第21話 次の目的地は


 ――バスの中。


 レストランでの昼食を終えて、次の予定でもある午後の美術館見学もトラブルが……

 ――あったわけでもなく、特に問題が起こらずに滞りなく見学は終わった。

 今バスの窓から車内の席へとすっかり目映い夕陽の光が差し込んでくる時間帯となっている。


 なので現在このバスは今夜クラス全員泊まることになるホテルへと直行していた。あれだけ豪勢な満足する食事をいただいてから美術館を見学して歩き回った後では、バス内のクラスメイトほとんどが熟睡して物静かだ。

 俺の右の席に座っている、活発でやかましいひよりもスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。……それも俺の肩に頭を乗せながら涎を垂らして。ホテルで制服のクリーニングを頼めるんだろうか?


「なんか一日目だけで、このクラス人達の色んな面が知れた気がする……」

「……課外活動っていうのはそういう場でもあるからな。いつも校舎の中で授業を受けてる時とは違って、外でしか見せない部分もあるんだろ。エスカレーター組の俺達は何年も一緒だからあまり気にならんが、お前の場合は外部から来たからなおさら新鮮に見えるんだろうな」


 左の窓際で頬杖しながら座る雅人は外へ目を向けたまま返した。

 雅人は他人事みたいに言うが、こいつもレストランでの下りで初めて覗かせた一面を見ると改めて徹頭徹尾まで貴族の人間であると認識する。


「――しかしを利用した偽者の身分か……。とんだ無謀知らずだったあの傍迷惑な奴はなんだったんだろうな?」

「……」


 店前で騒ぎを起こして……追い出したものの取り逃がしてしまった人物について雅人は疑問を零した。

 俺はあいつみたいな雑に嘘をついてはいないが、似たようなものだ。


 ……そしてあの出くわした謎の少女にも言われた。


 『嘘まみれの存在』


 もしかしたら、こうして周りの人達に平気で嘘をついている分、迷惑なあいつよりも酷い人間とも言えよう。……今更なことだが。


「――目立ちたくないか?」

「そりゃあ、まあ……出来れば」

「といっても、あの生徒会に所属しているだけで十分目立ち過ぎだと思うがな」

「……それもそうだ」


 またしても呆れる雅人につい同意してしまった。

 諜報員とは常に人知れずに動くものだ。それで目立つように動いては本末転倒。

 瑠凛に潜入する直前までは、あまり大きく動かないようにするつもりだったが……――あの『三人』を筆頭に、様々な人達と接していく流れで状況は目まぐるしく変化している。どんな事態に出くわして冷静に対処しようとしているつもりだけど……。


「ちょうどいい、修司。――訊いておきたいことがある」


 窓から俺にへと向けてきた雅人の視線は疑心の目つきだった。

 まるで試すような口振りも添えて。


「なぜ、ああまでして……他人の為に張れる? それで得られるのはなんだ? 信頼を得る為にか?」


 迷惑なあの男に対して向かった俺の行動を、まるで愚かだと非難しているとも受け取れる。

 雅人は自分の家と将来の為に社交的な態度でコネクションを築き上げている、

 自分が他人の為に取る行動は全部将来でリターンされるメリットがあると踏んでからこそ、善意を施している。……逆に言えば雅人にとって必要ない善意は自ら取ることはない。それはデメリットになると考えているからだ。面倒なことは全て周りに任せればいいと。


「……クラスのみんなを信頼してたからだ」


 多分あの時の俺の行動は……諜報員としての自分を無視した故だったんだと思う。

 ただあの場で食事していた委員長含めてクラスメイト達との時間を守りたかった。

 みんなを信頼していたからこそ、俺はああいった行動に出れたと思う。


「信頼、ね……」


 雅人はつまらなさそうに、しれっと言う。


「でも雅人だって、店から出てきて助けに来てくれただろ?」

「……」


 ほんの間が空いて……雅人は、何を言っているんだこいつは? とウンザリした目をしながら、


「……俺も食事の邪魔に苛立っただけだ。あまり良い気じゃなくて文句を言ってみたかったしな」

「なんだ、雅人だって楽しみにしてたじゃん」

「……黙れ」


 悪態をついて再び窓の方に向ける。


「でも委員長とはもっとゆっくりと話がしたかったな」

「……」


 情報収集目的とした委員長との食事中の会話で気になっていたとこが幾つかあった。とんだ邪魔があったせいで聞くに聞けなくなってしまった。


「修司――お前にも色々と知りたいことがあるようだが、今は何事も慎重に動け」


 それは貴族としての立ち回りとしてのアドバイスなのか

 あるいは別の意図を含めているのか、そっぽを向かれているので読めない。


「ところで修司、なぜ委員長がお前を相席に誘ったかわかるか?」

「え? それは……クラスの委員長として、外部からの俺を気にかけたからだろ?」


 俺がそう答えると、雅人はぷっと笑う。


「そうかそうか……」


 更に続いてクックッと笑った。


「……なんだよ。でも委員長。レストランの後からあまり会話しなくなったけど、どうしたんだ?」


 気まずい場面があったとはいえ、食事を再開した時に多少は打ち解けたと思っていた。けどその直後の美術館の見学からは、あまり目を合わせてくれずに、口数も少なかった。


「そこまで見抜けるのに、は気づかないのか?」

「はあ?」


 またまた可笑しく肩を揺らす。なんなんだいったい?

 ひとしきり笑った雅人は、


「まあ……ついでに愚痴らせてくれ。思ったよりも善意の人付き合いは面倒だ……」

「は?」

「自分で気づけ、馬鹿が」


 次に「……協力を軽々しく引き受けるじゃなかったな」と小さく呟いた。


 不遜に鼻を鳴らしながらなにやら後悔しているようだが、なにかあったのか?。

 俺にはなんのことなのか全く分からない。


「……少し寝る。それに夜には――……」

「え? 夜には?」

「……」


 俺の疑問に答えることなく雅人は窓に顔を向けたまま沈黙な寝息を立てていた。

 こいつもなんだかんだ疲れていたんだろう。

 俺も大きく息をついて背中を深く後ろに預ける。


(今頃――『学園』の方ではどうなっているのか……)


 学園……そして昼前に連絡を取っていた『少女』のことを心配しながら、静かに目を閉じてバスが宿泊先のホテルに着くのを待っていた。

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