第11話 冷たい声 1


 課外活動が始まる前日の……つい先日のことだ。

 以前から告知されていた1学年の課外活動が数日後に行われると1学年集会で説明され、高校生になって初の外での行事イベントだということでクラスメイトは楽しみにして賑わっていた。

 俺は俺で任務中なのに学園から離れたり……気にする必要なんかないはずなのにバイトの店先の店主についてと色々と悩みを抱えるこになってしまいながら午後の授業が終わって放課後になる――


「あら、修司さん。こんばんは」

「――! こんばんは」


 学園校門付近で外に出ようとする俺に声を掛けてきたのは、ほんわかおっとりとしている女生徒。

 艷やかな漆黒の黒髪。……一部の部分が出る所は出ている体型。

 生徒会副会長――火澤仁美。

 いつ見ても常に微笑みの笑顔を絶やさない、お淑やかな人だ。

 と、生徒皆はそういう風に印象的に感じている。

 俺だって、この人のことを清廉潔白な女性にしか見えない。


 ……彼女の裏の家の事情を知らなければな。


 もうひとりのにも挨拶した。


「春川先輩もこんばんは」

「…………」


 副会長の隣に居たのは相変わらず俺に冷たい、この学園の風紀委員長を務める春川静音。挨拶の返事は無し。俺の存在を認知していないかのように完全に無視している。


 火澤副会長と同じ長さで、黒より青みがかった髪。

 整ったまつ毛の下にある切れ長の目は美麗を際立たせているが、本人が常に冷たい表情するせいで損している。

 副会長と風紀委員長。この二人の仲が良いことは知っていたが、二人が一緒にいるところを見たのは珍しい。

 副会長は微笑みを浮かべたまま会話を続ける。

 

「生徒会以外で修司さんとお会いするのは珍しいわねぇ」

「そりゃあ普段は生徒会室で会うことがほとんどなんで」

「ふふ、そうねぇ。でも生徒会がお休みの日に、こうして違う機会でお会いになるのも嬉しいのよ」

「はぁ……」


 こんなことで、とても嬉しそうに笑顔で話す副会長に少々たじろいでしまう。

 本日生徒会の活動は休み。

 最近は学園での球技大会の進行管理についての打ち合わせが終わったので今は生徒会で溜まっている仕事は特にない。俺としては本来の任務である学園の内情を探る数少ない機会の一日が無くなったということになってしまうが。


 それにしても……。


(やはり注目が集まるか……)


 今俺の目の前に居るのは生徒会副会長と風紀委員長。

 二人の存在が下校中の周囲の生徒からの視線を引き寄せていた。

 穏やかな柔らかい笑顔で誰からも慕われる存在。冷たくて固い真顔の誰からも恐れられる存在。と対になっているが、副会長はいかにも着物が似合う美人だし、春川先輩も同じく着物が似合いそうな美人だ。

 つまり二人は容姿端麗だから、外から見ていれば和風美女二人といったとこで……注目が集まるのは仕方ない。

 なんかつい先日にも、ほぼ同じような状況あった気がする……。


「それでは俺はこれで――」

「修司さん――この後、御予定はあるかしら?」

「え?」


 すぐこの場から離れようとする俺の歩みを止めるように前を塞いでくる副会長。

 至近距離間近、目の前で真っ先に視界に入って目立つのは、とても大きな大きな『2つの物体』から慌てて目を逸らした。……これじゃあ離れられん。

 一瞬だけすぐ近くから極寒の冷ややかな視線がブルと直撃してきたのは気のせいだろうか?


「特に予定はないですが……」


 いつもだったらシフトに入っているはずの彩織さんの喫茶店でのバイトは、ここのところ連日で働かされていたので、さすがの彩織さんでも労働の法を違反することはしない……と信じている。つまり今日は貴重な貴重なバイト休みの日だ。

 だから、このまま家に帰宅して任務の整理に没頭出来ると、ついさっきまで考えていたわけだ。

 俺の返事を聞いた副会長は満面の笑顔を咲かせて、


「でしたら、このあと私達と御一緒しません? 今から私達二人で帰りにお茶するところだったの。そこで静音ちゃんの大好物の――」

「仁美……余計なことは言わなくていいから」

「あら、そう? ふふ、恥ずかしがちゃってぇ」

「……」


 今まで無視をしていたはずの春川先輩が、すかさず割って止めた。

 副会長が言いかけた先が非常に気になるとこだが、それより俺がこれから目の前にいる先輩二人と食事を? しかも外で?

 ついこの前、書記とその友人と昼食を共にしたのを思い出す。あの時は学園内だからこそ一緒にしたわけだが……今は外で――要注意人物の一人でもある火澤仁美と行動するのは危険ではないのか?

 注意深く伺ってみる。


「迷惑では?」

「どうして? 修司さんとなら大歓迎よ」


 なにが大歓迎なのかイマイチ計りかねるけど……どうするべきか?

 火澤副会長と二人きりなら正直御免と断りたいとこだが……


「…………」


 チラッと副会長の横を見ると、不機嫌そう……というより今まさに思いっきり不機嫌な女生徒。

 春川静音。俺は以前から彼女を瑠凛学園での謎を探る協力者の候補として目をつけている。数多くの企業や名家と取引を持つ大手茶屋メーカー名家のご令嬢であり、瑠凛学園の風紀委員長として、あの生徒会ほどではないせよ学園に影響を持っている。この学園に入学してから生徒会での仕事や、今は消えた教師の件では、本人は認めていないが世話になった人だ。……だから、もし春川先輩の力を借りることが出来れば、きっと俺の任務成功がより高まるはず。

 それにその先日の件で距離を縮んだ春川先輩と一緒なら――


「……私は帰るわ」


 あれ?

 春川先輩は俺と副会長の横を通り過ぎて背中を見せた。


「あら、靜音ちゃん。今日は約束したでしょ?」

「彼も一緒だとは約束していない」


 副会長の呼びかけに対しても、全く振り向かないままスパっと切り刻むように一蹴する。

 こちらは俺を全く歓迎してくれないようだ。

 ……さっきから露骨な冷たい態度を取っていたので残念。


「いいじゃない、修司さんも連れてってあげましょ。ね?」

「…………」


 言葉には出さなくとも拒否の意思を宿した背中を見せてくる。

 諦めた副会長は眉を下げて、


「そう……残念ねぇ」


 と肩を落とした。

 どうやら俺が居るせいで、二人が元々していた約束が水に流れることは申し訳ない。

 ここは普通に俺は帰ることにしよう。


「あの、俺は――」

「仕方ないわ、静音ちゃん。お茶はまた今度にしましょ」


 ん?

 副会長がすぐにパッと切り替えた笑顔を俺に向けて、


「修司さん、今日は放課後に修司さんとこうしてお会いするのは中々ない機会だし。そうねぇ……それでは、このまま『私のお家』に行きましょうか!」

「はい?……えぇ!?」


 俺の腕を抱きつくように腕を組んだ!?

 もろに密着しているせいで下校中の周りの生徒(主に男子)からトゲトゲの視線が刺さりまくる。

 しかも二の腕辺りに制服越しからでもポヨヨンと柔らかな感触がダイレクトに伝わるが……今はそれどころじゃない!


 副会長の家って……確か……。

 副会長の家――火澤仁美の家……火澤の…………家!?

 想像の中の映像で黒服やチンピラ風味のイカツイお兄さん達が舌なめずりしている光景が浮かんだ。


 そんな危険な場所へ行くのは――嫌だ!!!


「……俺がいきなり副会長の家にお邪魔するのはマズいのでは?」


 行くのは絶対嫌だ!と心の中で強く引き攣りつつ、なるべく顔に出さないようにしてみるが副会長は笑顔のままこう返す。


「大丈夫よ? 多分、今の時間は父はいないと……あ、でも以前父に修司さんを連れてきていい?って言ったらド……いえ、大切な包丁を研ぎながら怒ってましたけど、お留守にしていると思うので安心してくださいね」


 今ドスって言いかけようとして言い直したけど、どっちも刃物の時点で全然違わないよね!?

 それ絶対見つかったら俺、刺されるよね!?

 どこに安心出来るとこあるんだ!?


「すみません! 俺やっぱり帰ります!」

「あら、どうして? 予定は空いてるんじゃなかった?」

「俺にはもっと大事に優先していること(命)があって――!」


 離れようとする俺に、どこからこんな力があるのかガッチリと腕を組み付いてくる副会長。このままでは俺はヤクザの家に連れてかれて始末されてしまう!

 どうすればいい!?と焦っていると、


「――待ちなさい」


 冷たい静止の声が降り掛かった。

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