第2話 男には向かない職業《回復術師》
勇者パーティを去った俺は、その足で冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは全国各地に設置されており、冒険者に対して仕事・仲間の斡旋やマッチングを行ってくれている。
俺はギルドの総合受付を抜けたあと、とある女性職員のもとを訪ねた。
彼女は勇者パーティのメンバーを担当している職員で、顔見知りである。
「クロードさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「それにしても、今日はお一人ですか?」
「はい。実は今日、ガブリエルに勇者パーティを追放されてしまいました……ははは」
女性職員は口元を押さえ、驚いたような表情を見せた。
「うそ、ありえない……前衛がガブリエルさんしかいないあのパーティでは、クロードさんの回復や支援は必須だったというのに……」
勇者パーティに前衛が一人しかいないのには、理由がある。
ガブリエルは女性冒険者を積極的に登用していたのだが、ほぼ全員が数日以内に夜逃げしている。
しかしリーダーたるガブリエルは、決して男性冒険者を加えようとはしなかった。
だからいつまで経っても前衛が彼一人だけだったのだ。
俺は説得をしたのだが、一切聞き入れられることはなかった。
仕方ないので、ガブリエルには自動回復魔術をかけたその上で、臨機応変に治癒をしていたのだが……
「それでは、勇者パーティは新たに前衛を加えたのですか?」
「いえ、前衛は今も彼だけです。俺はただ、《聖女》ジャンヌに取って代わられただけです」
「ジャンヌ……ああ、一週間前にパーティに加入された方ですね──それにしてもひどい話ですね。まずは情報公開をして仲間を募集しましょう」
「情報公開」とは仲間を募るために、自分の個人情報や自己PRなどをギルド掲示板に掲示することである。
例えば《回復術師》である俺の情報を開示することで、《回復術師》を求めるパーティが俺を見つけやすくなる。
「──でも、一つ心配なことがあります。男性の《回復術師》は需要がないんですよね……今ギルドにあるのは女性限定求人ばかりですし……あっ、クロードさんが悪いわけではないんですよ!? むしろクロードさんは非常に優秀な部類なのですが……」
「そうですよね……」
そういえば田舎にいた時も、邪険にされてきた。
王国で一二を争う都市であるこの街に移住する前、俺は小さな村で生まれ育った。
《回復術師》は戦闘能力が低く、「一人では戦えない戦闘職」と言われている。
「守ってあげたくなる女性」というイメージが根強く、男である俺はヘタレ扱いされてきたのだ。
また、「どうせ癒されるなら可愛い女の子のほうがいい」「傷薬で十分」とも言われた。
俺はそんな評価を覆すため、剣術や体術を活かしてソロでこなしつつ、回復魔術の有用性も周囲にアピールしてきた。
その実力を認められ、幼馴染である《勇者》ガブリエルのパーティに誘われたはずだった。
とてもありがたかったし、今でもそのことは感謝しているが……
また、ソロになったな──
「まあ、とりあえず募集はしましょう。諦めてはダメです」
「そうですね。分かりました」
俺は女性職員に、1枚の紙を渡された。
個人情報と自己PRを簡潔に書き、女性職員に提出する。
「──えー、不備はないですね……はい、大丈夫です。こちらで掲示板に貼っておきますので。明日、またギルドにいらしてください」
「ありがとうございました」
俺は期待と不安を胸に、女性職員のもとを離れた。
次に向かう場所は、ギルドホール内の掲示板コーナーだ。
◇ ◇ ◇
掲示板には、冒険者ランクに合わせた依頼がびっしりと貼り付けられている。
冒険者ランクはS・A・B・C・D・Eの順で強さが表される。
俺や《勇者》ガブリエルはAランクであるが、《聖女》ジャンヌは冒険者となってから日が浅いのかDランクだった。
まあ、もう過去のことは忘れるべきだ。
とりあえず俺は、Aランクの依頼を確認する。
「やっぱりソロでは厳しそうだな……」
いくら自分の冒険者ランクと同格とはいえ、ソロで遂行可能かというと、実はそうではない。
各々の依頼の種類や難易度によるが、そのランクの冒険者2~3人以上で行動することが、ギルドでは推奨されているのだ。
それに身体と剣術を鍛えているとはいえ、俺は最弱職の《回復術師》。
《勇者》や《剣聖》といったゴリゴリの戦闘職とは違って、戦闘能力が劣っている。
となれば、共に行動する仲間が必要だ。
一応ギルドにはパーティ加入希望を届け出ているが、自分でパーティを探すことも可能だ。
偶然、2人の男女が通りかかった。
「あの、すみません。一緒に依頼を受けませんか? 俺、Aランクで《回復術師》なんですけど」
「はあ? 《回復術師》? 私、あんたみたいなヒモ男とは一緒にいたくないんだけど」
「剣術は心得ていますので、自力で戦えます」
「そんな話、信じられないわねー」
初めて会う相手にそんな言い方はないだろ。
絶対に有名になって、すげなくあしらったことを後悔させてやる。
そういえば田舎にいたときも、こうやって拒否されたんだったか。
勇者パーティに入ってからは固定メンバーで活動してたから、すっかり忘れてた。
ちなみに、勇者パーティに特別な知名度や名声はない。
そもそも《勇者》という天職は、他の天職よりは低確率ではあるものの、複数人現れる。
決して単一の存在ではない。
ましてや俺たちは田舎からやってきた「お上りさん」、知名度など望むべくもない。
それに、冒険者ランクは必ずしも戦闘能力をそのまま反映しているわけではない。
冒険者稼業は採集・討伐・探索の3つに大別できるが、どのようにしてランクが上がったかは、アルファベットだけでは判断できない。
だから、女が俺の実力を信じられないのも無理はない。
──悔しいが。
一方、相方と思われる男は彼女を軽く小突いた。
「いたっ!?」
「こら、初対面の人にそういう事言ったらダメだろ? ──でも悪いね、俺たちは二人でやってくつもりだったから……」
口に出して怒れない俺の代わりに、冒険者の男が注意してくれた。
俺はそれがとても嬉しかったがそれと同時に、彼と行動できないことを残念に思った。
「分かりました、ご武運を」
俺は冒険者達を見送り、掲示板前で待機し続けた。
◇ ◇ ◇
その後、昼前まで呼び込みを続けた。
しかし誰もパーティに入れてくれなかった。
なので俺は昼食をとったあと、街の外にある林に向かった。
今いる場所ならばそんなに凶暴な魔物は現れないので、《回復術師》である俺でも安全に魔物討伐ができるはずだ。
「グルル……」
早速、イノシシの魔物の群れが現れた。
その数5体、ソロでなんとかなる相手だ。
俺は両手剣を構える。
《剣聖》である父親のスタイルと、全く同じだ。
「ブモーッ!」
まず1体目のイノシシが、俺にめがけて突進してくる。
イノシシは体重70キロ以上、瞬間最高速度45キロであり、そんな物体にぶつかられればひとたまりもないだろう。
だが──
俺はイノシシをギリギリまで引きつけたあと左にかわす。
そして切っ先をイノシシの右側面に軽く当てる。
「グアアアアアアアアアアッ!」
イノシシは鳴き声を上げ、大量出血しながら破裂した。
俺は一切力を入れていないが、相手の力を利用することでイノシシを一撃で仕留めるに至ったのだ。
この要領で残りのイノシシをすべて狩り尽くし、戦闘は終わった。
ギルドに戦果報告するため、牙を切除してかばんに入れる。
「よし、これで完了……」
俺はソロでもやっていける。
そして世界最強の冒険者になって、その名を世に轟かせてやる。
そう言い聞かせながら、俺は林を進む。
「けど、せめてエレーヌがいてくれればな……」
勇者パーティのメンバーで、なおかつ幼馴染である《賢者》エレーヌに思いを馳せる。
俺がいない間、女好きのガブリエルに襲われやしないだろうか……
俺はエレーヌのことを心配しつつ、周囲に気を張り巡らせた。
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