第15話 選民思想

 俺・エレーヌ・レティシアさんは、ギルドに魔物討伐のノルマ達成を報告した。

 その後レティシアさんの、つまり公爵の屋敷に向かった。


「ここが……公爵の屋敷……」

「すごい……きれい……」


 屋敷はとても大きい。

 この中で数百人もの使用人たちが、住み込みで働いているとのことだ。


 また庭もとても大きく、たくさんの花や植物で埋め尽くされている。

 だが、林や森などと違って手入れが行き届いていることから、植物の美しさが際立っている。


 俺は今まで公爵の屋敷の近くまで来ることはなかったし、エレーヌもそうなのだろう。

 平民が立ち寄る区画からは若干離れており、また用もなく近づいていい場所ではなかったからだ。


 屋敷に圧倒されている様子のエレーヌは、おずおずとレティシアさんに尋ねる。


「は、入っていいんですか……?」

「もちろんです」

「ありがとうございますっ……!」


 俺とエレーヌは、レティシアさんの案内で屋敷の敷地内に入る。

 庭の道を進み、玄関に足を踏み入れた。


 玄関には若いメイドが立っていた。

 彼女は綺麗にお辞儀し、笑顔で挨拶をした。


「おかえりなさいませ、レティシア様──そちらのお二方はお客様でしょうか?」

「はい。彼らはクロードとエレーヌ。昨日、私達を助けてくれた冒険者の方々です」

「このお二人が……公爵ご一家を助けていただき、ありがとうございました!」


 メイドは慌てた様子で俺たちに頭を下げる。

 俺は冷静に、エレーヌは慌てた様子でメイドに返事をした。


「いえ、困っている人を助けるのは当然ですから」

「そ、そうですっ!」

「他の騎士たちが苦戦していたオーガを撃破した上、重傷を負った騎士を全快させるなんて、なかなかできることではありませんよ!」

「ありがとうございます……そう言ってもらえて嬉しいです」


 メイドは目を輝かせながら、俺とエレーヌを褒めてくれた。

 話を聞いている限りでは、俺たちの活躍に尾ひれはついていなさそうだが……


 レティシアさんはメイドに、あることを命じる。


「エレーヌと私の分の食事を作るように、コックに言っておいてください」

「はい……ですが、昼食は持っていかれたのでは……?」

「クロードに全部食べられてしまいました……」


 正確には「食べられた」ではなく「『あ〜ん』がヒートアップしたせいで、結局全部食べさせられた」なんだけどな……

 まあ、それを言っても野暮だろう。


 メイドは話を聞いて「くすっ……やっぱり男の子なのね」と笑っていた。

 どうやら彼女は、俺を食いしん坊だと思ったらしい。


「承知しました。ではこちらに」

「──待て、平民をこの屋敷に入れるな。追い払え」


 メイドが案内しようとしてくれたところに、突如として一人の中年男が現れた。

 彼は金属鎧をまとっており、恐らく手練の騎士だろう。


 困惑しているメイドをよそに、騎士の男はレティシアさんに問うた。


「レティシア様、これは一体どういうことですか? 薄汚い平民を屋敷に呼ぶなど……」

「『薄汚い平民』というのは聞き捨てなりませんね、騎士団副長。公爵がこれを聞けば、とても悲しむでしょうね」

「ふう……取り繕っても仕方ないでしょう。我らと平民は、主従関係にあるのですから」


 騎士団副長の男はつまらなさそうに溜息をつく。


 一方、レティシアさんは明らかに怒っている。

 俺は別に気にしていなかったのだが、レティシアさんの態度が少し嬉しかった。


 レティシアさんは副長に俺たちを紹介する。


「彼が《回復術師》クロード、彼女が《賢者》エレーヌです。昨日、私達を助けてくれた恩人です」

「レティシア様、まだそのような嘘をおっしゃるのですか!」

「嘘ではありません。そもそもこれが嘘だというのなら、公爵すらも嘘つき呼ばわりすることとなるのですよ?」

「あ、ありえない……こんな平民どもに……! ──もういい……そこの男、決闘だ!」


 副長の男は抜剣し、俺の首筋に切っ先を向けた。

 これは完全な挑発行為で、俺とエレーヌが活躍したことがよっぽど許せなかったのだろう。


 それにしても、仮にも騎士なのに公爵令嬢のレティシアさんを嘘つき呼ばわりするなんて……

 あまりにもひどすぎる。


「やめなさい! お父様に報告しますよ!」

「いいえ、やめません。これはレティシア様をたぶらかした誅伐です。あなたは平民とともに冒険者稼業をするべきではない──いや、むしろ冒険者稼業をすること自体間違っているのですが、それは次の機会にでも話し合いましょう」

「クロード、待っていてください。今すぐお父様に──」

「分かりました、受けましょう」


 俺が決闘を受諾するやいなや、周りの空気が静まり返った。

 副長は恐らく、俺が決闘から逃げ出すものと思っていたのだろう。


「──なに?」

「決闘を受けると言ったのです」

「《回復術師》風情がこの私に勝とうだと……偉そうな口を利くな!」

「なら、なぜ決闘を申し込んできたのですか?」

「ちっ……完膚なきまでに叩きのめしてやる……!」


 副長は剣を下ろす。

 決闘が正式に決まったことで、俺に切っ先を向けて挑発する意味がなくなったからだろう。


 エレーヌが静観している一方、レティシアさんは慌てた様子で俺にすがりついてきた。


「クロード、彼は騎士団副長です! 戦闘経験は彼のほうが上ですし、本来彼は槍の使い手です。剣を用いるあなたが勝てる相手ではありません!」

「俺は勝ちます。レティシアさんを嘘つき呼ばわりして、エレーヌと俺の実績を否定した副長に」

「あ……」


 レティシアさんは掴んでいた手を離し、しおらしくなった。


「どこか戦える場所に案内してください。あと、木剣も貸してください」

「いいだろう。まずはその思い上がった考えを、木っ端微塵に打ち砕いてやる」


 俺たちは騎士団副長の男の案内で、一旦屋敷の外に出た。

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