第12話 公爵令嬢に見放された勇者
「はあ……」
《回復術師》クロード追放から、およそ1週間経過した。
朝のギルドホールにて、《勇者》ガブリエルは溜息をつく。
1週間経った今でも、仲間集めに苦心しているのだ。
クロードを追い出せば、夢だったハーレムが形成されるとガブリエルは思っていた。
だがそれは誤りだった。
なんと、《賢者》エレーヌまでもがパーティから脱退してしまったのだ。
彼女はどういうわけかクロードに気がある様子だったので、慎重に事を進めていたのだが……
その上、いくらギルドでメンバーを募集しても、誰も入ってこないのだ。
今のガブリエルは「メンバーを不当解雇した上、別の女性にセクハラをした変態」という評価を受けている。
冒険者たちはそんな彼を避けているのだ。
別の街に移住する事も考えたが、もう少し金を稼がなければ難しい。
「ガブリエルさん、どうしたのですか?」
「いや……なんでもない」
ガブリエルが考え事をしている最中、唯一の味方であるジャンヌが心配そうに声をかけてきた。
彼女はなぜか、ガブリエルに付き従ってくれている。
その理由は不明だが、彼にとっては救いだった。
「これにするか」
Aランク冒険者のガブリエルは、Cランクの依頼書を手に取る。
これはパーティの人数が少ないことと、Dランク冒険者のジャンヌがいることを勘案した上での決断だ。
クロードを追い出す前は当然Aランクの依頼を受けていたのだが……
──くそっ、俺が惨めな思いをしてるのも、全部あいつのせいだ!
◇ ◇ ◇
ギルドホールを出たガブリエルとジャンヌ。
朝の日差しは異様に眩しく、うっとうしく感じた。
「ん?」
ガブリエルの目の前にはクロード・エレーヌ、そしてプラチナブロンドの美少女がいた。
彼らは何やら話をしている様子だ。
『──私、もうあの男──ガブリエルを《勇者》だなんて認めませんから』
──はあ!? なんでそこで俺の名前が出てくる!?
見知らぬ美少女にいきなり「認めないぞ宣言」をされたガブリエルは、悔しくてならなかった。
「ガブリエルさん、行きましょう?」
「いや、ちょっとここで休憩しよう」
「休憩? まだ街から出てすらいないじゃないですか」
「いいから」
ガブリエルはジャンヌを小声で説得する。
クロードたちの会話を盗み聞きするために。
『──今回の冒険者ランク昇格には、公爵家が関わっていたのですか?』
『──そうです! 昨日のお礼ができなかったので、せめて冒険者ランクだけでも上げるように、私達が進言したのです!』
「冒険者ランク昇格」とクロードは口にした。
彼のランクはガブリエルと同じAランクだったので、Sランクに上がったということだろう。
──なにもしてないのに昇格するなんて、不正に決まってる!
ガブリエルは心のなかで毒づく。
ふと気づく。
クロードが「公爵家」と口にしたことを。
──あいつ……いつの間に貴族とつるんでたんだ!?
『──ところで、昨日密偵から聞いたのですが、パーティメンバーに困っている様子ですね』
『──そうなんです。ずっと探しているんですけど、いつも断られてしまって……』
『──もしよければ、私と組みませんか? これでもSランクですし、天職は《聖騎士》なので戦いには自信があります』
──あの美少女が、Sランクの《聖騎士》だと!?
ガブリエルは驚くことしかできなかった。
《聖騎士》は、《勇者》《聖女》《賢者》《剣聖》と並ぶ天職だ。
勇者パーティにこれほどふさわしい人材はいない。
ふと、ガブリエルは気づく。
この街に住む女性の《聖騎士》といえば、公爵令嬢のレティシアしかいないということに。
以前ガブリエルはメンバー勧誘のため、そしてハーレムを作るために女性冒険者を調べ上げていたのだ。
レティシアとは一度も会ったことがないので顔はわからない。
だが、今クロードが会話している相手は彼女に違いない。
『──クロード、まだあなたの返事を聞いていません。エレーヌは了承してくれましたが、どうですか?』
『──これからよろしくお願いします、レティシアさん』
『──はい、こちらこそ!』
レティシアはそう言ってクロードと握手する。
そしてクロードはこちらを一瞥し、立ち去った。
──あいつ……一体何のつもりだ! いつもいつも、すまし顔をしやがって!
「くそおっ!」
ガブリエルは激怒した。
ガブリエルの存在に気づいていたはずなのに、クロードは無視して立ち去った。
クロードにとっては怨恨の対象であるはずのガブリエルだが、本当は歯牙にもかけていなかったということだろう。
それが、ガブリエルにとっては許せなかった。
激情に駆られつつ、ガブリエルはジャンヌを連れて街の外へ繰り出した。
◇ ◇ ◇
「グルルル……」
「ガルル……」
「オオカミ……いきなり出やがったぜ」
「ガブリエルさん、がんばってください!」
街外れの林にて……
ガブリエルとジャンヌは、5体ものオオカミの魔物と対峙している。
オオカミは群れで行動することが多いが、しかしガブリエルにとってはそれは好都合だった。
なぜなら、聖剣の力を使えば一網打尽にできるからである。
聖剣とは、《勇者》の天職を持つもののみが真価を発揮できる聖遺物だ。
神話・伝承によれば聖遺物は単一ではなく、全国各地に点在しているとのことだ。
ガブリエルは今、地元の村に伝わる聖剣を手にしている。
この聖剣は、大気中の魔力を吸い上げ貯蓄する性質がある。
その魔力を光エネルギーに変換し、切っ先から高出力レーザーを放出させるのだ。
「《聖剣よ、彼の者を陽光で焼き払え!》」
ガブリエルは神々しく輝く聖剣を抜き払い、命じる。
あたかも聖剣の刀身が伸びるかのようにレーザーが照射され、それを水平に薙ぐ。
「ワオーン!」
「グアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアアッ!」
5体もいたオオカミたちは皆、黒焦げになって死に絶える。
これが《勇者》にのみ許された秘技だ。
「流石はガブリエルさんです!」
「おう、ありがとう」
「──あれ? ガブリエルさん、聖剣がくすんでいますね」
「本当だな……さっきまで光ってたし、魔力はまだまだ残っている感じなのに。なんでだ?」
「聖剣はその輝きをずっと保つと言われています。聖剣がくすむという話は聞いたことがありませんが……問題ないと思います」
「だな。とりあえず素材回収でもするか」
ガブリエルとジャンヌは、オオカミの死骸へ近づく。
ギルドに戦果を届け出るため、牙を回収する必要があるのだ。
「──ガルル……」
「──グルル……」
ふと、動物のうめき声が聞こえてきたので、ガブリエルは周囲を見やる。
10体ものオオカミにすでに包囲されており、それぞれが鋭い眼光を放っている。
──ちっ、さっき遠吠えされたからか!
もしクロードがこの場にいれば、事前に魔術を用いて遠吠えを阻止していたはずだ。
だがDランク冒険者のジャンヌに、そこまで求めることはできない。
──くそっ、またクロードか! もうあいつのことなんて思い出したくもない!
ガブリエルは額から汗が流れ落ちるのを感じながら、オオカミを見据える。
「やだ……怖い……」
「落ち着け、ジャンヌ。二人で戦えばなんとかなる!」
怖がるジャンヌに背を預け、ガブリエルは聖剣を天高く掲げて命じる。
「《聖剣よ、彼の者を陽光で焼き払え!》」
一気に振り抜き、聖剣の切っ先をオオカミに向ける。
だが、先程と違ってなにも起きない。
「ちっ、まだ魔力は残ってるだろ! 《聖剣よ、彼の者を陽光で焼き払え!》 《聖剣よ!》──くそっ!」
「ど、どうしましょう!?」
「聖剣が使えない以上、このまま包囲され続けるのは圧倒的に不利……逃げるぞ!」
ガブリエルはジャンヌとともに、街に向かって逃げる。
「《光よ、矢となりて彼の者を貫け!》」
「ギャアアアアッ!」
ジャンヌは光の矢を3本作り、目の前にいるオオカミに命中させる。
これで突破口は開けた。
だが──
「ガルッ!」
「は、速い!」
後ろを走るオオカミが、もうすぐそこまで追いついてきた。
オオカミは時速70キロのペースで、20分も走れるという。
ガブリエルとジャンヌは、決死の覚悟で逃げ惑った。
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