第5話 幼馴染との再会

「君は……エレーヌ!」


 俺の目の前には、幼馴染の少女エレーヌがいた。


 肩に掛かる程度のワインレッドの髪を両端でまとめ、ツーサイドアップにしている。

 体格や胸は平均的な女性よりも小さく、そのうえ童顔である。

 俺と同じ17歳だがどちらかというと妹っぽく、守ってやりたい感じにさせてくれる。


 エレーヌは俺の幼馴染であると同時に、今日追放された勇者パーティの一員である。

 同じ街にとどまっているから、こうしてばったり会うのも当然といえば当然だろう。


「クロードくん、辛かったね……! でももう大丈夫、大丈夫だから……!」


 エレーヌは涙目になりながら、悲しそうな表情で俺にすがりつく。

 俺の腰に手を回し、俺の服で涙を拭うかのように密着してきた。


 エレーヌの口ぶりから察するに、俺を元気づけようとしてくれているようだ。

 だがその一方、俺がいなくなったことを寂しがっていたようにも思える。


「その様子だと、俺が追放されたのを知ってるようだな」

「うん……ギルドのお姉さんから聞いたの──ガブリエルくん、多分わたしやジャンヌさんと結ばれるために、邪魔なクロードくんを追放したんだと思う。だってわたし……ラ、ラブホテルに連れて行かれそうに……なったもの」

「俺がいなくなってから1日も経ってないのに……エレーヌ、なにかされたのか!?」

「ううん、大丈夫。建物の前で逃げたから」

「よかった……もし君になにかあったら……」


 エレーヌの言うことが正しければ、ガブリエルはただハーレムを築き上げたいがために、俺を追放したことになる。

 彼は俺が目を離すとすぐに知らない女をナンパしたり、エレーヌやジャンヌに色目を使ってたりしていたから、信憑性は高い。


 しかしそれでは、ジャンヌが俺の追放を望んだ理由が説明できない。

 彼女は彼女で、俺を敵視している様子だった。


「ジャンヌは追放に関わっていると思うか?」

「え……? うーん、なにか隠している様子ではあったけど……でもジャンヌさんもガブリエルくんの被害者だと思うな──なんでそんなこと聞くの?」

「いや、気にするな」


 エレーヌには、ジャンヌのことは黙っておこう。

 ジャンヌの目的が分からない以上、下手に彼女の関与を説明しても余計な軋轢を生むだけだ。


 それに、もうあのパーティとは相容れない。

 向こうから「戻ってきてくれ」と言われても、絶対に首を縦に振ることはない。


 また、こちらから嫌がらせをしようという気にもならない。

 相手にするだけ、考えるだけ時間の無駄だ。


「エレーヌ、とりあえず今日の宿はどうするんだ? ガブリエルがいるあのホテルには、戻りづらいだろ?」


 「あのホテル」というのは、この街一番の高級ホテルのことであってラブホテルではない。

 勇者パーティは高難易度のダンジョンに潜っていて高収入なこともあり、基本的にホテル暮らしなのだ。

 ちなみに、「安宿ではなく高級ホテルに泊まろう」といい出したのは、ガブリエルだ。


「でもエレーヌはまだ、勇者パーティには所属したままなんだよな? なんといっても勇者パーティは安定性抜群だからな……二度とエレーヌを襲わないように、俺がガブリエルに強く言い聞かせようか?」

「ううん、クロードくんはそんなことしなくていい。だって、もう勇者パーティ抜けたから」

「──え?」

「ガブリエルくんは嘘つきなんだもん。だって『クロードは逃げた』なんてわたしに言って、騙そうとしたんだよ? それに、『二人っきりで話がしたい』って言って連れ込もうとしたんだよ? 怒らないほうがおかしいよ……そんなの」

「ああ、それでさっきのラブホテルの話につながるんだな」

「それにわたし……クロードくんと一緒に……いたいし……あうっ……」

「ん? すまん、よく聞こえなかった」

「な、なんでもないっ……!」


 エレーヌは何故か、涙目になっていた。

 よく分からないが、パーティを抜け出したのはどうやら本当のようだ。


「話を戻そう。エレーヌ、今日はどこで寝泊まりするか決めたか?」

「うん。実は今日、アパートを借りたんだ。そっちのほうが、あの高級ホテルよりも安上がりでしょ? クロードくんは?」

「俺は安宿に泊まるよ」

「そうなんだ……あ、あのっ、一緒に住ま──ううん、なんでもない……」


 エレーヌは何故かもじもじしながら、俺の顔から目を背けた。


「もう遅いから、そろそろ帰ろう。送っていくよ」

「うん……ありがとう」


 とりあえず俺はエレーヌを守るべく、夜道を歩き始めた。



◇ ◇ ◇



 翌日、俺とエレーヌはギルドホールにて合流する。

 そして二人で依頼の確認を行い、受諾したあと街の平原へ向かった。


 ちなみに昨日、他のパーティに入れてもらえるように個人情報を開示したのだが、それは不発に終わった。

 だが今はエレーヌがいるので、なんとかなりそうだ。


 しばらく平原を歩くと、早速魔物が現れた。


「ガルル……」

「グルル……」


 目の前には10体ものオオカミの魔物がいた。

 比較的大きな群れに、いきなり当たってしまったらしい。


「クロードくん、どうする……? ふ、二人で勝てるかな……」

「大丈夫だ。まず俺が魔術を使って──」


 俺はエレーヌに作戦を一通り伝える。

 彼女が安心したところで、俺は詠唱を始める。


「《風よ、彼の者から声を奪え》」


 俺が今唱えたのは発声を妨害する魔術で、支援・妨害魔術として白魔術に分類されている。

 普通なら魔術師の詠唱を阻止するために使うものだが、今回の目的は別にある。


 オオカミの遠吠えや断末魔の声を遮断し、仲間の増援を防ぐことだ。


「《水よ!》」


 今度はエレーヌが魔術を発動させ、オオカミの足元を凍結させる。

 オオカミは氷を壊そうとしたり、遠吠えを上げたりしようとしてるが、全ては徒労に終わる。


 俺は一体一体、確実に剣で刺殺していった。

 そのあいだ俺の魔術の効果で、オオカミは声を上げることなく死に絶えた。


「やったね、クロードくん! やっぱりクロードくんはすごいなあ。わたしじゃ絶対こんな作戦思いつかないよ」

「いや、エレーヌが足止めしてくれたから勝てたんだ。よくやった」

「えへへ……」

「じゃあ、もうひとがんばりだ。行こう」

「うん!」


 俺たちはさらなる魔物を求めて、平原を進んだ。



◇ ◇ ◇



「そろそろ昼ご飯の時間だな」

「そうだね。もうおなかすいちゃった」


 俺とエレーヌは安全な場所を探し、そこにレジャーシートを敷いた。


 俺はギルドに向かう途中で購入したライ麦パンを、かばんから取り出す。

 ライ麦パン──俗称「黒パン」──はとても硬く、独特の酸味があるパンだ。


「クロードくん、それだけで足りるの?」

「いや……でも、少しでも節約したいからな」

「そっか。実はサンドイッチ作ってきたんだけど、食べる?」


 エレーヌは少し嬉しそうに、ランチボックスを開けた。

 たまごサンドと、ベーコン・レタス・トマトサンド。

 綺麗にカットされており型崩れもしておらず、とてもおいしそうだ。


 エレーヌは料理が得意である。

 幼馴染である俺は、子供の頃からそれを知っている。


 なるほど、わざわざアパートを借りた理由は、自炊をするためなのかもしれない。


「ありがとう。いただこうかな」

「うん、どうぞ!」


 俺はサンドイッチを手に取り、頬張る。

 正直ライ麦パンだけでは満腹にはならないと思っていたし、何よりエレーヌの手作りなので嬉しく思った。


「うまい! もしよかったら、毎日俺の分まで作ってくれないか? 金は払うから」


 節約のためにライ麦パンだけで済まそうとしていた俺だったが、考えが変わった。

 仲間が作ってくれたおいしい手料理とあれば、そちらに乗り換えない理由がない。


「えっ……ほ、本気で言ってる? それ……」

「本気だ。君の手料理が食べたいんだ」

「うん……ありがとう……じ、じゃあ明日も作ってくるね」

「ありがとう。よろしく」


 エレーヌは顔を真赤にしながら、とても照れくさそうにしていた。

 俺とエレーヌはしばらく、食事と会話を楽しんだ。

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