第20話 心配


「お前は相変わらずどこで道草を食ってるんだ」

「……悪い。なんだか、あの男のことが気になって追ってみたけど……結局見つからなくて」

「本当に無駄なことだな」


 出迎えの開幕は雅人の白けた態度だった。

 俺の言い訳には呆れるどころか興味なさげに示してから、


「まあ、無事なのはなによりだ。さっさと座れ」

「……ああ」


 先ほどの一幕で体の所々に受けた傷の応急処置を済ませながら、急いでレストランに戻るとテーブル席についたままの周囲のクラスメイト達は沈黙……室内は静寂に包まれた雰囲気で机上には手をつけていないのか、すっかり料理が冷めているのが見られた。移動する最中に各々からチラッと視線を向けられ、チクッと感じて、針のむしろな気分だ。雅人のうんざりした促しに従ってこのまま元の席に戻った。


「シューくん、おっかえり~。もー心配したんだからぁ」


 横から掛かった明るくはしゃいだ声に反応すれば、隣の席に座っていたひよりが、にへらっとした笑顔で何事もなかったかのように俺を迎えてくれた。

 そんなひよりに俺は真っ直ぐと目を合わせ、


「……悪かった」

「……うん」


 小さく頷いたひよりの機微をよく観察してみると、俺から隠すように拳をギュッと強く握っている辺り……きっとくれたんだろう。

 今は何も言わないでくれるのは助かるが……どうにも気に掛かって後ろ髪を引っ張れるもどかしさだ。それに、いつまでもひよりに甘んじて隠したまま接し続けるのは、俺はともかく、ひよりに気負いを感じさせてしまう。

 やはり、一度ひよりとは話し合うべきか……?

 ……今はひとまず置いておこう。この場で謝る相手は他にもまだいる。


「委員長も」


 後は、目の前に座る相席していた委員長にも心配かけたと謝ると――



「――風時くん!!」



 俺が席に座ろうとした矢先に、真正面からダァン!と両手をテーブルに叩く強い音と共に、強い熱を含んだ声で遮られた。

 俺と挟んだテーブル上に委員長はグッと身を乗り出してきた。彼女のトレードマークなファッショングラス越しの奥の瞳には怒り……そして不安と心配の感情が大きく渦巻いて揺らいで……涙の粒を滲ませていた。今まで見たことない委員長の珍しい真髄な表情には、周りのひより達クラスメイト皆だけでなく、俺も一瞬狼狽えてしまった。委員長は制服の袖で目元を拭うと、


「どうして……? あんな勝手な行動したの? それもわざわざ追うようなことして、いなくなったりして…っ………風時くんに危ないことがあったらどうするの? すごく……すごく心配してたのよ……ぐすっ」

「……」


 俺の目の前で甲高くしゃくりあげるような声で、一つまた一つと言葉を繋ぎながら吐露していく。

 彼女の眼も充血しているのがハッキリと見えた。

 本当に俺の事を心配していたと確かに伝わってくる。


「委員長……勝手に動いたことは謝る」

「……」

「悪かった……ごめん」

「……」


 俺が謝罪しても委員長は黙ったままで、まだ全然納得していない様子だ。

 ……どうするかと俺も黙考すると、


「夢岸!」

「っ!」


 室内に響くほどの大きく声を発した人物を見れば、誰もが意外だと思っていた――雅人からだった。

 今の一喝で委員長は一瞬ビクッと体を震えた。

 雅人は委員長に睨みを向けて今度はさっきとは反対に、冷静な口振りでしっかりとした語気で先を続ける。


「何も知らないで一方的に考えて押し付けるな。ちゃんと修司の話を聞いてやれ」


 軽く鋭い睨みを利かせたのは委員長に意図を伝えたかったからだろう。

 その意図に気づいたのか委員長は「ごめんなさい……」と言いながら再び目元を袖で思いっきり拭って、


「……わかったわ。……ちゃんと話してくれる?」


 もう一度俺に向き合ってくる。

 だからきちんと、それに応えなければならない。


「――外で迷惑な男が騒いでいた時……もし俺が――」

「……?」


 なぜ俺があの時、ああ動いてしまったのか。

 嫌な予感があったこともあった。……実際その通りだったわけだが。

 でも何より、あの時の俺を動かした原因が……理由がある。


 それは――


「あの時、俺が動かなかったら――あの客に注意しに直接向かうつもりだっただろ?」

「――!」


 俺の答えに委員長はハッと赤くなった目を見開いた。

 迷惑だったあの男が外で騒ぎ始めた時、俺だって本当なら……嫌な予感があっても目立たないように、迂闊な行動を取らないようにと、あのまま無視していた。きっとそれがあの場では一番正しい行動だったはずだ。


 でも、目の前のを見た時に気づいてしまった。


 委員長――夢岸浬桜は代々大物政治家を生み出した名家の御令嬢だ。

 生まれながらに背負う家柄からか常に周りから期待され続けて、応える為にクラスの委員長を自ら引け受けたりと常にリーダーシップを取っていた。

 俺が彼女と知り合ってからたった数か月だけで、それも学園で接したのは少なかったが委員長の人柄の良さを知っている。さっき一緒に食事していた時にも、ちゃんと彼女と話せて初めて分かった一面もある。


 だから、この店を紹介した手前トラブルが起きれば、人一倍責任感の強い委員長が取る行動は――


「委員長がこの日の為に予約してくれて、クラス皆を招いたから、自分でなんとかしようと動こうとしていたのが何となく気づいたんだ。……だから俺は――委員長に危ない目に遭わせたくなくて……つい動いてしまったんだ」

「……か、風時くん」


 俺が今伝えたことを、すぐに飲み込めないのか委員長はジーンと戸惑って口ごもってしまった。

 気まずい雰囲気になると――


「そーだよぉ! シューくんはイーンチョーと……あたし達みんなの為にああしてくれたんだよ? とってもムカつく男はいなくなったしシューくんも戻ったし、それでいいじゃん!」


 ひよりがこの場を明るくしようと口火を切るように言葉にした。

 それが皮切りになったのか、


「そうだ! 風時は俺達の為に、あのふざけた男を追い出してくれたんだ! 俺だってあいつにはムカついたし……風時はよくやってくれて助かったぞ!」


 クラスメイトの闊達な男子が立ち上がって割り込んだ。


「そうですわ。騒がれてムカムカして気分が落ち込んでたのに、あんな下品な方が居なくなってスカッとしましたわ。……ただ黙っていただけの私達に代わって注意しに行った風時さんには感謝していますの」


 今度は物柔らかなクラスメイトの女子がそう言いながら、俺に向かってぺこりと軽く頭を下げる。そして続々と周りのクラスメイトも賑やかに声を上げていって俺と委員長の気まずかった雰囲気を和らいでくれた。

 そんな中で委員長はしおらしい反応になって、


「……――あ、ありがとう……風時くん」

「あ……ああ。でも、店から離れたりしたのは本当に悪かった」

「うん……もういいわ。ちゃんと戻ってきたんだし……ね?」

「……?」


 そう許す彼女は目だけでなく、何故か顔も赤くしていた。

 俺が疑問に思っていた時、部屋の扉が開く音と忙しない足音が響いて振り返ると。


「はぁ……はぁ。……どうやら戻っていたようですね。良かった」


 息切れをしながら入室してきたのは担任の工藤先生だった。

 直前まで走っていたのかネクタイを更に緩めていて、服装所々に皺が一層目立つ。

 ……そういえば今までここに先生が居なかったな。

 俺の考えを読んだのか、ひよりはひょこっと屈みながら俺を見上げ、


「センセー、ずっとシューくんを探してたんだよ?」


 なるほど。つまり、店から遠く離れた俺を追うように探しに出ていたのか。

 ……うっかり鉢合わせにならないで良かった。

 もしあの場戦闘を見られていたら、面倒どころか更に大変なことになっていたはずだ……危なかった……。


「さっき、冬里さんから風時くんがお店に戻ったと連絡をくれたので」


 説明する先生に付け足すように、ひよりはこれ見よがしとストラップを沢山つけたスマホをブラブラ振って見せる。


 俺は先生の前へと立って向かい合い、


「……勝手にいなくなって、すみませんでした」

「いえいえ。風時くんが無事で本当に良かったです」


 先生はもう一度と俺の姿を確認してから朗らかな調子で安堵した。


「――ですが」

「っ!」


 一転――工藤先生の眼鏡の奥の底の瞳がキリッと切り替わって俺を確かに見据えた。

 確かにそこに、この人の存在感を感じさせるプレッシャーが伝わってくる。


「僕もそうですが……クラスの皆やお店の人達全員、いなくなった風時くんをとても気にかけていたんですよ。――だから、今後は皆さんを心配させるような勝手な行動はやめてください。いいですか?」


 いつも見せている、のほほんとした口調や態度が消え失せて――しっかりと固い口調と真面目な態度で俺を諭した。それは、まさにとして正しい姿だった。その姿勢を真っ直ぐに真剣にと向けられた俺は着目すると同時に畏まった。

 委員長達含め、周りのクラスメイトも声には出さなかったもののには驚いている。


「……はい、これからは気をつけます。――本当にすみませんでした」


 いち瑠凛――そして担任である工藤先生のクラスの生徒として、きちんと頭を下げて反省した俺に、先生はフッと口元に柔らかい笑みを浮かばせる。


「よろしい」


 ニコリとした表情で、いつもの朗らかな調子に戻った。


「では、食事に戻りたいですが……もう冷めちゃってますね」


 先生はあらら、と肩を落とし込む。

 すると、このタイミングを待っていたのかレストラン支配人が俺達の前へと登場した。


「お客様が無事戻って揃ったところで……トラブルの対応を出来たことでし皆さまにはお詫びと感謝しかありません。ですので――当店からは特別なメニューをご提供致します」


 支配人の言葉を合図に室内にこの店の料理人達が次々と入室してくる。彼らの手元に準備していた調理器具と材料を使って、この場で料理するかのように目の前で冷めていた料理がアレンジされ、見たことない一段と美味しそうな新しい料理へと変わる。

 この魔法のような光景に――わぁっ!と歓声を上げたクラスメイトが喜々として、初めてこのお店に入った時と同じ様な雰囲気になった。


「風時くん」


 委員長は指で拭ったばかりの目にまだ赤味が残りながらも、どこか晴れていた表情を俺に見せた。


「まだ時間あるから……もう一度一緒に食事を楽しましょう?」


 俺は快く頷いて、改めるように優雅な昼食を再開した。


――

 あとがき

 まだまだストック溜めてありますので、これからも更新多めに投稿する予定です^^/

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