第4話 パートナーとの食事


 マンション一室のリビングの食卓上には美味しそうな匂いと湯気が立っているクリームシチューやサラダが乗った皿が二人分と並べられていた。

 これらの食事を作って用意したのは可愛らしいエプロンを見に包んだ本日、今の任務のパートナーとなったリリス。調理の最中は俺は何もしなくてもいいと言われたが、そうはいかずにせめて食材を切ったり運んだりするぐらいは手伝ってあげた。


「いいのか? 久しぶりに会ったんだし任務成功の祈願で良いレストランとか出前でも良かったんだが……わざわざ、リリスが料理してくれるなんてさ」

「いいんです。マスターは不健康な食生活をしてばかりなので、こうして少しでもと、ちゃんとした食事にしたいんですから。……ここに来る前に念の為に食材を買っておいて良かった。あの冷蔵庫を見ればなおさら……」


 リリスが横目にジーッと視線を送ったキッチンの片隅に設置されている無駄に大きい冷蔵庫の中身は、冷凍食品ばかりで食材という食材が全然入っていなかった。せいぜいそのまま即席で食べやすい玉子やバナナとかの果物が少しぐらい。


「……最近の冷凍食品はクオリティが向上しているぞ。昔とは比べにならない程、美味しくなっているのがほとんどだ」


 テレビ番組でも冷凍食品のランキングをやったりと取り上げられて更に注目されていることから近年の冷凍食品は種類も豊富で飽きることはない。他にも解凍時間の短縮や増量という部分をチェックして購入している。簡単かつ素早く食べられるということは良いことだ。俺からすれば毎日冷凍食品でもいいんじゃないか――と……ここまで口にして言ったらリリスは怒るので黙っとくが。


「別に冷凍食品を悪くは言ってないです。……ただ毎日そればかりだとマスターの栄養の事を考えれば駄目なんですっ!」


 呆れ半分に言いながらリリスはテーブルを挟んだ向かい側の席へと座った。食事の支度は整ったので、俺達は「「いただきます」」と食事の挨拶して料理に手をつけた。

 まずはメインのクリームシチューを一口と熱々なのを少しフーと冷ましながら口の中に放れば鳥肉が良い感じの柔らかい歯ごたえだ。クリームスープも市販のルーで溶かしたのではなく、牛乳とバターと小麦粉から作ったホワイトソースで煮込んでいるので味がしっかりしていた。


「……どうですか? マスターの作る料理には及ばないと思いますけど……前からいっぱい練習したので、美味しく出来たとは思います」


 リリスは恐る恐るといった感じで、自身が作った料理の味の感想を求めてきた。そういえば以前もリリスが料理してくれたことがあったが、その頃のこの子は、まだ料理を学び始めたばかりで不慣れだったんだっけか。

 それで度々と俺から教えたりしたなぁ、としみじみ思い出す。


「ああ、もう俺が教えなくても前より上達している。普段からよく料理してるんだって伝わっていて――美味い」

「そうですか……良かった」

 

 ホッと胸を撫でおろしている。

 こういう手作り料理というのは、さすがに美味いに決まっている。さっきは冷凍食品やインスタントも美味くなっているとは言ったが、やはり普段から作り慣れしている人の料理の味には敵わない。

 それになにより――


「味も大事だとは思うが、俺はこうして久しぶりにリリスが作ってくれた料理を一緒に食べられて嬉しいんだ」

「そ……そうですか……//」


 ちょっと顔を俯きながらモジモジしだすリリスの顔はほんのりと赤くなっていた。


――……


 夕食を食べてる最中に俺はふと気になったことがあったので尋ねた。


「そういえばリリスはどこに住むんだ?」


 リリスは俺のパートナーとして瑠凛の中等部へ潜入……もとい編入する予定なのは知った。しかし、彼女は現在とある事情で実家から距離を置いているし、なにより任務中なので実家から学校に通うことはないはずだ。おそらく今の俺のように機関から提供される住まいを借りるとは思うが。


「え? 普通にマスターのこの部屋に住む予定です」

「…………はあ!?」

「? なんで驚いているんですか?  見たところ、ここには使ってない部屋があるみたいですし、そこに住みます」


 リリスはごく当然……ごく自然かのように返す。

 確かに一人暮らしの男にしては広いマンションには、使っていない部屋があるが、使わなくても、それに越したことはない。空き部屋一つは確保しとくのは何かと都合だ。


「それに前の長期の任務では、私がマスターの義妹として一緒に住んでいたんですから問題ないはずです」


 確かに以前の仕事ではそういう関係性を偽装していたことがあったな。だが、あれは任務のターゲット相手に妹がいたから同じ境遇だと接近しやすいメリットを考えてのことだった。それにリリスは今よりもっと幼かったし。

 俺の快くない反応を見兼ねたのか、リリスはムッとする。


「いいじゃないですか、また一緒に暮らしましょう。私が居れば、こうして家事だってするんですからマスターは助かるはずです!」


 期待たっぷりの輝きの目で押し通そうとしてくる。

 うーん……リリスは妹みたいだな、と思うことはあるが、だからといって血が繋がっているわけでもない俺と一緒に暮らすのはさすがにどうかと。それにこの任務は今までと違って、いつ終わるのか先が見えない。


「リリスは気にならないのか? いくら知っている人でも男の俺と暮らしてさ。前とは違って年頃の女の子なんだし色々と煩わしいことだってあるだろ?」

「……つまりマスターは……私が――迷惑ということですか?」

「あ、いや!? そうじゃなくてなっ!」


 リリスの小さな瞳が潤み出した。いけない!

 ここは言葉を慎重に選ばないとマズいことになってしまう。

 俺は別にリリスが迷惑だなんて思ってない。本当はこうして毎日家事をやってもらいたいくらいだ。……小うるさいとこがあるのは勘弁だが。


「違う。今回の任務ではわざわざ一緒に住む必要がないということだ。俺は家庭構成や家柄を偽装して、こうして瑠凛の高等部に通う男子高校生に成り済ましている。けど、リリスの……その実家の方は瑠凛に問題なく入れるだ」

「……そうは思いません」


 実家のことはあまり触れたくないからか、反応がすこぶる悪い。俺は構わず続ける。


「だから正式に編入手続きして在籍しているリリスと俺が一緒に暮らしていることが学園でバレれば任務の支障もあるが……特にリリスに迷惑が掛かってしまう。これはリリスの為なんだ」


 入学してからこの2ヶ月、瑠凛りゅうりんの学生として過ごして分かったことがある。それは『独特の交友関係』だ。学校とは勉学だけでなく生徒同士の交流が毎日と続く。しかも瑠凛学園は一般の学校とは違って有名企業や名家の子供達が通う場だ。それだけに他人の動きに対して機敏になっている。少しでも普段と違う行動を取れば彼らはすぐに耳に仕入れて共有する、貴族同士ならではのネットワークを張り巡らせているからだ。そこに、ちゃんとした名家の令嬢であるリリスが――学園外でも俺と頻繁に関わっていたら耳に入る可能性がある。


「私の、為ですか……?」

「ああ、そうだ。お前の為だ。只でさえこれは危険な任務だからな。リリスの身に危険が迫るようなことはできれば無くしておきたい。わかってくれ」


 ここまでハッキリ伝えるとリリスは――


「……そうですか」


 観念してくれた。


「マスターと一緒に住むのは諦めます……でも! 出来れば毎日ここに通わせて家事は私は任せてください。これだけは譲れませんっ!」


 かと思えば中々粘り強い……!


「……たまにならな。時間が合わない場合がある。俺もこれだけは譲らないぞ。あと、この部屋じゃなくても住む場所は機関が手配してくれるはずだ」

「それじゃあ! マスターの隣の部屋で――」

「いや駄目だ。機関が用意しているマンションが他にも瑠凛の近くにあったはずだ。さっきも言っただろ? リリスの家の立場もある」

「うー……わかりました。……実家のことはどうでもいいですけど、そこまで言うなら別のマンションに住むことにします……」


 ふう……リリスは俺に献身的でいてくれるが、意固地な部分があるからな。しっかり言わないと引き下がってくれない。

 今度こそ、この話は終着した。

 さて、これで本日は落ち着いたかな、と残り少なくなった夕食を一気に平らげる。

 

 「ん?」 

 

 手元に置いておいたスマホが振動して画面が明るくなった。どうやら誰かから通話の着信がきたようだ。手にして着信画面を見ると――



 『山之蔵さんのくら かなで



「なっ――!?」

 

 その相手は瑠凛学園高等部生徒会の会長であり――機関、そして俺が最も要注意している人物だった。

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