第17話 平民から騎士へ成り上がる

 エレーヌとレティシアさんが、少し遅めの昼食を取ったあと。

 俺と彼女たち三人は、公爵が用意してくれた応接室にて彼と相対している。


「クロード君、エレーヌさん、昨日は本当にありがとう。護衛だけでは対処しきれなかったオーガを、たった二人で倒してくれた。それにクロード君は重傷を負った騎士を、後遺症を出さずに癒してくれた。改めて礼をさせてくれ」

「いえ、どういたしまして」

「ありがとうございますっ……!」


 公爵は俺たちにお礼を言ったあと、2つの袋を取り出した。

 その袋にはそれぞれ大量のコインが入っており、恐らくは冒険者の平均月収以上に相当する額だと思われる。


「これは?」

「私からのお礼だ。だが、これだけではまだまだ君たちには報えない。そこで、君たち二人には騎士として当家に仕えてもらいたい。給金は弾ませてもらおう」

「えっ……!?」


 騎士──それは平民よりも上で、貴族よりも下の立場の身分だ。

 制度上は誰にでも騎士になれるチャンスがあるが、通常は貴族や騎士の家系出身者が騎士になることが多いという。


 公爵は俺たちを、そんな身分にしてくれるというのだ。

 恐らくはさっきの騎士団副長追放の補填も含まれているのだろうが、それでも驚くのも無理はない。


「君たちは冒険者として、常に危険と隣り合わせとなっているはずだ。だがそれでも、騎士と比べて収入が高いわけではない。そんな君たちにとって、悪い話ではないと思うのだが……どうだろう?」

「申し訳ありませんが、俺は辞退させていただきます」

「──なに?」


 俺が断った瞬間、場の空気は凍りついた。

 公爵は少しだけ驚いてみせたあと、冷静な口調で問うてきた。


「理由を聞かせてもらえるか?」

「騎士になるということは、一生この街に居続けるということですよね?」

「余程のことがない限りは、そのとおりだ」

「でしたら、騎士にはなれません──だって俺の目標は、世界最強になることですから。俺は王都に行きたいんです」


 公爵とレティシアさんは、とても意外そうに俺を見ている。

 レティシアさんは俺の両肩を掴み、揺さぶってきた。


「クロード、本当にそんな理由で断るのですか!? ──いえ、あなたの夢をバカにしているわけではないのですが……でも!」

「やめなさい、レティシア──ならばクロード君、せめて形だけでも騎士号を贈らせてくれ」

「どういうことですか?」

「命の恩人へのお礼が不十分となると、示しがつかない。だから騎士には任ずる。だが君は、いつもどおり生活してくれていい。いつでも転居してくれて構わない。騎士としての権利は保証するが、新たに義務は課さない──先に言っておくが、私は君を利用するつもりはない」


 公爵は「利用するつもりはない」と誓ってくれた。

 だが、仮に公爵から何かを頼まれたとして、断れる自信はない。

 たとえそれが、命に関わることであったとしても、だ。


 となれば、まずは些細なことで彼らに報いることで、依頼を断りやすい関係性を作る。

 俺ができることは、それだけだ。


「分かりました。ありがとうございます。でも、流石に何もしないわけにもいかないので──しばらくの間、冒険者仲間としてレティシアさんを守らせてください。許していただけるのでしたら、三人でこの街のダンジョンを完全攻略します」

「ま、守らせてって……私、むしろ守るほうが性に合ってるのですが……でも、クロードならいい……かな」


 レティシアさんは何故か、顔を真赤にしてもじもじしていた。

 俺としてはこの反応は予想外だったが……


 いや、予見できたかもしれない。

 なぜならレティシアさんの天職は《聖騎士》、仲間を守るのに特化した戦闘職だからだ。


 一方の公爵は、顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「ふむ……本来であれば、レティシアが冒険者として戦うこと自体反対なのだが……先の決闘で君の実力は把握した。レティシアとダンジョン攻略についてはクロード君、君に任せよう」

「ありがとうございます」

「それで、エレーヌさんは騎士として当家に仕えてくれるか?」

「えっと……」


 公爵に問われたエレーヌは、少し悩んでいる様子だった。

 彼女は俺と違って、断る理由がないはずなのだが……


 エレーヌはとても申し訳無さそうな顔をしながら、頭を下げた。


「す、すみませんっ……わたしもクロードくんと同じ扱いにしてくださいっ……!」

「エレーヌ、本当にいいのか?」

「うん。クロードくん、いつかは上京するんでしょ? わたしも一緒に行きたいの」

「それで……いいのか?」

「クロードくんって危なっかしいところ、結構あるよね? さっきも騎士団副長さんからの決闘を受けちゃったし。今日は勝てたけど、次は分からない。だからわたしがブレーキ役として支えなきゃ──そ、それに……一生一緒にいたい、し……あうっ……!」


 エレーヌは何故か顔を赤らめ、うつむき加減となった。

 両人差し指をくっつけたり離したりして、可愛らしい仕草をしている。


「すまん、最後の方はよく聞こえなかった。ブレーキ役が必要っていうのは分かったけど……」

「な、なんでもないよっ!」


 エレーヌは何故か、涙目で否定している。

 それを見たレティシアさんと公爵は、何故か失笑していた。


「くすっ、これは手強そうですね……私も頑張らないと」

「ふえっ!?」

「ふふ、何でもありません」


 レティシアさんの言うことは、俺にはよく分からない。

 だが、まあいいだろう。


 一方、公爵は笑いをこらえつつ、エレーヌに言った。


「分かった。エレーヌさんについても、クロード君と同列に扱おう」

「あ、ありがとうございますっ……!」

「では、このバッジを受け取り給え」


 俺とエレーヌは公爵から、バッジを受け取る。


 ぶっちゃけていえば、騎士身分になれたことを喜んでいいかは分からない。

 いくら俺の実力が認められたとはいえ、然るべき手順を踏んでいないからだ。


 だが、ありがたく受け取ろう。


「そのバッジを提示すれば、王国内にある騎士専用ラウンジ使用権など、様々な特典が受けられるようになる。大いに活用したまえ」

「ありがとうございます」

「またいつでも来ると良い。君たちは大切な恩人なんだ」

「はい!」


 俺とエレーヌは公爵と握手し、レティシアさんの案内で応接室から出た。



◇ ◇ ◇



「クロード、エレーヌ。また明日、ギルドホールで会いましょうね」


 夕方、屋敷の門。

 レティシアさんはなんと、そこまで送ってくれたのだ。

 俺はそれが嬉しかった。


「はい、失礼します」

「さようなら……えへへ」


 俺とエレーヌはレティシアさんに挨拶し、家へ向かう。

 何度か屋敷の方を振り向いたが、レティシアさんはそのたびに笑顔で手を振ってくれた。


「レティシアさまと公爵さま、いい人だったね」

「そうだな」


 俺たちはそんな事を口にしながら、街の住宅地に戻った。

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