第90話 ルイーズへの慰め

 この俺・クロード対エリーゼさんとの準決勝が終わった後。

 ルイーズ対シャルロットさんの準決勝が行われた。


 ルイーズは王族枠として、シャルロットさんは教皇枠として、自国の威信をかけた戦いが繰り広げられた。

 俺・エレーヌ・レティシア、そして国王陛下や王国民たちは必死に応援した。


 だが──


「うそ……ルイーズちゃんが、負けちゃった……?」

「あのシャルロット選手、《聖女》とは思えません! 《聖騎士》か《槍兵》の天職の持ち主だと言われても、信じてしまうほどです!」


 シャルロットさんの戦法は、杖に偽装した槍で間合いを取りつつ、光属性黒魔術で攻撃するというものだ。

 だが彼女の槍術はまさしく武器職のそれで、「魔術なしでもルイーズに勝てるのでは?」と思ってしまうほどの実力を持っている。

 剣使いでかつ非魔術師の《勇者》ルイーズでは、シャルロットさんに太刀打ちすることはできなかった。


 ルイーズは結局、闘技場に仕掛けられた自動回復魔術で精神を衰弱させ、失神して敗北した。


 シャルロットさんは教皇暗殺未遂事件のとき、実力の片鱗は見せていた。

 だがここまでの槍使いだとは思っておらず、剣使いの俺では少し分が悪いと判断した。


「──決勝戦は、大荒れになりそうだな」


 俺は武者震いとともに呟く。


「ちょっと医務室までルイーズを迎えに行ってくる」

「わ、わたしたちも行くよ! ね、レティシアちゃん!?」

「そうです! ルイーズは私たちの主君であり、仲間なのですから!」

「いや、俺一人で行く。あまり大人数で押しかけても迷惑だ」


 エレーヌとレティシアは暗い表情でうつむき、「はい……」と弱々しく返事した。

 俺はそんな二人に少し申し訳なく思いつつ、医務室へ向かった。



◇ ◇ ◇



「あ……クロード……」


 医務室にて……

 ベッドに横たわっていたルイーズは、顔を真っ青にしながらも起き上がろうとしていた。

 どうやら失神状態からは回復している様子だが、まだ完全には復活していない様子だ。


 俺はそんな彼女の両肩を優しく押さえ、「いいから寝ていてくれ」とベッドにゆっくり倒す。

 そして心臓の位置に手を置き、回復魔術をかけて魔力も分け与える。


 ──うむ、ルイーズの胸は慎ましやかだが、とても柔らかい。


 少しばかり邪念が入ってしまったが、俺の治療の効果が効いたのか、ルイーズは少し血色がよくなった。

 掛け布団をいっぱいにかぶり、大声を上げる。


「こ、この変態! どこ触ってるのよ!?」

「悪かった──だが、医療行為に文句をつけられるということは、だいぶ元気になったということだな」

「ご、ごめんなさい。助けてもらったのに」

「俺は気にしてないから、ルイーズも気にしないで欲しい」

「ええ……その、癒してくれて……ありがとう」


 かぶっていた掛け布団を少しだけどけて、ルイーズは素顔を晒す。

 顔を真っ赤にしながら、照れくさそうにしていた。

 だがすぐに、表情は暗くなっていった。


「──私、負けちゃった……あなたと決勝戦で戦う約束をしてたのに……」

「そうだな……」


 俺はルイーズに対し、頷くことしかできなかった。


 「負けても次がある」「人生勝ち負けがすべてじゃない」なんて正論は、俺たちみたいなプライドの高い実力者には禁句だ。

 敗北して落ち込んでいるときは、なおさらだ。


 それに、ルイーズは意図せず俺との、そして自分自身との誓いを破ってしまったのだ。

 ルイーズがしょぼくれるのも無理はない。


 俺は少しでも元気づけようと、口を開く。


「──だから君の敵を討つという意味でも、シャルロットさんは俺が倒す。そして優勝するよ」

「約束、だからね……破ったら承知しないからねっ!」

「ああ」


 本当は、《聖女》にして槍使いのシャルロットさんに勝てるかどうかは五分五分だ。

 俺は一応槍使いへの対抗策を持っているわけだが、彼女の攻撃手段は当然それだけではない。

 むしろ本命は、正確無比で強力な魔術だ。


 だが俺はそれでも、ルイーズのために大見得を切る。

 自分のために虚勢を張る。


「明日の三位決定戦は、エリーゼさんとの対決だな。応援してる」

「ありがとう……それで、その……お願いがあるんだけど」


 ルイーズは掛け布団をギュッと握りながら、上体を起こす。

 そして目を潤ませながら、俺を見つめてきた。


「その、私とキス……してほしいの──そうしたら、明日の試合もがんばれると、思うから……」


 俺は人生で2回キスをした事がある。


 1回目は、1ヶ月前の王国武闘会後のパーティで、エレーヌにプロポーズされた時。

 2回目は、今朝の寝起きに、レティシアと「優勝祈願」の名目で……


 だがそれは、どちらも不意打ちだった。

 自分からしたことは、一度もない。


 本来であれば断るべきだろう。

 俺は禁欲的であるべきだと思っている。


 しかしあの二人からの不意打ちキスは受け入れて、正々堂々と頼んできたルイーズのお願いを無下にできるほど、俺は無神経ではない。

 別にあの二人に文句を言いたいわけではないが、ルイーズはわざわざ俺の意思を聞いてくれたので、それに応えてあげたいと思っている。


 俺は将来的にルイーズの婿として迎え入れられる男だ。

 ただ、将来の妻との初めてのキスが、すこし早まるだけのこと。


 それに、禁欲的であるべきだとは思うが……

 正直、ルイーズとキスするのは、嫌じゃない……


「分かった」

「優しく、してね……?」


 俺はルイーズの両肩を持ち、顔を近づける。


 ──めちゃくちゃ恥ずかしいぞ、これ。


 ルイーズはギュッと目をつぶっており、とてもいじらしく初々しくて可愛い。

 肩が震えており、緊張している様子である。


 そんな乙女の唇を、今から俺が塞ぐのだ。

 緊張しないわけがない。

 思えば、エレーヌやレティシアも今の俺と同じように、恥ずかしがっていたのかもしれない。


 俺はそっと、唇を軽く触れさせる。

 彼女の唇は少し震えていたが、とても柔らかく気持ちがいい。

 唇をくっつけたり離したりするたび、ルイーズからは「んっ……」という声が漏れる。

 わずかながらに漏れる鼻息がこそばゆい。


 止まらなくなりそうだと判断した俺は、心を鉄に変えて唇を離す。

 ルイーズは惚けた表情をして、俺を見つめていた。


「──三位決定戦、がんばってな。応援してる」

「うん……私、がんばるから……絶対に三位を獲るから、ちゃんと私の活躍を見てなさいよねっ!」


 ルイーズはいつもの調子で、俺に必勝を誓ってくれた。

 しばらくの間二人きりで雑談をし、折を見て観戦スペースに戻った。



◇ ◇ ◇



「ルイーズちゃあああああんっ!」

「わっ!? ど、どうしたのよエレーヌ!」


 観戦スペースに戻ってきた俺とルイーズの姿を見るやいなや、エレーヌがルイーズに勢いよく抱きついた。


「ごめんなさい! わたし、ひどいこと言っちゃったよね!」

「え、なに? 本当にどうしたのよ?」

「今までわたし、『クロードくんに勝ってほしい』みたいなこと言っちゃったけど、ルイーズちゃんに負けてほしいって本気で思ってたわけじゃないの! 言ってることがめちゃくちゃだって分かってるけど、ごめんねえええええっ!」


 エレーヌは涙声で、ルイーズの胸元に顔をうずめる。

 ルイーズはどうすればいいのか分からず、キョロキョロしていた。


「私からも謝罪します。無神経なことを申してしまい、誠に申し訳ありませんでした。信じてもらえないかもしれませんが、先程のシャルロット選手との戦いでは、あなたを応援していました」


 レティシアはルイーズに、深々と頭を下げる。

 ルイーズは一瞬呆気にとられている様子だったが、「ああ、そういうこと」と得心した様子だ。


「別に怒ってないわよ。あなた達の考えてることは、ちゃんと理解わかってたから」

「ありがとうっ……ルイーズちゃんっ……」

「ありがとうございます。三位決定戦でのご活躍をお祈りします」

「ええ、期待しててちょうだい──って、エレーヌ! 顔ぐしゃぐしゃじゃない!」


 「もう……しょうがないんだから」と言いつつ、ルイーズはハンカチを取り出してエレーヌの顔を拭く。

 ルイーズの表情はまんざらでもない様子だった。

 エレーヌは鼻声で「ありがとう……」と言った。


「それにしてもルイーズ、思ったよりも元気そうですね。何かあったのですか?」

「それは……ね?」


 レティシアの質問を受け、ルイーズは少し頬を赤らめながら俺の方を向く。

 その意味を察した俺は、ニッコリと笑みを返した。

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