に充実している。なんと冷蔵庫どころかキッチンまであるのだ。来客用に食器も揃えてるしソファもある。普通にここで寝泊まりできる快適性だ。だからってこんなとこで一夜を過ごすつもりは全くないが。
「なら自分が淹れます」
お茶は後輩である一年生の自分が淹れるべきだろうと、俺も席から立ちあがってキッチンへと移動した副会長の方へ向って隣に並んだ。
「いいのよ。私お茶を淹れるのが好きだから。あ、でも修司さんが淹れてくれるのも美味しいわ。 でも今は私に淹れさせてほしいなぁ。ね?」
副会長は俺の目の前に立っては、上目遣い、さらに艶のある唇で俺に言った。そして目の下には大きな――胸が強調している。
(調子狂うな……」
こうなれば大人しくするしかない。しかも副会長は普通の言い方だったはずなのに妙に色気があったせいか今のでちょっとドキっとしたのを隠しながら再び自分の席へと戻る。
「分かりました……」
「ふふ、待っててくださいね」
微笑む副会長は早速と紅茶を淹れる準備をした。無駄に高そうな、やかんでお湯を沸騰させる。
透明なガラスのティーポットにお湯と茶葉を適量と投入して蒸らしで数分と待つ。ポットの中身は茶葉が飛んで跳ねるように上下に動いている。これはジャンピングと呼ばれてて新鮮な茶葉を使っている証拠だ。頃合いになったらカップへと紅茶を注ぐ。紅茶を美味しく淹れる手順の『ゴールデンルール』を踏まえた流れる動作の副会長の姿勢は鮮やかだった。普段から茶を淹れ慣れているからこそ出来る動きだ。
「はい、どうぞ。この紅茶とっても美味しいのよ」
「では、いただきます」
目の前に置かれたティーカップを手に持って一口目と飲む。口の中に流れてくるのは紅茶特有の渋みが少なくて砂糖を入れてないはずなのに、ほのかな蜂蜜と思わせる甘さ。この紅茶は――
「ルフレですか?」
「あら、修司さんはお茶の淹れ方上手ですしねぇ。詳しいわね」
スリランカ産の茶葉であるルフレは日本であまり知られていない。独特のコクと甘さがあるので飲みやすいし特にミルクティーにして飲むと美味い。
昔、機関の上司である彩織さんに茶の淹れ方をビシバシと鍛えられてコーヒーや紅茶について徹底的に叩きこまれた。それでよくリリスに紅茶を淹れてあげたりして飲んでくれて好評だった。
「良い時期に採れた茶葉だから頂いたのよ」
「中々、質が高いと思います。もしかしてこれって――春川先輩のとこの?」
「ええ、静音ちゃんからよ」
風紀委員会の委員長 春川靜音。
老舗の製茶メーカーの娘で副会長とは昔から顔馴染みのようだ。
でも俺は、あの人からは良い印象がない。俺がここの学園敷地内を調査して様々な場へと移動している最中に、ばったり出くわして注意されてばっかだ。その度に嫌味を言われまくる。
「今日、静音ちゃん言ってたわよ~。修司さんの躾はちゃんとしなさいって」
「躾って……」
俺は生徒会に飼われてるペット扱いかよ。
「だから言ってあげたの。修司さんは普段からお利口さんなんだから躾の必要がありませんって」
「……いや、まず躾のところはどうかと」
「あら、ごめんなさい」
火澤仁美
常に物腰はおっとりしてて大和撫子をそのまま具現化した存在。ある生徒からは聖母だと呼ばれているようだ。
この人、他の生徒会の先輩二人とは違って凄い大人しいんだけどなぁ。天然?が入ってるからか、他2人とは別の意味で厄介な人だ。
瑠凛の女子生徒はほとんど箱入りお嬢様として育てられているので普通の市民の考えとはかけ離れている。
……例外が同じクラスの冬里ひよりとかいるが。
この瑠凛のお嬢様では特に火澤仁美は筋金入りの箱入りお嬢様と見える。
「靜音ちゃんはね厳しい所あるけど、ちゃんと優しい所もあるのよ。だから仲良くしてあげてね」
優しいのか? いつも会う度にすんげぇ嫌味を言ってくるし、俺は俺で先輩相手なのに何だか言い返したくなっちゃうんだよなぁ。だからか、あの人と仲良くだなんて想像出来ない。
「――でも、あまり仲良くされちゃうと困っちゃうわねぇ」
「え? どうしてですか?」
「うふふ。紅茶のおかわり欲しかったら言ってね」
「……」
副会長が何が言いたいのかよく分からなかったので、とりあえず紅茶を飲む。
それにさっきから茶を飲んでいる俺をニコニコと見ているので落ち着かない。早く書記と会長が来てくれないかなって待ちわびていた。
「そういえば修司さんは高等部から瑠凛に入ったのよね」
「はい。副会長や他の2人も瑠凛の中等部から上がってるんですよね?」
「そうよぉ。だから私達ね、修司さんのことは全然知らなかったの」
3人共、瑠凛の中等部からのエスカレーターで高等部へと上がっている。俺は高等部から家や身分を改竄して入学したから皆は俺のことは知らないはずだ。バレてないようでなにより。
「この学校には慣れたかしら?」
「まあ……それなりに。入学当初よりはクラスに馴染めたかなと」
「それは良かったわねぇ。それでね、私とも仲良くしてくれたらいいなぁーって思ってるのよ」
「は……はぁ」
この副会長はリリスに負けないぐらい俺にお節介焼きたがるなぁ。
生徒会の後輩が俺一人だけだから先輩として世話を焼きたいとかあるのか?
「修司さんにはね。この学園を好きになってもらえるようになってほしいわ」
「……副会長は学園が好きなんですね」
「そうねぇ。お家だと中々落ち着かなくて……」
「落ち着かない、ですか?」
ん? 副会長の家? 何か嫌な予感がしてきたぞ……。
そうだ、この人の家は――
「ええ。家には、お父様の部下達が沢山と来ることがあってね。いつも家の中で集まっては雰囲気がね? なんだかピリピリしていてばっかで――」
それって……。
「その部下達がよく言い合いで怒鳴ることが多くて――」
何の集まりかな? ただの仕事の会議だよな?
「勢いよく家から出て言ったら血だらけになって帰ってくることがあるし……」
「……」
他所の組員と抗争……いや、ケンカでもしてたんじゃないですかねぇ。
「そ、それは大変ですね……」
そう、火澤 仁美の実家は国内最大暴力団組織『
つか、そんなことを俺に言っていいのか? 確か自分の家が実はヤクザだとかは周りに隠してて、知られているのは学園では生徒会長だけのはずだ。リンデア書記に隠していることを新入生の後輩の俺に話していいんだろうか?
「あら私ったら、いけない」
どうやら副会長は今気づいたみたいだ。
まあここは聞かなかったことにしといて、とぼけよう。
「よく分かりませんが……血反吐吐くような大変な職場なんだったのは理解しました」
「そうなるかしら……? ふふ、なんだか修司さんにはつい話したくなっちゃうものねぇ……レイナにも話せたらいいんだけど――」
(副会長とリンデア書記は、お互いに家の裏について秘密にしているとは中々複雑だな)
しかし生徒会長は二人の家の裏については知っている。会長はなにせ世界の裏を支配している秘密結社の家の子だ。裏の家を持つ二人とは表ではなく裏の世界で長い付き合いがあるだろう。
「そうだ! だったら修司さん。ぜひ今度、私の家にお越しになってください」
「…………………………はい? 今なんと?」
今なんて言ったんだ?
「修司さんは私の家に来てほしいなぁ~って」
聞き間違いじゃなかった……。
「い、いや……それは家の人達に迷惑が掛かるのでは?」
大事にしているお嬢が、いきなり同じ学校の男子生徒を家に連れてきたら、いらぬ誤解をされてしまうのでは?
「色々と騒がしい人達ですけど、皆さんはカタ……あ、いえ。修司さんには歓迎してくれると思うわぁ」
今カタギって言いかけたよな?
別の意味でヤバイ歓迎されるよね、俺?
行きたくねえええええええええええええ。
「……機会があれば」
「いつでもいいのよ。待っているわね、ふふ」
副会長は期待たっぷりの微笑みになってしまっている。
――誘われても行かないように回避しようと俺は強く決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます