第13話 書記 レイナ・リンデアの場合
――とある日の放課後の生徒会室
「あれ? シュージ1人だけ?」
「他の2人はまだですけど……」
天然に煌めく金髪ポニーテールの女子生徒が入室してきた。
レイナ・リンデア 瑠凛学園2学年 生徒会書記
名前や外見から分かる通りヨーロッパ系の外国人の血を純粋に引いている彼女はここ瑠凛高等部生徒会の一員で書記を担当している。
俺は途中まで読んでいた本を閉じて手元の横に置いた。
「フーン。そう」
リンデア書記は生徒会室の中央にある会議用テーブルに俺の対面へと座る。このテーブル、誰がどこの位置に座るかは特に決まってない。生徒会長は部屋奥の窓際に会長専用の立派なデスクがあるから、いつもそこに座っている。
「リンデア先輩、今日部活の方は?」
「今日はないわ。中間試験の時は休みだったのに試験明けたら、どこも部活入って!って勧誘してきてね。でも入部してないからヘルプをを引き受けてタ・イ・ヘ・ンよ。……スポーツするのは好きだから良いけどね……たまにはこういう休みの日があるのも大事ね。ほとんどワタシが来るの遅れてばかりだし」
リンデア先輩は特定の運動部には所属していないが、180近くある身長、なおかつ持ち前の身体能力を見込まれてテニス、女子バスケ、バレーと様々な運動部からスカウトされたり助っ人を頼まれている。放課後の生徒会活動で遅れたり休んだりすることが多いのはリンデア書記だが仕方なしの事情だ。しかし今日は珍しく先に来ていて、他の2人はまだ来ない。
彼女は座ったままウーンと両腕を上に伸ばして背伸びする。ブレザー制服の上からでも分かる体の綺麗なラインが強調してて一瞬目の行き場に困ってしまった。
平然と心掛ける。
「じゃあ2人が来るまでゆっくりアフタヌーンティーでも飲みたいわね。ほら、シュージ。さっさと淹れなさい」
積極的にお茶を淹れてくれる火澤副会長とは違ってリンデア書記は、お嬢様らしいお嬢様というスタイル。後輩を遠慮なく顎で使う。しかし、こっちの方が何もしないよりは良いので助かった。
「かしこまりました」
俺はこう返事して立ち上がれば、すぐに生徒会室備え付きのキッチンへと移動する。紅茶を淹れる手順は火澤副会長と変わらない。茶葉の分量、湯の温度、蒸らしの時間と扱う茶葉によって細かく変えて美味しい紅茶を最適に淹れられるかだ。先日副会長が持ってきてくれたルフナの茶葉にはミルクが合うので冷蔵庫から牛乳を取り出す。取り出したのは、いかにも高そうな高級感ある瓶。日本では少数しか飼育されていない『ガーンジィ』という牛から搾った牛乳で非常にコクがあってヨーロッパでは紅茶に合うゴールデンミルクとして親しまれている。……お値段は1リットルで余裕で1000円超えるブランド牛乳だが、美味しい紅茶に使うミルクだったらコレよ!とリンデア書記がわざわざ取り寄せて生徒会室の冷蔵庫に常備されている。
さすが瑠凛、さすが貴族、さすがお嬢様。
先に湯で温めておいたティーカップの湯を捨て、ミルクを少量と入れ、そこへ蒸らし終えた紅茶を注ぎ込んだ。ミルクが混ざり合い亜麻色になった紅茶の色はキャラメルを思わせるかのように甘いお菓子と思わせる。すぐに運んで書記の目の前に置いた。
「おまたせしました」
「ティー・ウィズ・ミルクね」
ティー・ウィズ・ミルク
……洒落た名前だが単にミルクティーをイギリスではこう呼んでいるだけ。別にミルクティーと大して変わらないが彼女はヨーロッパ育ちだからか、その名称で慣れ親しんでいるだけだろう。書記はいただきますとティーカップを手に持ち紅茶を口へと運ぶ。
「うん、美味しいわ」
「火澤副会長みたいとはいきませんが良かったです」
「? そんなことないわよ? ヒトミの入れるティーも美味しいけど、シュージが淹れるティーもとっても美味しいわよ。なんていうの? ヒトミのはテイネイでシュージのはセンサイ?」
どっちもほぼ同じ言い回しだが何となく書記の言いたい事はわかる。同じようで違うんだと。俺からすれば、どちらが優れているかといえばきっと火澤副会長のはずだ。副会長は昔から茶を嗜んいるので俺と同じ紅茶を淹れる手順でも、飲む人の気持ちのことを第一に考えて茶葉の選びや淹れ方を極自然に工夫している。
あくまで俺は短期間で叩き込まれた技術としての付け焼き刃でプロに近い淹れ方なだけ。ただ正確に分量や時間を測って自分にとって最高と思えるベストで淹れている。
しかしリンデア書記は――
「ワタシも子供の頃から紅茶を飲んでいるから多少は分かるわよ。どんな茶葉を使って、どんな淹れ方をしているのかだってね。ヒトミもそうだけど、今だってシュージはワタシの為に美味しくなるように思って淹れてくれたんでしょ? それで美味しいんだから十分じゃない?」
「……お褒めに預かり光栄です」
右腕を自分のお腹に当ててお辞儀する。
「……なんか今のシュージって、まるで
「…………」
ハッ!? しまった!?
数年前に別の任務の潜入捜査で、とある貴族の執事として仕えた事があった。
ついその頃の経験がここで発揮してしまった。
「……ただ執事の物真似しただけです」
「フーン。でも結構似合ってたわよ」
書記は特に気にすることもなく紅茶を音を立てずに静かに啜る。
危ない危ない、と俺も席に座って自分の分の紅茶を飲んだ。
飲みながら対面を見れば優雅に紅茶を嗜むリンデア書記の姿。
美しい金髪、健康的な白い肌と外国人特有のモデル体型の外見には目を奪われてしまう。書記は俺の視線に気づくと、
「? そんなにワタシを見つめてどーしたの? あ! フーン……もしかしてワタシに見惚れてるの?」
ニマッとした表情で俺をからかう。これは俺の考えてることを見破ったというよりは自分の容姿に自信を持っているゆえの発言。彼女は謙遜なんかせずに自分の美しいプロポーションを誇っている。
「でもシカタナイよね。ワタシだってママから授かった、この美貌には感謝しているもの」
確かリンデア書記の母親は海外で大女優やモデルとして有名人だ。今は引退してファッションブランドのデザイナーとして活躍中と聞く。
――そんな大物有名人が世界的マフィアの大物ボスとくっついているとは世間は知らない。一応、表向きは大手貿易会社の社長婦人になっているから問題になっていないが……。
「フフン。シュージ、言ってみなさい。ワタシはとーっても美しいって」
ほらほらと挑発が混じっている表情だ。こういうのは誤魔化せば彼女は俺を弄り続けるつもりなので――
「まあ、先輩は美人ですしね」
「――――ッ!?」
今の発言で書記は驚愕の表情、一瞬で顔が真っ赤になる。美人と素直に言ったのに、どうして驚かれるんだ? しかもモジモジしだすし。
「も……もーシュージ。そ、そういうことは軽く言わないで……」
「別にお世辞じゃないですけど……」
そもそもそう言えと命令したのはそっちなのでは?
あんな自信だから、てっきり普段から周りから美人だと言われ慣れてるだろうに、まさか照れるとは。
「本心で先輩は美人だと思ってますよ。それに――」
「そ、それに――?」
俺の言葉の続きに期待たっぷりのエメラルドみたいなグリーンアイがキラキラに輝いて、より魅力が増す。
「もちろんリンデア先輩だけじゃなく副会長も会長も美人ですしね」
大和撫子の火澤 仁美。スーパーモデルのレイナ・リンデア。白銀で麗しい山之蔵 奏。家柄や優れた才能だけではなく容姿も完璧だとか、天は彼女達にいくつ与えているのか。
「………………ソウ」
あれ? なんか拗ねてしまったようだ。
「……期待したワタシがバカだったわ。シュージもバカ」
ええー……――
-2-
何故か気まずい雰囲気なまま、お互い紅茶を飲む。
早く他の生徒会2人が来ないかなと思ってたら――
「ん? シュージ。その本って……」
俺がさっきまで読んで手元に置いていた本に気づくと、リンデア書記は恐る恐ると伺ってきた。こんな姿勢の書記は珍しい。
「ああ、同じクラスの人から借りたんですけど。ライトノベルといって――」
本の表紙絵には二次元のアニメイラストで鎧を身に付けた男女が描かれて背景からしてもファンタジーの世界と思わせる。
「ヘ……ヘー……ソウ。シュージもソーユウの読むんだー……」
書記はなんかソワソワしだしてチラッチラッと本と俺を交互に見ている。その目を見れば興味といった感情が秘めていた。ということは、
「もしかして先輩、こういうの好きなんですか?」
「べ……別にワタシ、マンガとかアニメとかラノベとか興味ナイワ……」
明らかに嘘だった。
仕草、目の動き、声色から丸っきり本心ではない物言いだ。わざわざ観察術で見抜くまでもなく、こんな動揺されれば誰から見ても気づくなこれ。だったら――
「これ意外と面白いんですよ。もうアニメ化している人気作品ですけど、主人公とヒロインや周りのキャラクターが魅力的だし、ファンタジー世界なのに遺跡から現代の武器とか出てきて主人公が手にしたりして――」
「ソウ! 特に悪の敵が召喚したドラゴンに苦戦している所を主人公がミサイルで撃退して、モウ!ソーカイで!……――あっ!?」
しまった!?と彼女は両手で口を押さえるが遅い。今、彼女が話した部分は俺が読んでいるこの本の中盤辺りの場面だ。実際にこの作品を見てなければ知るはずもない。
「やっぱり知ってたんですね」
「…………ソ、ソーよ……悪い?」
あう~と書記はうなだれる。
「だ、だって……ワタシみたいなのがそういうの好きだってヘンに思わない?」
貴族たるお嬢様である自分が、こういう文化にハマっているのが知られるのが恥ずかしいみたいだ。そういえば同じクラスの雅人が言っていたな。瑠凛に通うような貴族の生徒は、あまりこういうのとは縁がないのがほとんどだと。俺にこのラノベを貸させた例外の生徒がいるが。あえて言わないけど……。
もしかしたらリンデア書記は、あいつと仲良くなれるのでは……? いや、今はそんなこと考えるのはやめよう。
「俺だってこういうのは最近まで興味なかったのに、読んで見れば面白いし。先輩だって知っているんだったら、さっきみたいに内容について語ることが出来て良いじゃないですか。――俺は全く気にしませんよ」
「……ホントに?」
「本当ですって。じゃあ途中までしか知らないけど、さっきみたいに話しますか?」
「……!」
不安で暗かった彼女の表情は笑顔へと咲く。
俺はまだこの作品を最後まで読んでいないので書記はネタバレに配慮しつつも途中まで俺が知っているとこまでの展開についてお互いの感想を言い合う。俺が感想を言えばリンデア先輩はイキイキとした表情で返していて、それは新鮮だった。
……もし俺が諜報員でもなく、リンデア書記の家のことなんか関係無かったら、こうして普通に楽しく語り合って、もっと軽々しい先輩後輩の関係になっていたのではと思うほどに。
「こうして話すと楽しいわね。……あーあ、変に隠しているんじゃかった、ワタシ」
「家でそういうの厳しかったりするんですか?」
「ウーン。親はワタシの好きなようにやらせてくれるから、そういうのはあまり無かったわ。ママもそうだし、特にパパがねー。ワタシのことは可愛がってくれるのはいいんだけど……」
つまり溺愛しているのか。
自分の娘がリンデア書記みたいだったら可愛がるのは仕方ない。
「小さい頃、海外で住んでた時に同じスクールの男の子でね、オマエは親にワガママ言ってるお嬢様だってワタシにイジワルしてきたのよ。毎日毎日しつこく絡んできて」
……あー、あれな。きっとその男の子はリンデア書記のことが好きだったんだろ。好きな子についイジワルするのはよくあることだ。まあ、子供だから、どうアプローチすればいいのか知らなかったんだ、きっと。
「それでねパパに泣きついちゃったの。スクールでワタシをイジメてくる男の子がいるって。そしたら「よーし、パパが何とかしてあげるから任せなさい!」ってワタシの為に怒ってくれて、そのままパパは大勢の部下達とゾロゾロと外に出かけて朝まで帰ってこなかったわ」
――ん?
「次の日からスクールに行ったら、その男の子は通わなくなって二度と来なくなってたの」
――マフィアに消された!?
い……いや、そう考えるのは早計だ。いくらマフィアだからって、そんな荒療治に結びつけるのは――
「それでね、パパから聞いてみなさいってボイスレコーダーを渡されてね」
――んん?
「聞いてみたら、そのイジメてきた男の子が凄い悲痛な叫びでワタシに謝るのを繰り返してて、その子のパパとママも凄く苦しそうに一緒に謝っててビックリしちゃった」
………………
「パパが言ったの。その子と親は親族まとめて反省して、どこか遠い所へ引っ越すから、もうレイナをイジワルする人はいないよ。スクールの先生達にもキツく言っておいたから安心だよって」
別の意味の遠い所じゃないよな……な?
普通に今は別の国で元気に暮らしてるはずだよな? その子と家族は?
学校の先生も脅されたわけでないよな?
気になって眠れなくなるから後で機関に、その家族の行方を探らせとこう……。
「へ……へー。そうだったんですか……」
「子供の頃はそういうことがよくあって不思議だったけど……後で気づいちゃったんだよねー。ああ、『ワタシの家』は本当はそういうことだったのって……ね」
もみあげに垂らしているサラサラの金髪の髪を指でクルクルと巻きながら小さく呟く。
きっと成長して自分の家の裏の実態を知ってしまったんだろう。
マフィア『アルバロン』
海外の裏の社会で猛威を奮っているのが自分の親だということに――
「あ……! なんでワタシ、シュージにこんなこと話しちゃうんだろ。ヒトミには言ってないことなのに。もー、今聞いたことは忘れなさいよ!」
忘れられるかよ!
って、あれ……? この流れ、何か前にもあったような……。
ハッ!? イカン! すぐに話題を変えさせないと!
「せ……せんぱ――」
「あ、そーだ! シュージ。今度ワタシの家に遊びに来なさい。それで2人で一緒にアニメをカンショーしよ! うん! 良いアイデアね! ワタシ」
……………………
「……先輩の家の人に迷惑じゃないですか?」
「ウーン。ちょっとコワい人が何人もいるけど大丈夫よ。あっ、パパに見つかったらちょっとヤバイかも?しれないけど」
恐ろしいことをヤバイかも?で済まさないでくれ!
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