第89話 「世界を救う」という理想

 俺はエリーゼさんに剣を振るう。

 一方のエリーゼさんは俺の剣を、電気を帯びた剣で受け止めようとする。


 剣と剣が交錯するその間際。

 俺は素早く剣を引っ込め、感電を防ぐ。


 少しでも当たってしまえば、静電気程度のごくわずかな痛みが襲いかかる。

 強敵を目の前にして、そんな無様な姿は晒せない。


 引っ込めた剣を、俺は再び振り払う。


 袈裟斬り、燕返し、水平斬り──

 剣を打ち合わない「剣戟」が、俺とエリーゼさんとの間にかわされている。


 突如、脚が動かなくなった。

 足元には突き刺すような冷感がある。

 視認しなくても、俺の足が石畳ごと凍結していることが分かる。


「これで終わりよ!」


 エリーゼさんは上段に構え、俺の脳天めがけて剣を一気に振り下ろす。

 俺は静電気程度の感電を覚悟して、彼女の攻撃を受け止める。


 そして、両手剣から右手を離し──


「がはっ──!?」


 エリーゼさんのみぞおちに、渾身の右ストレートを食らわせる。

 彼女がバックステップで距離を取ると同時に、俺は足元の氷を力ずくで割った。


「こ、こんなの……ありえない……! 噂には聞いていたけど、《回復術師》のくせになんでこんなに強いのよ……!」

「これが、世界最強の冒険者を目指して鍛錬してきた俺の実力です」


 エリーゼさんは俺の言葉を受けて、唖然とした表情をしている。

 彼女が俺に向けている剣の切っ先は、ほんのわずかに震えていた。


「そう……分かったわ。あなたの実力は認める。それこそ、血反吐を吐くほどの努力をしてきたんでしょうね。でも!」


 エリーゼさんは間合い10メートルの距離から、剣を一気に振り払う。

 するとその剣の動きに合わせて、強風が吹いてきた。


 その風はまるで、刃のようだった。

 非魔術師系の天職の持ち主であれば大量出血するところだろうが、あいにく俺は魔術耐性が高い。


 俺は風をもろともせず、石畳の上を駆ける。


「う、嘘っ──ぐうっ!」


 俺はすれ違いざまに、エリーゼさんの胴を剣で斬りつける。

 これで勝負は決したと思いきや、後ろから風切り音が聞こえてきた。


「──ちっ!」


 俺は剣を背中に背負うように構え、エリーゼさんの斬撃を防ぐ。

 それと同時に前に駆け出しながら体をひねり、後ろを向いて剣を構え直す。


 エリーゼさんはまだ、息がある。

 闘技場内に設置された、精神力を代価とした自動回復魔術によって、傷がまたたく間にふさがっていたのだ。


 だが、さっきの一撃は致命傷だったはず……

 それを一瞬のうちに全回復させたということは、それだけエリーゼさんの精神力が強かったということだ。


「どうしてそこまで、エリーゼさんは強いのですか?」

「──世界を救うために、今までずっと生きてきたからよ」


 エリーゼさんの声音は、どこか後悔の念が感じられた。

 それに彼女の言葉は、18歳前後の若い女性の言葉とは思えない。


 エリーゼさんは一気に距離を詰め、斬りかかる。


「私は人々を救うために努力してきた! 人生を捧げてきた!」


 エリーゼさんの呪詛めいた叫びに、俺はほんの少しうろたえる。

 防戦一方となってしまう。


「それでも戦争は一向に終わらない! 戦いが新たな戦いを生むだけ! もううんざりなのよ!」


 ──もううんざり、か。

 だが俺は、エリーゼさんの有り様を尊敬している。


 たとえ自分の理想が無駄だと気づいていても、そこから逃げようとはしない。

 そうでなければ「うんざり」などという言葉は出てこないはずだ。

 本当に理想を諦め、理想から逃げたのであれば、「うんざり」から解放されて楽になれるのだから。


 俺だってそうだった。

 父と同じ《剣聖》を目指していたが、周りからは嘲りの目で見られてきた。

 俺はそれでも前向きに取り組んできたが、無意識では「うんざりだ」と思っていたこともあったことだろう。


 俺はエリーゼさんを肯定してあげたい。

 だから俺は、防御の最中であるにも関わらず口を開く。


「あなたがどんな努力をしてきたかは分かりません。ですが、あなたの努力によって誰か一人でも救われたのなら、努力した甲斐がある──そうは思いませんか?」

「わ、私は別に……そんな風に思ったことなんてない!」


 エリーゼさんの剣筋がわずかに鈍るが、俺はまだ攻撃を仕掛けない。


「私には大切な人なんていない! 『救いたい』って思う人なんていない! ただ、みんなが平和に過ごせるようにしたかっただけ!」

「なるほど、人類全体の事を考えていたというわけですね。ですがそれには動機があるはずです。なぜ『救いたい』と思う人がいないのに、世界を救おうなどと?」

「知ったような口を利かないで! 他人の過去を暴こうだなんて、失礼にも程があるわ!」


 エリーゼさんは叫び声を上げながら、剣を水平に振り下ろす。

 俺はほんのわずかにステップし、右にかわす。

 エリーゼさんの剣は石畳と衝突し、火花が激しく散った。


 俺はその隙に一歩下がり、半身になる。

 そして石畳を足で踏み鳴らし、勢いよく剣で刺突する。


「ぐっ──」


 俺の剣は、エリーゼさんの胸を貫く。

 剣を引き抜くと同時に、彼女は膝を折って突っ伏した。


 ──後味が悪い試合になってしまった。

 他人の考えることに、あれこれ口を出すべきではなかったのか。

 俺はただ、エリーゼさんのことを理解し、肯定しようとしただけだったのに。


 審判はエリーゼさんの様子を確認した後、右手を天高く掲げた。


「エリーゼ選手の気絶を確認。よって準決勝・第1試合の勝者は、クロード選手!」

『──勝者、王国代表・《回復術師》クロード選手! 決勝進出、おめでとうございます!』

「うおおおおおおおおっ!」

「あれが《回復術師》のやることか!? ヤベえ……ヤバすぎるぜ!」

「さっきのヴォルフ選手との対決は、八百長じゃなくってやっぱり実力なのよ!」

「俺は最初からクロード選手が勝つって信じてたぜ!」

「これは優勝間違いなしです! 私、応援しちゃいます!」


 アナウンスとともに、観客席から歓声が沸き上がる。

 賞賛の嵐に俺は嬉しくなるが、それと同時にエリーゼさんに対して申し訳なく思ってしまった。


 俺は気絶しているエリーゼさんに回復魔術を施し、魔力を分ける。

 闘技場の魔術によって精神力を根こそぎ持っていかれた彼女への、応急処置だ。


 エリーゼさんは弱々しく立ち上がる。


「ありがとう……あなたのおかげで、すぐに目覚められたようね──そして、さっきは感情的になってごめんなさい」

「こちらこそ、変なことを聞いてしまってすみません。人間誰しも、触れられたくない過去の一つや二つあるというのに」


 俺とエリーゼさんは握手をする。

 さっきは「後味の悪い試合」だと評したが、今はもうそんな風には思わない。

 俺の謝罪を受け入れてくれて、こうしてしっかりと握手してくれているのだから。


「決勝戦、がんばってね。私、応援してるから」

「ありがとうざいます。エリーゼさんも、三位決定戦で勝ち残れるといいですね」


 俺とエリーゼさんは互いに背を向け、闘技場を立ち去った。

 次の試合は、ルイーズ対シャルロットさんだ。

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